5回からは、完全に試合の流れはストップ。
薬師エースである真田は持ち前の強気な投球でチームに弾みを付ける。
しかし対する沢村も、持ち前のテンポの良さで相手に流れを渡さないピッチングで薬師に付け入る隙を与えない。
両投手の好投で迎えた7回の表。
ここで薬師の主砲との対戦。
轟が三度目の打席にはいる。
彼のここまでの打撃成績は、初回の本塁打とピッチャーライナー。
それこそ、ピッチャーライナーに関しても降谷のファインプレーであり、今のところは2打席とも会心の当たりを打っている。
その為か、会場も轟がどんな当たりを打つか。
そんなのことに、期待を寄せていた。
一般的には、球速の速い降谷の方が打ちにくいと言われている。
それこそ沢村は、最速も130km/h台であり、大きな変化球もある訳では無い。
しかし、当の轟は、この沢村に降谷と同等のポテンシャルを感じていた。
(こいつの球も、面白え。ピッて来る球と、クッて曲がる球。あとは、あの遅い球。外から見てても、すげえ球投げてるって分かった。)
綺麗な縦回転の掛かった、キレのある真っ直ぐと、途中で不規則に高速変化する高速チェンジアップとカットボール。
そして、ストレートと同じ腕の振りで緩急をつける、チェンジアップ。
それを、出処の見えにくいフォームから左右に散らして投げてくるから、打者目線から見るとかなりやりにくいのだ。
(でもやっぱ、クッて曲がる球。あの球で来い。)
打ち返すなら、速球。
沢村という少年の最も面白い、そして唯一無二のボールを、彼は待っていた。
(ガンガン攻める…とはいえ、無計画に行く訳にはいかねえな。)
速いボールへの対応力は、折り紙付き。
それこそ、昨夏には大野のツーシームにも着いていけていた。
だからこそ、崩すのであれば。
(打ち気を逸らす。絶対に高く投げるなよ。)
(分かってます。低めに。)
(しっかり腕は振れよ。ボールでいい、思い切り来い。)
バッテリーが初球に選んだボールは、チェンジアップ。
外角の低めに向かって落ちていくボールで、轟のスイングも少し崩れる。
金属音、ほぼ同時に、鋭い打球が一塁手の前園の横を通過した。
「ファー…」
「ちがーう!このボールじゃねええ!」
球審のコールに被さる、轟の声。
それを見て狙い球が何となくわかる、というか。
(わかりやすすぎだろ、寧ろ疑いそうになるわ。)
狙いは速球か。
ならば、早めにカウントを取らせてもらう。
2球目。
ここもチェンジアップを低めに。
轟も2球連続に少し面食らったか、しかしスイングし三塁線切れてファール。
「これもちがーう!」
ジャストミートされた2球。
しかし、追い込んだ。
(まだストレート狙い。でも、もう一球投げたらいかれる。)
(大丈夫だ、ここまでタイミングを合わせていたら、逆にストレートに合わない。)
少し疑問を持った沢村。
しかし御幸は、それを踏まえてサインを出した。
チェンジアップは、布石。
普段は決め球にしているこの球を、カウント球に。
最後は速いボールで、ねじ伏せるために。
普通に攻めても、完全にやられる。
その例が、初回に降谷がもらった1発だ。
下半身が強いからこそ、チェンジアップにも対応できる。
そんな轟に対しては、あえてストレートで無意識のうちに詰まらせる。
球速差を出すのであれば、やはり先に投げたコースの対角線。
特にインコースであれば、速いボールにも詰まりやすい。
御幸が構えたコースは、インコース低め。
沢村も一瞬硬直するが、すぐに頷いてグローブに白球を握った左手を収めた。
鼓動が早まる。
覚悟は、決まっている。
攻める、攻めて轟を抑えて。
(負けねえ!)
高く振り上げられた右足。
そして、自慢の左腕を思い切り振るった。
インコース、少し高めに浮いているものの、僅かに外れているボール球。
しかし、轟のスイングが、沢村の直球を捉えた。
少し詰まった打球。
高々と上がった打球はセンター方向に向かって進んでいく。
振り返る沢村。
御幸もヘルメットをとった。
(やべ、高くなった。)
(大丈夫。詰まってるし、ボール球だ。)
要求通りではなかったとはいえ、ほぼ完璧なボール。
完全に、打たせた。
センターの大野が追いかける。
彼も長打警戒で下がっていたため、何とか打球には間に合う判断だった。
しかし、失速しない打球。
その打球に大野も、その打球の伸びに不安を感じた。
(おいおい、冗談だろ。)
詰まった打球、そしてボール球。
が、その高々と上がった打球が大野の手元に落ちてくることはなかった。
『は、入ったー!なんと本日2本目!これが一年生轟、夏に目覚めた号砲はこの秋も大暴れです!昨日に引き続きのマルチ弾で青道を2点差に突き放します、4−2!』
一気に盛り上がる薬師ベンチ。
そして、それはベンチだけでなく会場全体にまで伝染していった。
何とか引き留めていた、薬師に傾いた流れ。
轟の一発で、会場の雰囲気とともに持って行かれた。
しかしそんな中。
マウンド上は切り離された場所のように、違う空気が流れていた。
「完全にやられたな。あんだけいいコースに投げて打たれちゃ、やりようないわ。」
「ヒャッハー!完全に実力負けだな。」
マウンドに集まった金丸と倉持が、沢村にそう言う。
続けて、内野のまとも枠である小湊が慰め、前園が励ます。
尚も俯いたままの沢村。
ようやく口を開くと。
「なんで打たれたんですか!」
突如として、大音声。
思わず集まった全員が仰け反り、すぐさま倉持が蹴りを入れた。
「るせーよ!焦りすぎて日本語おかしくなってんじゃねーか!」
「だって完璧なコースだったでしょ!」
また蹴られる沢村。
そして案外凹んでいないその姿に御幸も安心し、言った。
「今のお前ができる最高の投球だった。でも打たれた。完全に力負け、俺たちの実力じゃ敵わなかったってわけだ。切り替えていこう、打たれた後が肝心だからな。」
今はまだ、足りない。
球速、コントロール、決め球。
実力が足りない。
轟を超えるにはまだ、足りない。
実感していたが、改めて。
「遠いじゃねえか、まだ。」
そう呟いた。
敵わない相手が多い。
まだ届いていない相手が、多すぎる。
だが。
だからこそ、ここにきたのだ。
高い目標があるからこそ、ここにきたのだ。
お山の大将ではない。
この強いチームで、エースになるために。
それには。
これくらいの試練は、付き物なんだと。
「御幸先輩!」
「ああ、点なら取る。切り替えていけよ。」
「そうじゃなくて!」
すると沢村は、両手で頬を叩く。
少し赤らんだ頬、急に後ろに振りむき、そのまま沢村は声を上げた。
「こっぴどくやられた訳ですが、まだ逆転のチャンスはあります、しっかり切り替えていきましょう!力不足ですが皆さん、どうかお力添えをよろしくお願いします!」
「自分で言うなバカ。」
「さっき俺が言っただろ。」
「ヒャッハー、二遊間は抜かせねえからよ!」
「バッター集中、栄純くん!」
「肩の力抜いてけ沢村。」
「一つずつな!」
上から大野、御幸、倉持、小湊、白州、金丸である。
それぞれが声をかけ、マウンドの男を盛り立てた。
まだ、届かない。
しかしそれは今すぐ解決することはできない。
だから。
今できることを、精一杯を尽くすのだ。
一つずつ。
ただ一つずつ、アウトを奪う。
この回を最小失点に押さえた沢村は、次の回の攻撃に託した。