守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第二十三話 逆転の切り札

 鬱蒼とした森の中、逃げた鼠を探して歩き回るドワーフ達は苛立っていた。

 せっかく景気良く叩き潰したはずのおもちゃがこちらの手を逃れてしぶとく蠢いている。その事実に気づいた彼らは不機嫌さとともに光もろくに差さない深い森の暗闇を足取り荒く踏み入っていく。

 彼らにとって守善達は遊び飽きた用済みのおもちゃ。それが何時までも自分たちの手を煩わせていることにいら立っていた。

 まるで自分の思い通りにいかないことに腹を立てる子供のような癇癪だ。

 

「殺そう」

「遊ぼう」

「潰そう」

「遊び尽くさなきゃ」

「苦しみを与えなきゃ」

「思い知らせなきゃ」

「自分たちが()()()()だってことを――!」

 

 不吉な相談をせわしなく続ける七人。

 同じ生き物とすら思えない性根が捻くれた邪悪な黒こびとの姿がそこにあった。

 しかし飽きっぽい彼らは苛立ちを燃料に何時までも勤勉に捜索を続けはしなかった。

 このまま延々と捜索を続けるのか。

 手下である猟師にあとは全て任せてしまおうか。そんな誘惑がドワーフ達の脳裏を過ぎった頃、

 

 爆発音。

 

 七人のドワーフの頭上から()()()()と物が落ちる音がした一瞬後、火炎と熱、爆発が彼らに襲い掛かる

 一陣の疾風とともに仕掛けられた先制攻撃(ファーストアタック)

 その正体はマジックアイテム、発火石。投げつけることで初等攻撃魔法一発分の火力を解放する爆弾だ。遠距離攻撃手段に乏しいパーティーの火力を補うため、守善が十発程持ち込んでいたアイテムを思い切りよく使い切る。

 ドワーフ達の位置はいつもの風読みスキルで探り当てた上で。迷わずにそれを森の天蓋に閉ざされた上空から全弾投下。天狗風を用いた誘導のおまけ付きだ。

 そのお陰もあり、全弾命中。()()()()()()。Dランク上位相当の耐久力を誇るドワーフにおいて、初等攻撃魔法の一発や二発、掠り傷にもならないのだ。

 

「陽動は成功。狩れ、()()()

 

 だがドワーフ達の気を引くには十二分。頭上という体躯の構造上最も警戒が薄くなる方向から奇襲を食らったドワーフ達は一様に二度目の奇襲を警戒し、生い茂る木々の天蓋を見上げた。

 その隙を地を這うように高速で移動するホムンクルス、レビィが突く。影写しのダガーを逆手に構え、その首を掻き切るために疾走するレビィと名付けられたホムンクルス。そして一体のドワーフに向けて殺意を込めて躍り掛かったその瞬間、

 

「 キ ャ ハ ッ 」

 

 襲われたドワーフがその小細工を嘲笑う。

 陽動と奇襲、彼らの予想の内から一歩も外れていない。元より戦力に劣るマスターが再び正面から襲ってくるとは狡猾な黒こびとは考えていない。 

 あえて隙を晒したのは余裕と誘い。

 あるかなしかの隙、突けるとすれば奴らの中では速度に優れたホムンクルス(レビィ)のみ。

 そして一撃、二撃先手をくれてやろうとあの貧弱なホムンクルス風情では自身の命には届かない。耐えたのち、逆襲を食らわせればいい。そう確信したが故の嘲笑。

 そう、成長途上のホムンクルスの細腕では頑丈なドワーフの防御を抜いて致命傷を与えることは叶わない。

 

「……アレぇ?」

 

 くるくると、クルクルと、狂狂(くるくる)と。

 疑問と困惑の意を込めてつぶやく一体のドワーフの視界が回る。消え失せた肉体の感覚、奇妙な浮遊感を感じながらドワーフの生首はやがてドサリと地面に落下し、転がった。

 閃電の如き速度で距離を詰めたレビィが振るう喉笛を狙った斬撃がドワーフ達の予想を覆し、一閃のもとに断ち切ったのだ。

 

「まず、一体」

 

 そう、ホムンクルスでは頑丈なドワーフを仕留めることは叶わない。ただし、ホムンクルスが先ほどまでと同じ戦闘力であったなら。

 驚くなかれ、いまのホムンクルス(レビィ)の戦闘力は()()()。ドワーフ達の戦闘力を倍近く突き放している。膂力と、特に速度はこれまでの比ではない。

 レビィ、let it be(あるがままに)。かつて己の未熟を嘆いたホムンクルスはそのままのお前でいいのだと肯定され、その象徴となる名を与えられた。レビィはその名を誇るように獅子奮迅の活躍をドワーフ達に見せつける。

