守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第十話 マスターって恨みを買うのが得意そう

 籠付へたっぷりと()()()()()()別れの挨拶を告げた後、守善はその足で新たなFランク迷宮に足を踏み入れた。

 そろそろ大学の近辺にある迷宮もこれで打ち止めだ。これからは休日に、交通機関を使ってより遠方まで足を延ばす必要があるだろう

 だが今は関係ないことだ。

 迷宮の入り口である黒いもやが集まったような球体に手を触れ、空間跳躍(ジャンプ)。異空間に存在する迷宮に足を踏み入れた。

 タイプは昼型。一面に深い森が広がり、その中に複雑に枝分かれした道が延々と続く迷宮だ。トキワの森と言えば分かるだろうか。ただし樹木オブジェクトから敵モンスターが奇襲を仕掛けてくるのが違いと言えば違いか。

 基本はギルドから購入したマップ情報に沿って進めばボスに辿り付けるのだが、森の奥から奇襲を仕掛けられるのが怖いやや厄介なタイプの迷宮である。

 とはいえ索敵タイプの木の葉天狗がいる守善一行はある程度の範囲を常に警戒することが出来る。

 事前に購入した攻略情報ではこの迷宮にそれ以上面倒なギミックはない。

 時折飛びかかってくるFランクモンスターのキラービーや鳥型の以津真天(いつまで)を駆除しながら、時間が惜しいとばかりに道なりに進んでいく。

 出現するモンスターは木の葉天狗が風読みスキルで感知。ホムンクルスが先手を取って打ち倒し、ホムンクルスの疲労がたまれば、バーサーカーに交代する。

 奇襲さえ防げればFランク迷宮のモンスターなどただの動く的だ。鎧袖一触に蹴散らしていく。

 なお木の葉天狗に関しては、疲労回復用のポーションをがぶ飲みさせられながら丁寧に酷使されていた。手を抜けばリンクを使った不快感を鞭代わりに使うという外道プレイのおまけつきだ。

 ポーションの恩恵でいっそ倒れることも出来ず、木の葉天狗は唾でも吐きたそうなうんざり顔だった。そしてそれを知りながら守善は、平気の平左とばかりに知らん顔をしている。

 

「ちょっとはカードを労わろうと思わないんですか」

「まだいけるだろう、働け」

「うへぇ……。このマスター、ほんとサイアクですよ」

 

 木の葉天狗が抗議するもにべもなく撥ねつけられる。

 嫌そうな声を漏らす木の葉天狗だがポーションのお陰もあって、確かにまだ余裕はある。そして本当にキツイと思った時に守善の判断で休憩を入れてくる。酷使されているのは確かだが、丁寧に扱われているのも事実だ。

 

(だからって馬車馬みたく扱われたいわけじゃないんですよねー)

 

 それはそれとして常に最高効率を求められるのはキツイし辛いし面倒くさい。

 特に反逆系スキルである閉じられた心を持つ人間嫌いの彼女は元の性格より大幅にひねくれてしまっており、隙あらばサボるし手を抜くことに余念がない。

 守善は木の葉天狗の限界を見抜きギリギリまで酷使していたが、ある意味どっちもどっちではあった。

 仮に木の葉天狗の手抜きにも寛容な態度で臨む甘いマスターであれば際限なく増していく要求に手を焼き、小悪魔な態度に翻弄され、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「マスター」

 

 と、不意に木の葉天狗が呼びかける。

 モンスターの存在を告げる声とはまた別種の緊張感を伴ったそれに守善の警戒心も釣られて高まる。彼らは互いをカスカード、クソマスターと罵倒しあう関係だったが互いの能力には一目置いていた。

 

「……どうした。厄介事か?」

「後方に一人、別の冒険者が私達を尾行(つけ)てきています」

「偶然の可能性は? ここのマップ情報があれば通行ルートはほぼ一本道だ。ルートが被るのは十分ありうる」

「それにしちゃペースがおかしいですね。私達はかなりハイペースで攻略を進めてますが、後続のマスターはその恩恵でモンスターとほぼ遭遇してないはずです。その割には進むのがやけに遅い。

 十中八九こっちに気付いた上で伺ってるような……ヤな気配がします。それに」

「それに……、なんだ?」

 

 含みのある言葉の切り方に問いかけると。

 

「いえ、クソマスターって恨みを買うのが得意そうじゃないですか。私とか」

「その横っ面をひっぱたいてやろうかカス」

 

 ごく自然に殴り合うような暴言のやり取りが交わされる。

 互いに限りなく真顔でのやり取りであった。

 

『……………………』

 

