燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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プロローグ

灼熱のグラウンドに咲き誇る、大輪。

 

マウンド上で躍動する少年は、そう呼ぶに相応しかった。

 

漫画の様な端正な顔立ちと小柄な体格とは似ても似つかない豪速球が、またミットを鳴らす。

白銀に煌めく髪は、真夏の太陽と相まって輝きを増していた。

 

強打のチームと呼ばれるチームが、翻弄されている。

己が信じてきた打棒が、振わない。

 

ドラフト候補である青道高校の4番、東のバットがまた空を切った。

 

 

たった3球。

東京を代表する怪物スラッガーが二打席連続の三振。

 

 

悔しさでバットを地面に叩きつけそうになる感情を押し殺し、彼はベンチ前に佇む少年に頭を下げた。

 

「すまん、打てへんかった。」

 

普段は豪快で大雑把。

良くも悪くもそんな彼が、らしくない態度を見せる。

それだけ、不甲斐なさを感じているのだろう。

 

そんな4番に、エースは一言だけ答える。

 

「いえ。」

 

援護を期待していないと言えば、嘘になる。

しかし2つも年上の先輩に大きいことを言うのは、中々難しい。

 

青道高校の背番号18の一年生エースはただ、反撃を待った。

 

 

「まだいけるか?」

 

「当たり前だ。」

 

女房役である御幸の問いかけに、一言返す。

何度も問いかけられたその質問にうんざりしながらも、唯一心配してくれる女房役に安心したのも事実だった。

 

チラリと、バックスクリーンに目を向ける。

 

並んだ0の数は、6。

今も投げ続けている2人が試合に登場したその瞬間から、試合は電池の切れた時計のように止まったままであった。

 

試合は5−5のまま、12回まで進んでいた。

 

(あと、3回。)

 

野球の試合というのは、9回まで。

だが、同点である以上、高校野球の規約である延長15回を投げ切ることまで想定していた。

 

否、考えざるを得なかった。

それほどまでに、相手チームのエースである成宮は優れていた。

 

 

踏み荒らされた小さな丘にゆっくりと上がる。

ただただ、目の前に現れた「敵」を斬り捨てるために。

 

まずは、3番を切り捨てる。

 

 

小さな山に乗せられた白い板に脚をのせ、胸の前に置かれたグローブをすっと握り込んだ。

 

ふーっと息を吐き右足をプレートにかけると、間も無くして左足を高く上げながら腰を大きく捻り始める。

背中が打者にも見えるほどまで行くと、その反動を生かすように身体を捻転。

 

そして極端とも取れるほど腕を縦に振るい、指先から白球を放つ。

 

「っし!」

 

美しい縦回転と圧倒的な回転数は重力に逆らうように揚力を生み出す。

そしてそれはベース手前で加速するように伸び上がり、御幸のミットへと吸い込まれていった。

 

外角低めいっぱい。

キレのあるストレートが、打者から見て最も遠いコースにズバリと決まった。

 

 

映し出された球速表示は、120キロ。

決して速くないのだが、稲実はこのボールを打ちあぐねていた。

 

いや、正確に言えばこのボールと対をなすボールの組み合わせ…とでも言おうか。

 

 

 

2球目、トルネード投法と呼ばれる独特のフォームを巧みに操り、同じようにボールを放る。

 

初球と殆ど同じスピードボール。

先ほどと同じコースに狙いを定めた打者は、ボールの軌道にバットを合わせる。

 

(もらっ…)

 

しかし、バットから快音が響くことはない。

理由は単純明快、バットの軌道からボールが外れたからだ。

 

コロコロと鈍いあたりがショート正面へ。

そこで守っている倉持が一塁へ送球、安定した送球がファーストである結城のミットへと転送された。

 

ツーシームファストボール。

打者の手元でスルリと沈むムービングボールの一種であり、シュート回転をしながら利き手側に沈む。

 

しかし彼のそれは、ストレートというにはあまりに大きく動き、空振りも奪える代物である。

 

「夏輝、ワンナウトな。」

 

ホームベースから届く声に無言で頷き、投げ込まれた白球をグローブの中に収める。

 

 

