季節は、春が過ぎて大型連休が始まる直前。
4月中は少し追い込むメニューに切り替えていたが、ここにきて少し調整に入る。
理由は簡単。
大会前の最後の長期休みには、練習試合が立て続けに計画されているからだ。
5日間で、8試合。
遠征と迎え入れてのもので4試合ずつと、かなりのハードスケジュールで試合を行う。
特に今回の目玉で言えば、この2校。
甲子園出場校である帝王実業高校と、同じく好永高校。
共にドラフト候補の強打者がいる打のチームであり、攻撃力が非常に高い。
帝王実業は、3番の友沢。
打って守って走れる、総合力に長けた選手であり、その全てが高い水準で纏まっている大型ショートだ。
ミート力、長打力、走力、守備力、送球力。
全てを兼ね備えた5ツールプレイヤーと、ドラフトでも期待の選手となっている。
好永高校は、4番の志麻。
天性のホームランアーティストであり、内外問わず高い弾道でスタンドへと運ぶ強打者。
高校通算60本越えの実績に加え、選抜でも4本塁打と状態も非常に仕上がっている。
恐らくどちらかは俺が、どちらかは降谷or沢村が先発するだろう。
状態的には、やはり沢村かな。
降谷も調子を取り戻してきているが、安定感に関しては沢村が上だから。
何にせよ、甲子園常連の2校と実戦ができるのは大きな経験だ。
強いチームと試合をして、勝ち切る。
それが夏に向けて、今最も重要な所になってくるはずだ。
「夏輝、ミーティング後監督室な。」
そんなことを考えていると、本当に呼ばれた。
まあ恐らくは、監督室でこのゴールデンウィークの試合での先発予定を知らされる形だろうな。
そして、練習が終わり、食事を済ませた俺。
御幸から言われた通り、俺は寮の奥に設置された監督室へと足を運んだ。
一度息を吐き、戸を叩く。
「三年の大野夏輝です。」
「入れ。」
「失礼します。」
簡潔に挨拶を済ませ、その部屋に入る。
数々の賞状と、トロフィー。
これまでの青道高校が歩んできた、軌跡。
横目でそれを見ながら、椅子に座る監督と相対した。
「最近調子はどうだ。」
「ええ、問題ないですね。肘のコンディションも悪くないです。」
「そうか。」
以前怪我をしてから、少し神経質になっている。
とはいえ今の話に関しては、本題に入る前の軽い前置きのようなもの。
そこで俺は、他に来るべく人物を待ちながら、首脳陣と軽く話をした。
「まあ、ここからハードスケジュールだからな。お前は心配いらないんだが、降谷と沢村は突っ走り過ぎない程度に見ておいてやれ。」
「はい。でも彼ら、結構考えてるみたいですよ。投げ過ぎないように自分で制御できてはいますね、前に比べたら。」
最近は、自分なりに考えている姿も見受けられる。
率先して一年生と組んだり、リードの意図を考えていたり。
引っ張ってもらう側から、引っ張る側になる自覚が芽生えてきたようには、感じる。
「どうだ、後輩の成長は。」
「どうだって。長期離脱していた俺なんか言える立場じゃないっすから。」
でも、まあ。
「嬉しい反面、負けられないですよね。」
「よく言うな。あれだけ圧倒的なもの見せておきながら。」
「彼らはあれでまだ発展途上ですから。いつ追い抜かれるか、怖いもんですよ。」
そう言って話をしていると、再びノックの音。
俺も音に釣られて目を向ける。
「沢村、入ります!」
「失礼します。」
ノリと沢村、そして東条が入る。
少し遅れて、降谷も程なくしてやってきた。
集まった理由は、他でもない。
ゴールデンウィークの、連戦。
これの先発スケジュールの確認だ。
まあ、簡単にまとめると以下の通りだ。
まず、先発は俺と沢村、そして降谷の3人。
あとはリリーフとしてノリと東条がフル回転する予定だ。
先述した通り、このゴールデンウィークに待ち構える大きな試合が2試合。
徳島県の好永高校は、3日目。
兵庫県の帝王実業は、4日目。
ちなみに俺は、好永高校で先発予定。
そして帝王実業は、沢村が先発をする予定だ。
まあ順番的には、俺、沢村、降谷で回していく。
連日で投げることもあるため、かなり負担もかかりやすい。
だからこそ、今回の俺の課題を克服するのにはもってこいだろう。
俺が選抜の時に感じた課題といえば、やはり力加減。
要所で力をいれ、余計なところではある程度力を抜きながら調整する。
ピンチや大事な局面ではギアを入れる、などなど。
夏大や甲子園の連戦を想定したこのスケジュール。
この機会にしか経験できないこともあるからこそ。
やはり、有意義な週間には、しなきゃダメだよな。
ゴールデンウィーク初日。
対戦相手は、神奈川の強豪チームである紅海大相良が相手だ。
この5日間の連戦の初陣を任されたのは俺、大野夏輝。
調子も悪くない。
身体もキレてるし、ここ最近は投げていても球が走っている感じがする。
相手は強打者の集団というよりは、シャープなスイングでヒットを繋いでいく打線だ。
そして、いやらしい打者が多い。
バットコントロールがよく、厳しいボールをファールで粘る技術もある。
「まあ、そういう指導をされているからな。」
落合コーチが、顎に蓄えられた小さな髭の山に手を当てながらそう呟く。
「指導していた側でしょう、あなたは。」
俺がツッコミを入れるように、そう言う。
何を隠そう、この人はこの紅海大相良で約20年コーチとして指導してきたのだ。
「俺は主にブルペンだったからな。」
あっ、そうですか。
まあ、関係ないか。
俺はただ、目の前の打者を抑えるだけだ。
とにかく今日の課題は、ギアチェンジ。
脱力と全力を使い分ける。
「あんまり飛ばしすぎんなよ。」
「わかっている。今日だけじゃないからな。」
ベンチを飛び出し、ゆっくりとマウンドへと向かう。
歩きながら、深呼吸。
帽子の鍔に手をかけ、情報整理をする。
一度帽子を外して、深く被り直すと、俺はその小さな山に足を踏み入れた。
最大出力の出し方は、もう掴めてきた。
あとは、それを調整する力。
なにも、打者によって変えるだけが方法ではない。
(少し大袈裟にやってもいいぞ。この手のチームの打者は、初球から手を出すことはまずない。)
(OK。)
打たれても経験だ。
今回は、お試しも兼ねてやる。
初球、ここはいつも通り。
俺の原点であり、俺の最大の武器であるアウトロー。
120キロのストレートをしっかり決め切り、まずは1ストライク。
同じようなボールを続ける。
後半から粘る打者というのもあり、わざわざ厳しいところを打ちに行くはずもない。
(まあ、今日はそっちの方が好都合。)
そう思い、俺は一息はく。
さて、ここが勝負。
コントロール重視から、一気にギアを入れる。
わざわざ遊び球を使う必要はない。
むしろ相手に隙を見せることなく、ねじ伏せる。
(今までは多少荒れてもいいって言ってきたけど。)
(ああ。これもまた、成長しなきゃいけないところだ。)
ギアを入れたからといって、アバウトなコースに投げるわけにはいかない。
しっかりと決め切る。
コマンドに決めてこそ、大野夏輝だ。
「っシ!」
投げ込んだボールは、同じく外角低め。
最後は132キロの直球で、当てにきたバットを掻い潜る。
空振りの三振で、先頭打者を切り捨てた。