Equal Navy   作:一・一

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 生存は絶望的とされていた油槽船フォスト・ブリッツのウイングに、一人の乗組員の姿が見えた。『うみたか』に搭乗した特殊救難隊は乗組員の救出を図るが、そのとき、様子のおかしかった通信士が不可解なことを呟いた。


『フォスト・ブリッツ』乗組員の救出

「しきしまが、襲われています」

 

 機内の緊張がどっと高まる。誰もがその言葉の意味を反芻し、しかし理解に及ばず数秒の間沈黙が流れた。

「ど、どう。どういう意味だ」

 ベテランでさえ困惑し、妙な質問を通信士に返す。

 対して通信士は、冷や汗を頬に這わせながらももはや落ち着き払い、無線機の音声出力を搭乗員のヘッドホンすべてに共有した。

 

 鼓膜を突き破るような大きな破裂音、響き渡る怒号と異常を報せるアラーム───

 

『あっ、ああぁ!!!死ねッ、死ね!!死ねよォ!!!』

 

 錯乱した声、おそらく船長のものだ。冷静沈着で人望があり、優しい船長だった。何度も拳銃を発砲する音が聞こえる。にわかには信じ難いが、銃が効かないのか?

 無線に聞こえる遠い爆発音、おそらく砲声だろう。今、巡視船の船体がどうなっているかは想像し難いが、間違いなく襲撃を受けている。それも乗船攻撃だ。船長の叫ぶ声の裏に砲撃音は何発も聞こえてくるが、巡視船のものであろう機関砲の応射は聞こえない。

 

「母……船に、戻りますか」

 通信士はベテランを前に、震える声でそう尋ねる。ベテランは冷や汗を拭ったあと息を呑み、少し考えた後に再び口を開いた。

「……チクショー……救助を優先、ホイスト降下用意!神田は本部に現状報告、それが終わったら母船と通信できるか何回でも試せ!」

 通信士はハイと威勢よく答え、母船との無線を切って奄美海上保安部へ通信を試みた。

 ベテラン以下特殊救難隊員たちは救助および降下の用意をしながら、機長との相談の後降下地点を選定する。既に生存者の居る船橋にある居住区まで火が回っており、火炎による上昇気流により接近は困難を極めた。

 幸い凪いでいて風の影響はなく、操縦士の繊細な操縦により、機体は生存者の居る左舷ウイングの数メートル上空で安定した。

 最低限の装備を身につけた一人の隊員が降下のためにドアを開け放つと、途端に船体を焦がす巨大な火炎による放射熱が機内を満たした。隊員が降下のために機外に身を乗り出すと、ベテランは用意されていた雑用水を降下の合図を待つ隊員にかける。降下地点の高温にやられない為だろう。

 傾斜した船体、ウイングに立つのもやっとだろうフォストブリッツの乗組員は、原油と居住区を激しく燃やす熱気と煙に燻されもはや息も絶え絶えの様子だ。

 身体を濡らした隊員にベテランは手信号で合図を出し、降下を命じた。

「降下!」

 隊員はロープを使って速やかに降下、船のわずか数メートル四方にも及ばないウイングめがけ、洗練された手際で真っ直ぐ降りていく。ヘリのダウンウォッシュにより煙こそ避けているが、強烈な上昇気流による気流の乱れや放射熱が救助を妨げる。

 意を決してウィングへと着地、乗船すると、乗組員はタオルで口を押さえたまま隊員のそばへとフラフラと近づいてきた。隊員は乗組員に吊り上げるための救助具を素早く着用させると、そのまま救助者を抱え込み手信号で巻き上げを指示した。

 装置によって二人の身体はぐいと持ち上がり、すぐに船体を離れた。ここまで来ればもう安心、つつがなく救助は進んだと思われた。

 

 その瞬間、当たり一帯は赤光に包まれた。

 その場にいた全ての人々が状況を理解する間もなく、あっという間に機体は衝撃波と爆風に煽られて姿勢を崩してしまう。

 

「っ、ま、ずいっ」

 幸い、操縦士はあの乱気流を切り抜けた操縦士だ。操縦桿を繊細かつ俊敏な操作で機体の制御を取り戻そうとするが、機内は慣性により人が倒れ、転がりと酷い有様だ。二人の吊り上げを担当していたホイストマンに関しては転落寸前だった。

 吊り下げられていた二人はどうなったかと言うと、爆風や衝撃波を顕著に受け、加えてヘリの姿勢制御により大きく左に振れ回り、タンカーのマストにワイヤーが引っかった結果、その余力のせいでワイヤーがそこに巻き付くような形になった。

 

「ッ!?わ、ワイヤーがッ!」

 当然、巻きついたワイヤーはヘリの上昇を阻害する。ヘリは再び大きく姿勢を崩して、マストにめがけてブレードが傾いた。

「ホイストマン!ワイヤーをスラック!!」

 すかさずベテランがホイストマンにそう叫ぶと、ホイストマンはすぐに吊り上げ用のワイヤーをスラック(緩めること)させた。

 操縦士は再び姿勢を立て直そうと試みると、装置は異音を放ちながら勢いよくワイヤーを吐き出していく。幸い、機体は二度のピンチを切り抜けて、ワイヤーはいまだ繋がったままだが、マストから横に数十メートル離れたところで姿勢が安定した。今回の一番の功労者は間違いなく操縦士だろう。

 機体は安定したが、ワイヤーは未だマストに巻きついており、あらぬ方向にテンションがかかっている。

「ぐ……ッぅぅううう!!!」

 マストに巻きついた隊員はと言うと、Sバンドレーダーに引っかかったワイヤーを何としても解こうと必死だった。幸い、爆風に身を軽く焼かれた以外の大きな怪我はなかった。

 

 何が起きたのかと言うと、船体の傾斜により原油の殆どが流出したはずだった船尾側のタンクに火の手が迫り、タンクの角に残っていた少量の原油に引火したことに起因した小規模な爆発だった。

 

「いまッ、ワイヤーはどんな状態なんですか!?」

 操縦士が叫んだ。

 ベテランが機体の動揺で隅に折り重なった救命士や隊員の身体を押し除け、窓の外を見る。

「マストに何回も巻き付いてる、レーダーに引っかかって解けないらしい」

 引っかかったワイヤーと格闘する隊員の姿を見ながら操縦士に答えた。

「カンベンして下さいよ、燃料無くなっちゃいますよ!!」

 流石の操縦士も焦りを隠せない。

「マストの周りを何度か回れば解けるはずなんだよ。お願いできないか?」

「だから燃料が足りなくなっちゃいますって!那覇まで戻るんでしょう!?」

「じゃあ何だ!アイツら見捨てて帰れって言うんか!!」

 極限のチームワークが要求されるこの状況下で、操縦士とベテランが口論を始めてしまった。二人に機内の注目が集まる中、一人手の甲で汗を拭いながら、ワイヤーを握り絞めて何かの作業を続ける隊員が居る。

 

「隊長!ホイスト装置が故障してます!!」

 二人の口論に割って入ったのはホイストマンだった。どうやら先程のワイヤーの急激なスラックにより、モーターが過負荷を受け故障したらしい。

 

 つまり、このワイヤーではもう二度と、取り残された二人を吊り上げることは出来ないということだった。




 本当はこんなに長くするつもりなかったんですが、海保編、もう少し続きそうです。
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