守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第二十四話 誰も予想のできない狂気の〇〇対決

【種族】鴉天狗(疾風(ハヤテ)

【戦闘力】210(30UP!)

【先天技能】

 ・武術

 ・天狗の隠れ蓑:被った者の姿を隠す蓑。気配遮断、透明化、無音行動の効果を持つ。

 ・中等攻撃魔法(風):風属性の中等の攻撃魔法を使用可能。

 

【後天技能】

 ・閉じられた心→翼の誇り(CHANGE!):マスターに自らの誇りである翼を預けた証。下された命令を誇りに懸けて実行する。命令に対する強いプラス補正、精神異常への耐性、一部の拘束スキルの無効化。

 ・飛翔→疾風飛翔(CHANGE!):空を翔ける者達の中でも更に一握りの天稟。常時飛行技能に大きくプラス補正。更に加速し続けることで耐久力と引き換えに俊敏性が大きく上昇。最大3倍まで上昇する。

 ・風読み

 →天狗風

 →初等状態異常魔法→中等状態異常魔法(CHANGE!)

 

 その(はや)きこと風の如し、故に疾風(ハヤテ)と名付けられた天狗少女のステータスがこれだ。

 もちろんこのDランクカード、鴉天狗が突如宙から現れた訳ではない。

 二ツ星冒険者資格昇格試験のため……いや、ハヤテのランクアップのために守善が用意していたカードだ。だがマイナススキル・閉じられた心が消えず、最後の踏ん切りがつかないままランクアップを保留にし続けていた。

 だが最早守善とハヤテの絆に疑いはない。迷わずにハヤテをランクアップさせることで劇的に向上した感知能力・隠形スキルは土壇場で猟師の奇襲を防ぎ、隠形を見破る切り札となった。

 木の葉天狗時代の先天・後天スキルを継承したいまのハヤテはDランクカードでも上位に位置する。 

 閉じられた心はマスターに翼を預けた誇りへと姿を変えた。

 更に木の葉天狗だった時の非力さが嘘のように物理・魔法両面の攻撃手段を獲得。単なる索敵役の枠を超え、両刀型のスピードアタッカーと化した。

 半面、防御面は脆いまま変わらないが、そこは天狗の隠れ蓑の運用次第で十分補えるだろう。

 

()ッ!」

 

 追い風を両の黒翼で受け止め、疾風の速度で猟師に向けて襲いかかる。虚実のない踏み込み、だが単純に速い。

 錫杖による容赦なき一振り。脳天めがけて振り下ろされた錫杖を勝負勘に優れた猟師は飛びのいてかわした。人よりも獣に近い身ごなしだ。

 躊躇せず前へ踏み込み、追撃するハヤテ。中国武術の棒術に近い動きで錫杖を横殴りに振り回し、円運動を駆使して続けざまに連撃を叩き込む。猟師が頭部を狙う錫杖の先端を身をかがめて躱したと思えば、次の瞬間に反対側の石突が軸足を刈らんと迫っている。

 対し、身を屈めるダッキングの勢いに乗り、敢えて前方に身を投げ出す猟師。前転に近い動きでグルリと大地を転がり、ハヤテが錫杖を振り回すすぐ横をくぐり抜けた。とんでもない度胸と身のこなしだ。

 

「いまのを避けますか」

『ヌルい、ナ』

 

 地を転がった猟師めがけて構え直した錫杖を振り下ろすが、猟師は腰から引き抜いた大鉈で迎え撃つ。金属がぶつかり合う甲高い音が斬り結んだ数だけ鳴り響く。一瞬の隙に猟師が飛び退って距離を取るとハヤテがウインドブラストで追撃を図るがそれも躱し、躱し、躱し続ける。有効打は無い。

 互いに間合いを測り、呼吸を読み合う中でハヤテは油断を排して呟く。

 いまの攻防で見えたように猟師もまたドワーフ同様上位Dランクモンスター相当の戦闘力を持つ。その隠形を見破り、優位を潰したからと言って決して油断できる相手ではない。

 

「やはりあなたがこの戦場で一番の強敵です。故に、次の一手で仕留める」

 

 姿を隠した狙撃手(スナイパー)。いるだけでこちらの戦略を縛る最悪の駒。だからこそこの局面が欲しかった。あえてマスターを囮にした上で、狙い撃ちにできる場所の探索を集中的にこなし、ギリギリで狙撃の”起こり”を捉え、防ぐことが出来た。

 鴉天狗にランクアップし、風読みで探知できる範囲・精度も上昇していなければ絶対に間に合わなかっただろう。

 

(マスター)

(シンクロリンクか。何秒要る?)

