守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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 犯罪や示談について詳しくはないので、描写はサラッと流させていただきました。

 ツッコミどころがあっても見逃していただけると幸いです。




第十二話 普通に生きるのがトコトン下手な奴

 怯える籠付を連行し、ついでにボスをぶちのめして迷宮を出た守善はまず真っ先に響へ連絡を取った。

 

「弁護士に伝手はありませんか? 特に迷宮でのトラブルに詳しく上級国民様にも強気に出られるタフな弁護士に」

 

 事態を報告して早々に言い放った台詞である。使える人脈は使わねば損なのだ。

 

「…………何をするつもりだい?」

 

 通話口の向こうで困った顔をしているのがありありと分かる沈黙を挟んだあと、響は何をするつもりかと問いかけた。

 

「この弱みを突いてバカの親から絞れるだけ絞ります。俺に必要なのは謝罪や罰よりも金なので」

 

 籠付が刑務所にぶち込まれたところで一銭の得にはならないのだ。ならばどう利用するべきかを考えるべきだった。その結果、籠付が自由の身になっても一向に構わない。

 もし逆恨みを拗らせた籠付が懲りずに襲ってきたら? 再犯を理由にもっと絞れてラッキーと考えるのが堂島守善という男である。

 

「……いいだろう。知り合いの弁護士を紹介しよう。冒険者の事情に詳しい、頼りになる人だが……守善君」

「なんです?」

「やりすぎないように」

「相手次第ですね」

 

 向こうが快く金を出してくれるのなら特にやりすぎる必要もないのだ。

 一度響経由で件の弁護士に連絡を取り、この数時間で起こったトラブルを説明するとあとは早かった。

 金の匂いを嗅ぎつけた弁護士は就業時間を放り投げて速やかに動き始めたのだ。警察への通報、証拠映像のコピーと提出、籠付の親への連絡と交渉その他諸々一切合切。

 紹介された弁護士は確かに敏腕だった。僅か数日で示談は成立した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あの後、籠付は冒険者部から退部……のみならず、大学から自主退学した。

 どうやら籠付の親がそう決めたらしい。これ以上籠付を大学に置いておけば余計なトラブルを起こすと思ったのかも知れない。いずれにせよ守善と再会する機会はそうないだろう。

 が、最早籠付のことなど守善の頭からは綺麗さっぱり消え失せていた。

 

(そんなことよりも、良い収穫になったな。特に狛犬が手に入ったのは大きい。ガード役がいれば攻略も安定するはずだ)

 

 今回の一件の戦利品は籠付が所有していたDランクのモンスターカード、狛犬と示談金三〇〇万円だ。

 このうちの幾らかは弁護士へ必要経費として支払われるが、大収穫である。

 それ単体でひと財産であるモンスターカードと三桁万円の示談金をあっさりと払ったあたり、籠付は本人の自慢通り名家の生まれだったらしい。

 実にいい金蔓だったと守善も満足げである。

 弱みを握り続けたまま長期的に金を絞り続けることも考えたが、あまり恨みを買うのもまずい。守善に本格的に名家を敵に回せるようなバックはないし、何より本業は冒険者なのだ。あまり余計な労力をかけることは出来ない。

 一度で絞り出せる最大の利益を絞り出し、そこですっぱりと割り切ることにした。

 

(欲張りすぎるのも良くないからな)

 

 どの口が言ってるのだとツッコミを入れたくなる、まさに身の程知らずな呟きを内心で漏らす守善。

 自身で示談金の相場なども調べた上でギリギリの金額を吹っかけた男が言っていい台詞ではない。しかも動機は襲われた怒りではなく金銭欲だ。

 

「これも先輩にご紹介いただいた弁護士の先生のおかげです。助かりました」

「素直に受け取りづらいお礼だね、それは」

 

 場所は大学のカフェテラス。お昼時を過ぎたそこは適度に閑散とし、人目は少ない。

 テーブルの向かいに座った守善が心から誠実な顔つきで礼を述べると響は何とも言い難い微妙な顔で苦笑を零した。

 紹介した弁護士とタッグを組んで悪辣な笑みを浮かべながら籠付の実家から金を搾り取る守善の姿を見ていたからだろう。

 守善と籠付。被害者と加害者。果たしてどちらがどちらなのやらと、響にそう思わせるだけの光景だったのだ。

 

「法律に許される範囲で最大限自分の利益になるよう権利を行使しただけですよ」

 