 

「とはいかんか、やはり」

「お、ま、えェェェ!!」

 

 生首だけとなったはずのドワーフが血を吐きながら怨嗟の声を上げる。その眼光には真っ赤に燃え盛る怒りの炎が宿っていた。

 なんというデタラメな生命力か。一応は人型生物なのだから首を斬られたら潔く死んでおけ、と胸の内だけで罵倒する守善。

 だがいまは生首だけとなった同胞を助けるために急接近するドワーフ達の対処が急務か。

 

「レビィ、牽制」

「はい、主」

 

 一声かければ以心伝心とばかりにスローイングナイフを投擲するレビィ。指の間に一本ずつナイフを挟み、片手で四本。両手で八本のナイフをドワーフ達へ向けて的確に投げつける。

 先程よりもはるかに速く、鋭いナイフの投擲。咄嗟に防いだドワーフたちの得物が刃毀れし、腕に痺れが走るほどの威力。

 まともに食らえば侮れない負傷を負うと実感し、踏み込みに躊躇が入る。その隙を守善は見逃さない。

 

「追撃。そこの生首を痛めつけろ」

「御意のままに」

 

 敢えて生首への追撃を淡々と命ずる。するとレビィも冷静な手つきでスローイングナイフを無力化された生首の眼球、鼻孔、口を狙い容赦なく投擲した。

 不細工な生け花のようにナイフを突き立てられ、ギャアアアァと魂消(たまげ)るような悲鳴を上げ、苦痛に絶叫する生首となったドワーフ。

 

「「「「「「「やっテくれタなぁァァ――!!」」」」」」」

 

 同胞へ与えられた痛みに向けるには生々しすぎる憤怒を滾らせ、残る六体が負傷を恐れずレビィの元へ殺到する。

 忠実な従者は獲物に固執することなく守善の元へ退いた。

 すると倒れた同胞のもとへ駆け寄ったドワーフが横たわる生首を急いで切り離された胴体と接合させる。すると時間を逆回しにするように傷が修復されていく。

 だが完全には治らない。喉首を一文字にすっぱりと斬られた傷、目算にしてその()()()()ほどが残っているようだ。奇妙なことにドワーフ全員の喉首に真新しい傷が出来ている。

 いや、喉首だけではない。元生首の潰れた両の眼は片方だけ治っているが、その代償かというように無傷だったはずの一体の目が潰れていた。

 その異様すぎるしぶとさ、不可解な負傷に守善はむしろ納得がいったように頷いた。

 

「二体一対ならぬ、()()()()。それがお前らの不死身の正体か」

 

 憎々しげに返される視線こそが正解だと無言で語っていた。

 彼ら自身を表す記号であり、固有スキルである『七人のドワーフ』。互いの思考や感覚を高度に同調し、さらには生命力を七体で共有する。狛犬・獅子が持つ二体一対スキルとは似て非なるスキルだ。

 初戦でバーサーカーに身体中の骨をへし折られたはずのドワーフが立ち上がったのも、生き別れになった首と胴が繋がったのもその恩恵。傷を治していたのではなく、七体が等分に傷を引き受けることで無傷であるかのように見せかけていたのだ。

 

「安心したよ、()()()()()()()()()。お前らの不死身はただそれだけだ」

 

 ニヤァ、と凶悪な笑みが守善の頬に浮かぶ。

 敵の弱みを見つけたことで途端に元気を取り戻していた。現金と言うなかれ。勝負事の鉄則は敵が嫌がることをやり続けること。守善はその鉄則に忠実なだけだ。

 

「二体分、殺した。さあ、お前らの限界はあとどれくらいだ?」

 

 既に二度致命傷を与えている。スキルを使い、無傷のように装ったドワーフ達だがこれはけして軽い負傷ではない。

 予想外の負傷を立て続けに負った事実がドワーフ達を慎重にした。窮鼠猫を噛むの轍を踏まないように慎重にことを()()()()()()()

 値千金の躊躇、もしなりふり構わずに力押しで押し込む選択を取っていれば守善達は痛手を与えられても勝利には届かなかっただろう。

 

「いくぞ、レビィ。今度は俺たちが奴らを狩る番だ」

「はい、主」

 

