初回以降、両者1歩も譲らず投手戦。
降谷も2点を奪われた以降はいつも通り三振を奪い、6回までに10奪三振と好調。
コントロールも安定しており、しっかりと投げきれている。
対する白龍先発の王野もまた、好投。
シュートとスライダーを軸に左右でしっかりと投げ分けるピッチングで、ゴロを打たせている。
特にインコースに切り込んでくる変化球が良く、左右打者ともに苦戦している印象だ。
ここまで2−1。
白龍に一歩リードを許しているような状態だ。
7回の表。
なんとか流れを変えたいところで、監督が動く。
初回の失点以降は安定感のある投球をしていた降谷を替え、東条。
ここで攻めの継投に出る。
「固くなるなよ、東条。お前はお前だ。お前の投球をすれば、自ずと結果は出てくる。」
「ええ。降谷みたいな球は投げれませんから、逆に継投で緩急使えるんで助かるくらいですよ。」
「そんだけ言えりゃ十分だ。」
剛腕で、150キロのボールをガンガン高めにも勝負に行く。
大きな変化球で空振りをとる。
そんな本格派の象徴のような降谷に対して、超軟投派の東条。
最速140キロに満たないストレートと、それに類似した小さな変化球で芯を外す。
スライダーとカットボールや小さいツーシーム、そしてタイミングを外すために時折放るカーブ。
これを低めに丁寧に集め、ゴロを打たせていく。
俺たちの内野陣が強固だからできる、流れに乗りやすいピッチングだ。
降谷のようにガンガン抑えていくのもまた、強引に流れを持ってくることもできる。
しかし東条のような打たせてとる投球は、守備も連携して流れを作るため、チーム全体から攻撃に弾みをつけやすい。
降谷にはできない。
もちろん、俺にもできない。
(お前だから選ばれているんだぞ。)
流れを変えることができるのは。
東条だからこそだ。
ずば抜けた能力はない。
よくいえば万能型、悪くいえば器用貧乏。
決め球はない、威力のある直球もあるわけではない。
しかしそれでも、試行錯誤しながら全力で抑えるのだ。
まずは先頭に美馬。
彼をスライダーでセンターフライに抑えると、続く2番に対しては4球目のカットボールでセカンドゴロ。
最後はクリーンナップの一角である3番。
彼に対しては初球からツーシームとカットボールでファール2球で追い込む。
3球目、外角低めのストレートが外れてボール。
4球目、ここも同じようなボールだが、小さく変化する。
少し内寄りだが、外に逃げていくちいさな変化球で打球を前に飛ばさない。
タイミングは直球に合っている。
ここでバッテリーは、決め球に新しい手札を切った。
スリークウォーター気味のオーソドックスなフォームから、投げる。
腕の振りはストレートとほぼ同じ。
そこから緩く放たれる、遅球。
チェンジアップ。
同じチームでも、俺と沢村も投げている変化球だ。
しかしそのボールは、上記の2つとはまた違う。
キレこそ劣るが、縦変化の若干生じる変化球。
掌から回転を抑えて投げる、緩い変化球。
パームボールに近い緩い変化球。
最後は真ん中低めから沈むこのボールで空振り三振に切って取って見せた。
さて、東条がテンポ良く抑えた裏の攻撃。
この勢いに乗じて、逆転したいところ。
打席には、主将でありクリーンナップの白州が向かう。
職人気質の彼だが、チャンスメイクから打点稼ぎまで幅広く行えるバランス型。
しかしその高いバットコントロールのためか、どちらかというとアベレージヒッターという位置付けになることが多い。
そんな彼だが、やはり対応力も非常に高い。
三巡みた相手であれば、対応できる。
インコース低めに落ちるスライダーを拾い上げ、ライト前に落とすヒットで出塁する。
このあと、東条にもヒットが生まれ、0アウトでランナー一、二塁。
ここまで甲子園であまり目立った活躍をできていない前園。
ここは大事なバントをしっかり決めてチャンスを広げる。
1アウトランナー二、三塁。
この逆転のチャンスで、打席に回ってくるのは。
「こいつはほんと、大事な局面で回ってくるよな。」
「まあそこで結果残せるって信じられてるから使われているもんだからな。」
深呼吸をして、明るい髪色の青年はバットを振る。
キッと鋭い細い目が、ヘルメットの鍔からチラリと見える。
去年の秋から春にかけてパワーアップのためにトレーニングに勤しんだ。
身体の厚みも、下半身も。