続けて打席に立つのは、4番。

つい数分前までの成宮と全く同じ立場に、彼は立ち向かった。

 

初球のストレート、アウトロー一杯に決まったこれを見逃す。

 

できれば、追い込まれる前に叩きたい。

追い込まれれば、ツーシームでやられる。

 

ならば。

4番は、次のボールを狙うことを選んだ。

 

狙い球は、速いボール。

本命はストレート、次点でツーシーム。

 

 

「っ!」

 

投げられたボールは、ストレートよりも遅く、カーブよりも鋭く曲がるボール。

この試合初めて投げられたスライダーを引っ掛けて、セカンドゴロ。

 

「…くそ!」

 

またもう一枚の手札。

東と同じく悔しがる4番を尻目に、マウンド上の投手は深呼吸をした。

 

何とか、アウトが取れた。

17回目のため息をつくと、夏輝と呼ばれた投手は再び険しい表情を浮かべた。

 

(また、この打者か。)

 

打席に立つのは、このチームで最も警戒しなければいけない打者。

成宮の女房役であり、次期4番の捕手原田。

 

試合終盤になればなるほど打力が上がる不思議な打者。

きっと、投手のことを思うほど打てるのだろう。

 

今は、延長12回。

正直怖いと、キャッチャーである御幸も感じていた。

 

(ここは全力で抑えに行くぞ。球数使うけど、万が一も許したくないからな。)

 

(んなことわかってる。)

 

少し、力を入れる。

初球のストレートが、インコース低め一杯に決まった。

 

2球目、3球。

警戒するという御幸の言葉に嘘はなく、ここまで少ない球数で抑えてきたバッテリーが2球外に外す。

 

4球目、インコースのボールゾーンから抉り込むカーブ。

これを見逃し。

 

2ボール2ストライク。

所謂、並行カウント。

一般的には、もう一球遊び球を使える投手が有利と言われるカウント。

 

(どうする。)

 

(ストレートでもいいけど…とびきりのツーシームで頼む。)

 

(OK)

 

御幸構えたのは、インコースのボールゾーン。

そして投げ込まれたコースは、インコースの甘め。

 

(もらった…!)

 

原田の目に映し出されたのは、ずっと狙っていた甘いコース。

ここまで全くと言っていいほど来なかった甘いコース。

 

ストレートの軌道に合わせられるバット。

また、快音が鳴り響くことはなかった。

 

先ほどとの違いは、破裂音にも似た乾いたミットの音が鳴り響いた。

 

「空振り三振!追い込めばこの決め球ツーシームがあります!稲城実業この回も無得点、一年生投手の投げ合いはまだ続きます!」

 

会場の熱気が、高まる。

それに反するように、原田は苦虫を噛み締めるような表情浮かべた。

 

(また、このパターンか。)

 

ストレートと、ツーシーム。

たった2つのボール、一巡目はその投げ分け。

動かないボールと動くボールを掛け合わせた高低の揺さぶり。

 

対応できたと思えば、今度はカーブを加えた落差と緩急による揺さぶり。

 

一枚ずつ、手札を見せてくる。

上手く、躱されていく。

 

 

そろそろ打たないと、自軍の実質エースである成宮の限界も来るのではないか。

そんな不安も、延長に入ってからの3イニングは毎回続いていた。

 

「そんなに心配しないでよ、雅さん。」

 

わざとらしいほど楽観的な言葉が耳に入り、原田はハッとした。

一年後輩の、何より捕手が投手に気を遣わせてしまった、と。

 

「心配なんぞしてねえよ。」

 

「安心しなって。次の回、ちゃんと決めたげるからさ。俺、バッティングもそこそこいいんだから。」

 

「ふん、この回抑えてから抜かせ。」

 

意外と、本当にこの一年坊主が試合を決めるのではなかろうか。

そんな風に考えてしまうほど、この成宮の投球は神がかっていた。

 

コントロールこそまだ甘いところがあるが、球のキレがいい。

140キロというスピードも相まって、合わせて10個の三振を奪っていた。

 

 

「いくぞ、鳴。」

 

「わかってるって!」

 