 何でもないことのようにそうのたまう守善。

 既に大学内ではこの一件の顛末はそれとなく広まっており、守善は入学早々に名を売りつつあった。

 つまり、守善と揉め事を起こした籠付がその報復としてカードを奪われ、退学に追い込まれたという事実を元に脚色が混じった噂話だ。

 新人冒険者が仮にも冒険者部の部員を容赦なくぶちのめしたというセンセーショナルなニュースであり、話題性は高い。冒険者の在籍者数が多いこの大学ならば尚更に。

 この場合、籠付善男という冒険者の実体ではなく冒険者部の部員という身分が重要だ。普段からそこはかとなくエリート意識を漂わせている冒険者部の評判が傷つけられたわけだから、口さがないものは盛んにあることないことを言いふらし、噂に尾ひれが尽きまくっていた。

 噂の割合は悪評が半分、好奇心がさらにその半分、残りは冒険者としての興味と言ったところだろうか。なお一部の学生からはヤバい奴を見る目を向けられていたが、守善は気にも留めなかった。

 

「さて、この金で次はどんなカードを揃えたものか。相談に乗って頂いても?」

「もちろん。ところで予算のほどは?」

「そうですね。臨時収入は入りましたが、ポーションやらの出費も馬鹿にならないもので。となるとこれくらいで――」

「ふむふむ。その予算なら、そうだね――」

 

 予想外の臨時収入で資金的にも多少の余裕ができたため、新たな戦力拡充を求めて響に相談する。

 これまでの迷宮の踏破報酬やドロップ品と合わせれば、響からカードをレンタルするのではなく購入することも視野に入るだろう金額だ。とはいえまだ購入の決め手となるほど魅力を持ったカードはない。もう少しダンジョン攻略しながら考えるつもりだった。

 

「――と、私が手持ちのカードから提案できるのはこんなところかな? 冒険者ギルドでカードの購入を検討すればもっと選択肢は増えるが」

「金はありますが羽振りがいいわけじゃないので。いまの手持ちとシナジーの有る安いカードを魔石払いで、というのが理想です」

 

 Dランクカードは一枚で最低百万円。強く人気のあるカードは下手をすると桁が一つ上がる。いかに臨時収入があろうと二の足を踏む金額なのだ。

 奨学金という名の借金も返済しつつの自転車操業。守善の懐事情は温かいとは言えない。

 ともあれ戦力拡充は急務であり、カード化した装備アイテムを一枚、幾らかの金銭と引き換えにレンタルする。今日は迷宮でこの武器の試運転をこなすことになるだろう。

 

「そのためにもまた一稼ぎしてきますよ」

「今日も迷宮かい? 疲労は?」

「腕を鈍らせたくはないので。それにピクニックで疲れるほどヤワじゃ有りませんよ」

「油断だけはしないように」

「もちろん。ご忠告ありがとうございます」

 

 大学からの帰り道に寄れるFランク迷宮は全て踏破済みだが、それはそれとして踏破報酬は美味しい。報酬に釣られた守善は毎日のように迷宮に潜り続けていた。

 響の真摯な忠告に軽く答えると守善は足取り軽く去っていった。

 その背中を見送る響に、新たに声をかける者がいる。

 

「よう、邪魔するぜ。白峰」

 

 ガタイのいい、ワイルドな雰囲気を漂わせる青年だ。守善が去っていくのを見届けてから近くに寄ってきた彼は響が腰掛けるテーブルの対面に一声かけて座った。

 響もその珍客に驚きながらも拒みはせず、穏やかな口調で挨拶を送る。独自のプロ冒険者チーム設立を目指す響と、目の前に座る冒険者部の実力者。表立っては仲良く出来ない関係だが、互いの腕を認め合い個人的な友好関係を築いていた。

 

「カイシュウか。久しぶりだね」

 

 青年の名は加津(かつ)倫太郎(りんたろう)。あだ名はカイシュウ。由来は推して知るべし。

 

 

※カイシュウのイメージAA

 

 

 冒険者部の二年生であり、守善の入部を断った先輩がカイシュウだ。

 185センチを超える高身長に太く逞しい体躯。左頬には凄みのある十字傷、スポーツ刈りから伸びた髪は所々逆だっている。野性味の有る風貌だ。

 響が男よりも女に人気のある美人なら、カイシュウは女より男に人気のある偉丈夫だ。ホモヘテロ的な意味ではなく、兄貴と頼られ慕われるタイプである。

 

