『長い道のり、秋の都大会に引き続き高い総合力で激戦を制してきました。その中で悔しい思いをしながらも、チームを率いたエースが優勝へと導きました!青道高校、悲願の初優勝!』
審判のアウトコール。
それが響いた瞬間、エースは両腕を突き上げてマウンド上で吼える。
間もなく、駆け付けて抱きつく捕手御幸。
そして内野が、外野が駆け寄り歓喜の渦が生まれる。
『素晴らしいチーム、素晴らしいエース。強いチームを作り上げた片岡監督の瞳にも光るものがあります!』
現役時代、最後の最後で敗れた甲子園。
あと一つが届かなかった彼が、十数年の時を経て。
今度は監督として、叶わなかった夢に手が届いた。
七ヶ月前の夏、涙を飲んだ大会。
接戦の末に甲子園の夢が途絶えた前年、エース同士の死闘の末に大野は敗れた。
その王座奪還。
いや、悲願の甲子園のためにと稼働し始めた新チーム。
しかしその最中、エース大野が怪我。
理由は勤続疲労によるものであり、夏の大会からの長いイニング投げてきた分のツケが回ってきたのだ。
エースとしての責任感が強い彼だけに、全てを背負っていた時期でもあり、全身にかかっていた負担もかなりのものであったのだろう。
それをチーム全体が知ったからこそ。
チームのコンセプトは、「全員で勝つ」。
エースが抜けた穴を、投手は一年生の降谷と沢村が中心となって。
野手は主将の白州と4番の御幸が中心となって、チームを引っ張ってきた。
そしてそのテーマのもと戦った秋の大会は、まさに全員で勝った大会。
毎試合違う選手がヒーローとなり、それぞれがそれぞれの役割を果たしていき。
その末に、遂に秋大会を制して甲子園の切符を手に入れた。
そして遂にやってきた甲子園の舞台。
エース不在で勝ち抜いてきたこの青道に、エースが舞い戻る。
勤続疲労の怪我により、打者に専念していた大野が投手に復帰。
肘の怪我を防ぐためにより効率的に投げられるフォームに改良したこともあり、さらに力をつけて戻ってきた。
強い球と新たな武器。
高い回転数を誇るキレのある直球と、同速で鋭く大きく落ちるツーシームファスト。
そして、ジャイロ回転で伸び上がるカットボール。
質の高い高速変化球を武器に舞い戻ったエースは、やはり圧巻の投球を披露。
ただでさえエース無しで勝ち上がってきたこの青道に、世代を代表するエースが戻ってきた。
そんなこともあり、下馬評でも優勝候補と銘打たれていた。
迎えたセンバツ。
初戦から圧倒的な強さで、宝明に6−0で完勝。
さらに2回戦目は、秋大時にチームを支えた1年生ダブルエースが投げる。
降谷から沢村のリレーで1失点。
打線も初戦同様投手を攻略し、4−1で快勝。
そして準々決勝。
相手として立ち塞がるのは、夏の甲子園の覇者。
優勝候補として上がっていた青道と、もう一つの高校。
それがエース本郷を誇る、巨摩大藤巻だ。
世代最強クラス右腕2人の投げ合いは、案の定投手戦。
中盤まで全く試合の動かない展開で終盤戦を迎える。
最終盤、8回の裏。
4番の御幸と主将の白州の連続2ベースで得点を奪った。
最後は大野の疲労も加味して投手交代。
抑えのマウンドには、昨夏に守護神として起用されていた沢村が9回のマウンドへ。
そこからは彼の安定感のある投球で3者凡退。
緊迫した投手戦を制したのは、より高い完成度を誇っていた青道に軍配が上がった。
準々決勝ながら、優勝候補同士の一戦。
それもあり、今大会でも特にレベルの高い投手戦だった。
更に準決勝の白龍高校に対しても、圧巻の勝負強さ。
決勝に向けて、エース大野を温存。
先発の降谷が白龍持ち前の機動力に翻弄されて先制点を奪われてしまうが、中盤以降は安定した投球を披露する。
そして終盤、リリーフ投手の東条の登板から流れが変わる。
軟投派の彼が流れを作る三者凡退のピッチングで弾みをつけると、2年生の金丸の決勝タイムリーで逆転。
