守銭奴ですが冒険者になれば金持ちになれますか?   作:土ノ子

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第三話 人間には傍若無人なくせに金に対しては真摯な男

 ところ変わって、大学構内に置かれたカフェテラスにて。

 店内は落ち着いた色合いの調度品が置かれ、お洒落ではないがまあまあ味のある内装だった。

 

「うーん、やっぱりコーヒーは微妙だな。ケーキは近くのいい店から仕入れてるらしいから中々なんだけど」

 

 そうした落ち着いた雰囲気の店内でコーヒーを味わう響の存在ははっきり浮いていた。

 それなりに客がいる店内の視線が残らず響がかっさらっている。

 

「あれ、白峰先輩?」

「わ、わ……! なにあの人超美人じゃん」

「一緒にいるのは知らない顔だな。新入生?」

「なんだ、あいつ……」

「釣り合ってなくね? なにあのボロい服」

 

 ひそひそと囁かれるささやき声。

 響きに向けられた称賛と憧れ。それと反比例するかのように守善には仄暗い悪意が込められた不審と嫉妬が突き刺さる。

 貧乏故の傷んだ古着に身を包む守銭奴はそれら()()の全てを図太く聞き流す。服はボロでも心は錦……と主張するには厚顔すぎるが、清潔さや身だしなみには気を使っている。ならばいまはこれが守善が身に付けられる正装だ。

 有象無象よりも意識を向けるべき向かいの美女へ真っ直ぐに視線を向けた。

 

「……選ぶ場所を間違えたかな」

「俺は別に構いませんが?」

 

 肩をすくめて気にしていないと答えると、響は目を瞠った。軽く周囲を見渡し、突き刺さる視線と陰口の数々。更にそれを意にも介していない守善を見比べると微苦笑を浮かべた。

 響も守善の面の皮の厚さが中々のものだと理解したのだろう。微苦笑にこもる感情は称賛と呆れが半々と言ったところか。

 

「なるほど。余計な気遣いをしたようだ」

「なんのことやら。そんなことより」

 

 サラリと周囲の野次馬たちをそんなこと呼ばわりしつつ言葉を続ける。

 

「中々有名人なようで」

「まあ、三ツ星冒険者って肩書は人目を惹くからね」

「それだけでもなさそうですがね」

 

 むしろ三ツ星冒険者など白峰響を構成する社会的地位(ステータス)の一つに過ぎない。そう思わせるオーラがある。

 それだけの美貌の持ち主であるし、凛とした立ち居振る舞いからは育ちの良さを感じる。ありふれたカフェテラスの中で響だけがくっきりと鮮やかに浮かび上がって見えるほどだ。

 

「私としては純粋に冒険者として評価をして欲しいんだけどね」

 

 苦笑に憂鬱な気配を混ぜ込み、少しだけ切なそうに憂いを零す。なんとも絵になる憂い顔だった。美人は何をしても美人だな、と斜め上の感心を抱く守善。

 現状の彼女にとって周囲からの過剰とも言えそうな称賛の視線は好ましいものではないらしい。

 が、それを聞いた守善といえば。

 

「無理でしょう。人間、ルックスと評価は切り離して考えるのは難しい。なにせ顔は個人を表す第一のアイコンな訳で」

「言い切るね。まあ、私も理解しているよ。それでも愚痴を零したくなることもある」

「ご自由に。ただ、愚痴をこぼす相手を間違えていると言わせてもらいましょう」

 

 響の葛藤を気にした様子もなくばっさりと断ち切った。

 ある意味小気味の良い言い草に響ははっきりと苦笑を深めた。

 

「……少しだけ君のキャラクターが掴めた気がするよ。中々容赦がない」

「不躾な貧乏人はお嫌いですか?」

「いや? むしろ下手に言葉を飾らない方が好ましいと思える。私、君のことが好きだな」

 

 そう言ってテーブルに肘をついて組んだ両手のひらの上に顎を乗せたあざとい仕草で明るく楽しげな笑みを浮かべる響。

 もしや目の前の美人は自分のことが好きなのでは、と。下手をしなくても男の勘違いを招きそうな言動だったが、

 

(なるほど。確かに不味いな、コーヒー。ケーキの方は中々……)

 

 守善の心は全く揺れなかった。ガブリと一口啜ったコーヒーの感想をこっそり胸で呟いていた。さらにフォークで切り分けて口元へ運び、満足げに頷く。

 

(なによりタダというのが良い。不味くても我慢できるし美味いなら得した気分になれる)

 

 うんうんとひとり納得した風に頷く守善を見て響は不思議そうにしていた。女の魅力より先に金の魔性に囚われた守銭奴の悲しい性である。

 

