やあ、大野イン甲子園だよ。
今日はオフだから、ホテルからお送りするよ。
俺が先発した初戦、宝明高校との試合は、いい流れのまま勝利。
中盤の連打と終盤のダメ押しで打線は6得点と好調。
登板した俺も、9回最後まで投げ切って被安打2の無失点、15個の三振を奪い完封勝ちを収めた。
続く2回戦目も、勢いのまま勝利。
先発降谷が、試合を作り5回を無失点投球。
その後を投げた沢村は、登板初回こそバタついたものの、そのあとは安定感のある投球を披露。
最速130キロ後半の直球と動くボールを巧みに操り、相手に的を絞らせない。
最終的には4−1で3回戦目に駒を進めた。
「なるほど、これが甲子園の王者か。」
「巨摩大藤巻。去年の夏、稲実を倒した高校、か。」
しかし、安息する間も無く次の試合がやってくる。
3回戦目の対戦相手は、巨摩大藤巻高校。
前回の夏の甲子園、エース成宮を擁する稲実との接戦を制し、春夏連覇を成し遂げた北の雄。
今大会も、文句なしの優勝候補筆頭である。
高い守備力と、バランスの良い打撃が持ち味の野手。
充実した投手による、継投での安定感抜群の守り。
監督の新田さんの攻撃的采配は「新田マジック」と呼ばれるほど的確で、稲実との試合で見せた連続代打や4継投は衝撃的であった。
そして、このチームを象徴する、絶対的エース。
それが。
「本郷正宗、か。こいつが難敵だな。」
本郷正宗、2年生ながらこの強豪校でエースを張る本格派右腕。
最速151キロの威力のあるストレートに、高速で沈むSFF。
特にこのSFFが厄介で、打者が変化球と判断することのできるポイントを超えてから沈む。
ストレートとスピード差も小さい為、判別するのが難しい。
SFFの他にも、キレのある斜めに曲がるスライダー、緩く変化するカーブもある。
このスライダーも奪三振率が高い為、おいこんでから良く投げられる。
コントロールも良く、ピンチになると一気にギアを上げ、そうなると手がつけられない。
あとは、継投で勝っているチームでありながら、本郷自身は一試合投げ切るスタミナもある。
明らかに、世代を代表する右腕。
既にドラフトの話題になるほどの、逸材だ。
「低めは思い切って捨てる。甘いコース、高めに狙いを定めて少ないチャンスをモノにする。相手が好投手なだけに、我慢が必要な試合になるぞ。」
低めのストレートとSFFは、見分けはほぼ無理。
となれば、やはり狙いは浮いたボールか。
攻略法は、成宮のときと殆ど同じ。
しかし、恐らく彼よりも、低めの見極めは難しくなりそうだ。
「守りも同じだ。下位までしぶといバッターが並んでいるから、集中力を切らさず守る。こちらもしつこく、我慢強くだ。」
監督の言葉に、俺達も頷く。
本郷か。
確かに、能力は世代を代表するのは間違いない。
それに、闘志も。
「いいピッチャーだな、ほんと。」
横に座っていた御幸の言葉。
それに同意の意志を表すように、頷いた。
「良い瞳をしてる。全てを捩じ伏せる、ベンチすら敵視している瞳だ。」
背負っていると同時に、追われる立場という自覚もある。
あれもまた、エースか。
投手としての完成度、それに潜在能力。
現状の能力ですら、俺より確実に上だ。
これが、全国。
立ち塞がるか、俺の前に。
「大丈夫か、夏輝。疲れてんのか。」
横目で俺を見る、御幸。
構わず俺は、呟いた。
「面白い。」
「は?」
見れば見るほど、凄い。
だからこそ、燃える。
目の前の相手が、投げ合う相手が。
すごい投手なら、尚更。
「何でもない、大丈夫だ。」
まだ抑えろ。
明日になれば、どちらにせよ解放するんだ。
青道高校がミーティングしている最中。
また別の場所で、相対する王者がその試合模様を見ていた。
「なるほど、いいチームだ。」
試合のビデオを流し終え、監督である新田がそう呟く。
攻撃面では、それぞれが個性のある打者集団。
しかしそれでも、纏まりがあり打線となっている。
そして、全員が走塁意識が高い。
クリーンナップは要注意。
3番の小湊は率が高いアベレージヒッター。
4番の御幸は、得点圏打率が高いクラッチヒッター。
そして主将であり5番の白州は、万能な何でも屋。
この3人が、打者の要注意人物。
ランナーがいる状態で回したくない、クリーンナップだ。
守備は堅牢で、特にセンターラインは守備範囲も広く連携も取れているため、失点を多く防いでいる。
あとは投手陣。
先発回数が多いのは二年生2人と、三年生エース。
左腕の沢村は、最速137キロのフォーシームと高速変化するムービングファスト。
あとはチェンジアップ、このボールを両サイドに広く使う、変速フォームの技巧派サウスポーである。
右の本格派の降谷は、最速154キロのストレートと大きく落ちるフォーク、スローカーブを投げる。
コントロールは粗く調子も両極端だが、爆発力は非常に高い。
しかし、彼らより優先的に警戒しなくてはいけない投手がいる。
それが背番号1、エースである大野夏輝だ。
針の穴を通すコントロールとキレのあるストレート。
そして高速変化するツーシームと、今春から投げ始めたカットボール。
あとは縦に割れるカーブと球速の遅いチェンジアップ。
トルネード投法で極端なほどのオーバースローから繰り出すボールは、他の投手と軌道が違う。
「簡単に投げ勝てる相手じゃない。完成度もコントロールも、貴様より数段上だぞ。」
新田がそう言うと、この巨摩大藤巻のエースである本郷は、噛み付く勢いで睨みつけた。
その反応に、新田もすぐに言い返す。
「なんだその目は。自分があれよりも上だと。自惚れるのも大概にせい。」
無論、新田自身も本郷の方が最大出力は高いと自負している。
本郷という投手はそれほどまでの逸材であり、確実に世代を代表する投手になると確信していた。
だからこそ、対抗の相手が自分より上だと。
その反骨精神で、高めてほしいのだ。
怒りは、エネルギーだ。
そのエネルギーを投球に向けることができれば、それは大きな武器となる。
「スタートは前回と同じ。先発は正宗でいく。」
そこからミーティングを行い、数十分後。
大まかな戦略や試合運びの話も終え、各々が席を離れる中。
最後に残ったのは、次の試合でバッテリーを組む、二年生2人であった。
捕手でありながら、打撃でもクリーンアップを務める円城は、ぶっきらぼうな本郷にとって良い相談相手である。
「どうした、正宗。」
自分の投球に集中しがちな彼にしては珍しく、相手投手の大野の試合をまた見ていた。
それも、今大会ではなく、夏の予選の決勝戦である。
「同じだ。」
「何が。」
「あの時の成宮さんと、同じ目だ。」
夏の甲子園決勝。
継投による全員野球で勝ったこちらに対して、稲実はただ1人のエースが最後まで投げきった。
味方の援護がなくとも。
最後の最後まで投げぬく様は、正にエースそのものであり、負けても尚絵になった。
それと同時に。
本郷は、その成宮の方が自分より上だと、確信した。
だからこそ、そんな成宮と同等の実力を持った大野には、珍しく好奇心のような感情を抱いていた。
「明日になれば、わかるか。」
今の自分が、どの位置にいるのか。
何よりこの大野という男が、どれ程の投手か。
「明日が楽しみだ。」
「…そうだな。」
相方の思わぬ発言に少し戸惑ったが、捕手である円城は同意するように頷いた。