守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第十五話 言葉一つで案外モンスターはマスターのために命を張れる

(思わぬところで奇襲を食らったが……いい教訓になったと思うことにしよう)

 

 あの後バーサーカーによってワイルドウルフの群れは大半が駆逐され、一部は逃げ去った。苦境を覆して得た勝利だが、ぼやく守善の顔に喜びはない。むしろ苦々しげだ。自身の不手際がなければあの奇襲はなかったはずだと。

 だがミスを引きずりすぎても意味はない。再び無表情に戻った時には既に意識を切り替えていた。

 

「全員、よくやった。次に行くぞ」

 

 とそっけなくも珍しく労いの言葉をかけた。かなり珍しい反応だ。そしてさっさとその話題を流すべく一行を促して前に進もうとするも。

 

「待ってください」

 

 すぐにその足を止められた。

 守善は意識を切り替えられたが、木の葉天狗はそうではなかったのだ。

 

「なんだ、敵か」

「違います。さっきの戦闘についてです」

 

 徹頭徹尾、実務に対してしか意識を向けない守善に呆れつつ、自分を責めないのかと木の葉天狗は問いかけた。

 

「さっきの奇襲は私のミスが原因です。私を責めないんですか」

「何を言うかと思えば」

 

 ハァ、と溜息を一つ。

 嫌に反抗的な態度を取る一方で罰を望むような言動。どうもおかしな方向にこじらせたらしいと守善は思った。思ったからと言って言動を変えるわけではない。ただありのままを言葉にするだけだ。

 

「逆に聞くがお前は手を抜いたのか」

「まさか。手落ちはあっても、手抜きだけは絶対に。私の翼に懸けて」

「そうだな。遮蔽物に紛れ、動かずに待ち伏せしてくる相手に、お前の索敵は効果が薄い。今回の戦闘でそれが分かった。収穫だ」

 

 木の葉天狗曰く、風読みスキルによる索敵は周囲に吹く風に触覚を広げるようなイメージとのこと。だが素肌で触った時のように熱感や詳細な形状が読み取れる訳ではないらしい。動体であれば即座に敵モンスターと判別できるが、周囲の遮蔽物に紛れて動かずにいる相手には誤魔化されやすいのだ。

 

「何故責めないんです? 私のミスには変わりがないでしょう?」

 

 まるで罰を望んでいるかのような木の葉天狗の問いかけに守善は億劫そうにため息を吐いた。

 

「相手が一枚上手だった。そして俺が間抜けだった。お前のミスじゃない。俺のミスだ。そこを履き違えるな」

「それは――」

「俺のミスだ。もう最下層手前だ。モヤシを突っ込ませる前に熊に交代しても良かったし、安全策を取るなら突っ込ませる前に催涙弾を投げ込んでからお前に風を叩き込ませてもよかった。敵が待ち伏せていようがいまいが燻り出せるからな。

 奇襲は防げなくても対応策はあった。だが俺はそれを怠った。疲れていたからなんてのは言い訳にもならん。索敵役として仕事を果たしたお前とマスターとして選択を誤った俺。そら、どちらに責任があるか明確だろう」

「ですが」

 

 なおも反論……いや、行き場のない感情をぶつけようとする木の葉天狗。その姿をジロリと見詰め、冷ややかとすら言える視線とともに切り捨てる。だがその冷ややかさは木の葉天狗ではなく守善自身に向けられたもの。

 間抜けなミスを犯した自身を責め、二度と同じ愚を犯さないと心に刻む意志の現れだ。

 

「俺のミスだ。お前におっかぶせてやるほど、俺は間抜けでもなければ余裕もない。このミスは全て俺の成長の糧にする。お前にはくれてやらん。分かったなら黙ってハイと頷け」

 

 守善の上昇欲求を支える負けず嫌いな一面が顕著に顕れた、飢えた猛獣のような顔だった。そこにあるのは勝利も敗北も失敗も全てを糧に上り詰めてやるという決意。

 ゾクゾクと木の葉天狗の背筋が震える。純粋な恐怖が半分、そして共感が半分。

 どこまでも妥協せず、どこまでも上り詰めようという意思。それは方向性こそ違えど木の葉天狗にも身に覚えがある強烈な上昇欲求だった。

 

(私は、空を飛びたい。誰よりも疾く、高く。同じくらいこの人は、上に行きたい。多分そう思ってる)

 

 蒼天の下、誰憚ること思う存分その翼を羽撃(はばた)かせる己。誰よりも的確に風を捉え、風に乗り、空の彼方へと飛翔する自分。

 それが木の葉天狗が抱く原風景であり、そのイメージを実現させるためなら木の葉天狗はどんな努力も厭わないだろう。

 

