『行ったーーー!高々と上がった打球は左中間!』
弾き返された打球を振り返り、その行方を追う。
高い弾道、伸びはあまり無い。
しかし、あまりに飛距離がある。
上手く捉えられた。
7回の表、ここまで順調に抑えて来れたのだが、遂に許した失点。
それが、1番の山田から浴びた一発であった。
インコースの高め。
カットボールの見せ球に投げたボール球のストレート。
これをしっかりと捉えられた。
ボール球だが、際どいコース。
まさか長打に、それもホームランにされるとは思っていなかった。
思わず眉を顰める。
というより、表情に出ていたのだろうか。
御幸が駆け寄り、様子を伺ってくる。
「派手に飛ばされたな。」
「まあな。あんな小柄なのに、どこにあれだけのパワーがあるんだか。」
あーいうのを天才というのだろうな。
おそらくプロの世界に行くだろうし、きっとその世界でもきっと活躍できると思う。
しかしまあ。
「やっぱり、一発病だな。」
「しゃーねーよ。改善されたとはいえ、球が軽いのはあんま変わってねーし。そう簡単に直るようなもんじゃねーよ。」
球が軽い。
質も割にというか、当たるとよく飛んでいく。
身体が小さいからか、力が弱いからか。
ストレートのキレとかバネとかはある方だと思うけど、球威はない。
当たればよく飛び、ヒットこそ少ないが被本塁打はある。
捉えられると長打になりやすく、痛手になりやすい。
それはわかっていたが。
いざ露呈すると、な。
(切り替えるぞ。今更焦るもんじゃねーし。)
(わかっている。)
今大会を通じて、わかった。
通用することも、通用しないことも。
そして、案外なんとかなることも。
続く2番をセカンドゴロ。
3番からは浅いセンターフライ。
そして4番の川崎に対しては、カットボールで空振り三振を奪う。
最後のバッターである川崎を抑え、俺はフッと息を吐いた。
まだ足りないものはある。
力配分、ギアチェンジ、完投能力、球質。
改善していかなければいけないし、でなければ今よりもっと過酷な夏では戦っていけない。
(難しいな、野球は。)
それと同時に。
(面白い。)
この場所は。
この空気は。
この景色は。
高校野球の聖地であり、選ばれし猛者だけが集まるこの地。
ここでまた、戦いたい。
そしてこの地に。
約束もできたしな。
2年生の怪物がまた俺を待っている。
無敵と称され、北の怪童と揶揄された。
北海道からきたあのエースは間違いなく、俺よりも優れたエースであった。
負けたくない。
今も、この後も。
その過程でも、負けては行けない。
奴が負けを糧にするのなら、俺は負けないことを糧にする。
負けることは人を大きく成長させる。
それはもう、経験した。
なら次は。
勝ち続けて、負けないことの難しさ。
それを、力に変える。
回は進み、9回。
8回に少し乱れた川崎を打ち込み、白州のタイムリーヒットで追加点を奪って6-1で迎えた最終回。
マウンドに上がるのは。
いや、言うまでもないな。
「行けるか、大野。」
「勿論。」
監督からの、一声。
未だに表情は崩していないが、声が少し浮ついている。
まあこの人にとっても念願だからな。
高揚してくれない方が、困る。
「もう少し待ってて下さい、監督。今度は3年生じゃなくて、俺たちがあのマウンドで胴上げしますから。」
俺がそう言って帽子を被ると、監督はフッと笑って返してきた。
「生意気な。しかし、そうだな。」
すると監督が俺の前に拳を出す。
それに応えるように、俺も拳を出した。
「任せたぞ、大野。」
「任されました。行ってきます。」
コツンと拳を合わせ、俺はベンチを出る。
「ヒャッハー!最後しっかり締めろよ!」
「1人ずつな。」
倉持と白州が、背中を叩いて守備位置に向かう。
それに続いて麻生が、東条が。
小湊と金丸、前園が守備位置へと走っていく。
「夏輝さん!最後もお願いします!」
「バックは任せて下さい。」
俺はゆっくり、マウンドへと向かっていった。
小さな丘。
いつもと変わらないマウンドだが、ここに上がれるのは何人いるのだろうか。
その頂点になる、か。
マウンドへ上がり、軽く跳ねる。
身体は大丈夫。
疲れはあるけど、投げ切れる。
それ以上に。
まだ投げたい。
プレートの横に置かれたロージンバックに手を当て、指を擦り合わせる。
少し白く染まり馴染んだ指にフッと息を吹きかける。
余分な粉塵が飛ぶその様は、まるで粉雪。
太陽と反射して結晶のように輝くそれが、宙に消える。
