(っし、ここで俺か。)
打席に入った倉持は、右手を前に出してバットを掲げた。
ここまでの大会打率は.268。
決して高い数字とは言えないが、大会序盤で全く打っていないということを考えればこの終盤、復活を感じさせる打棒を発揮していた。
特に左打席では高い打率を誇っており、打点をつけたのもこの左打席である。
故に、彼はスイッチヒッターではなく左打席に専念しようと迷っていた時期があった。
しかしそれもまた、鶴の一声ならぬ大野の一声で、スイッチヒッターを継続することを決めたのだ。
自分らしく、信念を曲げない。
憧れであり、野球を本格的に頑張ろうと感じさせてくれたきっかけである男。
彼のようになりたいと始めたスイッチヒッターを、続けたいと一層感じるようになった。
(決めたのは、俺だ。だけど、あいつの言葉がなけりゃ、決めきれなかった。)
自分だけではない。
そんな彼の姿に、みんなが頼った。
だからこそ彼は、壊れた。
全てを背負い、勝利のために彼は己の腕を犠牲にしていた。
だから、せめて。
この最後の試合くらいは。
彼がやってきたことが間違っていなかったことを証明するために。
そして、彼に恩返しの意味を込めて。
(俺が、決める。)
独りよがりな、思いではない。
ここで決めて、みんなで繋いだこの場面で、勝ちたいのだ。
初球、インサイドストレート。
ここに来て追い込んだ真田は、ギアを一気に上げてきている。
球速は、139km/h。
ピシャリと決まった威力のあるボールが内角へ。
これを見逃して、1ストライクとなる。
2球目、同じようなコースから打者に切れ込んでくるように変化するボール。
カットボールに手が出てしまい、ファール。
0-2、早くも打者が追い込まれた。
右手に息を吹きかけ、バットを掲げる。
そして倉持はまた、息を吐いた。
(大丈夫、落ち着いてる。)
スイングを一閃。
身体も硬くなっていない、まだやれる。
自分らしく、持ち味を生かして。
そう言い聞かせて、倉持は最後のボールを待った。
投げられたボールは、インコースへ。
低めに来るこのボールに倉持は反応した。
見慣れた軌道、見慣れたスピード。
迫り来る白球。
打者の手元で、そのボールは急激に沈む。
ツーシームファストボール。
打者の手元で、シュート方向に高速変化する落ちるボール。
ストレート軌道から高速で変化するというのもあり、打つのは困難。
ゴロを打ちやすいボールだ。
今大会多くのバッターを打ち崩してきた、真田の決め球。
倉持は。
(嫌になるくらい見てきたんだよ、このボールは…!)
多くの、経験。
そして、記憶。
完璧に、白球を捉えた。
(前からも…後ろからもな!)
打った瞬間、倉持が右腕を突き上げる。
幾度となく見てきたそのボール。
自軍のエースが何度も見せたそのボールを捉え、平畠の頭上を越えていった。
逆転となる、2点タイムリーツーベースヒット。
土壇場で出た連打からの逆転劇。
5−3と試合をひっくり返し、青道高校は最後の守りへと向かっていった。
9回の表、ここまで好投してきた沢村が続投。
打順は2番の増田から。
彼をカウント1−1からカットボールを打たせて、セカンドゴロ。
まずは丁寧に、1つ目のアウトを奪った。
しかし、油断ならないのが、この薬師高校。
ここから始まるクリーンナップに一発もらえば、一気に食われる。
まずは、3番の三島。
この試合でこそヒットはポテンヒット一本だが、パワーヒッター。
一発出れば逆転という場面で、迎えたくないバッター。
だがしかし、バッテリーは冷静だった。
倒すべき敵は、目の前の打者だけではない。
ただ逆転しただけで安堵していては到底届かないのだ。
三島を高速チェンジアップでライトフライに抑える。
そして打席には、4番の轟が入った。
ここでバッテリーは、やや敬遠気味に四球。
カウント3−1から、外に外れるストレートで轟を歩かせた。
(この試合で、改めて距離を感じた。)
怪物のような、天才バッター。
そして、それを抑えた、自軍のエース。
これから倒さなくては前に進めない、怪物。
追いかけなければいけない、エースの背中。
改めて、その道のりを感じた。
遠い、遠い。
そして何より、大きい。
(俺にはまだ、届かねえ。)
近づいて、形は見えてきた。
だからこそ。
形が見えたからこそ、その実態の大きさを改めて感じた。
今はまだ、足りないものが多すぎる。
見えただけ、それが明日の糧になる。
わかったんだ。
目標が、道筋が。
そして、超えなければいけない存在の大きさが。
ならば、それに向かって。
走るしかない。
『最後はピッチャーゴロ!沢村が華麗なフィールディングを見せ、27個目のアウトを奪いました!』
最後はカットボール。
真田も操るそのボールで完全に打たせ、ピッチャーゴロ。
要求通りの完璧な投球で、最後のアウトを奪った。
一塁手の前園がしっかりと掴み取り、その瞬間にナイン達がマウンドに集結する。
激戦は終え、夢の舞台の切符を手にする。
夏の敗戦、エースの怪我での離脱。
そして、圧倒的と言われた攻撃力は、すでになかった。
しかし最後まで。
それぞれが自分の良さを全面に出し、互いを助け合う。
全員で足りないところを補い、戦う。
全員で勝つ。
最初に掲げられたこのテーマは、最後まで貫き通され。
そしてこの試合の最終盤、逆転劇という形となって結果が出た。
エースのいない秋。
青道高校は、選抜の切符とともに、都内最強の冠を手にする、最高の結果で終末を迎えた。
長かった……。
何とか薬師戦に関しては、毎日投稿できたはず。
とりあえず、神宮大会に関してはスキップです。
大野くんはまだ投げれませんし。
ここから冬のトレーニング期間に一気に移動します。
それを終えて初めて、第二部完!ということで。
またごゆっくりとお待ちください。