(私とこの人は――――どこか似てる)

 

 木の葉天狗は素直にそう思った。

 閉じられた心がそれを認めることを拒んでいた。信じた先に裏切られることを恐れていた。だから自分から先に拒んだ。これ以上このマスターと付き合えば()()()()()()。そう悟ったからこそ。

 

「それなら、……」

 

 と言いかけて黙る木の葉天狗。それならの次は何と言いかけていたのだろうか。拒もうとしたのか、あるいは手を伸ばそうとしたのか。最早彼女自身にも分からなかった。

 

「なあ鴉よ。いい加減意地を張るのを止めてもいいんじゃねえか」

 

 ここで新たに口を挟んだのはここまで沈黙を貫いてきたバーサーカーだ。

 普段はやかましいくらいに口数が多く、デリカシーのない発言で空気を乱すこの熊の着ぐるみモドキ。だが普段とは別人のように落ち着いた口ぶりで嗜めるように語りかけていた。

 その変貌にその場の二人は怪しげなものを見たように訝しげにした。

 

「確かに俺達の旦那は人でなしのクソ野郎だ」

「その毛皮を生皮ごと剥ぎられたいのか貴様?」

 

 うんうんと深く頷きながら己のマスターを容赦なく貶すバーサーカー。その主である守銭奴は最近切れ味が増しつつある過激なツッコミを入れた。

 

「だがよ、根性の入った人でなしだ。金のために命を懸けられるクソ野郎だ」

「最悪じゃないですか」

「命を懸ける覚悟もない腑抜けよりマシだろ。お前もそういうマスターが大嫌いな口だ。違うか?」

「むう」

 

 反論できず、口をつぐむ木の葉天狗。

 図星だった。敢えてマスターを選ぶのならば、同じ場所でともに命を張り、自らの翼を思う存分使ってくれるマスターがいい。

 マスターが掲げる目的にこだわりはない。飛ぶという手段こそが木の葉天狗の望みなのだから。だが従うのならば自慢の翼を預けられるだけの器量が欲しかった。

 

「ずいぶんと偉そうな口叩くな、着ぐるみモドキ」

「マスターがカードに文句を言うなら、カードにだってマスターの出来不出来をどうこう言うくらいの権利はあるだろうよ」

「まあな。キッチリ仕事をこなすのなら、だが」

 

 守銭奴とて内心の自由までは侵害するつもりはない。心のなかでマスターに舌を出していようが咎める気は無かった。もちろんそのパフォーマンスに影響してくるとなれば干渉するが。

 

「偉そうついでに言わせてもらうがあんたもマスターとしてはまだまだだ。カードとの付き合い方ってもんが分かってねえ」

「俺に道具相手に媚を売れと?」

「じゃ、道具相手の付き合い方と言い換えても良いぜ」

 

 挑発するように問いかけても飄々とした語り口の答えが帰ってくる。

 ふざけた見かけのくせに嫌にクレバーなカードだった。見かけと普段の言動は明らかに頭がおかしいくせに、たまに核心を衝いてくる。

 

「俺たちは道具だ。旦那に従うしかないモンスターカードだ。だが嫌々マスターに従うか、望んでその指示に命を懸けられるか。それを分けるのはマスターの器量だわな。どうせ命を懸けるなら、死に甲斐がある方が仕事に張り合いが有るってなもんよ」

「俺にその器量はないと?」

「マスターとしての腕前を悪くねえ。こうして俺の言葉に耳を傾けてくれてんのも高得点だ。その上で必要なら迷わずに自分の命を懸ける凄みもある。あとは報酬だな」

 

 報酬と口に出した途端、守善がため息を一つ吐いた。

 

「結局それか。要するに待遇改善のストライキってことでいいのか?」

「いや違う、全く違う。こいつはプライドの問題だ。俺は俺の仕事をきっちり果たしたと自負している。ならマスターが俺の働きをどう思っているか知りてえのさ。報酬と言ったのは評価に使う尺度で、旦那に伝わりやすいと思っただけだな」

 

 あくまで守善が己をどう評価しているか知りたいだけなのだと、バーサカーは問いかける。

 

「旦那、あんたは俺の働きに幾ら値を付ける?」

「……カードに報酬を渡す知り合いはいない。だから相場も分からんし、物差しがない言葉は軽くて好かん……が、お前が求めるなら答えよう」

 

