4回の表、4番の御幸による3ランホームランで先制をした青道。
さらにダメ押しで金丸のタイムリーヒットで4点目を奪い、この回一気に得点を重ねていく。
さて、その裏の攻撃。
ここまでヒット1本に抑え込まれている清正社に相見える。
ここから二巡目。
一巡目こそ完璧に押さえ込んだが、一度見たボール。
ここからしっかり抑えられるかが、勝負になる。
「相手も全国トップレベルだ、そろそろ目付けをして打ちにくるぞ。」
口元をミットで覆い、先程本塁打を放った女房役がそう言う。
4番という攻撃の花形でありながら、捕手という守備の要。
かなり負担のかかる場所なのだが、だからこそ良いのだと彼は言った。
「わかっている。ここからは出し惜しみナシだ。」
「カットも入れてくぞ。ストレートとツーシームを軸に、決め球でツーシームかカットを選ぶ。いいな?」
「それはお前が決めることだ。お前が投げろと言うなら、俺はそれに従う。」
「はいはい、エースさんに怒られない要求をしますよ。」
「お前はすぐそういうことを言う。」
やり取りをして、お互いの左手を合わせる。
そして御幸はホームベース側へ。
俺はマウンドへと、上がった。
いつもと変わらない景色。
慣れてしまえばこの甲子園という舞台も、いつもの球場と変わらない。
成宮は違うと言っていたが。
そうだな、今の俺には分からない。
でも。
やるべきことは、分かっている。
(行こう。行けるところまで。)
まず先頭は、1番の山田。
この大会当たっている、期待の2年生。
はっきり言って一番怖い。
小柄ながら飛ばす力を持っており、それでいて反射神経がとにかく良い。
特に高速で変化するボールには非常に強い為、俺みたいなタイプはやりにくい。
(ツーシームはもう見せてる。決め球はカットでいきたい。)
(わかった。ここは慎重にいくぞ。)
1打席目はバックドアのツーシーム。
これで見逃し三振を奪った。
まずは外角低め。
ギリギリ外れているコースに投げ込むと、ここはしっかりと見逃してボールとなる。
(ここは手を出さねえか。)
(外の目付けはかなり良いな。)
先の打席でも感じたが、外の低めの見極めが非常にいい。
前の試合アウトローをホームランにしていたこともあり、恐らくは得意コースなのだろう。
となれば、内角低めか。
間違えればホームランボールになりかねないが、厳しく攻めれば詰まってゴロになりやすい。
ここはインローのストレート。
ゾーン一杯、ギリギリのコースに決まってストライク判定。
(少し反応鈍かったね。)
(低めが悪いのか、内の反応が悪いのか。どちらにせよ、攻める他ない。)
次の3球目。
次もインコース、少し甘いコース。
振りに来るも、ボールは急激に失速。
内角のボールゾーンに抉り込むこのコースで空振りする。
このコースはやはり、反応が遅れるか。
ならもう1球、同じコースで。
今度は反応し、バットに当てられる。
しかしコースが悪いためか前に飛ばず、ファールとなる。
(もう反応してきたか。流石に見極めている訳じゃなさそうだが。)
(ここら辺は流石だな。もう1球続けてゴロを打たせるのもいいが。)
(三振だ。心を折りに行くぞ。)
このチームの柱の一つ。
表では投打の要である川崎に対して、期待のホープであり切込隊長であるのがこの山田。
この選手を抑えられることができれば。
絶好調のエースが4回の時点で3失点。
険しい投手戦と予想されたこの試合で痛恨の失点を喫した。
だからこそなんとか点を返したいこの4回の裏。
点を取られた回の裏というのは、案外得点が動くことが多い。
ここでチームで一二を争う打者であるこの山田を捩じ伏せることができれば、相手の焦りを一気に誘うことができる。
一つ息を吐く。
そしてグローブを口元に置いて前屈みになり、御幸のサインに目を向ける。
御幸が出したのは、今日初めて出したサイン。
それを見て、俺は小さく頷いた。
構えたコースは外角高め。
ストライクゾーン少し甘めを目掛けて。
全身の捻転。
そして下半身から腰、そして上半身。
溜まりに溜まったエネルギーを余すことなく、広背筋から肩、そして肘指先まで伝えていく。
最後の最後、肘を捻り込み、ボールに螺旋状の回転をかける。
弾丸のような回転で加速するボールは空気抵抗をほとんど受けることはなく、加速しながら回転方向に向けて曲がる。
オフから取り組んできたフォーム変更。
今までよりも全身の力を余すことなくボールに伝えることができるようになってから編み出された。
全身の捻転をストレートとごくわずかな軸の違い。
そこに加えることで螺旋状の、所謂ジャイロ回転をかける。
そうすることによってそれは、加速して伸び曲がる魔球へと変化する。
ストレートとほぼ同等の速さ。
外のボールに反応し、山田がバットを振り始める。
スイング、角度、タイミングは完璧だ。
ただそれは。
(俺が投げたのが、ストレートだったらの話だがな。)
急激に加速したボールは山田のバットから逃げるようにして変化する。
スライダー方向に伸びながら曲がり、山田のバットを掻い潜った。
「ストライク!バッターアウト!」
俺の、もう一つの変化球。
ストレートと同等の速度の変化球であり、互いに対をなす決め球。
ジャイロ回転で伸び上がるカットボール。
二巡目にして切ったもう一つの切り札で、山田を空振りの三振で捩じ伏せた。
目を見開き、何を振ったのかわからないと言ったばかりの打者の姿に、思わず笑ってしまう。
(こらこら、顔に出過ぎだって。)
(すまん、でもあれだけわかりやすく困惑したらな。効果覿面だったみたいだな。)
決め球を後から披露するメリットはいくつかある。
一つは、相手が自分のボールに慣れないようにできること。
もう一つは、1試合で多くの配球を組み立てることができること。
そして。
ここまで全く打てなかった中もう一つ決め球が増えることで、相手にさらなる迷いと焦りを生むことができる。
この後2番3番も連続三振。
カットボールを解禁した俺はさらにギアを上げて、清正社打線を完全に押さえ込んでいく。
4番の川崎から始まる5回の裏も三者凡退。
6回の裏も下位打線を完全に抑えて終盤戦へと向かっていく。
しかし相手エースの川崎も追加点を許さないと言わんばかりに奮起。
さらに三振を重ねていき、攻撃に弾みをつけようと圧巻の奪三振ショーを披露する。
4−0で迎えた7回の表。
この春の甲子園決勝もいよいよ終盤戦に入っていき。
この男が、目覚めた。
『行ったーーー!高々と上がった打球は左中間!反撃の狼煙を上げるリードオフマンの一撃が絶対的エースに襲い掛かります!恐るべき2年生、天才山田が遂に目覚めました、4−1!』