全国高校野球選抜大会、1回戦。
青道高校と宝明高校の試合も、早くも終盤戦。
中盤で一気に点を取った青道高校有利で迎えた7回の表、宝明高校のラッキーセブンの攻撃が始まる。
4-0で迎えた7回表。
マウンドには、変わらずこの男が上がる。
「まだ行けるな。」
「舐めるな。最後まで投げる。」
ここまで宝明を被安打2の11奪三振で完璧に抑えている、青道エースの大野。
この回もまた、彼がマウンドへと向かった。
「カットは減らす。必要以上に見せることもないからな。」
「分かった。リードは任せる。」
「はいよ。」
女房役である御幸と言葉を交わし、別れる。
そして、グラウンド中心にある小さな山に置かれた、その袋に手を当てた。
あと3回。
スタミナも十分。
援護も貰い、あとは抑えるだけでいい。
宝明の攻撃は、クリーンナップから。
一発のある3番が、打席に入る。
(ストレートに合わせようとしてる。カーブで崩すぞ。)
(OK。)
まずは、初球カーブ。
縦に割れる大きな変化球で、空振りを奪う。
御幸の見立て通り、大きな空振りでまずは一つストライクを奪った。
2球目、同じようなカーブ。
今度はもう少し低く投げ、これにも空振り。
追い込んだ3球目。
最後は高めのストレート。
ボールゾーンに投げて空振りを誘う、所謂釣り球。
キレのあるこのボールを打ち上げてしまい、ショートフライ。
カーブの軌道に目が焼き付いてしまったバッターは、完全に振り遅れてしまった。
そんな姿を、4番である岸田はネクストバッターズサークルで見ながら、軽く舌打ちをした。
(大野なんて聞いたことないぞ。なんでこんなに打てない。)
過去、甲子園の出場経験はなし。
それに、中学でも全国大会に出ている姿は見た事がない。
東京と言ったら、左腕の成宮鳴。
全国でも有数の左腕である彼と肩を並べるほどだと、岸田は思った。
しかし、泣き言は言っていられない。
ここで負ければ、宝明の甲子園は終わりだ。
なんとか繋ぐ。
若しくは、反撃の糸口を掴む。
そう噛み締め、岸田は左の打席に入った。
さほど身体は大きくない。
しかし全身を目一杯使ったトルネード投法が、印象的だ。
高い打点から振り下ろされる、右腕。
真っ直ぐに伸びてきた直球が、岸田の膝元に決まる。
速い。
そして、軌道が綺麗すぎる。
思わずバックスクリーンに目を向け、またその129km/hという球速表示に驚嘆した。
(とてもそうは見えないがな。)
はっきりいって、地区で体感した145km/hよりも速く感じる。
回転数が多いからか、手元で加速するように伸びてくる。
それでいて、ストライクゾーン一杯。
この球が、完璧なコースに決まるのだ。
甘いコースを狙っても、そこには来ない。
前の2巡で、それはわかった。
厳しいコースを拾うしかない。
狙い定めた2球目。
今度は、外角の低め。
長打を打つのも難しく、打者視点からしたら遠く感じるこのコース。
思わず見逃すも、審判の手は上がった。
3球目、同じようなコース。
さっきより若干遠いコースに決まるが、審判は手をあげなかった。
(んー、さっきは取ってくれたじゃん。)
(同じコースなんだけどな。ゾーンが可変されると困る。仕方ない、ここで決めるぞ。)
外角低めのストレートを見送り…というより、手が出なかった。
しかしカウントは、1-2。
未だに、投手有利のカウントである。
(際どいコースは全部バットに当てるしかない。変化球も、なんとか対応するしかない。)
追い込んでから投げるボールは、勝負の高めのストレート。
若しくは、ストレートとほぼ同速で大きく落ちるボール。
あとは、前の打席で見た謎のボール。
軌道としてはストレートに近いが、浮き上がるようにして打者側に切り込んできた。
追い込まれた、5球目。
ボールの軌道は、高めの直球。
コースは際どい。
しかし、低めを拾うよりはマシだ。
(貰っ…)
しかし、突如視界から消える白球。
勿論、バットは空を切る。
気がつくと、背中から乾いた音が鳴り響いた。