 客観的に見て、バーサーカーの働きは水際立ったものだ。

 優れた基礎能力とシナジーの利いたスキルの数々から繰り出される剛撃は守善が上り詰めるために必要となる”力”だ。その”力”が協力的になるというのなら、言葉にするのは吝かではない。

 

「熊、お前は常にいい仕事をした。そのふざけた見かけだけは受け入れられんが、お前の能力を俺は信用している。……要望があるなら、まあ聞いてやらんでもない」

「その言葉が聞きたかった」

 

 守銭奴が最大限譲歩した言葉に、バーサーカーは満足気に頷いた。

 

「なにも現ブツだけがマスターとカードを繋ぐもんじゃねえ。こういう言葉一つで案外モンスターはマスターのために命を張れるもんさ」

「……理解できん価値観だ。命だぞ? 言葉一つで懸けていいものじゃないだろう」

「人間は死ねば終わりだが、モンスターは死んでも”次”があるからな。母なる迷宮に還るだけさ」

 

 人間とモンスターの死生観の差が如実に現れた会話だった。多くのモンスターはロストしても母なる迷宮に還り、またカードとしてドロップするのだと話す。

 また、モンスターは名付けという儀式を経ることで例え死んでも復活出来るシステムが有る。

 己の主が自身の命を張るに足る器か。マスターがモンスターを一方的に使うだけではない。モンスターもまた使われる中でマスターの器を見極めているのだ。

 

「誰とは言わねえが、自分を納得させる材料が欲しい奴だっている。思ったままをそのまま言ってくれるだけでいい。それだけでも変わるもんはあらぁな」

「その誰かってのは一体誰のこと言ってるんですか、熊さん?」

「さあなぁ。お前さんは心当たりがあるかい?」

 

 不機嫌そうに木の葉天狗が文句を言うが、バーサーカーは飄々と笑ってどこ吹く風だ。

 言うだけ言って満足そうに守善と木の葉天狗の様子を見ている。

 

(勝手なことばかりほざく熊だ)

 

 そう思う一方で、胸に響く部分もあったのも確かだ。

 いい仕事には報酬がなければならない。働いた者には報いがなければならない。それもまた守善の信念の一つだ。ただし無能、不良品の類にかける情はない。ある意味どこまでもドライで、公平な守銭奴だった。

 そして目の前の二枚と、今はカードに戻っているホムンクルスはそれぞれ問題こそあれ自分の仕事はキッチリとこなしているし、評価すべき点は多い。

 少なくともこの三枚を使い捨ての不良品と見ることは出来そうにない。

 

「鴉」

 

 次いで、一番の問題児である木の葉天狗に向き合う。

 どんな結果になるにせよ、ひとまずはバーサーカーの忠告に従ってありのままを語ってみることにしようと思いながら。

 

「……なんですか?」

「お前は必要な仕事もサボるカスカードだ。はっきり言って使い辛い。真っ先に手放すのを検討したくらいだ」

 

 淡々と、どこまでも無情に事実を告げる。

 その言葉を聞いた木の葉天狗は一瞬だけ傷ついた顔を見せたが、敢えて無視した。

 

「ッ! ……そ、うですか。まあそうでしょうね、私反逆系スキル持ちですし? そんな不良品なんてマスターも――」

「だが始末の悪いことに能力だけは優秀だ」

 

 そのまま何でも無い風を装ってぐだぐだと続きそうな自虐を遮る。続けさせるだけ有害だと判断して。

 

「さっきを除けばお前は一度も敵の奇襲を許さなかった。迷宮を攻略する上で今後も必要になる能力だ。是が非でも欲しい。俺が上に行った先でも使いたいと思う程度にはな」

 

 ただ事実だけを口にする。一から十まで本音を、淡々と。

 そっけないが偽りもない褒め言葉の羅列に、木の葉天狗の呆けた顔が見る見るうちに血の気を取り戻していく。

 

「お前が必要だ。俺のために働け」

「……色気のない口説き文句ですねぇ。口説き方としては三流ですよ」

「せめてサイズを人間並に伸ばしてから言え。女未満のフィギアモドキを口説く予定は一生ない」

 

 そっぽを向きながらのそっけない口調。少女の本心が別にあるのは明らかだった。そんな乙女の照れ隠しも入った態度を守銭奴は鼻で笑い飛ばす。

 

「誰が美少女フィギアですか!? そこまで言うならランクアップ先のカードを用意してくださいよ! このままじゃ一生チンチクリンのままなんですから!」

「Dランクの女の子カードの値段を知ってるか? 安くて数百万だぞ」

「むー。では努力目標ということで未来のマスターに期待しますか――――その契約、承りましょう。改めて私の翼をあなたに預けます」

「……本気の言葉と受け取っていいな?」

 

