「うーん、中々。」
「まあ、仕方ねえな。球の力があるから抑えられてるけど、いつも通りとは行かねーよ。」
試合は、終盤。
好永高校との練習試合は、4−2と俺たち青道高校リードで、7回の守りを終えた。
俺はここまで7回を2失点の、13奪三振。
被安打は4、しかしフォアボールは4個。
概ね悪くないのだが、なんだかな。
今日の身体の状態にアジャストできなくて、少しバタついた。
初回はもちろんだが、やはり中盤でも少し制御が効かない場面があったかな。
やはり、ストレート。
ギアを入れると、少し乱れる。
ただ、ピンチで志麻に回った際はしっかり抑えることができているから、そこはOKだな。
ベンチに戻り、汗を拭う。
やはり5月になり、少し気温も上がってきた。
そのせいか、かなり汗が出てしまう。
「疲労度はどうだ。」
「身体は特に。少しペースをあげても、最終回まではいけます。」
ギアチェンジしてるから気疲れはしてるけど。
あとは普段とまた違う感覚ってのもあって。
しかし、身体の状態でいえばまだ問題ない。
「なら、残りのイニングも頼むぞ。」
「あ、勿論です。」
なんだ、続投か。
いや勿論最後まで投げ切るつもりだったのだが、いつもの感じならここでリリーフにスイッチすることが多いから、今回もそのパターンだと思っていた。
「今日以降もまだ連戦だからな。大会でもお前は完投起用になるだろうし、投げられるのなら9回まで行ってもらいたいところはある。」
補足するように、落合コーチがそう言った。
確かに、俺はイニングイーターとして評価されている部分もある。
球数も少なく後半に大崩れすることもないから、最後まで投げ切ることが多い。
まあ実際、俺のエース像はチームを勝たせる完投投手。
だからこうして評価されるのは、いつもながら素直に嬉しい。
「実際のところ、疲れはどうだ。」
「身体はな、まだ。気疲れはしたけど。」
「身体は何割くらいだ。」
「八割くらい。初回のバタバタがあったから、余計に疲れたな。」
ただ、9回までは行ける。
疲れはあるが、今の身体の状態にもアジャストできているから、今は効率よく投げられている自覚はある。
8回の守りもまた、無失点。
下位打線相手とはいえ、しっかりと抑えることができた。
球数は、ここまでで121球。
少し多い気がするが、許容範囲だろう。
対する相手投手である増田もなかなか得点を許さない。
途中交代した7、8、9回をしっかりと無失点に抑え込み、反撃の糸口を掴ませない。
相手も全国の猛者というわけか。
やはり、こちらに流れを掴ませてくれない。
強いチームだ。
だが、負けるわけにはいかない。
「最後だ。油断すんなよ。」
「上位だからな。言われんでも、気は勝手に入る。」
俺が答えると、御幸が小さく頷く。
さあ、最後の守りだ。
相手は、上位打線。
勝つだけでは、足りない。
相手がこのあと戦ったら勝ち目がないと、そう感じるほど完膚なきまでにやる。
この大事な時期に、練習試合をしているのだ。
プレッシャーの一つや二つ、かけさせてもらう。
「いつも通りの配球で行く。捩じ伏せるぞ。」
「OK。」
要所要所で力を入れる。
それも、俺のピッチング。
しかし今求められているのは。
相手に手も足も出ないと感じさせる、圧倒するピッチングだ。
先頭の1番に対しては、ストレート2球で追い込んだ後に、カーブを振らせて空振り三振。
まずはテンポ良く、斬り捨てた。
続く打者は、選球眼のいい2番。
早打ちはせず、相手に球数を投げさせて失投を待つタイプ。
初回もいきなりフォアボールで出塁されるなど、嫌らしいバッターではある。
裏を返せば、簡単に追い込むことができる。
ゾーンで強気に攻めていくのが、シンプルで且つ最も効果的な対処法。
ギリギリに強い球を決めることが、求められる。
(できんだろ?)
(当たり前だ。何年やってきてんだよ。)
まずは、インロー。
膝元に反応出来ないボールを、投げ込む。
やはり、バットを出してこないか。
これが内角低め、膝元いっぱいの決まってストライク。
2球目、今度は外角低め。
今日のゾーンは若干外に狭い気がするから、そこも加味して狙う。
これもいっぱいに決まる。
しかし相手も予測していたのか、バットを振ってきた。
前に飛ばなかったものの、バットに当ててファール。
(結構引き付けているのを見るに、外狙いか。それも速いボール。)
(インコースで決めるか?)
