守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第十八話 二ツ星冒険者資格試験③

 そして守善の容赦ない躾から十数分後。

 狛犬と獅子が催涙スプレーの痛みと刺激から立ち直ると、早々に彼らはもとの調子を取り戻した。

 

「それで結局何の用だ、マスター。俺と弟者(おとじゃ)を呼ぶほどだ。さぞや強敵なのだろうな?」

「マスターが相手でも上から目線、流石だな兄者(あにじゃ)。腰が引けて無ければ完璧だったぞ!」

「もう一度スプレーを食らっておくか? 駄犬ども」

 

 と、懲りずに漫才を続ける二匹に催涙スプレー片手に脅しをかければ。

 

『キャィンキャイン、キューン……』

 

 と、途端に尻尾を振って哀れっぽい鳴き声を上げる二匹。どうやらよほど催涙スプレーの痛みが堪えたようだ。

 

「お前ら狛『犬』とはあるがモチーフはライオンだろ……プライドはないのか」

 

 自身のアイデンティティに砂をかけるが如き情けない鳴き声に思わずツッコミを入れる守善。彼の言う通り、狛『犬』の名前とは裏腹に狛犬・獅子の外見モチーフがライオンであることは一目瞭然だ。

 狛犬と獅子の起源は一説に古代オリエントに遡れるという。原始の大自然に生きる古代オリエントの人々は百獣の王ライオンに霊威を見出し、城や神殿など聖域の入り口に門番のようにライオンの像を配置した。

 聖域を守る獅子というモチーフは文化の伝播に伴いユーラシア大陸の東西に流布していき、インド・中国・朝鮮半島などでそれぞれの文化とともに合わさりながら遂に日本へと流れ着く。日本では神社仏閣で狛犬達が見られるのは仏教の伝来とともに入ってきたからであり、仏像の前方に二頭の獅子が配置する習慣があったのだ。

 狛犬の親戚にファラオやピラミッドを守るエジプトの守護聖獣、スフィンクスがいる。彼らが果たす役割は聖域や聖者の守護。はるか東と西に分かたれたとはいえ、その本質は変わっていないのだ。

 そんな背景を込めた問いかけに狛犬はキリッと格好つけたキメ顔をすると堂々とした口調で反論した。

 

「アウトローとは法の外にいる者。そして法の外では”力”こそが全て。故に俺はマスターに従おう」

 

 ただし、かなり情けない内容を。

 

「格好いいことを言っているがその実強者に尻尾を振るがごとき発言。兄者、俺は情けなさで心が痛いぞ!」

「お前実は狛犬を煽るのが趣味だな? 駄犬その二」

 

 実は狛犬に負けず劣らずやかましい獅子に冷たい一瞥を投げる。だがすぐに気を取り直してまあいいと呟いた。

 

「お前らを呼んだのは雑魚を相手にした試運転だ。だが評判倒れの活躍は見たくないな、ボス戦での戦略が狂う」

「言ってくれるな、マスター。その戦略とやらを是非狂わせてやろう。評判以上の有用性を見せることでな!」

「うむ。本気になった兄者と俺はちょっと凄いぞ。期待してくれていい」

 

 守善の挑発に敢えて乗った狛犬と獅子が纏う空気が熱と戦意を帯びる。直前までの漫才コンビのようなふざけた気配はない。その鋭い空気はスイッチが入った時の木の葉天狗やバーサーカーに似ていた。

 普段はおちゃらけているが、いざ実戦では百点満点で百二十点のパフォーマンスを叩き出すファイターのソレだ。

 

「……期待している。嘘偽りなくな」

 

 色々と個性豊かで欠点も多いが、間違いなく優秀なモンスター達。

 彼らを従える過程で実力以外の部分は無視するという特技を身に付けた守善は胸の内で沸き起こった諸々をしまい込み、精々重々しく見えるように頷いた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 木の葉天狗の言葉通り、右の道を少し進んだ先にはモンスタールームがあった。その扉の前に立ち、最後の確認を行う。

