4月某日。
この出会いの季節。
各校で新戦力が頭角を見せる中、この青道高校でもそれを選定する試合が行われていた。
一昨年から恒例化した、この一年生と二軍の壮行試合。
壮行試合とは名ばかりであり、実際は二軍の戦力を。
そして、即戦力の一年生を選定する試験的な意味合いが強い。
特に今年に関しては、選抜優勝という快挙もあった為、ある程度レギュラーは固定化されている。
そこに食い込む為の数少ないチャンスということもあり、二軍チームの意気込みは相当のものであった。
ここまで見ると、一年生の為と言うよりは、戦力となる二軍を探す意味合いが強い様に見える。
あながち間違えではないのだが。
しかし、監督である片岡はもう1つの新戦力にもかなり期待値を高く持っていた。
即戦力となりうる、一年生。
二年前には、現エースの大野と正捕手の御幸と川上は夏から主戦力として。
そしてリードオフマンの倉持と、主将の白州は控えながらベンチ入りメンバーとしてチームを支えた。
そして、昨年。
エースを支える両翼である、エース級投手2人。
変則ながら高水準の能力を誇る左腕、沢村。
最速155km/hの本格派右腕、降谷。
また、野手も。
現在クリーンナップを打つ好打者、小湊。
そして、クラッチヒッターの金丸。
二刀流で外野とブルペンを支える東条と、かなり戦力を蓄えた。
今年は選抜出場の効果もあり、強豪シニアからの入学も多くあった。
その為、例年よりも即戦力に期待ができるというわけだ。
「やっぱり、即戦力は結城と由井か。」
「だな。結城は降谷みたいに、下位打線に置いて一発狙いするだけでもかなり怖いだろうし。」
そうして大野と御幸が芝生に座り込む。
グラウンドが丁度見えるこの位置に、レギュラーメンバーが何人が座った。
まずは二軍チームの攻撃から。
先頭打者の高津が、まずは打席に入った。
足が速く、打力もある。
倉持の控えショート、且つ代打の切り札の位置を狙うこの2年生が、早速結果を出す。
一年生チーム先発の九鬼から早速ヒットを放つと、すかさず盗塁。
早速チャンスを作り、一年生チームに襲いかかる。
このチャンスを、二軍チームはしっかりものにして、いきなり得点を奪って貫禄を見せた。
「高津、存在感出してきてんな。」
「最近かなりアピールしてるよな。ワンチャンベンチ入りあるぞ。」
ショートの倉持の壁が高すぎるため、あくまで控えに過ぎない。
しかし、それでも。
なんとか戦力になりたい。
できることなら、試合に出たいと思うのだ。
しかし、ここで存在感を見せたのは、一年生の九鬼。
いきなり失点をしてしまうものの、腐ることなくしっかりと投げ込んでいく。
4回を投げて6失点と、決して褒められた結果ではないが、それでも強い精神力で可能性を見せる投球内容となった。
「いい面構えで投げている。」
「そうだな。どっかの誰かさんに通ずる物があるよな。」
大野と白州の会話に、沢村が耳を立てる。
確かに、大きな武器がなくとも、強い気持ちでどんどん攻めていく姿勢は沢村に通ずるものがあった。
また、九鬼を援護すべく、女房役の由井が奮起。
九鬼がフォアボールで出したランナーをしっかりと刺し、得点圏にランナーを置かせない。
さらにバットでも、2安打と存在感を示す。
3番に入った初回、調整登板で上がった川上から、いきなりスライダーを捉えてライト線の二塁打。
2巡目にも川島からも、ストレートをレフト前に放ち、その天才的な打撃センスをアピールした。
小柄だが、下半身が強い分パワーがある。
何より、バットコントロールが上手く、レフトライト構わずヒットゾーンに飛ばすことが出来るのが、強い。
一発狙いの結城に対して、ヒットで繋ぐことが出来る。
そう考えると、代打での起用としては非常に使いやすい。
(元全日本選手を代打ってのも、また贅沢だけど。)
そんなことを御幸もふと考える。
とはいえ、日本代表というのはリトル。
つまり、小学生時代の話だ。
またこの高校野球という舞台と比べたら、過去の栄光に過ぎない。
しかし、実際この早さで高校球児のストレートに合わせられるだけで、即戦力としての期待値が高まるのは事実だ。
さて、試合は進み5回。
ここまで投げきった九鬼がマウンドを降りる。
更に活躍していた由井も、バッテリー丸ごと交代。
マウンドに上がるのは浅田。
線は細いものの、高い身長と左腕という希少性から、完全に素材型としてスカウトの高島が見つけてきた選手。
そして、浅田を受けるべくキャッチャーに入るのは。
(奥村光舟。)
その捕手が定位置につくと、大野と御幸は小さく笑う。
ふと、奥村が2人に目を向ける。
そしてすぐに、マウンドへと視線を戻した。
ことは遡ること、一週間前。
永源との試合前日のブルペンのこと。
