守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第二十一話 腕じゃなく心

 疑似メテオ、天から降る鉄槌が炸裂したクレーターから離れた場所。森の奥の暗がり、茨と藪に覆われた死角があった。

 そこに身を潜める者たちがいた。疑似メテオの大質量が大地を割った衝撃に吹き出す土煙に紛れ、命からがら逃げ出してきた者達が。

 

「ハァ……ッ! ハァ……ッ! ハァ……ッ!」

 

 マスター・堂島守善と彼を運び最速で離脱したホムンクルス、彼らを先導する木の葉天狗。

 特に守善はゼイゼイと息を荒げ、死地をギリギリで切り抜けた安堵に束の間浸っている。

 

(疑似メテオ、狛犬と獅子に庇われなければ即死だった)

 

 ギリギリで免れた死の実感が背筋を走り、ブルリと震える。

 紙一重だった。全スキルを活用した狛犬と獅子が身体を張って隕石を受け止め、ほんの僅かに軌道をそらした。その御蔭で直撃を免れ、少しでも距離を取ろうとホムンクルスに担がれていた守善達は衝撃に吹き飛ばされるだけで済んだ。そしていちはやく立ち直ると土煙に紛れバーサーカーや狛犬らをカードに戻し、ホムンクルスが守善を連れその場から離脱を図ったのだ。木の葉天狗を先導役として。

 

「……ポーションだ。いまは少しでも身体を休めろ」

「礼は言わんぞ」

「仕事はした。今は休ませてもらう」

 

 再び召喚した彼らに背嚢から取り出したミドルポーションを与え、回復を促す。そして少しでも回復を早めるためにまたカードに戻した。その際に二匹から刺々しい視線を向けられたが、リンクにより無理やり従わせたことを考えれば甘んじて受けるべきものだった。

 骨折や裂傷くらいならば一瞬で治すミドルポーションだが、ドワーフ達に与えられた傷は見るからに深い。全身から溢れ出す血は滝のようで、手足は痛々しく捻れていた。時間を置いた所で果たしてどれだけ回復するか。

 狛犬や獅子だけではない。バーサーカーやホムンクルスの手傷も決して浅くない。彼らにもミドルポーションを渡し、傷を癒やすように命じた。

 あとはできる限り体勢を整えるための時間が過ぎ去るのを祈るのみ。力なく地面に座り込んだ守善は片手で頭を抱え込み、この窮地から逃れるために必死で頭を働かせる。

 だが当然魔法のような都合のいいアイデアなど浮かぶはずがない。噛み締めた唇が切れ、握りしめた拳に爪が食い込んで血が滲む。焦燥が顔に現れていた。

 

「これからだ、これからもっと金を稼げるはずだったんだ……! ああクソ、どうする。どうすれば――」

「マスター、あなたは……」

 

 怨念すら込めて金、金とつぶやき続ける姿に絶句する木の葉天狗。

 この土壇場に及んでも金に執着する精神を彼女は理解出来なかった。

 

(カネ)(カネ)(カネ)といい加減にしてください! 命より金が大切なんですか!?」

 

 怒気を込めて思い切り叱りつけた木の葉天狗に向けて、守善もまた血走った目で彼女を睨みつける。

 火花が散るような睨み合い。これまでのようなお遊びじみた衝突ではない。本気のぶつかり合いだ。

 

「言うさ、金があれば命だって買えるからな!」

「何を――そんな訳が無いでしょうが!!」

「何故だ!? 事実だろうが! ()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 売り言葉に買い言葉。守善は激情に釣られて思わず胸の内に秘めていた激情を吐き出した。これまでだれ一人明かすことなく秘め続けていた事情とともに。

 だがすぐにチッと舌打ちして目を伏せた。喋りすぎた、と思ったのかもしれない。感情を隠さない守善に木の葉天狗もセンシティブな領域に触れたことを悟った。

 

「……事故ですか? それとも病気で?」

 

 そうと察した木の葉天狗の問いかけは静かで、率直だった。不思議と嫌な感じはしない。半分自棄になっていた守善は毒を食らわば皿までと全ての事情をぶちまける。これを話すのはこいつが初めてだな、と頭の片隅で思いながら。

 

