守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第十三話 食らえ、対モンスター用催涙スプレー※なおスプレーを向ける先は味方

 守善は既に踏破したFランク迷宮に再び挑んでいた。

 攻略すればその分だけ踏破報酬はしっかりと出るので、金策のためにもおろそかにはできない。

 とはいえ既に踏破済みの迷宮だ。道に迷うことも苦戦することもなく、サクサクと攻略は進んでいく。

 

「「「……………………」」」

 

 だが一行の間を流れる空気は視覚化した機雷でも浮遊しているかのようにギスギスとしていた。ホムンクルスは元からだが守善、木の葉天狗も異様なほどに口が重い。

 原因は木の葉天狗である。籠付との一件で”共闘”したこともあり、多少は変わるかもしれないと期待していたのだが、そんなことはなかった。

 それどころか、これまではおとなしく従っていた命令にすらいちいち逆らおうとする。右を向けと言えば左を向くといった具合で、一から十までこれが続く。まるで意地を張っているかのようだった。

 

 

 籠付の一件がきっかけなのはおそらく間違いないが、結果だけ見ればマイナスの方向に転がったように見える。

 

(……切り捨てるべきか)

 

 胸の内で算盤を弾く。冷徹に利害だけを見据えて。

 示談金もあり、冒険者を始めたときよりは資金的には余裕がある。ある程度Fランク迷宮の攻略経験も積んだ。既に踏破済みの迷宮を再攻略するだけならば、さして索敵役も必要ではない。

 

(能力的には惜しい。かなり惜しい。表面的なスキルじゃない……自分のスペックを十分に使いこなすセンスがある)

 

 未だに切り捨てていないのは木の葉天狗の能力が間違いなく優秀だからだ。出来るならより上位のモンスターへランクアップして、そのまま使い続けたいと思う程度には。これから先、未知のダンジョンを攻略する機会は嫌というほど訪れるのだから。

 だからと言ってこのままの状態が続けばまともにダンジョンを攻略できない。

 切り捨てる()()か否か。その天秤に揺れる守善。その中に混じったほんの少しのノイズ、木の葉天狗を切り捨て()()()()という私情は見なかったふりをしながら。

 とはいえいまは目の前のダンジョン攻略だ。足元をおろそかにして格下にひっくり返されては泣くに泣けない。

 

「周辺に敵は?」

「つーん」

「食らえ、対モンスター用催涙スプレー」

「ンきゃああああぁぁ――――ッ!?」

 

 そっぽを向いて何も答えませんとサボタージュを決め込んだ木の葉天狗に容赦なく対モンスター用の催涙スプレーを吹き付ける。熊すら転げ回る超強力な催涙スプレーは羽虫を叩き落とすように木の葉天狗を撃墜した。

 色気の欠片もない悲鳴を上げてゴロゴロと転げ回る木の葉天狗に血も涙もない外道は容赦なく追撃のスプレーを浴びせかける。

 しばしの間苦悶に転がり回っていた木の葉天狗だが、やがてダメージから立ち直ると猛然と抗議を開始した。流石はモンスターのはしくれ、恐ろしく頑丈だ。

 

「何するんですかあんたー!」

「しつけ」

「私はあんたの子供でも奴隷でもねー! ストライキだ、サボタージュしてやる!」

「お前はモンスターカード、つまりは奴隷だろう。貴様らに労働闘争の権利などない」

 

 外道は一〇〇%本気でそう言っていた。

 怨嗟の籠もった木の葉天狗の視線を千枚張りの厚い面の皮で跳ね返す。平気の平左で気にした様子もない守善を見て、木の葉天狗は陰にこもった恨み言をボソリとこぼした。

 

「このド外道、いつか反旗を翻してやりますからね……」

「やってみろ、力ずくで押しつぶしてやろう。弱者の反抗を踏みにじるのは最高に楽しそうだ」

「うわ、本気で言ってますよこのマスター。控えめに言って最悪ですね」

「お前が能力は有るくせにまともに仕事をしないのが悪い」

「ヘンだ、マスターなんかのために仕事をしてやる義理なんて私にはないですー」

「お前が良くてもこっちは困る。特に今日はホムンクルスの獲物を変えた試運転の日だ。万が一があっちゃ困る。しっかり働け」

 

