「しゃあ!」
グローブを叩き、声を上げる。
ホームベースからこちらに向かってくる御幸も右拳を握り込み、喜びをあらわにした。
タフな試合になった。
たかが練習試合。
しかし、この緊張感でしっかり勝ち切れたことが、まずは嬉しかった。
「ナイスピッチ。」
「らしくなく、はしゃいじまった。」
少し、気恥ずかしい。
しかし御幸は、そんな俺に茶化しながらも、笑って言った。
「俺としては、それくらい感情出してくれた方が見ていて気持ちいいぜ。嬉しい時は嬉しいって目に見えた方が、他のやつはわかりやすい。」
「そんなものか。」
「そんなもんだよ。」
そんなやり取りをしていると、遠くから近づいてくる影。
やけに、大きい。
青道にはいない、巨漢がこちらへやってきた。
「やられたよ。凄いな、君は。」
対戦相手の、志麻だ。
今日の成績は、5打数の無安打、3三振。
元々三振かホームランの打者だけに、当たらない日があるのは仕方ない。
その一発があるからこそ、攻めている側は怖いものだ。
今日抑えても、次はどうか。
甲子園で当たったとき、もしかしたら爆発するかもしれない。
「プレッシャーは感じていたからな。第一打席も最後の打席も、すごい緊張感だった。一発貰ってりゃ、分からなかった。」
「よく言う。完膚なきまでにやられた。また出直しだ。」
正直、この志麻はかなり警戒していたからな。
俺も力を入れていたし、打たれないように厳しく攻めていた。
「だが、面白かった。また会おう。」
「ああ。甲子園で会おう。次も打たせん。」
そう言って志麻は笑うと、踵を返してこちらに背を向ける。
気持ちのいい選手だ。
プレーも、人柄も。
サッパリしているその様は、どこか東さんを連想させる。
甲子園、か。
また、負けられない理由が出来たな。
次の日。
この連戦の目玉である、もう一つの対戦相手が、やってくる。
相手は、帝王実業高校。
漫画のような名前のチームだが、その実力もまた甲子園常連の強豪校。
野手は3番ショートの友沢を中心とした、強力打線。
それぞれが各々の役目を全うする、まさに打線。
投手もエースである久遠。
キレのある横滑りのスライダーとストレートを組み合わせる、本格派右腕。
最速148km/hの直球と、ある程度コースを纏めることできる制球力もある。
強いて言えば、ピンチになると制球を乱すことがある、というくらいか。
いや、投手としてはかなり致命傷なのだが。
それを補う打力があるから、あまり気にならない。
しかし、やはり警戒しなくてはならないのは友沢。
チャンスメイクからスイープ、そして一発も狙えると、この打者を起点に攻撃も始まることが多い。
スイッチヒッターで左右を苦にせず、守備も上手く、走塁も上手い。
天才型ショートで、走攻守全て揃った5ツールプレイヤー。
なんだろう、うん。
「倉持さん。君より松井っぽい人来たよ。」
「っるせ!俺も自覚あるっつーの!」
冗談はさておき、とにかくこの友沢に打たせないこと。
あとは他の打者たちも厄介だからこそ、警戒しなくてはならない。
2番の蛇島は、ミートが上手く、去年の亮さんに近いタイプ。
打率も高く、カットやバントなど幅広いプレイに対応できる、器用な打者だ。
あとは、4番の猛田。
チャンスの場面は勿論、サヨナラの場面や一打逆転の場面など、勝負どころに強い打撃がウリのバッター。
ここ3人は、特に注意して投げたいところだ。
こちらの先発は、沢村。
入学してから最も成長著しいこの男が、全国屈指の強豪校に挑む。
初回からストレートを軸に攻める沢村。
今日は制球が冴えており、フォーシーム以外にもカットボール改とチェンジアップでもカウントが取れていた為か、かなり優位に進める。
友沢に対しても、アウトロー2球とインコースカットボール改で3球勝負で三振を奪うなど、この日の好調ぶりを表していた。
この日も打線は好調。
初回から倉持が出塁すると、いきなりチャンスを作って満塁。
そこから御幸が走者一掃のタイムリーを放って一気に先制をする。
さらに白州が追い討ち。
犠牲フライで追加点をとり、初回だけで一気に4得点を奪った。
しかし中盤、帝王実業の強力打線が沢村に牙を向く。
