初回、いきなり先制点を挙げた俺たちの初回の守り。
ここは予定通り、マウンドには降谷が上がる。
ブルペンの時からあまり状態は良くなかったが、どうかな。
調子が悪いと言うよりは、少し気負いすぎている感覚。
まあ、遠目で見ている感覚の話だから、本人がどう思っているのかわからない。
どちらにせよ、甲子園から帰ってきてから。
と言うより、甲子園のどこかのタイミングからか。
彼の意識というか、おそらく考え方が変わったような気がする。
(緊張している、ってわけじゃなさそうなんだけどな。)
センターから彼の背中を見つめ、俺は顔を顰めた。
初回、まずは三者凡退の立ち上がり。
相手もある程度様子を見てきていたのだろう。
あとは制球が上手い具合に荒れてくれて逆に的が絞れている感じだった。
「どうだ、降谷は。」
「球の力はあるんだけどな。どうも乗り切れていないっていうか。」
やはりか。
どこか本人の頭の中で引っかかる部分があるのか。
「まあ、心当たりがないわけじゃあねえな。」
「…まじですか。」
落合コーチが顎髭を触りながら、そう言う。
「今言うべきじゃねえからな。おそらく、あいつにとってもな。」
打席に向かう降谷を横目で追いながら、そう呟いた。
2回、天久は完全に立ち直り、2奪三振を含む三者凡退で切り抜ける。
やはり立ち上がりの不安定な段階で先制することができてよかったと思いつつ、降谷の状態に目を向けた。
制球は安定していない。
とはいえ、調子が悪いわけではない。
特に球に力は乗っており、球速も出ている。
ただ、そうだな。
変な力が入っていると言えば、そう捉えることもできる。
こちらもフォアボールを出したものの、4番の星田から始まる打線をしっかり抑える。
3回、4回と互いに無失点投球。
互いに出塁を許しながら粘り強く投げている結果なのだが、その投球内容自体はかなり差が出てきていた。
失点しながらも、どこか余裕のある天久。
必ず逆転できるという、チームへの信頼と自信か。
対する降谷は、どこか追い込まれているように見えた。
スコアで言えば、2−0でリードしている俺たちなのだが。
流れは若干、三校側に傾いているような気がした。
試合展開が一気に変わったのは、5回の裏の市大三校の攻撃。
この回1番からの好打順ということもあり、警戒したいところ。
しかしここで、先頭の森にフォアボールを与えてしまう。
続く2番の福島にも甘く入ったストレートを痛打されてしまい、この試合で1番のピンチを迎える。
0アウトランナー一二塁で迎えるバッターは、3番の宮川。
このチームで警戒しなければいけない打者の1人であり、コンタクト力パンチ力ともに優れている打者である。
ここで降谷もギアチェンジ。
力入れて投げ込んでいき、初球からいきなり153キロを計測する。
まずは見逃して、1ストライク。
2球目、同じくストレート。
152キロ、高めのストレートで攻めるもバットに当てられるもファール。
追い込んだ。
しかし、ここから2球連続でフォークを引っ掛けてしまいすぐに並行カウントとする。
テンポよく追い込んだのだが、ここも同じく多く球数を放ってしまう。
(なんとなく、空回りしている気がするな。)
力を入れているのが、裏目に出ている。
そろそろ、狙われるか。
市大三校の打者、特にこの宮川と次の星田は詰めの甘い打者ではない。
同じような高めのストレートを、見逃してはくれない。
御幸としても、おそらくはストレートを入れに行きたくはない。
しかしフォークが制球できない以上、ストレートで行かざるを得ない。
ムラがある投手だから上振れもあれば、こう言う日もある。
仕方ないのだが、それでもやりにくいだろうな。
案の定、ストレートを弾き返されて満塁。
ここで打席には、4番の星田が入る。
これはまずいか。
御幸も一度タイムをとり、マウンドへと向かった。
「ここまで荒れるのは久しぶりだな。」
「最近はやけに安定してたからかな。元々安定感のある投手ではないしね。」
外野で腕を組みながら、俺と白州がそう話す。
どちらかと言うと、調子極端で有名な投手。
昨年の秋なんかはその上振れの日に市大三校と当たったため、投手戦の末に勝利することができた。
それだけに期待値が高かったんだけどな。
こればかりは仕方ない。
内野は前進守備で、外野は長打警戒。
内野はホームでアウトを取りに行き、失点を許さないように。
外野は、最悪一点入っても最小失点で抑えられるように。
それぞれ、守備位置についた。
狙われたのは、甘く入った初球であった。
150キロのストレート、これを星田が捉えてレフト前へ。
詰まった当たりだが、どうか。
十分取りに行ける当たりだが。
少し判断も難しい打球。
何より、少し長打警戒で下がっていた。
経験値の低い結城では、上手く取り切れない。
(ダメか…!)