「親父、お袋、妹に俺。ガキの頃、家族揃って事故に遭った。俺が生き残ったのはただの運だ。両親は即死。妹はいまも植物状態で病院で眠ってる」

 

 両親はどうしようもなかった、と守善は語る。死を覆す術をいまだ人類は手にしていない。おそらくはこれからも手にすることはないだろう。

 そして植物状態の患者を治療する治療法もまた現代医学では確立されていない。

 

「それでも妹は治せたはずなんだ。金さえあれば」

 

 右手で拳を作り、見えない(イノチ)を握りしめるように強く強く力を籠める。

 金、と一言呟く木の葉天狗。

 ただ二文字の単語にこれまでとは全く違う響きを帯びていた。目の前のマスターにとって、金はただの通貨ではなく、妹を助けるための命綱そのものだったのだろう。

 

「ポーションやアムリタ。ダンジョンから手に入るアイテムで医療水準は上がった。けど俺たちみたいな庶民の手に入るのはほんのお零れだ。奇跡を起こしたければ大金が要る。そんな金はどこをひっくり返してもなかった」

 

 ダンジョン産のアイテムは現代医学とは全く異なるアプローチで確かな成果をもたらした。

 原理も理屈も一切不明。だが現実として迷宮産のアイテムを用いた治療は奇跡としか言えない成果を上げたのだ。

 あらゆる傷や病を癒し、一歳ほど若返るアムリタ。万病を癒し寿命を十年延ばすエリクサー、最高の美酒であり呑めば十年年を取らないソーマ酒、飲めば不老長寿となる仙丹等々。

 当然これら奇跡のアイテムを手に入れるためには見たこともないような大金が必要だ。かつてオークションにかけられた仙丹には十兆円の値が付いたという。

 そのドロップ率の低さを考えれば、最低でも億単位の金を積み上げてようやく届く()()()()()()。世界中の富豪が順番待ちをしていることを考えればそれでも足りずともおかしくない。

 

「サラリーマンの生涯年収程度じゃ治療には全く足りないらしい。金が要る。見たこともない大金が。だから俺は冒険者になった」

 

 命をチップにすれば就業のハードルが比較的低く、最も大金が稼ぎやすい職業である冒険者は守善の望みと合致していた。何より自分の手でそれらレアアイテムを入手した際に自分の裁量で扱えるのは大きい。

 だからこそ妥協無くバイトで金を稼ぎ、冒険者として成り上がるための準備をこなし続けた。

 そうして血と汗を滲ませて積み上げた努力の全てが、イレギュラーエンカウントという理不尽に奪われようとしている。そう思えば多少の狂乱はむしろ当然と思えた。

 

(そっか、この人は……怖がりなんだ。だから自分から目を塞いで、差し伸べられる手を払いのけて懐に入れようとしない)

 

 守善/妹(誰か)を守りたいという意思と理不尽への負けん気。

 守善と木の葉天狗、二人に共通する感情の揺れをカギとして僅かにリンクが繋がる。その繋がりからわずかに零れ落ちる感情(モノ)があった。

 堂島守善を構成する要素。金銭欲と傲慢で排他的な振る舞いの裏にあるものの正体を木の葉天狗は理解する。

 金銭への執着は妹の位置を救う決意の裏返しであり、排他的でカードを道具と呼んで憚らない精神性は失うことを恐れるからこそ。得るものが無ければ失うことはない。だからこそ先んじて威嚇し、遠ざけてしまう。

 

(私はこの人に何をしてあげられる?)

 

 あまりに不器用すぎるその姿に木の葉天狗の胸がギュッと締め付けられ、()()()()()()()

 叱咤したいのか、慰めたいのか。最早彼女自身にも分からなかった。

 

(俺は、何をしている? こんな無駄話で時間を潰して……)

 

 他方、守善もまたらしくない自分に動揺していた。

 リンクを通じて伝わる木の葉天狗からの労りの念。家族を亡くしてから十数年来受けた覚えのない純粋な優しさ。こんな感情を向けられるいわれはなく、ひたすらに困惑していた。

 

「「お前は/あなたは――」」

 

 湧き起こる衝動のまま互いに思いをぶつけ合おう(傷つけ合おう)とした瞬間――、

 