以前に比べて大きくなっている。
甲子園。
その、準決勝。
一打でれば、逆転の場面。
そして、いいライバルであり親友でもある東条が尽力した裏の攻撃。
(こんな状況、アツくならねーわけないよな。)
そう言う男だ、金丸は。
だからこそ俺は可能性を感じたし、将来チームを引っ張る選手になると確信している。
変えろ金丸。
あの時と同じように。
この熱い場面で。
お前の全てを、見せてみろ。
試合終盤、遂に迎えた逆転のチャンス。
打って逆転するか、チャンスを潰すか。
その命運をかけられた打者は、曲げていた膝を伸ばして立ち上がった。
(やべぇ、ここで回ってくるかよ。)
それは、弱気では無い。
この大一番、勝負を決める場面で自分に出番が回ってきたことへの高揚感が、金丸の中で先行していた。
金丸自身、このような大舞台にとにかく強い。
大舞台や緊張がかかるシーン、そして勝負を決めるか否かという瀬戸際。
とにかく、そんな場面に強い。
とはいえ、流石の彼も初めての甲子園。
少なからず、普段と違って後ろ向きな気持ちがあったことも事実である。
緊張。
そして、打てなければ勝利から遠ざかるという、不安。
そんな彼に声をかけたのは、エース。
否、同室の先輩という立場である、大野であった。
「打てば、今日のヒーローだぞ。」
そう言って、大野は金丸の背中をトンと叩く。
傍から見れば、緊張に追い打ちをかけるような一言。
しかし逆境に強い金丸からすれば、それは発奮材料にしかならない。
さらに追い風となったのは、監督である片岡だった。
「当てに行く必要も、犠打も必要ない。お前のスイングで、決めてこい。」
「っ、はい!」
求められているのは、強いスイング。
この大一番で決められる、思い切った打撃。
求められているから、応えたい。
それに。
金丸の中でもう1つ、ある種負けず嫌いな一面が彼を奮い立たせた。
同じ2年生である降谷は、初回こそ点をとられたが、この甲子園という舞台でも自分の持ち味を活かして投げている。
それこそ本人は気がついていないが、かなりの新聞社やスカウトが彼のその剛腕に話題性を感じて注目をしているのだ。
それに、沢村。
彼もまた、リリーフながらこの甲子園で存在感を放っている。
何より巨摩大藤巻との試合では、あの緊迫する場面で見事に投げきって見せた。
昨夏からチームの主力として戦っている、同じ2年生。
彼らに負けたくないと、いつも意識していた。
そして、東条。
親友であり、ライバル。
幼い頃から一緒に野球をやってきて、そんな関係である東条もまた、今日結果を残した。
同じく苦労をしてきた彼が、こうして活躍するのは嬉しい。
それと同時に、金丸は悔しさすら感じた。
仲間とはいえ、最も身近なライバル。
だからこそ、彼らに置いてかれたくない。
負けたくない。
そんな負けず嫌いな思いが、彼の集中力を高めていった。
(まだ、負けてねえ。俺は、まだ。)
同い年に、負ける訳にはいかない。
置いてかれる、訳にはいかない。
(
マウンド上、ピンチの王野が金丸を見下ろす。
その名前と、マウンド上という玉座から見下ろす態度。
相まって、貫禄を感じる。
しかし金丸も。
いや、だからこそか。
真っ直ぐ、見据えて向かっていった。
クイックモーションから放たれた初球。
内側中段、金丸の得意なコース。
(負けてねえんだよ、まだ!)
インコースに抉りこんでくるシュート。
先発である王野が最も得意としており、武器にしているボール。
これを金丸は狙った。
少しボール玉。
普段なら、詰まってしまうようなコースだが。
肘を上手くたたみ、腰を回転。
狙い澄ました一撃は、4番を彷彿とさせる圧巻のスイング。
同時に右手を掲げる金丸。
鋭い当たりは、弾丸ライナーでフェンスへと直撃した。
「っしゃあ!」
打球は左中間。
白州は勿論、瞬足の東条も三塁を回ってホームへ帰る。
1アウトランナー二、三塁。
逆転のかかったこの大事な局面で、金丸が放ったタイムリーヒットで2点を返す。
この終盤、1年生の一打で遂に逆転に成功し、3−2。
決勝の舞台に一気に近づいた。
さらに、麻生のヒットと大野のタイムリーヒットで追加点をとると、最後は沢村。
前回の試合で守護神として登板した彼が8回9回を完璧に抑えてシャットアウト。
4−2で白龍高校を下し、優勝候補の肩書を胸に決勝の舞台へ。
青道高校史上最強の世代が、優勝へと向かう。