 

 リンクを通じてマスターへ手助けを求めて呼びかける。すると当意即妙とばかりに返される小気味いい問いかけ。キッチリとハヤテの状況も把握しているらしい。

 リンクとは関係のない、心が通じている実感にハヤテほんの少しだけ微笑(わら)った。

 

(一秒。ただし、タイミングは100%私に合わせてください。まさか出来ないとか言わないですよね?)

(……この野郎)

 

 遠方でドワーフ達と鎬を削る守善はその求めを聞いて顔をしかめた。かなりシビアな注文だ。レビィとのフルシンクロで疲弊した守善には正直キツい。

 

(好きにしろ。タイミングはこっちで合わせる。これで無様を晒せば一生笑いものにしてやるからな)

(誰にものを言ってるんです?)

 

 が、ため息一つで結局は応じた。人を食ったような憎たらしい煽りの念を送ってくるハヤテに大人しく降参するほど守善は人間が練れていなかった。

 

「『――――』」

 

 ハヤテと猟師が睨み合い、互いの隙を伺う。ウェスタンガンマン同士の荒野の決闘に似たヒリつく空気。

 一呼吸……二呼吸分の時間、痛いほどの沈黙が張り詰め……(はじ)けた。

 

(獲ッ、タ)

 

 猟師は神速と呼ぶべき滑らかかつ迅速な手際で矢筒から取り出した矢を弓に番え、敵手目掛けて放つ。矢尻から指が離れた瞬間に勝利を確信する。最高の一矢。そう断言するに足る妙技。

 

「フルシンクロ、疾風式」

 

 

 が、その呟きが聞こえた瞬間、猟師の視界は暗転し、意識が消失した。

 疾風の速度で振るわれたハヤテの錫杖によって猟師の頭蓋はザクロを割るように派手に叩き割られていた。一瞬遅れて錫杖からシャンと清冽な鈴鳴りの音が響く。

 

 

 後に残るのはただ鴉天狗の後ろ姿のみ。

 

 

 

「なんちゃって」

 

 いま起きた攻防のタネは極めて単純だ。

 イレギュラーエンカウントの知覚すら振り切る超スピードで正面から錫杖を打ち込み、その頭蓋を叩き割った。ただそれだけ。

 スキル、疾風飛翔。そして一秒に満たない時間のシンクロリンクを組み合わせた疾風迅雷の打ち込み。いまの一瞬で至ったシンクロ率、数値にして90%オーバー。加えて向上した戦闘力の全てを”速さ”に最適化し、一秒に満たない時間だがハヤテは()()()()()

 

「フ、ゥゥ」

 

 残心の構えを取り、最後の反撃を警戒するもすぐに猟師の肉体は塵に還る。この世ならざる怪物らしい最期だった。

 そこまで確認し、ハヤテはようやく燃えるように熱い息を吐き出した。

 

(楽勝……とは間違っても言えませんね。負荷がキツ過ぎます)

 

 刹那の攻防。傍目から見れば鮮やかに勝利を奪ったように見えたかも知れない。だがその実態は見かけほど華やかではない薄氷の勝利だった。

 肉体の囁きに耳を傾ければ骨と肉が軋む音が聞こえるようだ。

 フルシンクロによる能力向上を全て速度に注ぎ込んだ無茶。0から100への急加速、急制動がハヤテの肉体へ多大な負担をかけていた。

 

(と……そんなことよりマスターの援護に――――マスター!? そちらでなにが!?)