 形容しがたい沈黙が下りた後、互いにチッと舌打ちし、ペッと唾を吐く醜い応酬が行われた。そして当たり前のように話が本筋に戻る。

 

「向こうの狙いは何だと思う?」

「ダンジョン攻略じゃないのは確実です。攻略目的ならペースを上げるかいっそ諦めて帰りますよ。この迷宮、マップがあればボスまでほぼ一本道ですもの。先行有利です」

「面倒だな。品行方正、清廉潔白な俺に一体何の用だ?」

「鏡を見てから今の台詞をもう一度どうぞ。きっと笑っちゃいたくなること請け合いですよ」

 

 間。

 

『……………………』

 

 守善と木の葉天狗は再び互いにチッと舌打ちし、ペッと唾を吐いた。そして当たり前のように話が本筋に戻る。

 

「選択肢は二択です。待ち受けるか、あるいはペースを上げてストーカーをチギるか」

「……放置して面倒な場面で横槍を入れられても鬱陶しい。ここで待ち受ける。必要なら()()ぞ、鴉、モヤシ」

「はーい」

「はい、主」

 

 守善は一呼吸分の時間を思考に割き、より積極的な対応を取ることに決めた。物騒な手段を視野に含めた対応を滲ませながら。

 そうしてモンスター達とともに道のど真ん中に立ち尽くしながら待つことしばし、守善を尾行(つけ)ているというマスターが姿を現した。その姿を見て守善が顔をしかめる。見覚えがありすぎるほどにあるその男の名は、

 

(籠付(かごつけ)か。予想通りというか、懲りないというか……)

 

 件のストーカーは籠付(かごつけ)善男(よしお)。迷宮に潜る直前に守善とトラブルを起こした冒険者部の一年生だった。

 大方、守善の捨て台詞を流し切れず化けの皮を剥いでやるとでも思ったのか。わざわざ迷宮にまで後をつけてくるとは暇な奴だと守善は呆れた。

 

(しかもド下手か。マスターとしてカスだな。俺が道具(モンスター)に同情するとは)

 

 視界に入ってから一度、モンスターから奇襲を食らい撃退していたが、その光景から推察出来る冒険者としての技量は低い。

 奇襲対策が甘いのだろう。モンスターの奇襲が面白いように決まり、その対処に翻弄されていた。連れているのがDランクモンスターだから問題なく撃退できているが、主導権は敵モンスター側に握られている。マスターの采配としては落第だ。

 

「――――! 堂島ぁ!」

 

 向こうも、道の真ん中に立ち尽くす守善に気づいたか疲労の浮かぶ顔が一転して、険しくなった。

 

「まさかあれだけ警告しておいてこんな場所で出くわすとは思わなかったぞ。わざわざ俺の後をつけてきてまで一体何の用だ、籠付」

 

 直前のトラブルを思い出せばその場の雰囲気が一触即発となるのは当然だった。両者の間に漂う空気は明らかにピリついている。伴ってそれぞれのマスターが従えるモンスター達の緊張も高まっていた。

 

「後をつける? 何のことだか意味が分からないな。君の被害妄想だろう?」

「それで通ると思ってんのかクズ。明らかにこっちを付け狙いやがって。ストーカーに付き合わされるカードが哀れだな」

 

 流れるような罵倒のコンボに籠付の顔が引きつる。シラの切り方が下手すぎるが、それを差し引いても容赦がない。

 

「ッ……! 誰がストーカーだ!? 僕を侮辱するな!」

「ならなんでこんな辺鄙なダンジョンにいる? 理由は何だ」

「……ダンジョン攻略だよ。当たり前だろう」

「大学からそこそこ離れたここにわざわざ? 大学内に冒険者部御用達のプライベートダンジョンもあればもっと近場に別のFランク迷宮もあるだろうが。嘘つくの下手くそか。弁論術を磨いてから出直してこい」

「そんなことどうでもいいだろう! お前の知ったことじゃない!」

 

 最早しらばっくれるというよりも意固地になっているようだ。頑なに口を割ろうとしない籠付に守善は色々面倒臭くなった。

 大方名前が売れ始めた守善の化けの皮を剥いでやるとか、ダンジョン攻略の技量でマウントを取ろうとかその辺りだろう。常識的に考えれば実力行使に出るような馬鹿な真似をするはずがない。

 

(いっそここで潔くヤるか……)

 

 一瞬だけ危険な誘惑が脳裏を過ぎるがすぐに却下する。

 虚偽察知のスキルや魔法がある現代社会で、犯罪容疑者になった時にシラを切るのは限りなく不可能に近い。ヤるのなら法律に触れない範囲でなければ、と守善は()()()()考えた。