その日は先発の沢村が正捕手である、御幸とペアを組んでいた。
普段であればもう1人の3年生である、控え捕手の小野と組むのだが。
「奥村、受けてもらってもいいか?」
大野としては、未だにコミュニケーションをあまり取れていない一年生と交流の意味合いを込めて。
あとは、単純に好奇心で。
神奈川の強豪シニアからここまで来た意味と、同室の瀬戸が絶賛する捕手能力が単に気になったから。
無論、そんなことを奥村は知らない。
しかし、先輩。
それもこのチームの絶対的エースが直々に指名してくれたとなれば、断る理由は無かった。
「…いいんですか。」
「俺が頼んでいる身だ。寧ろ決定権は、お前にある。」
そう言って大野は、白球を右手の上で転がす。
そして、悪戯に少し笑った。
「どうかな?」
「是非。お願いします。」
おとぎ話の主人公のような、綺麗な白髪。
色合いと艶やかな髪質から、どことなく連想されるのは、世代最強左腕の姿。
ホームベース奥に座り、ミットを構える。
捕手を見据え、大野がセットポジションに入る。
コースは、右打者の外角低め。
敢えて小さく、ピンポイントを狙わせる構え方に、大野は感心を向けた。
(降谷のときとは、また違う呼び込み方だな。)
降谷のようなコントロールがアバウトな投手に関しては、大きく構えてできるだけ強い球を意識させて投げさせていた。
それに対して大野は、コントロールが非常にいい。
だからこそ細かく、明確にどこに投げさせるかを指定することで、迷いを生ませない。
「真っ直ぐ。」
「はい。ここにお願いします。」
低めから伸び上がるように加速する、ストレート。
これを、奥村はしっかりと掴み取った。
「ナイスボールです!」
(ほう。)
かなり、柔らかいキャッチングをする。
小気味良い音を鳴らしてくれるから、投手もリズムに乗りやすい。
どこか自分の相棒に近い捕球に、大野は小さく笑った。
「今度はここにお願いします。」
「OK。」
続けてストレート。
今度は左打者の外角低め。
またも吸い込まれるように、ミットに収まる。
「ナイスボールです!」
「いいね、投げやすい。」
そうして大野がサムズアップをする。
なんとも珍しい光景に、思わず横で受けていた御幸が吹き出した。
「なんだよ。」
「ごめん、何でもない。」
実際この大野夏輝は、練習中はあまり感情を表に出さない。
淡々と自分がやらなくてはいけないことを全うしているのだ。
しかしその男が、表情に似つかないポップな動きを見せれば、そのアンバランスさに笑う人間が出てきても仕方がない。
試合になれば、よく吼えるのだが。
「チェンジアップ。」
「スライダー。」
「スプリット。」
ストレートから、今度は変化球に。
この初見の変化球にもしっかりとアジャストしており、捕球しきる。
大野のコントロールが完璧だからこそ取りやすいというのもあるのだが、やはり奥村のキャッチャーとしての能力を表すものであった。
しかし、大野の真骨頂はここから。
伝家の宝刀である2つの球種を、投げる。
「ツーシーム。右打者のバックドア。」
「はい。」
そして身構える奥村。
ここまで投げていた球種は、あくまでカウント球。
比較的軌道が読みやすいストレートと、一般的な変化球3つ。
これから投げる球種は、紛うことなき決め球。
大野の中で最も優れた変化球が、投げ込まれる。
「気をつけろよ、奥村。スピードも軌道もほぼストレートだからな。」
御幸がそう呟き、奥村は小さく頷く。
そしてボールは、投げ込まれた。
投げ込まれたストレートは、外のボールゾーンへ。
少し抜け球かと思うほどのコースだが、奥村は我慢して最初に要求したコースにミットを置いた。
すると、快音。
奥村が変化をしたことに反応したと同時に、乾いたミットの音が響いた。
「ナイスキャッチ。いい音鳴らすな。」
大野がそう呟き、ボールを返球するように要求する。
しかし受けた奥村は戸惑いで思わずミットの中のボールを覗き込んだ。
まるで反応出来なかった。
しかしながら大野の卓越した制球力で、自分のミットに収めた。
というより、ボールからミットに吸い込まれていくような感覚だった。
「さあ、もう少し付き合ってくれよ。」
笑顔でそう言う大野。
その姿に奥村は、寧ろ恐怖すら感じた。
自分自身で着いていけるのか。
奥村にとって初めて、自分の捕手能力の力不足を大きく感じた。
そして、それと同時に。
(これが、大野夏輝。)
ここまで圧倒的なエースがいるこの高校にきて、良かったと。
まだ見た事のない世界に、踏み入れることができて、良かったと。
負けていられない。
まだ力は足りないが、それでも。
自分もこの世界で戦えるようになりたいと、奥村は切に感じ、ミットを構えた。