6回の裏、青道高校の攻撃。
円城、本郷、羽生を三者連続三振をお見舞いしたエースの力投に、奮起したい打線。
この回は、下位打線である7番の前園から。
(折角ここまで来たんや。あいつが戻ってきても、打てへんでしたじゃ話にならんで。)
しかし、届かない。
大野のピッチングに呼応した、本郷は更にギアを上げる。
インコース低めのストレートは、150km/h。
内角を捌くのが上手い前園が、前に飛ばせない。
それどころか、完璧に差し込まれている。
そしてまた、このボールでやられる。
『ここもスプリットで空振り三振!青道打線に対して未だに出塁すら許しません!』
8番の金丸に対しても、最速151km/hのストレートで空振り三振。
その球には、いつもより力が乗る。
目の前で見せられた、圧巻の投球。
それに対する、反骨心と怒り。
正に大野にやられた三振を、やり返すように。
本郷は、目の前の打者を捩じ伏せる。
最後、チャンスメイクを得意とする東条。
何とか自分からチャンスを生み出したいところだが、それを許すような相手ではない。
最後は内に入ってくるスライダーを打たされ、サードゴロ。
この回もまた、チャンスどころか出塁すらできない。
野手たちも焦りが出る中、この男だけは変わらずマウンドへと向かう。
「疲れはどうだ。」
「まだない。心配しなくても、最後まで投げ切る。」
この最後までというのが曖昧な意味を持ってしまうというのは、ここまでの好投手の投げ合いだからこそなのだろう。
無得点での延長もあることを考えるか。
それとも、9回までのことを指しているのか。
大野にとっては、どちらでも無かった。
「投げ切るさ、勝つまではな。」
笑う大野。
夏以来、久しぶりに見た表情に御幸の心も高鳴ったのも事実。
しかし同時に、心配もあった。
普段よりも、汗が多い。
多いと言っても気温が気温なので夏ほどではなく、他の試合に比べても多い程度だ。
無論ギアを入れているのもあり当然ではある。
だが、御幸の直感か。
捕手として、相方として。
そして、あの夏を見た張本人として。
少しの違和感でも察知できるように、アンテナを張らなければいけないと思っているのだ。
それもあり、いつもは7回ほどに形式的に聞いている疲労感も、今回ばかりは少し見られた為早めに確認した。
この回は8番の江藤から。
しかしこのバッターに、いきなりヒットを許してしまう。
コースは良かった。
だが、捉えられた。
9番の佐々木が完璧に送り、1アウト二塁。
この試合2度目のピンチで、上位打線に回る。
空かさずタイムを取る御幸。
相手の本郷がまだパーフェクトピッチングを続けているというのもあり、1点ゲームになることは確実。
できれば、失点したくない。
「何だよ、疲れた訳じゃねーぞ。」
「そこは心配してねーよ。お前下位打線だからって力抜きすぎだっての。相手は初球から振ってくんぞ。円城の時くらいとは言わねーけど、ある程度な。」
「分かった。」
共に口元をグローブで隠しながら、確認。
御幸としても、疲れが出て許したヒットでないことくらいは、わかる。
球に力が無いわけでもなく、抜けている訳でもない。
「今日のお前なら、多少甘くても球の威力で押せる。コントロールは気にしすぎるなよ。」
「それは降谷の戦い方であって、俺のものじゃない。それに、俺がやりたい事でもない。キレも出しながら、コントロールはどうにかする。それで良いだろ。」
御幸の言葉に、大野がそう返す。
いつもとはまた違ったその返答に、御幸は思わず吹き出してしまった。
ただの提案でしかないのに、そこまでムキになるか。
それだけ自分の投球が何処まで通用するか見てみたいということか。
あとは、大野のポリシーのようなもの。
自分の強み、特長をとにかく強く持つこと。
これまで多くの選手に伝えてきた「自分らしく」というのを、大野はこの冬で更に強く意識するようになった。
エースとしてでなく、大野夏輝として。
巨摩大と、本郷と戦うから、その芯は曲げないのだ。
「わーったよ。言ったからにはやれよ、夏輝。」
「当たり前だろ。それでなきゃ、俺じゃない。」
互いに笑い、グローブとミットを合わせる。
そしてそれぞれの持ち場に、戻った。
しかし御幸の中にあった心配。
これに関しては、少し大きくなった。
少し入れ込みすぎか。
珍しく、ペース配分が出来ていない気がする。
こうなると、終盤は疲れで能力が落ちる。
できれば完投してもらいたかったが、失点してしまえば意味が無い。
(あの2人が通用するのは分かってる。)
そんなことを考えながらも、御幸は首を横に振って頭をリセットする。
今は目の前で背負ったピンチを、切り抜けるところだ。
相手は全国トップクラスの上位打線だ。
余計なことは、考えていられない。
しかし、ピンチになってギアを上げた大野。
先程下位打線に打たれたとは思えない出力で1番2番を連続三振で切ってとり、あっさりとこのピンチを切り抜けた。
「できんなら最初からやれっつーの。」
「るせ。」
汗を拭い、大野がマウンドを降りる。
「ナイスピッチや大野。」
「おう、そろそろ打ってくれよ。」
和やかにそう話し、ベンチに戻るナイン。
上位打線から始まるこの攻撃。
なんとか、点を取りたい。
先頭の倉持が打席に向かい、次に打席に入る大野がネクストバッターズサークルへと入る。
それを確認し、御幸は片岡の元へと向かった。
「どうだ、大野は。」
「思っていたよりも疲れがあります。多分、本人も自覚はあまりありません。恐らく9回は投げ切れると思うのですが。」
普段と違い、かなり長い時間全力で投げているからか。
この舞台のせいか。
要因は様々あるが、疲労が溜まっているように感じるということだけは変わり無かった。
「いや、大野は8回までだ。」
「…本気ですか?」
疲れがあるとはいえ、今日の大野は打たれない。
9回までは恐らく問題ないと思うし、何故8回で変えるのか。
「こちらから先手を打つ。沢村と降谷も、かなり状態がいいからな。それに…」
8回まで投げ、その後は2人の2年生に任せる。
前の試合でも奮闘した沢村と降谷。
それでも御幸は、その2人には荷が重すぎると感じたのも事実だ。
しかし片岡は、続けた。
「お前が不安に感じるのなら、恐らく大野にも何かしら影響が出てくるかもしれん。それは受けているお前にしか分からないことだ。」
「俺にしか、分からないこと。」
そう言われ、御幸は少し考え込んだ。
疲れが何となく見える。
普段とは違う。
基本的に弱みを見せない彼だからこそ、交代のタイミングは中々掴みにくい。
互いに口には出さないが、同じ過去を思い浮かべた。
「確かに、いつもよりバテてる気がします。もしかしたら…」
「そうか。実際に試合の流れで決めるが、大野は8回までの予定でいく。沢村と降谷にも準備はさせておく。」
替えるのも勇気か。
御幸はそう言い聞かせ、唇を噛む。
本当の事を言えば、大野がどこまで通用するか見たいところはある。
しかし、それ以上に。
勝たなければいけないのだ。
「降谷、ブルペンから沢村を呼んでこい。」
「…はい。」
ベンチ前に、2人の2年生が集まる。
そして、片岡が2人の肩に手を置き、耳打ちした。
7回。
この拮抗した試合で、青道ベンチが動いた。