「お、来たか。」
ゴールデンウィークも迎えるところ3日目。
この練習試合ラッシュの大一番である、好永高校との試合。
徳島から遥々やってきた彼らに敬意と感謝を感じつつ、大野は試合に向けて身体をほぐしていた。
「徳島っつーと四国だからな。本当に遥々だよな。」
しかしこの好永高校もまた、この青道と練習試合がしたいと心待ちにしていた。
それこそ、遠路遥々この東京の地に訪れるほどには。
青道高校といえば、甲子園でもトップクラスの投手王国。
特にエースと二年生のダブルエースクラスピッチャーは、全国でも有数の好投手が3人揃っているという魔改造ぶり。
エースの大野夏輝は、今大会で全国から一気に注目を集めた右腕。
球速こそMAXで140キロと、お世辞にも高校野球でも平均少し上くらいの速さ。
しかしながら、並外れた回転数と綺麗な縦回転を描くフォーシームということもあり、他に追随させない圧倒的なキレを誇る。
また、それと対をなす多彩な変化球もまた、一級品。
まずは彼を形容する変化球の、ツーシーム。
本来のそれは高速で利き腕側に小さく沈み、ゴロを打たせるムービングボールの一種だが、大野のそれは同方向に高速で大きく落ちる。
また、選抜で姿を見せた新たなる魔球が、カットボール。
ジャイロ回転をしながら真横に高速で曲がるこのボールは、その独特な浮き上がるような軌道とストレートのようにノビがあるため高めで空振りを誘う。
さらにカーブとチェンジアップも、このストレートとのギャップが生まれて空振り、もしくは打ち損じをさせるにはもってこいのボールもある。
そしてその全てを完璧に制球する能力。
外角低めから内角高め、さらにはストライクボールの出し入れも徹底的にこなす。
失投も少なく、1試合を投げ切るスタミナもある。
それでいてピンチになるとギアを上げるクレバーさと精神力も持ち合わせている。
まさに、エース。
チームに勝ちをもたらす、絶対的な投手である。
しかし、青道高校の強みは、この大野以外にも全国レベルの投手がいるということ。
まずは、降谷暁。
大野とは打って変わって、完全な本格派右腕で、最速155キロの速球とキレと落差ともに申し分ないフォークボールを武器にガンガン三振を奪う投手。
この選手は大野がいなければ、それこそ新聞の一面を飾ってもおかしくないほどの能力がある。
そして、沢村栄純。
出所の見えにくい変則フォームから、キレのあるボールを内外に決める左腕。
ノビのあるストレートと、手元で小さく沈むムービングファスト。
そして決め球でもある緩いチェンジアップと、大きく鋭く変化するカットボール改をコースにしっかり決め切る、安定感のある投手だ。
この3人を中心に、サイドスローの川上と軟投派の東条とそれぞれが個性の強い投手陣が最大の売りである。
また、これでいて打線も強烈。
4番のクラッチヒッター、御幸一也を中心に個性だらけの打者たち。
特に上位打線での連携から、下位打線からのチャンスメイクと、どこからでも得点が奪える、相手投手からしても嫌な構造をしている。
そんな現在でもトップクラスの強さを誇る高校との練習試合であれば、ここまでの距離があろうと赴く理由にもなろう。
キャッチボールをしながら、大野は打撃練習をする志麻に目を向ける。
その大きな身体を揺らして、力感のないスイングから長打を放つ姿は、まさにアーチスト。
ホームランを打つために最適化されたフォームで、そのバットから快音を連発させる。
「すごいな、よく飛ぶ。」
「まあな。当たればだけど。」
そして、よく当たる。
三振かホームランが基本なのだが、スイングスピードが速いから対応力も高い。
だからこそ、この世代でもトップの本塁打数を誇っているのだ。
「調子は?」
「身体のキレはある。前回の登板のおかげで、上手い具合に調整出来てる感じかな。」
相手は、全国でも随一のホームランバッター。
せっかく相手をするのであれば、やはり調子が良い方が良いに決まっている。
それ以上に、捕手御幸としては。
自軍のエースであり、相棒である大野が何処まで通用するのか。
否、どこまで志麻を圧倒できるか。
それが楽しみで、仕方がなかった。
しかしそんな中、当の大野は。
(んー、身体がキレてはいるんだけど。)
普段と違った、「違和感」を若干ながら感じていた。
確かに、普段よりも広背筋や肩肘の可動域が広いような気がする。
身体も軽いし、疲れも残っていない。
何より、指先の感覚が普段より鋭利になっている。
ボールに力を伝える感触、回転をかける位置と強さの把握。
いつもより、研ぎ澄まされている感覚はあった。
ここまで大野の感覚を並べてみると、一見いい事づくめに見える。
実際身体の調子自体は良いのでその認識で間違いは無いのだが、当の本人からすれば、それは違和感でしか無かった。
普段と違う感覚。
普段と違う、身体の状態。
状態は良いのだが、どうにも。
自分の意識というか、脳と身体で齟齬があるように感じたのだ。
そしてそれは、試合ですぐに顕著にあらわれた。
青道が三者凡退でスタートした、1回の裏の守り。
マウンドに上がったのは、この日先発予定のエース大野夏輝。
先述した通り、コントロールが良くフォアボールは極端に少ない。
比較的立ち上がりも安定しているし、初回からしっかりと立ち回れる投手なのだが。
「ボールフォア!」
いきなり、2者連続のフォアボール。
普段からフォアボールを与えない、それどころか余分なボール球を投げない大野。
そんな彼がいきなり、フォアボールを与えた。
球は悪くない。
受けている御幸から見ても、普段とさほど変わらないキレがある。
しかし、これがとにかく引っかかる。
一般的に制球しやすいと言われるこのストレートが、中々コントロール出来ていない。
この状況に、御幸は可能性を2つに絞り込んだ。
ひとつは、一昨日投げたことによる疲労。
軽い疲労度で本人としては感じにくいこの疲れも、身体の何処かで溜まっているのかもしれない。
それこそ大野は、肘に爆弾を抱えている。
この肘に違和感があるとき、彼は制球が一気に乱れる。
しかし、この線は薄いだろう。
なぜなら、もし痛みや疲れがあるとしたらこちらに報告して来るはずだからだ。
元々調子が悪い時には、試合前に御幸と相談をして、その日の調子に合わせて配球を組み立てるようにしていた。
それに加え、昨年の怪我以降、違和感や痛みがあればすぐに報告してくれるようになった。
負けない為に、チームの為に。
ココ最近は逐一報告を忘れずに、行っていたのだ。
だからこそ、大野の不調や怪我の線は薄いと感じていた。
となれば、この乱調は何故か。
それが、もう1つの御幸が感じた「可能性」である。
彼がかなり前に、制球を大きく乱したときのこと。
遡ること、1年前。
大阪桐生との、練習試合。
彼は今までとはまた違った感覚を指先に宿したとき、脳内のイメージと実際の身体の動きに齟齬が生まれ、上手く制御できていなかった。
2人目の打者にフォアボールを出し、大野が帽子の鍔に手をかけて息を吐く。
それを見て、御幸はすぐにマウンドへと駆け寄った。
大野くんの進化は終わりません。
そして、他の投手の進化も同様です。