同級生2人の強気な姿勢が功を奏し、この準決勝も4-2と辛くも勝利を収める。
そして、決勝。
プロ注目の川崎と、天才山田が率いる大阪の清正社との対戦。
準決勝は乱打戦を清正社に対して、準々決勝から休息を取っていたエース大野の対決。
本郷との投げ合い時ほどではなかったが好調の大野が、清正社打線を完璧に抑え込む。
対する川崎も一巡目こそ完璧な投球を見せたが、二巡目。
4番の御幸が甲子園初アーチとなる3ランホームランを放ち、この試合でも攻撃力を示す。
大野は山田にこそ終盤に一発を浴びてしまうが、それ以外は失点を許さない。
最後まで投げきったエースが、ここまで封印していたガッツポーズを遂に解禁し、甲子園の頂点へと立ったのだ。
『素晴らしいピッチングでした、今のお気持ちは?』
『ええ、最高です。はい。最高ですね。』
試合後のインタビューで、笑顔でそう答える大野。
その整った顔立ちと美しい銀髪、そして綺麗な青色の瞳がまるで絵本の中の人だと、密かに話題になっている。
しかしまあ、本人は知らない。
『7年ぶりの出場で悲願の甲子園初優勝、素晴らしい結果になりましたね。』
『本当ですね。監督を胴上げできて、僕も嬉しい限りです。』
因みに大野の他にも、各所で質問をされている男たちがいる。
主将の白州と、ホームランを放った4番の御幸。
そして、今名前が上がった監督の片岡である。
『印象に残った試合はありましたか?』
『そりゃ、全部ですよ。強いて言えば本郷くんと投げた試合ですかね。彼の投げる球が凄かったから、こっちも頑張らなきゃなって思いました。』
『その本郷くんに投げ勝ったのだから、すごいものだよね。』
『…まあ、打ってくれましたからね。あの絶好調の本郷を打てたんですから、間違いなくあの2人は日本トップクラスのバッターだって思いましたよ、正直。』
4番の御幸と、さらにそれを返した白州。
彼らの土壇場でのあの集中力は、光るものがあった。
『やっぱり次の目標は、甲子園の春夏連覇ですか?』
とある記者の質問。
それを聞いて大野は、少し笑って答えた。
『そうですね、でもその前に…』
そして、言葉を続けた。
稲城実業、ロッカールーム。
室内にあるこのテレビ前で、1人の少年はポケットに手を入れながらその画面に目を向けていた。
画面の中には、同世代の一人の投手。
昨年の夏に負かした、同い年の最強の右腕。
その姿を見て少年は、フッと笑う。
(嬉しそーな顔。)
甲子園という舞台。
全国の高校球児が憧れるその舞台で、頂点になったのだ。
嬉しくないはずがない。
そして自分が届かなかった場所なのだ。
嬉しくなくては、困る。
インタビューの終盤、テレビを消そうとしたところで、少し止まる。
そして彼が最後に言った言葉に、成宮はまた笑った。
『まだやり残したことがあります。まだ勝っていない相手がいるんで、そいつに勝ってからまた考えたいと思います。』
笑顔でそういう画面内の大野に。
成宮は笑って、言った。
「カッコつけやがって、くそ。」
そしてテレビを消し、踵を返す。
するとタイミングよく、女房役である多田野がロッカールームに入ってきた。
「そろそろ行きますよ、鳴さん。」
「わーってるっての。強くなんなきゃいけねーってさ。」
そして勢いよく、グラウンドへ向けて走り出す。
「気づいたら、あいつは俺の知らねーとこまで行っちまったな。」
春のセンバツとはいえ、甲子園優勝。
その頂点に立つことの難しさを知っているからこそ。
成宮は、大野に対する認識が少し変わっていた。
ライバル、同じ立場から。
今は、相手が。
大野が、王なのだ。
「樹!」
「なんですか、鳴さん。」
「今度は俺たちが挑戦者だな!」
進化を遂げたもう1人のエースが、またその名を轟かせる日は、そう遠くない。