 いまや戦闘力を500にまで引き上げられたホムンクルス、レビィ。

 そのタネは響が木の葉天狗に託したマジックカード。封じられた魔法は高等補助魔法、()()()()()()

 カードの戦闘力を一時的に成長限界まで上げる魔法だ。レベルアップを使用した戦闘の経験値は一切入らないデメリットがあるがそんなものは考慮に値しない。

 木の葉天狗が守善にリンク解禁の証であるカードを渡すとすれば、それは絶体絶命の窮地だろう。そうと予想して窮地を脱するための転移系魔法ではなく、逆転のための切り札を託した響の一策が守善の命運を変えた。

 ホムンクルスはCランクモンスター、伸び代は守善の手持ちで最も大きい。その恩恵を最大限享受し、七人のドワーフすら警戒を要する難敵に化けたのだ。

 

(とはいえ殴り合いに向かないのは変わらんか)

 

 戦闘力が大きく向上したとは言え、その耐久力自体はそこまで上がっていない。結局種族特性としての苦手分野は変わらないのだ。

 負傷しているとは言え七対一の真っ向勝負は悪手だ。

 

「ここは一度退く。退路は任せる」

「はい。では失礼いたします」

 

 言うが早いか、守善を担ぎ上げるレビィ。ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる担ぎ方だ。柔道の肩車じみた体勢だが、ひと一人を片腕を自由にした状態で持ち運べる合理的な運搬法である。

 情けないように見えるが、ここまで身体能力が離れると守善自身が走るよりもモンスターに担がれたほうが結果的に早いのだ。

 

「逃がさナイ、逃さナイぞォォ――!!」

 

 その後ろ姿をドワーフ達がドスドスと足跡も荒く追いかける。だが元々鈍足な種族な上、手痛い反撃を食らった記憶が彼らの追撃を鈍らせる。

 レビィは片手だけで器用にスローイングナイフを放ち、背中に目が付いているかのように背後の敵を的確に牽制していた。

 そして疾走を続けること数十秒、守善達は薄暗い森を出てだだっ広い草原に出る。

 

「今、だ」

 

 守善達から遅れること十数秒、森の縁から姿を表したドワーフ達に向けてホムンクルスのスローイングナイフが正面から、木立の陰に伏せた狛犬・獅子が左右両面から息を合わせて同時に襲いかかる。リンクを繋ぐことで奇襲のタイミングと狙うべき獲物を合わせることは十分可能だ。

 待ち伏せを用い、息を合わせた二度目の奇襲、その戦果はいかに?

 

「ハ――ァァァッ!!」

 

 だが敵もさる者。

 慎重に進んでいた分、奇襲も予期していたのだろう。ドワーフ達は手にした斧を、槌を、鶴嘴を、スコップを振り回し、襲いかかるナイフを、爪牙をしっかりと防いで見せる。

 狛犬と獅子は指示通り無理をせずに退き、距離を保ち牽制に務める。ドワーフからすれば弱った格下とはいえ、狛犬・獅子も無視できるほどには弱くない。慎重にことを進めようとするドワーフ達に二匹を放置するという選択肢は取れない。

 負傷が癒え切らず、ほとんどハリボテ同然の狛犬・獅子で二体分の戦力を牽制合戦に引きずり込めるのは大きい。

 二匹がそれぞれ一体ずつドワーフ達を引き受けたところで残る正面戦力は五体分。これでもまだレビィ一体に任せるにはキツイ戦力差だが、守善は平然と命じた。

 

()()()。最低でも二体は斬り殺せ」

「はい、主」

 

 十秒で二体を殺害せよとの無茶な命令にレビィもまたあっさりと頷く。盲信ではない、確固とした相互の信頼が有るからこそ。

 シンクロリンク。

 支配ではなく交感のために繋いだリンクを通じ、先程よりもはるかに滑らかに心が合わさっていく感覚を実感する。

 マスターとカードが深く繋がることで本来の力を引き出すリンクの基本にして奥義。戦闘力500に至ったホムンクルスを更にシンクロリンクで強化する。ともに腹の内を晒し合い、主従としての絆を再確認した二人のシンクロ率はぐんぐんと上昇していく。

 60%、65%……70%!