 

「今回の主役は駄犬どもだ。まずは奴らで敵の攻撃を受け止め、体勢が崩れたところで反撃する。タイミングは抜かるなよ」

 

 守善の指示に各々が返事を返した。

 決して勢いのまま扉を開けるような真似はしない。迷宮のトラップは扉に仕掛けられていることも有るからだ。ホムンクルスが素早くチェックし、首を振る。少なくとも罠らしい痕跡はないようだ。

 

『…………』

 

 全員が無言のまま頷く。

 三、二、一と数を減らしていく守善の指が全て折りたたまれたのを機にホムンクルスが蹴飛ばすように勢いよく扉を開けた。

 罠は……無し! 即座に狛犬・獅子を先頭に小部屋に突入するモンスター達。

 乱入した狛犬たちに敵モンスターも気付き、威嚇の鳴き声を上げ始めた。

 

「相手は……ハイコボルトが四体に、アレはワイルドウルフか? それにしてはデカイが」

 

 守善の視線の先には言葉通り犬頭の毛むくじゃら獣人が四体。更に人でも丸呑みできそうな巨体の狼が一体。

 待ち構えていた敵は合計五体だが、その中でも巨狼の存在感は頭一つ抜けている。自然と警戒心が巨狼に向いた。頭の中で狼系統のモンスターを総ざらい、更に響から聞き出したEランク迷宮で要注意なモンスターのコンボを思い出し……一件がヒットする。

 

「まさか……ロボ。狼王ロボか?」

「強いんですか? あの狼?」

 

 

狼王ロボ・イメージAA

 

 

 狼王ロボ。

 博物学者アーネスト・シートンによってその活躍が記された開拓期のアメリカで猛威を奮った狼だ。悪魔が知恵を授けたとさえ称された狡猾さと図抜けた巨体、精鋭を率いる統率力によって無数の家畜を屠ったという。

 その最期は最愛の伴侶を人間に奪われて正気を失い、捕らえられた果てに餌も水も拒んでの餓死。

 恐らくは世界で最も有名な狼の一頭だろう。

 

「所詮Eランクだ。まともに戦えばDランクの狛犬たちの敵じゃないが……シナジーがエグい」

「ハイコボルトとの組み合わせが?」

「先天技能、復讐の牙。倒れた仲間の数だけ次に繰り出す一撃の威力が増す。下手に食らえばタフなDランクモンスターでも危うい」

「で、ハイコボルトの先天技能が下位種族のコボルトを無限に呼び出す眷属召喚ですから……うえぇ。ヤな感じですね」

「しかも狛犬たちは鈍足かつガード向けのスキル構成だ。最適解の速攻にはトコトン不向きだな」

 

 一度相手の攻撃を受け止めて体制を崩したところで反撃を入れる、という作戦だったが相手との相性が悪い。一度引かせるのもやむを得ない、と決断を下した。

 互いに啖呵を切ってすぐに選手交代というのは格好がつかないが、無駄に意地を張ってロストするよりマシだ。

 

「狛犬、獅子。作戦変更だ。下がって俺のガードに入れ。こいつらはモヤシと熊に狩らせる」

「待て、マスターよ。その必要はない」

「なに?」

 

 自信に満ちた狛犬の台詞に疑問の声を上げる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。我らならばそれが出来る。断言しよう」

「……本気か?」

 

 敢えて打たせるとなればDランクモンスターでも一撃でロストする威力になるだろう。如何にタフな狛犬と言えども当たりどころが悪ければロストしてもおかしくない。正直に言えば避けたいリスクだ。

 

「そもそも速攻で奴の首を取ればそれで終わりだ。無駄な危険を犯す必要はどこにもない」

 

 どこまでも冷静に戦況を判断したクレバーな意見に狛犬は鼻息荒く噛み付いた。

 