 確認のため問いかけると全く素直でない自称美少女天狗は仕方ないとばかりに肩をすくめて応じる。

 

「……これだけマスターの方から頼まれたんですから、仕方なく――本当に仕方なく私の方から譲ってあげます! まあこれだけ熱烈に求められちゃいましたし? 是が非でもとか言われちゃいましたし? 応えないのも女が廃るといいますか?」

「カードごと叩き割るぞ、そこの性悪鴉。一気に使う気が失せてきた」

 

 ドヤ顔ダブルピースでもかましそうなほど調子に乗りまくった木の葉天狗に無表情で釘を刺す守善。なおいまのところロスト以外でカードを破損する方法は見つかっていないのだが、このまま調子に乗りすぎれば手持ちの手段でそれらの破壊方法が本当に無意味なのか再検討するのも吝かではない。

 本気のオーラを感じ取ったのか調子に乗った木の葉天狗が嫌な予感に身震いする。

 

「マスターって本当に冗談が通じませんよね!? そんな風じゃモテませんよ!」

「生憎と金儲けが趣味の面白味がない男でな」

「うわ、おもしれー男が真顔でギャグ言ってて超ウケますね。熊さん、どう思います?」

「マスターに座布団一枚……いや三枚!」

「一から十まで本音だが? それくらいにしておけよケダモノども?」

 

 守善が対モンスター用の催涙スプレーを構えてジリジリと真顔で詰め寄るとモンスター達もまた微妙に距離を空ける。妙な緊張感が張り詰めたやり取りは少しの間続いた。

 相変わらず飛び交う言葉は険悪だが、新たな一歩を踏み出した彼らの間にはギスギスとした空気はもうない。兄弟とじゃれ合うような、ライバル同士で張り合うような、油断はできないがどこか心地のいい緊張感があった。

 

「あとはホムちゃんがこの場にいれば完璧なんですけどねー」

「Fランク迷宮じゃ二枚までしか召喚出来ん。昇格試験までは我慢しろ」

 

 召喚制限からEランク迷宮に挑むまで三枚のカードが一堂に会することはない。

 それを嘆く木の葉天狗だが、バーサーカーは首を横に振って否定した。

 

「いや、よく見てみな。確かにこの場にはいねえが、ホムンクルスも旦那のことを認めてるってよ」

「なに?」

「そら、そこだ」

 

 と、バーサーカーはその太い指先で守善の胸もとを指し示す。

 そこには蛍の光のように淡い光を放つ一枚のカードがあった。カードが新たなスキルを得た時に輝く光だ。

 

「これは……」

 

 懐から取り出したホムンクルスのカードを見ると、その後天技能の欄に新たなスキルが刻まれていた。

 

【後天技能】

 ・零落せし存在

 ・短剣術

 ・投擲術(NEW!):武器の投擲に特化した武術スキル。武術スキルと効果重複。特定行動時、行動に大きなプラス補正。

 ・忠誠(NEW!):仕えるべき主を見出した証。忠誠心に応じてステータス向上。

 

「忠誠スキル。効果は確か忠誠心に応じてステータスが上昇する、だったか」

 

 マスターとカードの関係性によってのみ刻まれるスキルだ。ホムンクルスが堂島守善を仕えるべき主と見出した証明。

 これまでの冒険の中であの無口で無感情なホムンクルスがどんな思いを抱いていたのか。

 守善は知らないし、知ろうともしなかった。徹頭徹尾道具として扱い、ホムンクルスは働きで応えた。その働きに(例え本音であっても)労いの言葉をかけるくらいで、実利という形では返さなかったというのに。

 誠意とは言葉ではなく金額。心からそう思っている守善にとってこのスキルは本当に意外な成果で、驚くべきことで……だが決して悪い気分ではなかった。

 

「馬鹿な奴だ。自分から好んでこき使われたがるとは」

 

 そう言ってホムンクルスのカードを眺める守善の顔はほんの僅かに緩んでいた。

 今度からもう少し丁寧に扱ってやろう。誰に言われるでもなく、ごく自然にそう思った。

 

『――――』

 

 その笑みを見た二体のモンスターが絶句して一拍の”間”が生まれ。

 

「どうした?」

 

 その間を訝しんだ守善が問いかける。

 

「いや、なあ?」

「ええ、そうですね」

 