 

「そんなことより問題なのは君のカードの扱いだ!」

 

 そしてお次は籠付からの意味の分からない難癖だ。これには守善も首を傾げる。

 

「それこそ何の話だ。お前が口を挟む義理もないだろう」

 

 心の底からの疑問と共にそう答える。

 傍から見て守善のカードの扱いに思うところがあろうと、マスターとカードの関係は千差万別。他人が口出しする権利はないのだ。

 

「迷宮に入ってから君のやりかたをずっと見ていたが……見ていられない。

 そこの小さな天狗は常に出ずっぱりで、ロクに休憩も取らせずに働かせ続けているじゃないか。麗しい少女にそんな無体な振る舞いを課すなんて君には良心の呵責というものがないのか!?」

「……?」

 

 大げさな身振り手振りで自分に酔ったようなセリフを恥ずかしげもなく垂れ流す籠付。モンスター愛護の精神を発揮するのはいい。だがわざわざ他の冒険者が迷宮に攻略している場面を尾行した挙げ句にそのやり方に口出しするのは迷惑行為だ。冒険者ギルドに報告すれば注意を受けるのは籠付の方だろう。

 学生で冒険者になった者にはこういう手合がごく稀にいる。格好いい・可愛い・強そうなモンスターを従えることで自分もその一員になったかのように錯覚する。一言でいうと中二病を拗らせたヒーロー気取りだ。

 

(めんどくせえ……理解できん)

 

 もはや相手をしているだけで疲労感が肩に覆いかぶさってきていた。ある意味、モンスター以上の強敵かもしれない。

 そしてチラリと話題に上がった木の葉天狗に視線を送ると。

 

「……ッ」

「?」

 

 意外にも、と言うべきか。

 籠付からの茶々に木の葉天狗も鬼の首を取ったように騒ぐと思っていたのだが、意外にも沈黙を貫いている。それも感情を押し殺した無表情で。

 元が女の子カードということもあり、顔面偏差値は高い。さらにサイズまで人形並みなので、まさに人形のような無表情。非常に冷ややかな迫力があった。

 それを訝しく思いながらも、

 

「お前が知ったことか。部外者は引っ込んでいろ」

 

 と、一言で切り捨てる。

 事実、モンスターとマスターの関係性について、部外者からくちばしを突っ込まれるいわれはない。例外があるとすればカードの本来の持ち主である響くらいのものだろう。

 

「部外者だとかそんなことはどうでもいいんだ、重要じゃない。重要なのは君が悪行を成しているという事実であり、僕にはそれを正す義務があるということだ!」

「???」

 

 だが男の返事はさらにとんちんかんが極まっていた。どうしよう、と珍しく守善が対応に困るくらいには。

 

(そろそろ会話を放棄しても許されるだろうか。疲れた)

 

 思わず素でため息を吐いてしまう。徒労感が両肩にのしかかってくる。同じ日本語で会話しているはずなのにコミュニケーションが取れている気が全くしなかった。

 

「レディにはレディに相応しい扱いというものがある。それを弁えない輩に女の子カードを任せられないな」

「頼まれてもいないのに他所様のやり口に首を突っ込む迷惑クレーマーよりはマシだと思うが」

 

 脊髄反射のマジレスである。

 何言ってんだこいつ??? と空中に飛び交う疑問符が目に見えるようだった。

 

「図星を突かれて焦ったか? やはり君のような貧乏人は品がない。無様極まりないな」

「お前がそう思うのならそうなんだろう。()()()()ではな」

 

 と、ついにスラングまで使って対応し始めた。この時点で真面目に対応する気力が九割ほど尽きている。

 

「……話を進めよう。俺の答えは一つだ、”知ったことか”。お前が俺のやり方に文句を言うのは自由だが、俺が従う義理はない。で、俺の答えを聞いたお前はどうする? お勧めは回れ右してハイさよならだ。一番平和的な解決法だな」

「決まっている。君が心改めないというのなら力ずくでもそれを為すだけさ」

 

 はいワンアウト、と胸の内で呟く。

 守善は丁度自身と同じ目線で撮影できるタイプのウェアラブルカメラを頭部に装着している。いまの画像と音声はバッチリ撮れているはずだ。

 あるいは本人は正義感から言っているのかもしれない。だが実際に実力行使に踏み切ればそれは犯罪である。

 すわ荒事か、と場の空気が限界まで緊張に張り詰めたその瞬間に。

 

「そこの優男さんいいこと言いますね」

 

 木の葉天狗が仮面を貼り付けたような笑みを浮かべ、場の空気を断ち切った。


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