夏の大会に向けた最後のメンバー選考。
各々が試合に出るために、アピールをしている。
自分がベンチに入れば、これだけの仕事ができると。
こんなにも、チームの戦力になるのだぞと。
そうして、数少ないベンチの枠を巡って争う。
もちろん、試合に勝つことを最優先に考えながら。
回は既に5回。
この時点で、メンバー内でも明暗が分かれ始めていた。
先発としてここまで1失点で抑えた川上は、もうレギュラー入りは硬いだろう。
ピンチの場面でも落ち着いて最小失点に抑え、存在感を示した。
「どう思うよ。」
今日は、俺は休み。
というか、一軍レギュラーメンバーはみんなお休みだ。
だからこうして、いつものように相方が横にいる。
「まあ、ノリなら当然だろ。どっかの誰かがシンカー多投させなきゃ四死球コンボなんてなかったしな。」
「最初の2人はそうだけど、その後はどうにもできなかった。というか、投げるって言ったのはノリだぜ?」
ごもっともで。
手元が狂ったといえばそれまでだが、修正しきれなかったノリが悪い。
実戦で変化球を試すというのもわかるし、それが失敗したのが悪いわけじゃない。
のだが、せめてマウンドに上がった以上、責任を持ってマウンドを守るべきだった。
(まあ、俺が言えたような立場じゃない。)
キャッチャーが変わっただけで大量失点したようなやつが言えない。
なんとなく、目を逸らしてしまう。
とりあえず、試合に集中しよう。
ちょうど、1番打者の小湊がヒットで出塁したところだった。
「こいつはほんと、底が見えないよな。」
確かに。
今日の成績は既に3打数の3安打の猛打賞と、ヒットメイカーとして存分に打棒を奮っている。
こいつもおそらく、レギュラー当確だろう。
しかし、この小湊の出塁が生きることはない。
マウンドに上がった投手が、打者をねじ伏せたから。
三者凡退。
手元で沈むフォークを巧みに操り、打者の目を欺く。
当時の速球はもうない。
ブランクもそうだが、痛めた脚が完治していないからなのだろう。
しかし、離脱したエースは、帰ってきた。
「財前さん、か。」
クリス先輩のライバルであり、中学時代は都内No. 1右腕と呼ばれた投手。
そしてクリス先輩と同時期に怪我をした、不運のエース。
と同時に、俺が怪我をした時に色々と協力をしてくれた先輩。
財前さんは膝の腱、俺は腿の裏。
怪我の度合いは違くとも、近い部位を怪我した俺の手助けしてくれた。
特に下半身のトレーニングに関しては、多くのことを学んだ。
「前までのストレート主体のピッチングとは大違いだな。スライダーとフォークで三振を奪うピッチングか」
「あの捻じ伏せるピッチングだけは変わってねえな。」
成宮や真中さんと比べたら、お世辞にも速いとは言えない。
しかし、最後の夏にかける思いというか、闘志はすごい。
けど、逆に考えたら。
こういう投手相手に結果を残せてこそ、夏の戦力になるというものだ。
全てを賭けてくる三年生相手に、真っ向から向かっていかなければならないのだから。
そして次の回。
財前さんがマウンドに上がったことでチームも勢いづき、国土館打線も奮起。
ノリに代わって登板した川島を、メチャクチャに打ち崩す。
そりゃもう、メチャクチャに。
「あーらら、四死球コンボからの甘いコースを痛打か。流石に荒れすぎじゃね?」
確かに。
フォアボールでランナーを出して、置きに行ったストレートを痛打。
相手云々ではなく、自分から崩れていっている。
(正直、マウンド任せられないよ。)
自分が投げた後に投げて炎上したらとか考えたら、ね。
自分に負けがつくのが嫌とかじゃなくて、俺が力になれないところで三年生の夏を終えたくない。
一緒に頑張ってきた三年生の夏を。
せめて、自分の力は最大限発揮したいから。
俺の目に映った川島は、正直戦力になるとは思わなかった。
その時の俺の表情は。
多分、かなり冷たかったと思う。
この回、川島は5失点しながらもなんとか三つのアウトを奪ってマウンドを後にした。
試合は6回終了、7−5とまだリードしている。
しかし楽観はできない。
終盤と言っても過言ではないこの場面で、遂に国土館高校は目覚めたのだ。
ここからが本番だと、そう言わんばかりに。
その火付け役は、やはりこの人か。
「どらあ!」
投げれば投げるほど、チームの士気が高まっている。
国土館高校のメンバーが鼓舞されている。
この回も、三者凡退。
こちらがリードしているとはいえ、勢いは向こうにあるのは確実。
逆転されるのも、時間の問題かもな。
マウンドには、川島。
先の回を挽回する投球を期待されて、マウンドへ送られる。
しかし目覚めた国土館打線は止まらない。
下位打線からヒットが続き、あっという間に一点を取られてしまう。
7−6、未だにノーアウト。
ランナーは、満塁。
打順もここから上位打線と、誰の目から見ても圧倒的なピンチ。
が、しかし。
唯一…いや、2人だけが、この場面を大きなチャンスだと感じていた。
川島がマウンドから降りていき、その場所に1人の少年が駆け上がっていく。
そんな彼の先には、屈強な女房役。
「さあて、何を見せてくれる?」
意気揚々の相手打線。
そこに立ち塞がるのは、まだ入学したての一年生投手。
沢村少年と、クリス先輩のバッテリー。
一軍昇格をかけた最後のチャンスが今、始まろうとしていた。