6回、ここまで被安打1のほぼ完璧な投球をしている沢村に対し、2番の蛇島が打席に入る。
ここは彼の特徴的ないやらしい打撃を見せる。
12球粘ったのちに、フォアボールで出塁。
嫌な形でランナーを許すと、ここからクリーンナップ。
友沢。
ここで彼が、決め球のカットボール改を弾き返し、チャンスを広げる。
ノーアウトランナー1、3塁。
さらにチャンスに強い、猛田。
できれば迎えたくなかった場面で、迎えてしまう。
しかしここは、相手も強豪校。
初回のお返しと言わんばかりに、猛田が見せる。
沢村の外のストレートを捉え、フェンスオーバー。
ここで勝負強さが出た猛田の3ランホームランで、点差を一点に縮められる。
しかし沢村、しっかりと立ち直って6回3失点で投げ切った。
そこから先はノリにスイッチ。
が、ここで変わったノリが誤算だった。
先頭打者にフォアボールで出塁を許すと、連打で一気に失点。
下位打線から繋がれて、逆転を許してしまう。
なんか、迷いがあるんだよな。
制球は安定しているのだが、球に力が乗っていない気がする。
9回時点で、6−4。
なんとか逆転したい俺たち青道の攻撃は、9番の川上から。
ここで監督は、代打に由井を送り込む。
現在のベンチ内でも屈指の打撃能力を誇る、今年の夏の代打の切り札候補。
身体は大きくないが確かな技術があり、高い出塁率を誇る。
かつ、下半身が強いから、長打も放てる。
ここは由井がしっかりとチャンスを広げ、ツーベースヒットでアピールをする。
上位打線、チャンスの場面で倉持。
なんとなく、対戦相手の友沢に対抗意識を持っている彼が、今日はバットで見せる。
珍しく長打を放った彼が打点をつけ、1点差に詰め寄る。
0アウトランナー二塁。
続く俺が進塁打を打ち、1アウト三塁。
ここからクリーンナップに入る。
しかしここは、小湊が空振りの三振。
抑えの石井の外のスライダーに手が出てしまい、やられてしまった。
追い込まれた、俺たち青道。
ここで打席に入るのは、信頼できる男御幸。
一発出れば逆転。
一打出れば、同点のチャンス。
打席に立つのは、チャンスに強い我らが主砲。
甲子園から帰ってきてから、一皮剥けた。
チャンス以外にも、ここで打って欲しいという場面で、打てるようになってきた。
確実に成長している。
そして何より。
昨年の4番と、姿が重なるようになってきた。
(俺が全幅の信頼を置いていたバッターは、ここで決めていたぞ。)
左の打席で、バットを掲げる御幸。
相手もまた、好投手。
ピンチで割り切り、完全に切り替えている。
失点しても、最後に締めればいい。
それくらいの心意気で、きている。
初球、インコースに威力のあるストレート。
少しシュートしながらゾーンに入ってくるボールを見送り、1ストライク。
2球目、真ん中のスライダー。
これに空振り、早くも2ストライク追い込まれる。
このスライダーとシュートするストレートのギャップが、中々やりにくい。
3球目。
今度はストレート。
少し抜けているボールを見送り、1ボール。
4球目、ストレート。
今度はインコースにしっかり決める。
御幸も捉えるが、一塁線切れてファール。
5球目、同じくストレート。
やはり球威で押してきている。
これもファールで、カウントはかわらず。
ここまで、あくまでストレート勝負。
このボールを当てにしているのか、はたまた。
決め球に使うボールのための、見せ球か。
おそらくは、後者か。
というよりは、御幸がそうするように誘導している。
敢えてストレートにタイミングがあっているように見せて、決め球のスライダーを狙っている。
猛田がインコースに構える。
そして石井が、投げ込んだ。
少し甘く入った、スライダー。
悪いボールではない。
最後はボールに外れるインコースに滑り落ちる決め球には十分。
が、これを御幸は狙っていた。
元々パワーもあり、狙い球を絞れば悪球でも長打にすることもできる。
そして、今回は狙い球が完璧にあっていた。
インローのボール球を捉えた御幸。
完璧に捉えた打球は悠々と外野フェンスに届き、逆転の一髪を放った。
2アウトランナー二塁。
ここで4番の起死回生の一発で、サヨナラ勝利。
甲子園レベルの強豪校相手に二連勝で、俺たちは残りの試合をこなしていった。