「俺は言ったぞ、マスターに()()()()使()()()と示すとな! そしてマスターは期待していると言ったな! どうだ、奴らが誇る最強の一撃とやらはマスターの期待を脅かすほどのものか!?」

「駄犬が言ってくれる……」

 

 守護獣。守り護る獣の誇りを懸けたその叫びには、守善に一考を促すだけの力があった。

 一呼吸置き、その数秒間で思考を纏める。

 ガード適性の高い狛犬と獅子が二枚揃い、予備戦力も十分にある。無駄なリスクと言えば否定は出来ないが、同時に試運転の場としてはこれ以上無い。狛犬達に求める役割はマスターのガード役であり、その盾の堅さを確かめる良い機会なのも確かだった。

 

「我らは守護獣。その傍に侍り、害意を退け、主を守る獣! 負った役割に懸けて主を守護しよう。マスターよ、返答は如何に!?」

 

 と、語気荒く狛犬が問いかければ。

 

「流石だ兄者! 主を守らんとする気概、痺れたぞ! さっきの一幕がなければ完璧だったが……そこは俺が補うとしようか!」

 

 応、と獅子が先んじてその檄に答える。

 二体の戦意溢れる咆哮に守善もまた不敵な笑みで浮かべた。自信家は嫌いではない。叩いた大口(ビッグマウス)を有言実行する限りにおいてだが。

 

「いいだろう、乗ってやる。作戦は継続だ。こちらでやることは?」

「であれば一つ! 我らに守られながら、ともに前へ進んでもらいたい! 出来る範囲で援護もだ!」

「守護獣スキルか?」

「話が早いな、マスター。喜べ弟者、我らは当たりを引いたようだ!」

 

 狛犬・獅子の先天技能、守護獣。

 防衛行動時、生命力と耐久力が向上し、さらに威圧、庇うなどを内包する複合スキルだ。

 狛犬・獅子は誰かを護る時にこそ最大の力を発揮するモンスター。その力を最大限引き出すため敢えて前線へ身を投じろとの要請だった。

 

「我ら自身で前へ出て奴らに圧力を掛け、更に奴らの狙いをマスターに絞らせる。安心しろ、どんな一撃でも絶対に我らが防いでみせよう!」

「……吐いた唾は呑めんぞ。嘘にした瞬間お前らをロストさせてやる」

呵々(かか)、承諾と受け取った!」

「兄者もだが、マスターも大概迷わんな。ま、仕え甲斐があると言っておこう!」

 

 渋面を隠さず、しかし迷わずに()()と答えた守善へ吼えるように二匹の獣が笑う。その掛け合いを見た他の三体は苦笑とともに一歩下がった。ここは狛犬たちが主役の戦場だ。彼らの出番はまだ先だった。

 狛犬達が最前衛で爪牙を振るい、そのすぐ後ろに守善が続く。更にその後ろで木の葉天狗達が待機してフォローを務める布陣を敷いた。

 

「さあ、奴らの喉笛を噛み千切りに行くぞ!」

 

 かくして守善と敵モンスターの思惑が一致し、戦況は互いに正面からぶつかる殴り合いになった。

 敵陣には眷属召喚持ちが四体。突入から会話に時間を費やしたこともあり、既に四体のコボルトが召喚されている。突撃をけしかけられた雑兵コボルトが粗末な武器を片手に耳障りな遠吠えとともに迫って来ていた。

 

「雑魚が調子に乗るなよ!」

 

 剽悍な身ごなしで迫るコボルトに向けギン、と狛犬と獅子の厳しい形相から強烈な眼光が放たれる。

 その眼光を浴びたコボルト達はビクンと体を震わせ、軽快な動きが途端に鈍った。

 敵が怯んだ機を見逃さず、狛犬達の巨体が力強く躍動して隙が出来た敵陣を食い荒らしにかかる。瞬く間に突撃してきた四匹が狛犬・獅子の振るう爪牙の一撃に薙ぎ倒される。まさに鎧袖一触。