 

 そう意識をもう一つの戦場に戻した時、リンクを通じて守善の強い緊張と戦慄を感じ取る。

 守善達と七人のドワーフが殺し合う主戦場で異変が起こっていた。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 猟師が敗れた。隠形と狙撃に優れ、一枚で天秤をひっくり返しかねないワイルドカードが戦場から排除された。

 その事実はハヤテとリンクで繋がる守善だけではなく、七人のドワーフも把握していた。天秤が自身達の敗北へ傾いたことを否応なく、これ以上無いほどに。

 最早狩りだ遊びだと戯言を飛ばす余裕はない。ギリギリまで追い詰められたドワーフ達は保身を捨て、最後の賭けに打って出た。

 

「「「「「「「一緒に潰れロ、ニンゲンッ!!」」」」」」」

 

 儀式魔法とでも呼ぶべきか。固有スキル『七人のドワーフ』による意識共有を用いた、七人で一つの魔法を全く同時に行使することによる威力の極大化。

 行使する魔法は疑似メテオ。

 

 

 天空から振り下ろす大質量の鉄槌を、自分たちも巻き込むことを覚悟の上で一切の容赦なく戦場へ叩き込む。

 

「「「「「「「 キ ャ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! 」」」」」」」

 

 狂笑。

 ()()が外れたように呵々大笑する七人のドワーフ。

 死なば諸共。例えここで自分達が全滅しようが勝ち逃げされるよりマシ。最悪の開き直りに打って出たのだ。

 

「逃げられんな」

 

 守善の現状認識は正しい。

 距離が近すぎる。天から駆け降る流星が速すぎる。下手に逃げても余波で押し潰される。

 ならばこれは絶体絶命の窮地か?

 

「出番だ、熊公。お望み通りのシチュエーションが来たぞ」

 

 否、疑似メテオを知った上で対策を取らないのはありえない。あるカードに至ってはこの状況を待ち望んでいてすらいた。

 ギリギリまでカードに戻して温存し、回復に努めさせていた狂戦士を召喚する。B.B(ビー・ビー)と名付けられたバーサーカーが自慢の棍棒を一度流星へ突きつけ、ピタリと静止。そして豪快にスイングするとバッターボックスに入った打手のように迎え撃つ構えを見せる。

 

「感謝するぜ、旦那ァ」

 

 ミシリと全身の筋肉を隆起させ、テンションを最高潮にまで引き上げたバーサーカー、B.Bが一語一語に力を入れて感謝を告げる。

 一連の動作はB.Bが最高のパフォーマンスを引き出すためのルーティーンであり、()()()()()()()()

 つまりは……、

 

「野球狂いの端くれとして、あんな極上の砲弾(タマ)を放られて見送り三振はありえねぇ」

 

 打つ(殺る)か、打たれる(殺られる)か。文字通りの意味でお互いの命を賭けた真剣勝負。

 種目は極めて単純。B.Bが()()()()()()()()()()()

 誰も予想のできない狂気の野球対決が唐突に幕を開けた。

 

「予告するぜ。お前らみんな葬らん(ホームラン)だ」

 

 コキリと首を鳴らし、不敵に笑う。

 ミシミシと筋骨を隆起させ、力を溜める。

 ドゴンと大地に足を打ち付け、全ての力を振るう土台とする。

 

 

「テメェらの行き先は地獄だぜ! 仲良く揃ってくたばりなぁっ!!」

 

 B.Bが持つ全てのスキルを流星を打ち返すという一点に向けて集約する。

 基軸となるスキルは《ピッチャー返し》。効果は読んで字の如く、投射攻撃を敵目掛けて打ち返す技能そのもの。

 《武術》による高度な身体操作技能を用い、肉体の全性能を流星を打つために振り分ける。

 《物理強化》で打撃のインパクトを上昇。

 同族の中でもなお優れた肉体であることを示す《恵体豪打》はあらゆる無茶を受け止める土台となった。

 後先を考えない《強振 (フルスイング)》によって更に威力を大向上。

 強振で低下する精密操作性は《選球眼》で補い、流星をジャストミートする位置・タイミングへとバットのスイングを調整。

 そして――《狂化》。暴走状態となり、徐々に生命力が減少するデメリットを代償に()()()()()()()()()()()()超強力なスキルを思い切りよく全力で行使する。

 これにより爆発的に上昇したステータスは210×3=630。Bランクモンスター相当にまでステータスを引き上げた代償にB.Bは正気を失い、狂奔する。

 

『……本当に任せていいんだな?』

 

 暴走状態に陥ることでパフォーマンスに悪影響が出ることを懸念した守善の問いに対し、

 

『狂った程度で野球狂い(オレ)がタマを見逃したりはしねぇよ』

 

 B.Bは狂気と紙一重の自負を込めてそう答えた。

 そしていま、激突の時。

 野球狂いの打者熊(ベースボール・ベア)があらゆる全てを注ぎ込んだ入魂の一打。その成果が今、結実する!!