結城も懸命に打球を追うも、1歩届かず。
打球は結城の前でワンバウンド、フェアの判定が下る。
更に不幸と言うべきか。
ショートバウンドを捕球しきれず、後逸してしまう。
確認して、直ぐに俺がカバーに入る。
その間にランナーは一気にベースを回る。
(欲は張らん、せめて一人刺す…!)
勢いをつけ、送球。
狙いはホームベース、御幸に向けて投げる。
できれば、刺してアウトを奪いたい。
ただ最低限、せめて。
俺の肩が、抑止力になればいい!
低く、速く。
無理にノーバウンドでいく必要はない。
が、そこに正確に投げ込む実力があるのなら。
「ストップ!」
三塁ランナーコーチャーの声が響く。
さすが市大三校か、ここは無理に走らない。
0アウトなだけに、チャンスを作ったままで攻撃を継続することを選択したか。
まあしかし、最低限抑止力にはなった。
まだ同点。
ここからしっかり立ち直ることができれば、次の攻撃に繋げることができる。
しかし続く5番にもヒットを許すと、ランナーが一人帰ってランナー一三塁で逆転を許してしまう。
更に6番に犠牲フライを浴びて4-2。
ようやくアウトこそ奪えたものの、この回一気に4失点を喫する。
1アウトランナー一塁。
ここで7番の安達にフォアボールを与えてしまい、1アウトながらまたもランナー一二塁となる。
ここで降谷は交代。
後続のランナーを残したまま、リリーフ投手の川上にマウンドを任せる。
しかしこの川上も、スライダーを捉えられてヒット。
ここでも痛恨の追加点を許してしまう。
尚もランナー一三塁。
5-2で、未だ1アウトという状況。
中々アウト1つが遠い。
打席には、9番の天久が入る。
初球、ストレート。
外側の速いボールをしっかりと決めて、まずは1ストライクをとる。
更に2球目、同じようなコースからスライダー。
これをしっかりと投げきり、空振りを奪う。
追い込んだ3球目。
決めに行くべく、2球目と同じようなコースのスライダーを投げる。
しかし、これが少し甘く入る。
引っ掛けた打球、これを小湊と倉持が鮮やかにダブルプレーを取り、3つのアウトを奪った。
川上は失点こそしてしまったものの、最小失点で切り抜ける好リリーフ。
なんとか反撃の糸口を掴みたいところだ。
5-2。
決して逆転できない点差では無い。
しかし、大量援護を得た天久が、ここでギアをあげる。
3番の小湊に対しては、真ん中からボールゾーンまで沈む速いスライダーで空振り三振。
4番の御幸に対しては、今日最速の150km/hのストレートで空振り三振。
5番の白州にも、ストレート2球で追い込み、最後は縦のスライダーで三振を奪う。
小湊から始まるクリーンナップに対して、三者連続三振。
理想的な形で、抑え込まれた。
スライダーのキレが冴え渡る。
そして真っ直ぐもまた、威力がある。
何より先程までとは比べ物にならない勢いがある。
最後まで食らいつく俺たち青道。
しかし力及ばず。
なんとか終盤に反撃をしかけることができたが、最後まで逆転をする事はできなかった。
調子の良い天久は、この試合完投。
粘りの投球で、9回を4失点に纏めたピッチング。
春の都大会は、5-4で市大三高に敗れ、俺たちは準決勝にて敗退という結果に終わった。
本番は夏ですから…