 ほとんど初めてのシンクロと考えれば驚異的な数値だ。その戦闘力、シンクロリンクによる強化倍率を合わせれば800を優に超える。

 当然ながら守善達もかなりの無理をしている。

 十秒という時間も余裕ではなく、守善がリンクに不慣れ故にそれ以上の時間を保証できないと言った方が正しい。

 

「刹那の時すら惜しい。お覚悟を」

 

 無感情なはずのレビィが冷たく、重い()()を込めて呟く。レビィもまた主を、仲間を嬲った七人のドワーフを怒っていた。憎んでいた。それ故に放つ一手一手に容赦はない。

 冷たい光を放つナイフを片手に四本、両手に八本。指の間に挟んだそれらを一斉に投げ放つ。戦闘力800の膂力によって投擲され、投擲術スキルに補正されたスローイングナイフは最早牽制の枠に収まらない。タフなドワーフでも食らえば深手を負うだろう一投。

 目が霞むほどの速度で襲いかかる銀光。ドワーフ達はその手の得物を用いギン、ガァン、ギャリィっ! と甲高い金属音を響かせて銀光を弾く。

 

「まず、一人」

 

 その瞬間、一体のドワーフが心臓にナイフを深々と突き立てられた。一瞬遅れて噴水のように血飛沫が吹き出す。更に一秒後、七人のドワーフ全員が苦悶に身体を折り、胸を手で抑えた。

 ドワーフ達がスローイングの迎撃に意識を割いた刹那。あるかなしかの隙を突き、閃電の如き神速を以てレビィは()()()()()()()()()()()のだ。

 

「負傷の共有。利点であり、弱点だな」

 

 全員で負傷を等分してしまうが故に同じタイミングで隙を晒す。

 ここぞとばかりに守善はモンスター達をけしかけ、攻勢の圧力を高めた。押し込まれた事実が焦りとなってドワーフ達の思考を追い詰め、焦りと言う名の毒を染み込ませる。

 

「二人目」

「これで四回は死んだか? さて、残機は幾つだ?」

 

 その焦りにつけ込み、連携が乱れ孤立した一体の喉首をナイフが切り裂き、続く二の刃が内臓(はらわた)を突き刺し()()()とこじり回す。ブチブチと刃に巻き込まれた内臓が千切れ、傷口をグチャグチャに荒らした。

 人間ならば縫合不可能で治療困難。かつ万が一生き残っても一生内臓系の障害が残るほどに()()()殺意の籠もったやり口だ。

 

「「「「「「「あ、あアぁ、アアアアァァ――――ッ!!」」」」」」」

 

 狂奔。

 圧倒的有利だったはずが、既に共有する生命力の過半に至る回数殺された。その事実はドワーフに色々なものを吹っ切らせ、場に伏せた手札を開くキッカケとなる。

 

「こちらも時間切れ、か」

 

 きっちり十秒後、守善とレビィを繋ぐシンクロリンクが解ける。頭が熱い。脳味噌を掻きむしりたくなるようなおかしな痒みが頭の中でうごめいている。思ったよりもリンクの負担が大きい。

 主導権を握っている実感はあるが、まだまだ有利とは言えない戦況だ。

 守善が七人のドワーフを睨む。

 ドワーフ達もまたギラギラとした敵意を守善に叩きつけた。

 空気が軋む。

 両者の意識が互いの殺害という一点に収束する。守善の意識からドワーフ達以外の余所事が消えたその刹那――、

 

『モラッ、た』

 

 ここでドワーフ達に命じられた猟師が動く。

 二度目の狙撃(シュート)。気配遮断スキルと透明化スキルを行使し、草原の草陰に身を隠していた熟練の狙撃手がいま一度致命的(クリティカル)な一矢を放つ。

 ドワーフ達とは正反対の位置、守善達の背後。距離にして五十メートルは離れていようか。守善達の警戒をくぐり抜けた絶好の位置からの狙撃だ。守善とドワーフ達が遭遇した時点で狙撃に向いた地点を探し、息を潜めていた。

 気配を殺し、殺意を消し、虎視眈々と好機を狙っていた必殺の狙撃が風を切って飛翔する。無防備なマスターめがけて瞬く間に迫る一矢がその背中に迫り、

 

「先に切り札を切ったな?」

 

 ()()()()()()()()()()()

 守善もまた敵の切り札に合わせ、場に伏せた()()()を切った。

 

疾風(ハヤテ)、後は任せる」

「委細お任せあれ」

 

 守善の呼びかけに応え、虚空から声が響く。シャン、と鈴鳴りのような音が短く鳴った。

 なにもないはずの空間から突如出現した錫杖の一閃が守善を狙う一矢を見事に薙ぎ払う。それを皮切りに隠形系スキル、天狗の隠れ蓑の効果が切れ、木の葉天狗――否、ランクアップを果たした鴉天狗(からすてんぐ)、ハヤテが虚空から出現した。

