『東シナ海を日本へ向けて航行していた扶桑海運株式会社の油槽船フォスト・ブリッツが、本日未明、謎の勢力に攻撃を受けたとして救難信号を発令しました』
───珍しいニュースだ。
午前七時過ぎ。昨日の夜から机の上に残されていた甘ったるい缶コーヒーに口を付けながら、ふと耳に入ってきたアナウンサーの声に耳を傾ける。
「海上自衛隊によりますと、今日午前二時四〇分頃、サウジアラビアから日本へ向けて東シナ海を航行していた扶桑海運の油槽船、フォスト・ブリッツが、沖縄の西約二〇〇キロの沖で『攻撃を受け炎上している』として救難信号を発令しました」
海賊騒ぎだろうか?しかしタンカーを炎上させられるほどの攻撃力を有しているのだから、意図的かつ計画的なテロ攻撃の可能性も否めない。
前の職が政治にシビアな関係であったということもあって、こういうニュースはかなり興味を唆られる。俺はリビングの椅子に座って頬杖をついて食い入るようにテレビを見つめていた。
「これを受けて海上自衛隊は勢力の存在を確認できていないとしながらも、周辺の海域を封鎖するとともに、午前三時半頃には海上保安庁の巡視船2隻が出港。また搭載されたヘリコプターが救助へ向かった、と発表しました。また現時点ではテロ組織による犯行声明は無い、という事です」
恐らく空域も封鎖されているのだろう。定番のブレたヘリからの空撮映像が流れる事はなく、備え置きであろう海上保安庁の巡視船らしき船の動画がテレビには写っている。
「何時まで家に居るつもりなの」
すっかりテレビに集中していた。思わず「うわっ」と一言、あからさまに驚いて手にコーヒーを零してしまう。
「……そんなに驚かなくても良いでしょ。ほら、弁当持って早く行ってきなよ」
テーブルの上にお弁当を置いて、無表情に俺を見下ろす彼女の名前はカナ。俺の一人娘で、彼女が生まれた時に母親は───
淡々とした口調。彼女は中学三年生、今年で一五歳だ。反抗期というものなのだろうか、年頃の女の子の考える事はイマイチ分からず、俺は最近話しづらく感じているのだが。彼女としてはそんな事も無いのか、難なく声を掛けてくる。全くその真意は分からない。
「んぁ。ごめん。……行ってくる」
考え事をしていて反応が遅れた。慌てて缶コーヒーを飲み干せば立ち上がり、放置された台拭きでコーヒーを拭ってから、彼女が用意した弁当箱と仕事のバッグを持ちリビングを後にする。
框に腰を下ろして革靴を履きながら、何人かの集団がうちの古いアパートの階段を昇ってくる足音を聞いた。隣だか下だか分からないが、昨日は夜中まで大学生がバカ騒ぎしていたので、きっと彼らだろう。今日は三連休の最終日。流石に疲れ切ったのか、話し声はひと言も聞こえてこない。
「……行ってらっしゃい。寄り道しないで早く帰って来てよ」
背後でそう言う彼女、カナもまた今日は学校が休みだ。大学で講師を務める俺は今日から講義があり、祝日とは無縁だった。
「ああ、行ってくる」
再びカバンとお弁当を持って立ち上がり、玄関のドアノブに手をかける。そういえばあの足音、気づいた時には消えていた……
「は」
思わず声を上げてしまった。玄関先を取り囲むように、背の高い四人の黒服が立っていたからだ。俺はそれを情けない顔で見上げていた。
「新田さんですね。警視庁の者です。恐れ入りますが、有無を言わず官邸までお越しいただきたい。」
警視庁?ということは刑事?俺、何かしただろうか。いや、にしても、官邸?
後ろでカナが心配そうにこちらを覗っている気配がする。しかしこうも逃げ道を塞がれてしまうと、どうにも動けないし、言葉すら出てこない。
四人の黒服のうち、三人は男のようだ。もう一人はおそらく女性だが、男勝りという言葉が似合うほど背丈が高く、表情も凛々しい。というか、睨まれている。かなり怖い。
にしても、彼らは警察を名乗る割には警察手帳を見せたり、自らの身分を証明しようとしてこない。不信感はほとんど絶頂に達しているのだが、抵抗しようにも彼らの胸元の不自然な膨らみが気にかかる。少なくとも回転拳銃の膨らみではない。彼ら警察官にしても、本当にただの刑事なのだろうか?
「……それでは向かいましょう。車をご用意しています」
沈黙を肯定と取ったらしく、黒服の男は勝手なことを言い出して、俺の肩に手を置いて玄関から半ば強引に連れ出した。
最後を悟った俺はせめてもの抵抗に、玄関から顔を覗かせていたカナに声を上げた。もう二度と家に戻れるかもわからない、俺のカナへの最後の言葉。
「とっ、戸締り……今日の晩飯、要らないから!!」
お久しぶりです、一・一です。
ブラウザにIDとパスワードが保存されていて助かりました。どうやら身内に投稿のことがバレてしまったようなので、続編を書くことを余儀なくされた模様。
あまり出来はよくないかもしれませんが、一応最新話なのでどうぞご一読いただきたい。