 顔を見合わせる二体のモンスターの顔に浮かぶのは、千年に一度だけ泥の中に咲く蓮を見た時に浮かぶ驚きと感心を滲ませた微笑み。あるいは鬼の目にも涙というか、意外な人の意外な一面を見たときのような微笑ましさというか。

 

「マスターもそんな顔で笑うんですね」

「何がおかしい? 俺も笑うことくらい幾らでもある」

「ええ、獲物を罠にハメた時とかすごく邪悪な笑顔を浮かべてますよね。蛇みたいな」

「いや、悪魔だろ?」

「ブチ殺すぞケダモノども」

 

 と、ここで許容範囲を超えたため対モンスター用催涙スプレーを容赦なくモンスターたちに向けて噴射する。守銭奴はモンスターに対して上下関係に厳しかった。

 抗議の声を上げて逃げ回るモンスターを追いかけてスプレーによる追撃をかけるコメディじみた光景はしばしの間続いた。

 

「ちょっとしたお茶目ですよ。そこまで怒らなくてもいいじゃないですか」

「そうだそうだ。旦那には心の余裕が足りてねーぞ。小魚食べろ」

「道具を使うには飴と鞭を使いこなす必要があると学んでな。お前らのお陰で」

 

 モンスター達の抗議をどこ吹く風と受け流すマスター。そこにはある種の()()()()空気を醸し出す一個のパーティがいた。

 

「いい加減夜も遅い。さっさとボスを始末するぞ」

「了解です」

「任せな。一発で”葬らん(ホームラン)”をくれてやるぜ」

 

 既に最下層の直前。あとはボス撃破を残すだけ。そう号令を下せばこれまでよりも素早く機敏に返事を返すモンスター達。

 守善に使われることに対し、確かに前向きになっているようだ。

 

(……まあ、こういうのも悪くはないか)

 

 心を通わせながらもどこか締まった空気の中、一行は最下層への階段を下る。

 先に結果を言えば各々が仕事を完璧にこなし、宣言通りボスを相手に一撃で決着した。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 後日。

 また別の迷宮にて。

 

「そういえば結局お前の望みを聞いてなかったな、熊」

「お、聞いちゃう? それ聞いちゃう?」

「生皮ごとその毛皮を剥がれる前にさっさと吐け。不愉快だ」

 

 熊の着ぐるみモドキに周囲をうろちょろされながらアピールされ、果てしなくウザい。

 機嫌を急降下させた守善は不機嫌さを隠しもせずに問いかけた。

 

「オッケー。じゃ、ボールとグラブの用意よろしく。マスターの分な?」

「……は? ボール? グラブ?」

 

 サラリと出された要望に条件反射で問い返すも意味がわからない。

 

「おいおい知らねのかマスター。野球っていうのは一人じゃ出来ないんだぜ」

「聞いてるのはそこじゃねえよ」

 

 渾身のツッコミを入れる。なお分厚い着ぐるみにそのツッコミは弾かれた。

 

「話はシンプルだ。マスターが投げて俺が打つ。それだけでも野球っていうのは楽しいもんだぜ。

「一応言っておくが万が一ピッチャー返しを食らったらダメージはお前らに行くんだぞ?」

 

 あのフルスイングで送り出される球の勢いなど想像もしたくない。比喩ではなく人体を吹き飛ばす勢いのボールが繰り出されそうだ。例えカードのバリア機能があってもそんなものを受けたくはなかった。

 当然モンスターたちもお断りだろうと思ったのだが。

 

「もちろん覚悟の上さ」

 

 バーサーカーはキメ顔でそう頷いた。

 

「お前以外は了承してないだろうが」

 

 守善は無表情でそうツッコんだ。

 

「仕方ねえ、妥協するか。まずはキャッチボールからな」

「……手加減しろよ? 人間だぞ、俺は」

 

 無表情に苦々しげな感情を滲ませる守善だが遂に断りはしなかった。

 有言実行が守善の信条。バーサーカーの働きに相応の報酬で報いると答えたのだから、それを嘘にすることは出来ない。不可能な望みなら容赦なく退けたが、これはそうではないのだし。

 

「クソが。早まったか」

 

 とはいえボヤキの一つも零すのは責められないだろう。

 後にマスターの苦境を見かねたホムンクルスもこの遊びに加わり。

 その器用さで自由自在に変化球を投げ分けるホムンクルス・バッターの心理状態を読み切って的確なサインを出す守善のコンビと、無造作なスイングで広角に打ち分けるバーサーカー。

 両者が打って打たれてのミニゲームを迷宮の安全地帯で繰り広げたという。


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