 

「 ― ― ― ― ― ― ! ! 」

 

 非現実的な光景だった。

 重量に換算して数十トンの大質量砲撃を棍棒(バット)一本で立ち向かうバーサーカー(B.B)。蟷螂の斧を地でいく光景だ。だがダンジョンとその眷属であるモンスターに常識は通用しない。目の前にある光景こそが全てだ。

 天から駆け降る流星を、丸太じみた太さの棍棒がジャストミートで迎え撃つ。インパクトの瞬間に大気が炸裂し、衝撃波が弾けた。

 

「グ、ギ、ギ……!!」

 

 歯を食いしばり、体ごと引っこ抜かれそうな大質量の暴力をバット一本で受け止めるB.B。

 渾身の力を込めて打ち返そうとし、しかし押し返せない。刹那の時間、天秤が拮抗する。完全に互角の力比べ。が、互角ではダメなのだ。拮抗が続けばB.Bの肉体が先に限界を迎えるだろう。

 しかしこれ以上の余力は逆さに振っても出てこない。まごうことなきB.Bの全力だった。

 

「やるぞ、弟者」

「おう、兄者」

 

 故に、天秤の均衡を崩せるのはB.B以外の第三者に他ならない。

 

GU()RU()……』

 

 

 狛犬と獅子が揃って放つ大咆哮。その正体は二体一対スキル、辟邪の咆哮。

 二枚が揃った時にのみ使用可能な退魔の霊威を宿す遠吠え。Dランク帯では極めて稀少なアンチ・マジック・スキルである。

 前半戦でトドメとなった疑似メテオの暴威から生き延びたのもこのスキルがあったからこそだ。でなければ弱りきった狛犬・獅子は疑似メテオに耐えかね、ロストしていただろう。

 狙いは当然儀式魔法、疑似メテオ。咆哮が戦場に轟くと同時にB.Bのバットにかかる圧力が明らかに弱まった。駆け降る流星に込められた魔力が咆哮に散らされ、その質量もまたはっきりと減じた。

 好機を嗅ぎ分け、渾身の上に渾身を込めてバットを振り切るB.B。

 さすがの勝負勘。どれだけ野球狂いのイカレた着ぐるみモドキに見えようが、その勝負師としての才覚だけは疑いようがない。

 

「悪く思うなよ、熊殿。これは我ら全員で臨む大勝負なのだから」

 

 そう呟く狛犬を他所に、遂に常識知らずの大難行が成功する。

 

 

 棍棒が振り切られ、流星が七人のドワーフ目掛けて打ち返された。ピッチャー返しの逆殺死球(デッドボール)。ただし規模は特大というも生易しい代物。

 デタラメの上にデタラメを塗り重ねたこの世のものと思えない光景を、当事者であるドワーフ達はあんぐりと口を開けた間抜け顔で迎えた。

 

「「「「「「「 あ れ ェ ? 」」」」」」」

 

 (ボウ)と魂が抜けたように突っ立ったままの七人へ、大質量の殺死球(デッドボール)が直撃、破壊、粉砕する。

 流星が大地を叩き割り、爆発的に吹き出す粉塵が守善達の視界を塞ぐ。

 

(追撃は困難か)

 

 と、顔をしかめたその瞬間。

 

「お待たせしました。ハヤテちゃん、とーちゃく! です!」

 

 疾風とともに鴉天狗・ハヤテが参上する。この瞬間、最も待ち望んでいた援軍だった、

 

「イイ動きだ、ハヤテ。奴らまでの道を開け!」

「うーん到着早々この酷使っぷり。マスターに使われてるって気がしますねー」

 

 皮肉とも惚気ともつかないボヤきとともに、天狗風を行使するハヤテ。モウモウと吹き出す粉塵を風で払い、風読みで掴んだ七人のドワーフへ向かう最短距離の道を作り出す。

 開けた視界の先には満身創痍、粉塵に紛れてネズミのようにコソコソと逃げ出す七人の姿があった。その動きは鈍い。半死半生に近い負傷だろう。

 

「見つけた」

 

 ニィ、と守善の頬に獲物を見つけたハイエナに似た笑みが浮かぶ。弱った敵は徹底的に叩くべし。弱い者いじめは戦場の正義。守善は水に落ちた犬を躊躇なく棒で叩く人間だった。

 

「殺せ、レビィ」

「御意のままに」

 