「いや、落ち着けや。どっちも」

 

 敢えて空気を無視したバーサーカーが二人の頭部を強烈なデコピンでふっ飛ばし、カットインに入った。実は一行の中で最もクレバーなのでは、という疑惑があるキチガイ熊モドキはこれ以上ややこしくなる前に強制的に場をリセットしたのだ。

 衝撃にジンジンと痛む頭を抱え、二人はバーサーカーに怒りを向けた。

 

「なにするんですか熊さん!? いま私めちゃくちゃシリアスな場面でしたよね! こう、なんかこう……!!」

「待て、そもそも何故マスターにデコピンできる!?」

 

 色々な意味で常識知らずな上にありえないルール破りなその振る舞いに、二人揃って文句を付ける。特にモンスターはマスターを傷つけられないという絶対のルールをあっさり破られた守善はかなり真剣だ。

 

「どーでもいいだろそんなこと」

「「どうでもよくない/ねーよ!!」」

 

 二人の抗議と疑問を一言でぶん投げるバーサーカー。相も変わらずフリーダムなモンスターだった。

 

「いまはイレギュラーエンカウントをなんとかするのが先だろ。痴話喧嘩は後にしろ、後に」

 

 この野郎、と鬱屈した念を込めた視線を向ける二人だがバーサーカーの分厚い面の皮に弾かれる。

 ふざけた言い草に大いに文句がある二人だったが、結局は黙った。諍いで時間を無駄にしている余裕はないという言葉が正論だったからだ。

 

「……だが奴らにどうやって勝つ? 全員揃ってボロボロだ。状況は戦う前よりもさらに悪いぞ」

 

 自嘲と絶望、自暴自棄な感情が入り混じった反問だった。

 半ば諦めが入った問いかけに、バーサーカーは迷いなく答える。

 

「あるぜ」

「……本当か?」

 

 猜疑心と、もしかしたらという期待。相反する感情を揺らしながら問いかける守善。

 

「おうよ――リンクだ」

「は……?」

 

 予想外の回答に、疑問の意を込めて呟きを零す。リンク……響に禁じられた技術に手を出して惨敗を喫した直後である。混乱するのも当然だった。 

 

「馬鹿言え。さっきボロ負けしたのをもう忘れたのか」

「忘れるか。っつーか一言文句言わせろや。()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 反論しようと口を開いた守善を怒りを込めた視線で黙らせる。

 さっきまでの戦闘で守善が使った無茶なリンクの使い方に、バーサーカーもまた怒っていた。ただその怒りは守善が想像するものとは全く違っていた。

 守善が思っているほどバーサーカーは己のマスターに失望していなかった。そもそもリンクで繋がっていた以上、あの時の守善が感じていたカードへの罪悪感などお見通しだ。面倒くさい、困ったマスターだと呆れはしても失望には至らない。

 

「テメェ一人で抱え込んで何でもかんでもこっちを従わせようとしやがる。効率が悪いったらありゃしねえ。あんなんじゃ俺たちの力を二割も引き出せねーぞ、断言してもいい」

「なら、どうしろと? いますぐ腕を上げろと言われても無理なものは無理だ」

 

 己が未熟というなら改善する気概はある。だがいますぐどうこうしろと言うのは現実的ではない。

 

「違う。これは(テク)じゃねえ、(メンタル)の話だ」

「……回りくどい。はっきり言え」

「俺たちを信じて、任せられるところは任せろ。なにも一から十まであんたが支配(シンクロ)する必要はどこにもねぇんだ」

 

 簡にして単、端的に核心を突く。

 バーサーカーが見るところ、堂島守善の最大の欠陥はそこだ。結局のところ、他者――モンスターを信用できない。だから危地にあって地金が出ると、他者に任せられずなんでも自分でやろうとする。結果として自身が処理できるキャパシティをオーバーし、無理が生じる。

 さっきまでのリンクも戦力の向上という点では好調に見えたかも知れない。だが実際はモンスター達に心を開き、息を合わせればもっと負担なく、スムーズに力を引き出せたはずだ。

 ごく一般的な話として、一人でやるよりも複数で協力した方が効率がいいことは歴史が証明している。人とは群れ(ファミリー)で行動し、そのポテンシャルを引き出す生命なのだから。