「そろそろ本題に入ろうか。お互いの利益について話をしよう」

「伺います」

 

 守銭奴の興味を惹くのに十分な台詞に、ケーキを切り分けるフォークを置いて守善は居住まいを正した。

 人間には傍若無人なくせに金に対しては真摯な男なのだ。

 

「三ツ星冒険者による指導、興味はあるかい?」

「もちろん」

 

 高校三年間を冒険者になるための準備に充てたとは言え、所詮守善は知識だけの素人。実戦経験は一度もない。熟練者による教導は黄金よりも貴重だ。

 

「なら話が早い。このまま私の所属する冒険者サークルに入部してくれるようなら私が君のメンターを務めよう。出来る限り君のランク昇級に向けてサポートもするつもりだ」

 

 指導者(メンター)

 要するに冒険者サークルで後輩の面倒をマンツーマンで見る先輩のことを指す。

 低額での所持カードの貸し出しやFランク迷宮の攻略に同行してノウハウを伝えたりと接触の機会は他の部員よりも遥かに多くなるだろう。良くも悪くもお互いに深く関わり合うことになる関係である。

 三ツ星冒険者をメンターに迎えるメリットは守善にとって計り知れない。とはいえこの段階で飛びつくわけにもいかない。

 

「こちらが払う対価は?」

 

 余計な装飾は抜きに、まっすぐに切り込む。三ツ星冒険者がわざわざ素人をヘッドハントする理由が思いつかない。つまり守善では想像の出来ない裏があるということだ。

 

「私が作る冒険者チームへの加入。要するに青田刈りだね」

「こちとら新人にもなっていない冒険者未満ですが?」

 

 他にスカウトすべき候補はいないのかと不審の念を強めて問いかける。

 白峰響という極上のブランド力を持つ三ツ星冒険者が一声かければ有象無象の希望者が掃いて捨てるほど集まるに違いない。だというのに響が素人をヘッドハントしている状況がすでにおかしいのだ。

 守善の疑念を感じ取った響は諦めたように両手を上げ、率直に自らを取り巻く事情を語った。

 

「……私の望みは自分自身が率いるプロ冒険者チームを立ち上げることだ。だがそのせいか冒険者部とも冒険者サークルとも微妙に距離をあってね」

「というと?」

「既に発足したプロチームである冒険者部には入れない。冒険者部から見れば未来の商売敵だ。排除ないし友好関係という体で上から押さえつけたいのが彼らの本音さ」

 

 あそこの部長に便宜を図るから男女の関係になれと迫られたこともある、と苦味の強い呟きを零す響。嫌悪感と苦悩に揺れる顔だった。

 

「彼らにすれば私は見栄えのいいトロフィーという訳だ。自分で言うのは面映いが、確かに見た目だけはいいだろうね」

「そこは見る目があると褒めてもいいのでは? 敢えて不躾に言わせてもらいますが、先輩なら大人気の客寄せパンダになれるでしょうね」

 

 肩をすくめながらの守善の率直な評価に響は苦笑した。聞きようによっては大分失礼な言葉を気にした様子もなくサラリと言うものだから不思議と嫌味がない。

 

「かもしれない。こう言ってはなんだが、求められた役割をやりきる自信はあるよ。だが私個人は客寄せパンダに興味が無いんだ。だから冒険者部に入るつもりはないし、逆に協力を求めるのも難しい」

 

 なるほど、と守善は頷いた。

 

「逆に冒険者サークルの方はもっと単純だ。募集をかけても人材がいない」

「……あそこは百人近く部員がいると聞きましたが」

「私が求めるのは冒険者に本気で取り組む、いわゆるガチ勢だ。だが実際には募集をかけてもエンジョイ勢しか集まらない。去年一年をそれで棒に振った」

 

 冒険者部について話すよりも更にうんざりとした語調だった。人材集めに苦しんだという申告も嘘では無さそうだ。

 

「冒険者サークル。所属している私が言うのも何だが……本気で冒険者として成り上がろうとするならいっそ近づかないことをお勧めするよ」

「……話だけならメリットも多いと感じましたが」

「決してサークルそのものを批判するつもりはないんだ。ただ、現在の代表の方針は『命を大事に』でね。もちろんそれ自体は悪いことじゃない。だが」

 

 だが、の先に続ける言葉に検討が付き、言葉を引き継ぐ。大分手厳し目に。

 

「安全な攻略とそれなりの報酬に慣れて上を目指す気概が腐っていく」

 

 冒険者は一ツ星でもやりようによっては比較的簡単に数十万円〜二百万程度の年収は稼げる。しかも本業ではなく週末や休日など時間がある時にこなせる副業としてだ。手軽にまとまった金を稼げる小遣い稼ぎという感覚が定着してしまえば、上を目指す気概が自然と失われていくのは想像に難くない。