 

「怯えろ、竦め! その性能を活かせぬままに死んでいけ!」

「雑魚を相手にそのイキリよう。流石だな兄者!」

「いい加減漫才を止めろバカども。お前らに任せていいか不安になってくるだろうが」

 

 眼光の正体は守護獣に内包される威圧スキル。その効果は強烈な迫力で敵を威圧し、その動きを鈍らせること。

 狛犬と獅子の眼光が物理的な圧力を有する重圧(プレッシャー)となって召喚されたコボルト達の足を鈍らせたのだ。怯えふためき、出足が遅れた格下などいくら数がいても烏合の衆だ。

 だが、

 

「お代わりが来たぞ。そら働け」

「ええい、雑魚かと思えば意外と面倒くさいぞこいつら。思ったより増えるのが速い!」

「兄者、兄者。格好つけて啖呵を切った十秒後にソレはいくら何でも格好悪すぎるぞ!」

 

 眷属召喚スキルは時間さえあれば無限に眷属を呼び出すことが出来る。四体のコボルトを片付ける間に新たに呼び出されたコボルト四匹がさきほどの焼き直しのように突撃してきた。

 EランクとDランク、その戦力差は歴然としている。狛犬・獅子の振るう爪牙の一撃であっさりと倒れるコボルトだが、僅かでも処理に手間取ればハイコボルトが追加戦力を呼び寄せる。

 倒すのに意外と手間取り、僅かずつしか前に進むことが出来ない。その間に復讐の牙を研ぐ屍は積み上がっていく。このままではジリ貧と悟り、厳しい顔つきをもっと厳しくする狛犬たちだったが。

 

「援護します」

「同じく。ま、これくらいはね?」

「おお、かたじけない!」

 

 ホムンクルスと木の葉天狗。それぞれスローイングナイフと初等状態異常魔法による援護が可能な後衛のフォローで戦況は好転した。

 コボルトの脳天にナイフが突き立ち、スリップを食らった個体が足を滑らせて転倒する。足並みが揃わず、威圧スキルで動きが鈍ったそこに獰猛な獣が容赦なく襲いかかった。

 コボルトを呼び出すやいなや突撃をけしかけるハイコボルト達だが、狛犬達の攻勢を止めるには至らない。次から次へと呼び出されるコボルトを屠りながら着実に前へ進んでいく。守善(マスター)をその背に庇い、ただの一度のアタックも許さない盤石の守りを敷きながら。

 ほどなくして四匹のハイコボルトと狼王ロボが控える敵本陣の目と鼻の先に迫った。

 

「これでもう増援は呼べんぞ!」

「覚悟!」

 

 眷属召喚が間に合わず自ら戦場に立った四匹のハイコボルト達。最後のロスタイムで召喚した四匹のコボルトと合わせて合計八匹の敵戦力。

 数に優越する敵だが、勢いに乗った狛犬と獅子があっというまに二体を食いちぎり、叩き潰す。さらに背後に控えていたホムンクルスが瞬きの間に投擲した四本のスローイングナイフによってハイコボルトが全滅した。生き残ったコボルトなど最早雑兵以下のオマケに過ぎない。草を刈るようにバーサーカーの振るう棍棒で薙ぎ払われた。

 

「お前で最後だ」

「グルル……!!」

 

 残るは復讐の狼王ロボ一頭。多勢に無勢としか見えない戦力差だ。

 だが二十を超えて積み上げられたコボルト達の屍は着々と復讐の牙を研いでいた。

 唸り声とともにその巨体から放たれるプレッシャーを一層増す狼王ロボ。狛犬らとの間合いを見切り、最大の威力を叩き出す助走距離に足を踏み入れたその瞬間、解放されたバネのような勢いで地を疾駆した。

 

「ギャオオオオオオオオオオオオォォォ――――――――――――ンッッッ!!」

 

 大咆哮。

 狼王ロボが決死の覚悟と報復の念を込めた復讐の一撃。黒き巨体がマスターである守善を狙い、一直線に地を駆ける!