俺は、右手を胸に当て目を瞑る。
そしてゆっくりと、息を吐き出した。
1つ1つと思って戦ってきた。
そもそも全国という舞台もそんなに経験が無かったし、こうして注目されることも無かった。
強い相手がいて。
というよりは、周りには強いチームしかいなくて。
巨摩大藤巻は強かった。
白龍も強かった。
それに負けないように、やってきた。
だから、頂点とかあまり考えている余裕はなかった。
ゆっくりと目を開け、帽子の鍔に手を触れる。
待っていたように声をかけてきたのは、頼れる4番で女房役の御幸だ。
「行けるか。」
「ああ。」
いつもの様に、確認。
「漸く、だな。ここまで来れたのは間違いなくお前の力があったからだ。ありがとう。」
「何だよいきなり、気持ち悪いな。」
「照れんなよ。感謝を伝えただけだろ。」
そういう負けフラグみたいなのやめてくれよ。
そんなことを思いながらも、敢えて口に出すことはない。
でもまあ、そうだな。
「俺もだ。お前がいたから、この舞台まで来れた。ありがとう。そんで、これからも宜しく。」
「ああ。」
2人でそう言い合い、そして笑う。
やはり改めてこういうことをすると、気持ち悪い。
それに何となく、照れてしまう。
「さて、と。最後の3人だけど。」
「そうだな。抑えられればなんでもいいんだが。」
「わーってるよ。お前も案外ええかっこしいなとこあるからな。」
「見返したときに、そっちの方が見栄えがいいだろ。」
2人で笑い、互いのグローブとミットを合わせる。
いつもと同じように。
そして、各々自分たちの場所へと着いた。
最後の回。
しかし待っていたかのように、ここからクリーンナップで始まる。
でも、やるべきことは変わらない。
まずは先頭、開田から。
緩急にも強く、器用なバッター。
そして、パワーがある。
まずは、外。
外角低めから高速で変化するツーシームを振らせて早速1ストライクを奪う。
やはり初球の外角低めを狙っていたか。
今度は、同じコースにストレート。
少し迷ったか、バットが遅れて出てファール。
2ストライク、追い込んだ。
遊び球を入れるのも悪くはないが。
それはまあ、らしくねえな。
強気に、それでいて丁寧に。
真っ向から…行く!
『空振り三振!3番の開田はインハイのクロスファイア!127km/hの快速球が唸りを上げます!』
「っし。」
まずは一つ目。
思わず小さくガッツポーズが出てしまう。
しかし気持ちを切り替える。
なんと言っても、次は4番。
エースで4番の川崎が、打席に入る。
(ここまで合ってないけど。)
(ハマったら怖いかな。)
山田と同じで、反射神経がいい。
それでいて、パワーも非常にある。
ここまで当たっていないが、間違いなくこのチームで注意しなくてはいけない打者の1人。
まずは外に決まる縦のカーブ。
これを振らせて1ストライクを取る。
2球目、インコースのストレート。
少しギアを上げ、胸元を抉るボール。
132km/h、これも手が出てしまい早くも2ストライク。
間を開けず、最後はツーシーム。
1打席目ストレートで三振を奪ったコースから、今度は変化するボールで空振り三振。
『落としてきた三振!4番を三球三振で仕留め、残り1人と言うところまで来ました!』
「っらあ!」
2アウト。
投げきり、右手を握りしめたと同時に、御幸がボールを投げ返す。
(まだ取っとけ。)
胸に手を当て、そうアピールする。
まだ終わっていない。
何があるか分からないこの高校野球。
打席に入るのは、山田と共に唯一ヒットを放っている5番の大西。
一度リセットをするように、深呼吸。
もう、大丈夫。
初球、インロー抉り込むカットボール。
これをファール、ストライクを取る。
2球目、外角低めのストレートで見逃し。
3球目、少し抜けたストレートが外角高めボールゾーンへ。
(緊張しすぎだろ。)
(すまん。とはいえ、流石に緊張するなという方が無理だろ。)
息を吐いて両肩を2回転。
サインに頷き、投げ込む。
先程の川崎を三振にとったものと同じようなツーシーム。
しかしこれは見逃されてカウント2-2と、並行カウントとなる。
まだ、行ける。
俺はまだ、強くなれる。
今の先へ。
限界の、その先へ。
『高く上がったー!ライト白州は定位置のまま、掴みました3アウトー!』
外角低めのストレート。
これを打ち上げライトフライ。
しっかりと最後は白州が掴み取って試合終了。
心地よい風が吹き抜ける中、照りつける太陽。
俺は我慢していた両腕を、上に突き上げた。