 

「……集団の空気は時に伝染病よりもタチが悪い。だから私の目的のために出来る限り早い段階でこれはと見込んだ人材を引き込んで互いに切磋琢磨出来る空気を作りたい。そのために君みたいなギラギラした上昇志向の持ち主は是非とも欲しい」

「ちなみにチームの人数は?」

「君が入れば三人目だ」

 

 まだ三人と言うべきか。はたまた未来のプロチームの初期メンバーに選ばれたと考えるべきか。

 

「チームを組んだ時の分け前や体制についてはどうなっているんです?」

「今の段階でははっきりとは固まってない。私自身がまだ三ツ星に過ぎないからね。私がプロになる前に君がチームに入る資格を示せば、君の意見にも耳を傾けるよ」

「資格とは?」

「最低でも二ツ星への昇格。ただしそのまま三ツ星も目指してもらう。貪欲に上を目指さないメンバーは全体の足を引っ張るだけだ」

「その点については大いに同感ですね。では」

 

 上を目指さなければ現状維持すら出来ずにズルズルと落ちていくだけだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……なるほど」

 

 響はすぐには答えずにコーヒーを一口飲んだ。

 

「私が求める水準に君の力量が届かない場合、もちろん見限らせてもらう。それに私が君に投資したリソースは回収できる分は回収する。とはいえ水に落ちた犬を叩く趣味はない、とは言っておこうか」

「それは安心ですね」

 

 二人の笑みは油断のならないビジネスパートナーに向けるようなシビアな色合いを含んでいた。互いを繋ぐのはあくまでも利害関係だと確認したからか。

 

「逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、互いが互いに……とはそういう意味も含む。響の庇護が不要になった時……つまり守善が響と同格以上の冒険者に追いつく未来も無くはない。そうなった時、貴方はどうするのかと守善は言外に問いかけたのだ。

 守善からの挑発に似た質問に対し、響は穏やかな笑みすら浮かべて答えを返した。

 

「好きにすればいい。私の力が必要ないと思えば、無理に縛られる必要はない。出ていく前にこちらが着せた恩の分くらいは返してくれるだろう?」

「もちろん。投資には相応のリターンがあるべきだ。必ず貴女を満足させてみせます」

 

 そしてその回答は守善の好みだった。つまり不義理さえしなければ独立すら認めるという言質だ。

 とはいえ現実的に考えればまずプロになるのは極めて困難。さらに三ツ星冒険者である響が持つ伝手や資金力を放棄して独立するメリットなどほとんどない。今の段階では絵に書いた餅よりも現実味のない話だった。

 守善にとっては一方的に都合のいい手下にはならないというポーズのようなものだ、()()()()()()

 

「納得しました。至らない後輩ですが、これからはご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。先輩」

 

 契約締結の証として、守善は殊勝に頭を下げた。

 守善は頭を下げるのが嫌いなタイプだが、それは大体の場合相手に頭を下げる価値がないと思っているからだ。

 逆に言えば頭を下げることで己にプラスがあるならば、頭を下げることに躊躇いはない。

 そして目の前の白峰響という冒険者には十分その価値がある。

 ただし、

 

(俺が貴女の後輩(した)である限りにおいて)

 

 とも付け加える。

 

(どこまでも貪欲に上を目指せ。そう言ったのは貴女だ)

 

 不義理はしないし、損もさせない(向こうもそれを守る限りは)。()()()()()にそんな真似をするなど守銭奴の信義に悖ると守善は考える。

 だがそれはそれとして高みにいる白峰響の足元に手をかけ、その上に立ち、対等以上の立場を目指すことを控えるつもりは全く無い。

 守善は下剋上を実行する気満々だったし、特にそれを隠してもいない。そして響も三ツ星冒険者の余裕からかそれを認めてもいる。ならばあとは這い上がるのみ。それが先程発言した意図の残り半分だ。

 

「やあ、嬉しいね。これからよろしく頼むよ、守善君」

 

 だから嬉しそうに微笑む白峰響の笑顔は、なんとも得体が知れなかった。

 本当に、心の底から喜ばしいと分かる笑顔なのだ。反骨の意思を隠しもしない後輩を前にして。

 

(こっちの器を見切られているか、単純に人員増加を喜んでいるのか。どちらにしても退屈だけはしそうにないな)

 

 それは守善にとっても喜ばしいことだった。

 一筋縄では行かない相手だからこそ、冒険者のイロハを学ぶためのいいお手本になるだろう。

 貪欲に、どこまでも上に。守善はただ上だけを見ていた。

 


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