 

「ランクアップした私の初陣です。派手に行きますよ」

 

 かつて人形サイズだった矮躯は目算で160センチ程のスラリとした健康的な体躯へ急成長。山伏と巫女装束を折衷したような衣装はそのままに、右手には見事な装飾が施された錫杖を握る。猛禽の鋭い嘴を模した漆黒の仮面が顔の下半分を覆い、敵を静かに威圧していた。

 これほど異彩を放つ美しい少女がこの場の誰にも存在を気取られなかった手品の種は鴉天狗の先天スキル、天狗の隠れ蓑。その効果は気配遮断・透明化・無音行動。その効果を以て先制攻撃の発火石の投下直後から守善のすぐ傍に控えていたのだ。猟師による狙撃を防ぐための伏せ札として。

 

『――――』

 

 マズイ、と猟師の勘が警鐘を鳴らす。本能の知らせに従い、身を隠す草陰から立ち上がった猟師が全力で退避行動を取ろうとしたその矢先。

 

「逃がすとでも? 私が、あなたを? よりにもよってマスターを狙い、みんなを傷つけたあなたを?」

 

 その(はや)きこと風の如し、故に与えられた名は疾風(ハヤテ)

 両の翼を羽撃(はばた)かせ、その名の通り風の如き速度で彼我の五十メートルという距離を潰した鴉天狗、ハヤテが猟師の眼前に立っていた。

 陰々と響くその声には恐ろしく鬱々とした重苦しい感情(モノ)が籠もっている。奔放に見えて情に厚い彼女は内に溜め込んだ激情を隠すことなく宣戦布告する。逃さない、と百の言葉よりも雄弁に。

 主戦場から離れた場所で、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

 

『……サラ、バ』

 

 無論、問答に付き合う義理など猟師にはない。捨て台詞とともに透明化で姿を消し、隠形スキルの全てを駆使して逃走しようとする。

 音もなく影もなく。見事な隠形と逃走術だ。

 

「一応警告しておきましょう。無駄です」

 

 猟師はハヤテをして見事と言わしめる達者な技量で逃げ去ろうとし――その出頭に中等攻撃魔法、ウィンドブラストが叩き込まれる。

 逃げ出そうとした目の前に風の砲弾を叩き込まれた猟師は足を止めざるを得ない。それは猟師の隠形が完全に見破られていることを示していた。

 

「この一体の風は全て”掌握”しました。最早石ころ一つ私の許しなく逃しはしない」

 

 猟師の隠形は流石イレギュラーエンカウントと言うべき見事な代物だ。

 だが激情を支配し、感覚を極限まで研ぎ澄ませて風を読むハヤテの前では相手が悪いとしか言いようがなかった。

 猟師もまた逃走を諦め、弓に矢をつがえてハヤテと対峙する。

 地獄のような殺し合いも佳境に入りつつあった。





【Tips】七人のドワーフ
 本作独自のイレギュラーエンカウント、白雪姫がEランク迷宮に出現した時に主敵となるモンスターであり、その固有スキル。
 七体で生命力・負傷を共有・等分する。また言葉を用いずに意思疎通が可能となる。シンプル故に極めて強力。初心者殺しのイレギュラーエンカウントの中でもさらに凶悪な対マスター性能を誇る。モンスターを四体(四枠)しか召還できないEランク迷宮で七体+猟師の合計八体の脅威に対抗可能な初心者マスターは極めて少ない。
 二体一対スキルとは似て非なるスキル。詳細は後述。

【Tips】二体一対スキルの仕様
 スキル『七人のドワーフ』と異なり、二体一対スキルの場合、負傷の等分や意思疎通は出来ない。
 例えば狛犬がその生命力でまかなえる範囲で傷を負っても獅子側に影響は及ぼさず、傷を引き受けることも出来ない。ただし狛犬が瀕死の状態となっても獅子が健在な限りロストすることはない。
 その代わり瀕死の狛犬に追撃が加えられた場合や、負傷による狛犬の生命力減少は獅子側の生命力を容赦なく削っていく。
 また、両者が無傷の状態で片割れに二体がロストする程強力な攻撃を受けた場合は超過ダメージが発生し、攻撃が受けていないもう片方もまとめてロストする。

※二体一対スキルの仕様については原作者である百均氏に確認しており、上記に反映しております。
 ただし私が誤解していたり、誤った表現を用いている可能性があるため、あくまで二次設定としてお考えください。

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