 そのまま口答えを続けるかと思ったが、意外なことに木の葉天狗は矛を収めた。

 

「むぅ……それを言われると弱いですね」

 

 ホムンクルスが話題に出ると木の葉天狗も言葉通りも弱った表情を見せたのだ。

 どうやらマスターに対してはともかく、同僚であるモンスターカードにはそれなりの情を抱いているようだ。無口無表情無感情を貫くホムンクルスだが一行の中では出来の良い末っ子ポジションを獲得しつつあった。

 

「しょうがないマスターです。ホムちゃんのためにもここは私が折れてあげましょう」

「……そうか。索敵は任せるぞ」

 

 大仰に肩をすくめ、やれやれ仕方ないと言わんばかりの木の葉天狗に守善は再びスプレーを向けるか一呼吸分の時間を葛藤したが、結局は大人しく相槌を打つにとどめた。

 やる気を見せるなら内心の自由や態度は大目に見よう。個性的なカードばかりに囲まれ、守善も多少はモンスターの扱いに慣れつつあった。

 追い風を起こしながら風を読み始めた木の葉天狗を見てひとまずはよしとうなずく。

 

(これでしばらくは鴉も使い物になるか。次はホムンクルスだな)

 

 これまでの迷宮探索で把握したホムンクルスの問題点。

 色々あるが特に大きいのはその耐久性の低さだろう。Dランクモンスターの基準で言えば濡らした薄紙並の紙耐久である。

 その脆さ、同格のDランクモンスターからクリーンヒットを食らえば一、二撃で戦闘不能に追い込まれるほどだ。最悪ロストの可能性もある。狛犬との揉み合いでそうならなかったのは幸運としか言いようがない。

 そしてそれを補う試みをいままさに実戦の中で試した直後だ。

 迷宮に潜って早々に遭遇したワイルドウルフとゴブリンの混成パーティー。力押しでも倒せる戦力だが、ホムンクルスの脆さを補うためのアイテムと戦術を与え、その試運転をこなしたばかりだった。

 

「渡したアイテムの調子はどうだ、モヤシ」

「はい、主。良好です」

 

 ホムンクルスの手には刃渡り20センチほどの刀身が真っ黒に染まった曰く有りげな短剣。銘は影写しのダガーという。

 刃物としての性能は迷宮産アイテムの基準で言えば平凡。それなりによく切れ、それなりに頑丈という以上の特徴はない。だが通常の武器系アイテムに無い特徴として、銘にある通り影を写し取る――――つまり本体と全く同じダガーの分身を作り出せるのだ。

 いくらでも量産し、使い捨てにできるダガー。それがこの武器の持つ強みである。

 

「さっきの戦闘での評価はどうだ? 戦闘経過もあわせて報告しろ」

「はい、主。敵はゴブリンとワイルドウルフの混在でした。索敵に長けるワイルドウルフを優先し、ダガーの投擲による遠距離攻撃を開始。

 ファーストアタックによる戦果はワイルドウルフ一体。生き残りのワイルドウルフに私の存在を気付かれ接近されましたが、二度目の投擲によって追加でワイルドウルフを一体殺傷に成功。

 残敵が足の遅いゴブリンのみの集団となったため、短剣による投擲を続行。ゴブリン三体を殺害。以降は近接戦闘を開始。ヒットアンドアウェイを繰り返し、一体ずつ仕留めました。

 分身したダガーも耐久性が落ちることはなく、投擲および斬撃において支障はありませんでした」 

「投擲スキルが思った以上に使えるな。うちじゃ貴重な遠距離攻撃手段だ。今後も精進しろ」

「はい、主」

 

 ホムンクルスが得た新たなスキル、投擲と分身するダガーを組み合わせた遠距離攻撃。いままで殴るかナイフで斬りつけるかしか攻撃手段のなかったホムンクルスが得た新たな攻撃手段だ。