 それは弾丸の如き疾走。

 【庇う】スキルを使い、駆ける途上に割り込んだ狛犬ごと蹴散らしてやるとの決意が滲む復讐の牙。積み上げた屍に研がれた牙は例えDランクモンスターでも容易く屠る威力!

 復讐系スキルは発動条件が厳しい分威力の増幅倍率が高い傾向にあった。

 

「その意気やよし―――――来い!!」

 

 対するは守護の聖獣、狛犬。獅子よりも更に前に出て真っ向からぶつかり合う覚悟。躱す、勢いを逸らすなど逃げの思考は取らない。復讐の牙をそらした瞬間にどこに飛んでいくかわからない流れ弾と化すからだ。そうなれば万が一がある。それは許されない。

 狛犬に求められる役割とはマスターの盾。その信頼を預かるに足る守りをいまここに見せるのだ。

 

『――――――――――』

 

 獣と獣、復讐完遂と絶対守護の念を込めた視線がぶつかり合い、弾けた。

 その瞬間、狛犬の世界から音が消える。

 狛犬の意識が加速したのだ。

 色を失い、ドロリと粘ついた景色の中、ゆっくりとしかし確実に迫る復讐の牙。呵責なき報復の一撃が、その身を盾とした白き獣に襲いかかる!

 

「オ――」

 

 格上殺しの必殺に対抗するべく己が身に宿る全てのスキルを全力で励起する狛犬。

 マスターを背に庇うことで守護獣スキルを発動し生命力を向上。庇うスキル使用時に防御力・生命力大向上。更に二体一対スキルによる生命力の共有。

 こと守るという一点において狛犬以上の同ランクモンスターはそういない。

 

「オオオォォ――」

 

 黒々と不吉な気配を纏う牙が狛犬の眼前に迫る。

 加速する意識の中、狛犬は全ての力と気迫を持って真正面から復讐の狼と相対した。黒き巨体による突撃(チャージ)を、白き守護獣は自らの体躯を盾とすべく前に出て迎え撃つ。

 

「オオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――ッ!!」 

 

 白と黒が交錯し、ほぼ同時に暴走する二台の車が正面衝突したかの如き轟音が戦場の空気を引き裂いた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 キーン、と耳鳴りに襲われた守善が耳を抑える。

 牛馬並に巨大な獣が凄まじい勢いで行った正面衝突。それもただの獣ではなくモンスターが互いのスキルを全力で行使したぶつかり合いだ。巨体同士がぶつかり合い、ゴムボールのように勢いよく弾け飛んだその光景は何かの冗談のようですらあった。

 

「狛犬はどっちだ?」

 

 白と黒が交錯し、それぞれ反対の方向へ吹き飛んだ光景までは何とか守善にも見て取れた。だが弾け飛んだどちらがどちらなのかを見切る動体視力までは流石に持ち合わせていなかった。

 モンスタールームの壁に勢いよく激突したそこはモクモクと土煙が上がっており、その姿を見通す事も出来ない。

 

「ご安心を、マスター」

 

 そんな中、木の葉天狗がスキルを使って風を巻き起こし、土煙を払う。そして呆れたような感心したような口調でそう答えた。

 

「狛犬の勝ちです。……いや、呆れましたね。まさかアレをほぼ無傷で済ませますか」

 

 タフな熊さんでも致命傷でしたよ、と呟く木の葉天狗。

 その視線の先にはヨロヨロと、しかし自らの足で立ち上がる狛犬の姿があった。その真っ白な体毛が土に汚れ、胸のあたりから僅かに血の赤色が滲んでいる。だが概ね軽症といっていいだろう。