(いや、外で行こう。ストレートの支点で、そこから落ちるボールで。)
縫い目を90°ずらし、指にかける。
シュート回転を強くかけながら、落とす。
できるだけ指にかけて、速度は落ちないように。
俺の、俺だけの決め球。
ストレートと同じく、俺を象徴するボールの一つ。
このボールを要求通り決める。
御幸の構えたコースにドンピシャ、しっかりとストライクからボールに落ちて空振りを奪うボールで、三振に切ってとった。
あと一つ。
御幸に向けて人差し指と小指を立て、頷く。
しかし、ここからクリーンナップ。
できれば志麻まで、回したくない。
相手はバットコントロールが良く、選球眼もいい栗原。
塁に出るには、持ってこいの打者。
一発の怖さがない分、出塁率が高く嫌なタイミングで塁に出る。
はっきり言って、志麻の前にはいて欲しくない。
(左だし、カットを使っていくか。)
(傾向的には変化球打ちが多い気がする。選球眼も良いから、強い真っ直ぐで空振りを取りたい。)
しかし2球目、狙われた。
外の少し甘く入ったストレート。
これを詰まりながらもセンター前に運ばれ、出塁を許す。
失投という程では無い。
しかし、上手く打たれた。
(悪い、少し甘く行った。)
(仕方ねえよ。抜けてるわけじゃねーし、打つ方も上手かった。)
とはいえ、できれば許したくなかったランナー。
志麻の前に出るというのは、それだけで大きな意味を持つ。
ただのヒット一本とは、訳が違う。
(割り切るしかない。切り替えて、志麻を打ちとろう。)
(了解。ここはギアを入れる、リードは任せる。)
(おう。)
感覚を研ぎ澄まし、集中力を高める。
相手は全国屈指の打者。
この2点ビハインドの場面、必ず狙ってくる。
1発出れば、同点。
何より、一気に流れを掴める。
こういう場面、4番は強い。
(身に染みているからな。俺は。)
極限まで集中力を高めた後、目を開ける。
今のところは、4タコ。
しかしそれが、当てになるような選手ではない。
威圧感もそうだが、それ以上に。
投げ込んでこいという、懐の広さ。
ストライクゾーン全てをホームランにしようという、誘い込んでくるような感覚。
これが、ホームランアーティスト。
全国トップの、ホームランバッター。
それがどうした。
相手がなんであろうと、俺は青道のエースだ。
打てると言うなら打ってみろ。
生易しい球は、投げるつもりはないからな。
息を吐き、全身を捻転。
そして、内角低めにストレートを投げ込んだ。
「っらァ!」
このストレートに、空振り。
志麻も思わず、態勢を崩した。
やはり狙っているのはストレートか。
カーブを打つのも上手いから、変化球を使うなら速いボールで行きたい。
(ストレートは走ってる。これで押していきたいのは山々なんだが…)
(リードは任せると言ったろ。お前の考える最善ならば、俺はそれに従うだけだ。)
(…なら、インコースに切れ込むツーシームで行こう。ストレートを打ちに来てるから、振るはずだ。)
要求通り、インコースのツーシーム。
少し甘めのコースから、内のボールゾーンに切れ込んでくるこのボールは、御幸の目測通り志麻のバットを掻い潜った。
ストライク2球。
これで、追い込んだ。
安直に攻めるなら同じコースだが、恐らくバットに当ててくるはず。
それに、俺のツーシームは続ければ反応される。
ストレートとの球速差とキレがある為、基本的には真っ直ぐと誤認して振らせるというのが俺の決め球。
しかし単体で見れば、少しスピードのある落ちるボールだ。
反応される可能性も大いにある。
(もう一球、ストレートでいく。インコース、見せ球。)
(OK。)
1球、ボールゾーンにストレート。
最後のボールを生かすための、所謂見せ球と呼ばれるボール。
インコース、胸元にストレートを投げ込む。
バットが、出かけた。
しかし、止まった為1ボール2ストライク。
まだ俺たち有利のカウント。
遊び球は使えるが。
ここは、勝負だな。
わざわざ、打ち気になっている状態を逸らす必要も無い。
(振らせよう。高めに、お前のカットだからこその軌道を描け。)
(俺のボールで、ね。)
抑えるのは、絶対条件。
今見せなければ行けないのは、圧倒。
俺らしく、それでいて相手を捩じ伏せる。
沢村に無ければ、降谷にもない。
ノリにも東条にもない。
俺だけの、決め球。
外角の高め。
ストレート軌道で突き進むボールに、志麻もバットを出す。
完璧なスイング、完璧なタイミング。
でもそれじゃあ。
「当たらねえよ、ホームランバッター。」
最後は空振りの三振。
小気味良いミットの破裂音が響き渡ると同時に、俺の咆哮が木霊した。