「ストライク!バッターアウト。」
鳴り響く、球審のコール。
先の2度聞いたその声に、岸田はバットを握りしめた。
(くそ、またこれか。)
ストレートで追い込み、最後は同じ軌道から曲がる変化球。
こちらの打者が何度もやられたそのパターンに、してやられた。
至って単純な投げ分け。
だからこそ、攻略の糸口が見当たらなかった。
ランナーを出せば、ギアを上げて一気に抑え込む。
そうでなくても、快速球と落ちるツーシーム、そしてカーブで躱してくる。
とても、初見で打てるボールではないと感じていた。
「追い込まれたら、確実にやられる。多少厳しくても、早いカウントで打った方がいい。」
生まれた2本のヒットは、追い込まれる前にストレートを弾き返した2つ。
勝機は、そこにしかない。
4番である岸田が5番にそう耳打ちし、次の打者が右の打席へと入った。
(2アウト、ここはテンポ良く行きたいな。)
打席に入るのは、クリーンナップ最後の刺客。
彼を横目で見ながら、御幸は大野にサインを出した。
(初球から振ってくる。ここは、コレで。)
(確かに、早打ちしそうな感じはある。)
テレパシーばりの意思疎通を当たり前のようにするバッテリー。
サインに大野が頷くと、御幸は外角低めに構えた。
まずは、初球。
ストレートの振りで緩い軌道を描くチェンジアップ。
完全にストレートに狙いを絞っていたバッターは、これにスイングを崩される。
(ここでチェンジアップかよ。)
ストレートに狙いを定めれば、高速変化するツーシームとカットボールが視界から消える。
速いボールに対応しようとすれば、カーブとこのチェンジアップで崩される。
そしてコントロールも完璧。
マウンド捌きもスタミナも十分と、手の施しようのない完成度の投手。
幾度となく強豪校と試合をしてきた宝明高校のバッターたちも、ここまで完成度が高く投球の幅が広い投手を見たのは、正直初めてであった。
2球目。
同じようなコースに決まるストレート。
これにバットを当てるも、フェアゾーンに飛ばずファール。
チェンジアップのスピード感が目に焼きついたからか。
ストレートの速度感についてこれていない。
3球目、ここは外に外れるカーブ。
これをなんとか堪え、1ボール。
(珍しく遊び球を使うな。)
(相手も全国レベルだからな。警戒していくに越したことはないだろ。)
(なるほど、そう言うことか。)
(次回以降の布石にもなる。ここは、幅を見せていくぞ。)
最後に出たサインに、大野が無言で頷く。
幅を見せる。
手札がまだあるぞという、次以降に当たる相手にも牽制をかける。
ストレート。
外角のボールゾーンに進んでいくスピードボール。
(外れてる、これは。)
そう思った瞬間。
突如として変化する、このボール。
動いたと脳が理解した時。
ボールは、ストライクゾーンぎりぎりを掠めた。
『見逃し三振!最後はバックドアのツーシームです!恐るべき技術、恐るべきコントロール!これが青道高校のエース、大野夏輝です!』
吠える事もなく、ガッツポーズをするでもなく。
ただ、抑えるのが当たり前と言わんばかりに。
悠然と、エースはマウンドを歩いて降りた。
この大野の完璧な投球の前に、宝明打線は完全に消沈。
しかしこの圧倒的な投球を、スタンドから見下ろす1人の男がいた。
「大野夏輝、か。」
黒いウインドブレーカーを身に纏い、短髪の球児がその椅子から立ち上がる。
甲子園のトーナメント中と言うのもあり、チーム全体で対戦予定のチームの試合を研究するのは当然だ。
そしてその男は。
この大会で、最強と名高い投手である。
「いくぞ、政宗。」
無言で頷き、球児はグラウンドに背を向ける。
ふと、もう一度。
「野球の申し子」は、マウンドのエースに、目を向けた。
次か次の次に能力解説やります。
夏輝の投球が解禁されたので、現状の能力解説入れます。
記載した方がいる選手がいれば、教えていただければ幸いです。
今のところは青道の主要選手のみです。