 本職の軽業師もかくやというような見事な手際でのスローイングナイフ。格下相手とはいえ一体につき一投で敵モンスターを屠っていくさまは見事だった。

 

 

※ダガー装備のホムンクルス

 

 

 

 だが普通なら新たなスキルの習得には時間がかかるもの。僅か二週間にも満たない短期間でホムンクルスが新たなスキルを得られたのにはもちろん理由がある。

 

「……シルキーの教導スキルとホムンクルスの無垢スキルの組み合わせによる高速習得。メイドにスローイングナイフを教わるふざけた絵面だったが、中々馬鹿に出来んな。まさか何度か一緒に潜っただけで習得出来るとは」

 

 響が所有するDランクモンスターのシルキー。オルマと名付けられた個体、実はメイドマスターなるふざけた名前のスキルの持ち主だった。 

 だが名前こそふざけているが多彩かつ有能なスキルを数多く内包する。具体的には以下の通りだ。

 

【後天技能】

 ・メイドマスター:メイドに必要な技能を必要以上に極めている。明らかにメイドに必要のない技能も極めている。メイドスキルの効果極大上昇。パーティー内のメイドスキルを持つ者の行動にプラス補正。メイド、低級収納、秘書、教導、舞踏、演奏、指揮、短剣術、投擲術、武術、精密動作、庇うスキルを内包する。

(低級収納:物を収納できる内部空間を持つ。低級は押し入れ程度の広さ)

(秘書:マスターの様々な行動をサポートできる。特に戦闘の役には立つわけではないが、一度試すともう欠かせない)

(教導:自身が持つスキルを他者へと教え導くことができる)

(指揮:自陣への指揮に優れる。パーティ全体の士気向上、運用効率向上)

 

 一部方向性が行方不明なものもあるが、極めて多数のスキルを内包するまさに達人(マスター)の名に相応しい複合スキルだ。

 今回その有能さを見せつけたのが教導スキル。自身が身に付けているスキルを他者に伝授するという恐ろしく便利かつ有用な代物である。

 

 

※教師モードのシルキー

 

 

 この教導スキルに加えてホムンクルスが持つ先天技能の無垢のシナジーが抜群だった。

 

【先天技能】

 ・無垢:この世に生まれ落ちたばかりの純真な生命。技能習得の効率向上、精神異常耐性低下。

 

 無垢、生まれ落ちた命は生き残るために凄まじい勢いで周囲の全てからあらゆるものを学ぶ。その性質が形になったスキルなのだろう。

 当然教導スキルとの相性は抜群だ。

 

「腕のいい教師と出来のいい教え子がタッグを組んだ結果がコレか。もう少し先輩にメンターとして時間を取ってもらうべきだったかな。さっさとメンター制度を卒業したのは失敗だったか」

 

 少しの間だけ過去の選択を悔やむが、すぐに立ち直る。過去を悔やむくらいなら未来に向けて動くべき。妙なところで守善はポジティブだった。

 

「モヤシ、再確認だ。さっきの戦闘では負傷していないな?」

「はい、主。ありません」

「なら前回までの攻略と比べて負傷しにくい戦術だと思うか? 正直に答えろ」

 

 スローイングナイフによる遠距離攻撃とヒットアンドアウェイの近接戦闘の合わせ技。遠間ではスローイングナイフでチクチク削り、接近戦では敵の間合いに長居しないように一撃離脱戦法で立ち回る。

 それがホムンクルスの脆さを補うためにメンターである響に相談しながら守善が出した回答である。

 

「はい、主。前回と比べて負傷率が軽減しています。ただし誤差修正のため同規模の戦闘による検証を提言します」

「まぐれ当たりじゃないことを確認、か。そうだな、ひとまずは同じ戦術を試していく。意見があれば言え」

「分かりました」

 

 淡々とやり取りする主従を複雑そうに見る木の葉天狗。

 

「……」

「なんだ、鴉?」

「あなた、優しいんだかそうじゃないんだか。なんて、思っただけですよ」

 

 モンスターを道具扱いしながらも、その性能を十全に発揮できるように手を尽くす。非道ではあっても無能からは程遠いその姿を木の葉天狗は複雑そうに見ていた。


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