早々に冬へと入っていきますよー。
歓喜の渦に包まれた、長い長い秋が終わり。
青道高校は、春の甲子園への切符を手に入れた。
エース不在ながらも、1年生投手の大活躍。
そして何より、個性の強い打者が並んでいる、強力打線。
何だかんだで、完成度が高かった気がする。
しかし、楽な試合は無かった。
初戦からほぼ厳しい試合展開。
強豪揃いのリーグを、それこそナイン皆の力で勝ち上がってきた。
完成度がある程度高かったからこそ、粘り勝つ試合が多かった。
しかし裏を返せば。
他の高校は、その粗を削ってよりまとまりを帯びてくる。
確実に春、夏と一気に強くなる可能性が高いのだ。
ならば、ある程度バランスの整ったチームは、どうか。
新たに突出したものを伸ばしていくか、或いは満遍なく伸ばしていくか。
青道高校は、後者を選んだ。
打線は、個々の能力をそれぞれ上げていく。
そしてより強く濃い線に、そして抜け目のない打線を作る。
守備は、より強固に。
各々の身体能力向上は勿論のこと、連携をより綿密に行い、鉄壁を形成する。
投手は、より我儘に。
個性の強さをより強く出しながら、それでいて弱点も最低限まで持っていくことで、層の厚さを。
そして。
この大きな一角を担う男が。
今、動き始めたのだ。
「投球練習はどうかな。」
「えぇ、徐々に力を入れてやってます。もう全力近くで投げても問題無いです。」
とある大型病院の一角。
ただ検診するには、些か大袈裟すぎるような部屋。
そこで俺は、肘の定期検診に赴いていた。
夏の終わりに怪我をした、肘。
勤続疲労というか、要は投げすぎで肘が休まる前に投げてしまったのが原因の、肘部管症候群と呼ばれるもの。
肘の炎症が収まるまでの3ヶ月間の猶予を言い渡された。
さて、今日はその3ヶ月。
経過としては、予定より早めに回復をしていた。
まあ、定期的に見に来てる時も言われたのだが、どうやら俺は怪我の回復がかなり早いらしい。
疲労も他の人に比べて溜まりにくいはずなのだが…
そこは、俺のフォームと投げる球種が原因らしい。
まあそこに関しては、後で話そう。
とりあえず、登板禁止は解除。
試合自体でも投げることはOK、そして様子を見ながらとのことだ。
「これからも大会前や調整の時に来なさい。マッサージとかできる所はサポートさせてもらうからね。」
「ありがとうございます、是非。」
「実は、僕は担当医であって、青道高校エースの大野夏輝選手のファンでもあるんだ。やれることはやるよ。」
そう言って、先生が笑う。
俺もそれを見て、笑顔で返した。
2人の1年生は、本当に頼もしい先発になってくれた。
それぞれが、いい形で試合を作れるようになった。
負けられない。
秋大では投げられなかったが、だからこそ。
今まで持っていたのは、あくまで暫定的なものでしかない。
だからこそ、この冬。
さらに鍛え上げて、本当の意味で。
エースの座を、取り戻す。
そして俺は、足早に学校へと戻って行った。
「あっ、夏輝さん!どうでしたか!?」
戻って早々、いつも通り沢村の声が聞こえてくる。
その横に、落合コーチと御幸、そして控え捕手の小野がいた。
「うん、とりあえず投げて良いって。というより、投球練習自体はしてたろ。」
「なんかあるじゃないですか、そういう雰囲気!」
「知らねーよ。」
軽くあしらいながらも、こうして喜んで貰えるのは嬉しい。
最近は確かに投球練習も徐々に再開していたが、実際に全力で投げていいと言われると、確かに思うところはあるかもな。
あながち、沢村が言うことも間違いでは無い。
「降谷と沢村は、川上と東条と合流してトレーニングだ。」
「YES、コーチ!」「また体力づくり…」
敬礼をする沢村。
そして、明らかに項垂れる降谷に苦笑しつつ、俺はグローブに手をかけた。
「身体は温まってるな、大野。」
「ええ、アップは終わらせてから合流しましたから。」
コーチが頷くと、御幸に視線で訴えかける。
すると彼も頷き、俺に白球を投げてきた。
「ほら、さっさと肩作るぞ。」
「おう。」
渡された白球を、軽く投げる。
徐々に距離を離していき、力を加えていく。
指のかかりも、気にしながら。
センターを守っているときには余り意識していなかったからこそ、しっかり感覚を研ぎ澄ます。
正直、少し鈍くなってはいる。
指先で切る感覚も、何となくズレている。
少しずつ力を入れていき、マウンドへ。
そこからさらに、力を入れていく。
にしても…
「抜けてんな、ちょっと。」
「久しぶりで感覚が戻ってきてないんだろ。とにかくコントロールは気にせず、ドンドン切る感覚を思い出せ。」
やはり、感覚が鈍くなっている。
少し力を入れて、投げてみる。
うん、力が入ると何となく感覚も鮮明になってくるな。
投げていく内に、ボヤけていた感覚が、戻っていく。
まるで先端の丸くなってしまった鉛筆を、徐々に徐々に削って尖らせていくように。
今のうちは、とにかく意識しろ。
コンマ1秒の調整をして、あの時を思い出せ。
少しずつ、指にかかるストレート。
だいぶ感覚も、慣れてきた。
これならば。
グローブで御幸を指し、しゃがむようにジェスチャーをする。
「一也、座って。」
「…わかった。」
キャッチャーが、試合と同じように座る蹲踞のような姿勢。
そして、グローブを前に出した。
構えられたコースは、右打者のアウトロー。
腰を大きく捻り、投げ込んだ。
少しミットこそ動いたものの、ほぼ完璧に近いコース。
それを見て、俺は少しばかり感動した。
投げられる。
ただそれだけだが、俺は。
その事実だけで、心が動いた。
「OK、ナイスボール。コースは完璧。」
こうして御幸から返球されるのも、いつぶりか。
涙目になりながら、受け取る。
投げていく。
自分の感覚を研ぎ澄まして、研ぎ澄まして。
夏の感触を、思い出すために。
ストレートがかなり、指に掛かってきた。
3ヶ月丸々ピッチングが出来ていなかったとはいえ、シャドーピッチ等のフォーム固め自体はやっていた。
何より、何年も続けてきたこの動作。
そう簡単に、忘れられるものでも無い。
幾度か続けた後。
俺が、ストレートから少し握りを変える。
「一也、次は…」
「ここまでだ。」
俺が言いかけると、それを静止するように落合コーチが言った。
まあ、今日が本格的に投げ始めて初日だもんな。
変化球いきなり投げようとするのも、よくないか。
「明日以降、ちょっとずつツーシームとかも混ぜていく。」
そう言うと、何故か少し気まずい雰囲気。
え、俺不味いこといいました?
御幸が俯くと、落合コーチが重い口を開いた。
「お前、ツーシームを捨てろ。」
投手として本格的に復帰した、その日。
突如伝えられたその宣告に、俺は唖然とすることしか出来なかった。