 己が懐刀に殺意を込めて告げれば、阿吽の呼吸で応じ瞬く間に駆け去っていくレビィ。

 足取りの鈍いドワーフ達の元へ瞬く間に追いつき、ナイフを振るう。派手な血飛沫が舞った。すぐに守善と鴉天狗も追いつく。

 

「嫌だ」

「嫌だよ」

「なんで」

「僕らが」

「こんな目に」

「助けて」

「助けてよぉ」

 

 血に塗れて倒れ伏し、口々に哀れっぽく叫ぶ七人のドワーフ。なにも知らない者が見ればそれなりに同情を誘えたのかも知れない。だが守善たちからすればあまりにいまさらな命乞いだ。

 

「……んー。命乞いにしちゃツマンナイですね。次に会うときまでにもうちょっとマシな文句を考えておいてください。その憎たらしい面を張り倒すモチベーションになりますので」

「どうでもいいので速やかに死んでください」

 

 冷ややかな返事を返し、淡々とゴキブリのようにしぶといドワーフ達を斬殺、撲殺、圧殺していく。

 命乞いを続けるドワーフ達もやがて無駄を悟ったか、哀れっぽい表情が一転して毒々しい殺意に彩られる。

 

「呪ってヤる」

「殺シてやる」

「腐ッてしマえ」

「許さナい」

「忘レない」

「その顔、覚えタぞ」

「いつカお前のカードを切リ刻んで、遊ンでやる」

 

 怨嗟の念が籠もった恨み言。その全てを守善は鼻で笑う。

 

「いつかと言わずいまやってみろ、負け犬ども。さもなきゃさっさと死ね」

 

 負け犬の遠吠えを一言で切り捨てられたドワーフ達が憎々しげに守善を睨む。ダンジョンの不思議とは関係ない、非科学的な呪詛が籠もっていそうなほど濃厚な恨みと憎しみがそこにあった。

 

「そもそも……許さない? 誰が、誰を? 笑える冗談だな」

 

 しかし恨みと憎しみで言えば守善もまた劣らない。己のカード達を痛めつけられた怨嗟の念は守善こそ深かった。排他的な守銭奴は、その実一度懐に入れた者に対し深く思い入れを込めるタチだったのだ。

 

()()()()()()()()。次は俺()()を痛めつけた礼を百倍返しにしてやる。首を洗って待っていろ」

 

 互いが互いに極限の殺意を込めた睨み合いが十数秒続き、やがて限界を迎えたドワーフ達が塵となって崩れ去っていく。七体分の塵が積もり、それも風に乗って消えていった。この世ならざる怪物たちの最期だ。

 

硝子(ガラス)の棺……呪いのアイテム。イレギュラーエンカウント固有のドロップアイテム、か」

 

 後には血のように紅い小石と、唐突に現れた硝子の棺だけが残った。イレギュラーエンカウントが残す特殊な魔石と魔道具だ。売却すれば一千万円はする魔石と、強力な効果を秘めたドロップアイテム。世間には知られていないが、所持し続ける限り、イレギュラーエンカウントとの縁が結ばれ、いつか必ず再会する運命にある呪いのアイテムでもあった。

 

「早く高ランク迷宮に上がってこいと挑発しているつもりか? ……上等だ」

 

 戦利品である二つのドロップアイテムを回収する。奴らとの逆縁もなにもかも握りしめて上へ向かうための力としてやると決意を込めて。

 険しく顔を歪める守善。しかしそこに茶々を入れる相棒がいた。

 

「また怖い顔をしてますよ、マスター。ただでさえモテない顔がもっとモテなくなっちゃいます」

「やかましいわ。女と遊ぶ予定なぞ当分ないからいいんだよ」

「ま、いいでしょう。私やホムちゃん――いまはレビィちゃんでしたね――以外からモテる必要はない訳ですし」

 

 決意は変わらない。進むべき道も変わらない。

 家族を救うため、守善は金を稼ぎ続ける。そのために上を目指し続ける。

 だが一つ、これまでとは違うモノが傍らにある。新たに手に入れたファミリーがいる。ともに歩み、ときに叱咤し叱咤され、率いるカード達が。

 死の淵をギリギリをくぐり抜けた守善が手に入れたささやかで暖かな贈り物(ファミリー)がいるのだ。それは小さくて、しかしあまりに大きな違いだった。

 


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