「ヴィーヤ様が!『V・バミューダ』踏破ァ!!おめでとうございます!!」
体感一万年(実際には一か月程度だったらしいが)ほどの探検から水文明に戻ると、カナロアの臣下たちは僕に温かい歓迎をくれた。
「みんな……、待たせてすまない……。僕がいない間、何が起こったか教えてくれ。」
僕は執務室に向かいながら、カナロアの臣下たちに現状を話してもらった。
「昨日の
「いつもの脅しだろう。適当に、穏便に突っぱねよう。」
「魔素術式の『
「本当かい!?後でレポートを読ませてくれ。」
「館長……。ゲル・フィッシュの襲撃で壁が一部損傷……、
「―! ……ああ、それは帰ってくるときに見たよ。建築部門に速やかに連絡するように。」
あの時、小島で星を見てから5年後、ロゼッタが本格的に『座学』を開始して以来、水文明の統轄はカナロアに任せ、外交顧問や技術研究部門、それに世界最大の図書館の責任者……大体の面倒事を僕は任されていた。
逆に、僕が引き受ける前はすべてこれとカナロアの仕事をロゼッタがやっていたのだ。
(本当に、ロゼッタはすごいな……。)
一旦執務室に入り、僕がいなかった間の穴を埋める。
諸々の作業をしながら、僕はふと、あの時のことを思いついた。
ロゼッタと一緒に星を見た。あの時。
『私さ。本当はさ。』
頭の片隅に刻まれていたあの言葉が、今になって強烈にきた。
「ロゼッタ……。なんて言おうとしたんだろう……。」
そう考えていると、部屋からノック音が聞こえてきた。
「どうぞ。」
ヴィーヤの声に反応し、ドアが開く。
「この度は、おめでとうございます。」
水文明の長、カナロアだ。
彼女を腰掛けさせ、僕はマリンフラワーの茶を淹れた。
「久しぶりだね。そっちは元気にしてたかい?」
「ええ。お姉様も、『座学』の方は順調のようなのです。」
僕は少し黙った。
すると、カナロアの方から話を切り出してきた。
「……申し訳ありませんが、私がここに入ってきたのはあなたに用があるのです。まずは今後のヴィーヤさんについてです。」
「もう君が長になる準備ができたって事かい?」
「です。ヴィーヤさんが以前から行っていた図書館長と技術研究部門の全権を私に委任、外交部門はそのままでお願いしたいのです。」
「ああ。わかった。引継ぎのためのデータを来週中に作っておくから、提出され次第目を通しておいてくれ。」
了解です。と言いながらカナロアは茶をすすった。
「用件はほかにあるかい?」
「はい。ヴィーヤさんが帰還して初めて行う外交の任務なのです。」
と言い、カナロアはとある書類を見せた。
書類には『“PlanA”の調査及び水文明における研究価値』と題がつけられている。
「『PlanA』……これは、ここ最近飛来した隕石のこと……かい?」
「その隕石です。光、火との共同研究により隕石を解析していたのはヴィーヤさんも存じておられますよね?」
「まあ、知ってるけど、それが、どうかしたのかい?」
「研究に協力してたトニトゥルム氏がこの隕石の中から『クリーチャー』を発見したのです。」
「!?」
「アカシアの神託によれば、そのクリーチャーはいずれ『禍の目』とも呼ばれる重要的なもの……。何をするかわからない火文明がこのまま取ってしまうのも億劫ですし、逆にうまく使えば我々の水文明の開拓に利用できるかもしれない……。」
「つまり、そのクリーチャーを交渉によって獲得しろってことかい?」
「そうです。これは神託による進言です。」
アカシアによる進言とあれば、絶対に行うのが水文明のおきてだ。
そうなれば、僕は従うしかない。
「了解した。すぐに光と連携を取るよ。」
~~~~~
夜、僕はとあるところへ向かっていた。
厳重なセキュリティが欠けられている扉の前に立つ。張り紙があり、「立入禁止」と書かれてある。
「……グッ……ガァッ……!!」
「ロゼッタ……!」
おぼろげながらも、確かに唸り声が聞こえた。
「
詠唱を開始し、扉を魔術ですり抜ける。(もちろん厳重なのですり抜けるのはそう簡単なことじゃない! 全盛期のロゼッタやカナロアくらいでないと、そもそも突破することは不可能だ。魔術を使ったとしても、すこしでも詠唱を間違えてしまったら物理的な矛盾が生じて死んでしまう。口ではこう簡単に言ったけど、実は本当に命がけだったんだ。)
詠唱をたがえぬよう呼吸を一定に整え……、無事侵入完了。
部屋の内部には―ロゼッタがいた。傷は一つも見当たらなかったが、僕には完全に弱っているように見えた。
「無理をしちゃあけないよ。……たまには休んだっていいんじゃないか?」
ほんの少しの静けさが部屋を包む。
ちら、とやつれた顔で僕をみたロゼッタは、苦し紛れかのような笑顔で笑った。
「ヴィーヤ……。来てくれたんだな……。」
ロゼッタはやっとの思いで立ち上がろうとしているけれど、すぐによろめいた。すかさず転ばないように止め、近くの椅子に腰かけさせてやった。
僕はおもわずため息をつく。あんなことをする暇があったら……。
「バミューダから帰ってきたときは驚いたよ……。『夜』、『Sb』、『侵入』…………。最初はどういうことかと思ったけど、『夜に
「お前だったら分かるってことの裏返しさ。」
くしゃっと笑うロゼッタ。しかし、その笑みには昔の時のような生気が消えつつある。
「……で、用件はなんだい?ここに長居はできない。」
「ああ、それなんだけどさ。」
次から、ロゼッタから放たれた言葉は、僕を少し困らせた。
「『PlanA』を他の文明に譲ってやってほしい。」
「!?」
「『調整』中にアカシアを介してみたんだ。『PlanA』っていう
僕は一つの質問をする。
「……そこまで見たなら正直に答えてくれ。『PlanA』を手に入れたとして、水文明はまだ見ぬ土地を、この世界の謎を解き明かせるのかい?」
ロゼッタはこくり、とうなずいた。
「ああ、わかるさ。アカシアは完全ながら不完全で、結晶の『時間視』は『結果』しかわからない、未開地や謎が、
そして、ロゼッタは少し間をおいて言った。
「だけど、……これは重要な情報なんだ、よく聞いてほしい。―『PlanA』を水文明に引き入れなくても、その結果は得ることができるんだ。」
そういう未来もともに見た。とロゼッタは続けた。
「ヴィーヤ。私は、ここで死ぬまで水文明の透明な石に変わってしまうけど、これ以上、他人の信念のために死んでいくようなクリーチャーを見たくない。これは私の最後のわがままだ。私はもうきれいな星を見ることはできないけど……あの子には好きな景色を見せてほしい。」
ボロボロの体の中のその眼から、かすかで確かな決意をみた。
正直に、ぼくは水文明の人間だ。水文明に生まれ、水文明に生き、水文明に拾われ、そして水文明に任されている。
であれば、アカシアの進言は絶対で、
だけど―。
「―わかった。できる限りのことは、やってみる。」
僕はロゼッタの手をつかんで誓った。
これが、僕にとっての小さな悲劇と、『ヴィーヤ・ドレッドノート』のはじまりになるとは、僕自身はまだ知る由もなかった。