 

「信じろ? 馬鹿馬鹿しい。俺に道具(おまえら)と友達ごっこをしろとでも!? お前らも俺を見限っただろう! いまさらそんな中途半端な真似ができるか!!」

 

 だが守善にはそれが分からない。

 幼少期の不幸により家族を失い、残された家族を救うためにひた走った生涯がその性格形成に深刻な影響を及ぼしたのだろう。

 不幸を糧に守善は強い家族愛とストイックな上昇欲求、けして意志を曲げない断固たる決意(デターミネーション)を手に入れた。その代償に協調性や常識、妥協することを学び損ねたのだ。それこそが堂島守善の欠陥にして宿痾。

 妥協とは言い換えれば柔軟な方針転換だ。悪い方向に頑なとなり、自分の目を塞ぐいまの守善に必要なものだった。

 

「だからこそだ、馬鹿マスター。中途半端なのはむしろあんたの方だぜ。みっともないったらありゃしねぇ」

 

 故にバーサーカーは躊躇せずキツい言葉で守善を強かに打ち付ける。いまのマスターに必要なのは甘い慰めなどではないと確信して。

 

「前も言ったが、俺たちを道具扱いするのはいいさ。カードってのはそういうもんだ。だがよ――」

 

 一拍の間を空けて、言葉を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 カードを道具扱いすることと、道具(カード)を信頼することは矛盾しない。いいや、迷宮攻略が命懸けである前提を踏まえれば、むしろ必須ですらある。バーサーカーは全てを言葉にせずともそう語っていた。

 正論だ。少なくとも咄嗟に論理的な反論は思いつかない。自身の誤りを予想もしない相手から突きつけられ、守善が動揺する。

 

「それは、……」

 

 言葉に詰まり、沈黙に逃げる守善。

 その沈黙を衝くようにバーサーカーは言葉を続けた。

 

「道具だろうが仲間だろうがカードはマスターの命綱だ。一度迷宮に潜ればマスターの頼みはカード一つ。なら百のうち百信じろ。出来ないなら潜るな。お遊びじゃないならな」

 

 それは痛烈な皮肉であり、批判であり、諫言だった。

 守善に遊びのつもりは一欠片もなかった。これまでの迷宮攻略では常に全力だった。

 だがそれでもまだ足りないのだとバーサーカーは言う。そしてそれはマスターの意志一つで変えられるものだと、変わらなければならないのだと。このまま変わらなければ死ぬだけだと、無言の内に語りかける。

 

「…………………………………………」

 

 沈黙が続く。

 俺たちを信じろ、信じて任せろとバーサーカーは言う。その方が効率がいいと、感情ではなく理屈立てて、守善にも受け入れられるように。

 守善も頭ではバーサーカーの言葉が正しいと理解している、だが心が受け入れられない。長年の習性で染み付いた思考のクセはそう簡単に消えはしない。堂島守善にとって誰かを信じるということは0を1にするかの如き一大決心。精神のコペルニクス的転換に等しい難行なのだ。いざ踏み出してみれば簡単で、しかし踏み出すまでが遠い。そんな行為だ。

 

(まあ、だろうな)

 

 と、その様を見て内心だけで頷くバーサーカー。

 なにを言うかよりも誰が言うかの方が重要な場面はしばしばある。()()()()だ。守善のカードとして多少なり気心の知れた間柄になったが、その程度では足りない。バーサーカーでは守善の心を動かせない。バーサーカー自身がその事実をよく知っていた。

 だからこそ、

 

「お前はどう思う? 鴉よ」

 

 あとはできる奴に任せよう、とバーサーカーは木の葉天狗に向け、唐突にキラーパスを放った。




【Tips】呪いのカード
 原作にも登場する特殊なカード。通常のカードと仕様が異なる規格外品。
 迷宮の外でも一部スキルを使用できる、マスターへ危害を加えたり、影響を及ぼすことができるなど既存の常識を打ち壊す存在。実体があやふやな噂話としてのみ語られる未確認情報。
 なお本作ではバーサーカーが呪いのカードに該当する。
 ※原作を読んだ作者による要約です。正確な詳細は原作を参照してください。

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