元気よくベンチを駆け出す成宮を遠目から見ながら、夏輝はベンチに座りたい思いを我慢して鞄を漁った。

 

 

身体が重い。

汗も、思っているより滲んでくる。

 

疲れているが、汗がベタつくのも気に食わない。

替えのアンダーシャツを肩にかけてベンチ裏に向かう夏輝を見ながら、監督である片岡は御幸に声をかけた。

 

「この回で球数は72球。お前の目から見て、大野はどうだ。」

 

大野というのは、兼ねてより投げている夏輝という少年の姓である。

 

「正直、際どいですね。元々スタミナだってある方じゃないですし、ここまで完璧に抑えているのが不思議なくらいです。」

 

この大野夏輝という投手は、特段球が速いわけではない。

むしろ、高校生にしては遅い方だ。

 

それでも抑えられているのは、相手の心理を読む御幸のリードに応えられるコントロールと度胸があるからだろう。

 

「どちらにせよ、この回で決めなくてはな。」

 

「そう…ですね。」

 

それができていれば、今更こんな苦労はしていまい。

片岡も、それはわかっているのだ。

 

 

しかし、そううまくはいかない。

結城が長打を放ったものの、後が続かない。

 

ピンチになってもギアを上げて失点を許さない。

 

 

「すまん、大野。また点が取れなかった。」

 

「構いませんよ。」

 

本当はきついなんて、言えない。

そんなことを言えば、きっと心配する。

 

というか、チームに焦りを植え付けてしまう。

 

 

「一也。」

 

「なんだ?」

 

「いや、何でもない。」

 

言いかけて、堪えた。

そろそろキツくなってきたなんて、一年生でも許されるような発言ではないと。

 

「マウンドに上がっているなら、尚更な。」

 

ボソリと呟いた夏輝の言葉。

御幸は、その言葉に少しの不安感を覚えていた。

 

力みが出てきたんじゃないのか、と。

 

確かにその不安は合っている。

だがそれは、プレッシャーなどの類ではなかった。

 

 

 

 

 

打席には、代打山岡。

一発もある…一発しかないブンブン丸的な打者。

 

普段なら、全く怖くない打者。

しかし、試合終盤の疲れが出てきた場面なら話は別だ。

 

 

 

先頭の山岡をフルカウントからツーシームで三振。

この時点で、夏輝の精神はボロボロになっていた。

 

少なくとも、さっきの回までなら三球三振だった相手にボール球を3つも使ってしまうほどには。

 

 

次の打者には、フォアボール。

外角低めに決まったと思われたコースをボール判定をされたから。

 

 

御幸は焦っていた。

この土壇場で慎重になりすぎていた自分にもそうだが、明らかに抜け球が多くなってきた目の前の投手の姿に。

 

ランナーは、代走に送られたカルロス。

間違いなく、走られるだろう。

 

カルロスの足も異常に速いのだが、それ以上に夏輝のクイックの遅さが最大の要因だ。

 

牽制を2つ。

しかし、そんなことでカルロスは止まらない。

常人離れした加速は強肩の御幸バズーカを掻い潜り、あっさり二塁へと到達した。

 

 

ワンナウトランナー二塁。

ここで打席には、ノリノリの成宮。

 

パワプロ的に言うと、絶好調な彼である。

 

万が一が、ある。

もし、失投したら。

 

意識してしまった時点で、負けていたのだ。

 

「あ」

 

初球のストレート。

そのボールは、この試合唯一の失投。

 

真ん中高め、インコースよりのボール。

成宮はそれを思い切り叩いた。

 

たった一球。

その失投は、投じてはいけない最悪のタイミングで放ってしまった。

 

打球は、センター伊佐敷の後方へ。

精一杯、手を伸ばす。

 

それが届かないと、わかっていても。

 

(い、行くな…超えるな…。)

 

歯を食いしばり、夏輝は拳を握りしめた。

自分の願いが届かないと、わかっていても。

 

 

 

会場に歓声が鳴り響く。

しかし、マウンド上はやけに静かだった。

 

 

 

 

 

あまりに呆気ない幕切れ。

視界の端に映る東の姿を確認しながら、マウンドの投手は膝から崩れ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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