 対して反対側の壁へと吹き飛んだロボの方は四肢が曲がってはいけない方向にねじ曲がり、見るも無残な状態だ。折れた骨が肉を突き破り、勢いよく血が流れていく。放っておいても死に至るだろう。

 

「攻撃特化と防御特化のぶつかり合い。地力の差が出たか」

 

 狼王ロボが上位のDランクでも食える格上殺しならば、狛犬もまた上位のCランクからの攻撃に耐えうる防御特化型だ。

 地力の差、スキルの差。根本的なスペックが両者の勝敗を分けたと守善は判断した。

 

「いや、それだけではないぞ。マスター」

 

 が、その判断に異を唱える獅子。何故か誇らしげな様子だ。

 

「獅子か。どういうことだ?」

「評判に違わぬ鋭い牙だった。Eランクのそれとは思えん」

 

 敵ながら天晴(あっぱれ)、と賛辞を送る獅子。その敵の牙を防げたのは狛犬もまた自身のスキルを十全に活かせたからだと語る。

 

「我らは守護獣。マスターが我らを信じ、その身を預けたからこそ兄者は全力を引き出せたのだ。でなければ兄者も軽くない手傷を負っていただろうさ」

「ハッ、別にお前らを信じた訳じゃない。割の良い賭けに乗るのは当たり前の判断だ。違うか?」

 

 獅子の言葉を鼻で笑い、信頼などではなくあくまでも合理的判断に過ぎないと断言する守善。相も変わらぬ露悪的な言い草だった。

 いずれにせよ期待以上に頑丈な盾、しかも二枚ある。十二分に使い出のある戦力だ。

 狛犬と獅子の性能をしっかりとその目で確認した守善は満足気に笑った。

 

「お前らが頑丈なのはよく分かった。肉壁としてこき使ってやるから覚悟しておけ」

 

 その笑みを見た獅子はその厳つい顔つきを緩めた。どこか微笑ましいものを見たかのように。

 

「その言葉、兄者が聞けば喜ぶだろう。後で直接聞かせてやってくれ、マスター」

「……何故そうなる? おい、お前らも何を笑っている? まるで意味が分からんぞ」

 

 予想外の返答に一人困惑する守善を置いて、モンスター達は嫌味のない軽やかな笑い声を上げる。

 その一幕はロボにトドメを差した狛犬が戻ってくるまで続いたのだった。

 




【Tips】眷属召喚
 召喚主よりも下位のモンスターを呼び出すスキル。多くの場合、ワンランク下のモンスターが呼び出されるが、中には同ランク下位のモンスターを呼び出すことができるカードもいる。
 眷属召喚は、一定時間ごとに少数を無限に呼び出すタイプと、数に制限はあるが一気に多くのモンスターを呼び出すタイプの二つがあり、同ランクを呼び出すタイプは後者が多い。
 呼び出される眷属は、本来の種族の戦闘力よりも低く、また先天スキル以外のスキルを持たず、戦闘力の成長などもしない。

※上記は原作者である百均氏より許可を頂き、転載しております。

【TIPS】狼王ロボ
 本作オリジナルモンスター。
 同ランクでは上位の戦闘力を持ち、スキルも優秀なEランクモンスター。
 初期戦闘力90+復讐の牙スキルで威力が上昇した一撃なら戦闘力150のDランクモンスターくらいなら食える格上殺し。
 狛犬が無傷で済んだのは自身のスキルを全て活用して防御性能が大幅に上がっていたのが大きい。守善が日和って後ろで構えていたら守護獣スキルが使えずにロストもありえた。
 Dランクカードを一、二枚しか持たない普通の一ツ星冒険者なら増殖コボルトを処理しきれず、その隙をロボが突くことでカードのロストどころか死亡もありうる凶悪コンボ。
 なお原産地アメリカの迷宮で出現した場合戦闘力がワンランク上昇し、統率系スキルや眷属召喚スキルが追加され厄介さがアップ。事故死が怖い。敵に回すと死ぬほど面倒くさいタイプ。

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