(ここだぞ、降谷。夏輝はこいつを捩じ伏せたからな。)
(はい。)
打席から感じる、威圧感。
マウンド上にいる降谷は、この18.44mの距離があっても尚感じるプレッシャーに恐怖すら感じていた。
しかし、逃げれば。
それこそ、先程と同じ結末になる。
大きく深呼吸。
そして、目を開ける。
ここが、正念場。
全身全霊をかけて、抑えに行く。
初球、外低めのフォーク。
これを轟が見逃して、まずは1ボールとなる。
(フォークは、見切ってるのか。)
(これは、ギュインッて落ちる。さっきみたいにンゴーって来るのとは、速さが違う。)
初速か、或いは軌道なのか。
どちらにせよ、常人では判断のできないような場所を、完全に見分けている。
2球目。
ここは敢えて高めのストレート。
フォークとの球速差と軌道の違いを、より出すために。
吹き上がりやすい高めに要求して、これが轟のバットを掻い潜って1ストライクを取る。
唸りを上げる豪速球。
正にそう言わんばかりのボールに、轟はまた口角を上げた。
(すげえ、さっきよりも速えし、強え!)
空振りしたのにも関わらず、笑う轟。
それを横目で見た御幸は、次のサインを出した。
(決め球には使えねえ。なら、せめてカウントは取らせてもらうぞ。)
出されたサインに、降谷が一度反応し、すぐに頷く。
今日、この試合で最も出された数が少ないサイン。
それを確認して、降谷はボールに手をかけた。
3球目。
先の2球とは全く違うリリース。
一度ふわりと上がったボールに、轟の身体も少し反応して浮く。
何とか対応し、鋭い当たりが三塁ベースギリギリに切れてファールとなった。
縦に割れるスローカーブ。
この試合轟に投げる初めてのボールで、ファールを取った。
良い当たりだったが、それでもファールに変わりは無い。
1-2。
バッテリーが追い込んだカウント。
御幸は、勝負を選択した。
(行けんだろ、降谷。最高の真っ直ぐで、こいつを捩じ伏せろ。)
構えられたコースは、内角高め。
一般的には危険なコースなのだが、降谷の伸び上がるストレートだと話は別だ。
浮き上がるような軌道を描くこのボールは、低めよりも高めに投げられた方が威力も上がるし、揚力も大きくなる。
故に、彼の良さを最大限に生かすコース。
だからこそ、御幸は敢えてこの危険なコースに構えた。
息を吐き、受け止めた白球を右手に握る。
キラリと一瞬瞳が煌めき、また帽子の鍔の影に隠れる。
(もっと、先へ。)
白球が握られた右手を左手で覆うように収めて、振り上げる。
両手を後ろで組むようにして、背筋を開く。
(その先に、あの人がいる。)
そして腰を捻転すると、合わせた両手を顔の横へ。
右足で蹴り出すと同時に、右腕を振るった。
(超える。あの人を、超える…!)
ギアを一気に最大まで上げた、ストレート。
正に唸りを上げるストレートが、突き進む。
高め、少しインコースに外れているボール。
しかし勢いも相まって、轟もバットを出す。
ジャストミートか。
完璧な当たりを象徴する金属音が、鳴り響く。
しかし少し振り遅れている。
痛烈ながら詰まった当たりは。
降谷の投げたボールと同じ軌道を描き。
鈍い音と共に、白球はピッチャーの前に転がった。
『ピッチャーライナー!強い当たりが降谷を襲いました!』
球足の速い打球は、降谷の肩口へ。
嫌な音と共に転がる白球。
蹲り少し体勢を崩す降谷を見て、慌てて御幸がボール取りに行く。
が、しかし。
マウンドの男は、目の前のアウトを全力で奪った。
悶えながらも、転がる打球を掴む。
そして流れる身体を精一杯に支えて、一塁の前園に投げ込んだ。
「アウト!」
一塁塁審の声が耳に入った瞬間。
マウンド前で、倒れ込む降谷。
利き腕である右肩を抑え、蹲るように。
「降谷!」
駆け寄る、御幸と片岡。
そして遠くから走ってくる大野が、すぐに追いつく。
当たった位置は、右肩。
不幸中の幸いか、咄嗟に出た左手のグローブがクッション代わりになり、直撃は防いでいた。
しかし、投手の命である利き腕の肩。
当然、ここでマウンドを降りる。
4回表、途中で実質エース格の降谷が降板。
暗雲立ち込める神宮球場。
代わりに登板する沢村がマウンドに到着するも、降谷は白球を握ったままだった。
意地か、投手としてマウンドを降りたくないという負けん気か。
そう思い、声をかけようとした御幸に、大野が右手を広げて静止させる。
直後、動き出す降谷。
そしてその右手に握られていた白球を、左手に移し替えた。
痛みでか、右手は上がらない。
だから、利き腕でない左手のグローブで沢村に直接渡した。
「…込めといた、から。」
ただ一言。
悶えながらも絞り出して、沢村に託した。
普段から自分の主張をあまり声に出さない。
それこそ同学年でエース争いのライバルである沢村には、尚更。
いや、ライバルだからこそか。
チームメイトであり、良きライバルだからこそ。
最善を、尽くすのだろう。
まだ闘争心のある、降谷の瞳。
沢村のその瞳と視線が重なり、彼も頷いた。
「任せろ。」
その返事を聞き降谷は、一瞬間を置き、唇を噛んだ。
自分で失った、3点。
挽回出来ずにマウンドを降りるのが、悔しい。
しかし。
今は投げられないエースも、できることを尽くしてきた。
全員で勝つ。
チームの為に、今できることは。
託すこと、だから。
降谷が降りたマウンド。
そこに残された沢村は、降谷から手渡された白球をじっと見つめた。
「どうだ、そのボールは。」
「…重い、っすね。」
彼の思いも乗せて。
そしてエースの思いも肩に乗せて。
「行きましょう、御幸先輩。俺も、真っ向から闘いますから。」
「前屈みになりすぎんなよ。お前はお前らしく、だ。その上で俺も、お前の良さを最大限に生かしてやる。」
先程、エースからやられたことと同じように。
女房役である御幸は、右手で沢村の背中をトンと叩いた。
「一緒に闘おうぜ。俺たち2人で、あの爆弾魔たちを倒してやろう。」
「…はい!」
そこからの沢村の投球は圧巻だった。
1アウトランナーなし、緊急登板ながら真田をセカンドゴロ。
平畠をチェンジアップで空振り三振に奪って、完璧に降谷の後を継いでみせた。
3-0
薬師有利のまま迎えた、4回の裏。
青道高校の攻撃。
打席には、エースが立った。