「例の一年坊主は元気がいいな、また迷宮か」

「腕を鈍らせたくないらしい。このところゴタゴタで潜れなかったのもあるだろう。だが時間が許せば毎日だって彼は迷宮に潜るだろうね」

「……確か冒険者に成って一ヶ月も経ってない素人だろあいつ。おい、ココは大丈夫なんだろうな」

 

 ココ、と頭を指差すカイシュウ。

 馬鹿にする意図はなく、純粋な心配だ。

 

「まあね。Fランクとはいえ毎日のように迷宮を攻略するなんて、よっぽど神経が図太くなければやってられない」

「うちの新人でもまずは日を空けつつ短い遠征を繰り返して迷宮の空気に慣れさせるところからだ。脳みそぶっ壊れて危機感なくなってるわけじゃねえだろうな」

 

 モンスターが徘徊し、前触れなく襲いかかってくる迷宮において冒険者にかかる精神的な負担は絶大だ。

 例えDランクカードが1枚あれば楽々と踏破できるFランク迷宮といってもそれは変わらない。守善が初心者であることを考えれば、その精神的な負担は余計に大きいと考えられる。

 それが嬉々として自分から向かうと慣れば心配するのも無理はない。

 

「普通ならそうなんだろうが……稀にいるだろう。探索者向きというか、むしろ迷宮に潜っている時の方が生き生きしてくるタイプの冒険者が」

「たまにいるな。天性の才能というか、気質だなアレは。非日常に適応した類の、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普通に生きるのが下手という表現に響も思わず頷く。

 馬鹿と天才は紙一重、大業は正気にて成らずともいうが守善にも一部当てはまるところがある。

 

「彼もそのタイプだ。マトモとは到底言えない、金のためなら躊躇せずに命を賭ける……()()()()

 

 と、ここで言葉を止める。

 響もまだ違和感を感じているだけで、ハッキリと掴めているわけではない故に。

 つまりは()()()()()()()()()()()()()()という疑惑の確信を。

 

「あるいは、なんだ?」

「いや、何でもない。ともあれ冒険者としての資質はあるよ。同じくらい難点もあるが」

「カカカ、流石の白峰響も手を焼くか。初対面で資質は感じたが、俺の勘もまんざら捨てたもんじゃねえかな」

「適当なことを……。入部を断る時に一度会っただけなんだろう? 私の苦労も知らずに好き勝手言ってくれるじゃないか」

「目を見れば分かるさ。負けず嫌いの悪童だな、アレは。格上相手でも下剋上上等で喉笛を噛みちぎりに来るタイプ。あいつの上に立つのはキツいだろうが、リーダーとして否応なく鍛えられるだろうぜ」

 

 楽しげに笑うカイシュウに、響ははっきりと顔をしかめた。

 他人事だからと気楽に笑うカイシュウには分からない苦労があるのだ。

 

「本当に大変なんだよ? カードを道具扱いするわ、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()……待った、今のナシで」

「……おい、その話ちょっと詳しく。いややっぱいいわ、それよりあいつ部の方でスカウトしていいか? 移籍金は払うぞ」

「私がスカウトした一年生に手を出すな! これ以上有望な新人を冒険者部に持っていかれると困るんだ!」

 

 ともに三ツ星冒険者として学内でも有数の実力者である二人の喧嘩とも言えない些細ないさかいはしばらく続いたのだった。




【Tips】魔石払い

 冒険者間でカードの売買を行う際に使われる節税テクニック。冒険者のカードの購入は経費として計上されるが、経費として認められるのはギルドなどの公認カードショップや公式のネットオークションで購入した物だけであり、個人間で売り買いしたものは経費として認められない。結果、相場よりも安く手に入れたとしても結局税金の関係で高くついてしまうことがある。
 これを回避するため編み出されたのが、現金ではなく魔石で取引をする魔石払いである。
 これにより税金の発生を防ぐことができるが、一方でカードの持ち逃げや偽魔石の混入など様々なトラブルが発生する可能性が高くなる。
 あくまで信用できる知人相手の取引に使うのが望ましい。

補足:
魔石とはモンスター討伐時のドロップや迷宮踏破時の宝箱から得られる万能資源。燃料・肥料など使い道は幅広く、ギルドがグラム単位で購入してくれる。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。


 なお冒険者部の(元)一年生がトラブルを起こしたことについて響と話し合おうとして忘れてしまったカイシュウニキはうっかり屋。
 響が手を出す暇もなく爆速で守善が収拾をつけたので、これ以上互いに遺恨なしで決着は着いた模様(ただし冒険者部をコケにした生意気な一年生へ不満を持っている部員はいる)。

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