話は背番号配布よりも前、国土館高校との練習試合前にまで遡る。
この日も投げ込みを行っていた俺に、沢村少年が声をかけてきた。
「なっさん、俺に真っ直ぐを教えて下さい。」
唐突である。
「ああ、俺にできることなら手伝うよ。」
彼が一軍で試合に出してもらっている理由といえば、やはり誰に対しても物怖じしない心の強さと、そこそこ纏まっているコントロール、何より左腕から放たれるムービングボールによる希少性と、今ある武器を評価されての昇格である。
が、彼も一軍で戦っていく上で真っ直ぐ…所謂フォーシームが必要だと感じたのだろう。
確かに、沢村少年のムービングボールは投手としての武器であることには違いない。
しかし、それ一本で戦っていくことが難しいということも事実なのだ。
現に、タイミングを合わせられて内野の頭を超えられたり、振り切られた結果外野の頭を超えられるなど、練習試合でも打ち込まれるケースが数多く見られた。
動いた先は違うといえど、タイミングは同じ。
ミートポイントの広い金属バットであれば、平気で内野の頭を越える。
そこで、フォーシームだ。
手元で動くボールはスピードこそあれど、手元で加速するようなノビはない。
それに対して、手元でピュッと伸びるように加速するのがフォーシーム。
実際の球速というよりは、スピン量による終速の差でタイミングを外す。
要は、投球の幅を広げる為だ。
「まずはフォーシーム…お前の言う真っ直ぐの投げ方を教える前に、まずはお前がどうやってストレートを投げているかが問題だな。」
「えーっと、こう!」
そうして見せられたのは、縫い目も何も考えていない握り。
大体の投手は、人差し指と中指の2本を縫い目にかけて握る。
そうすることによって上の2本を縫い目に引っ掛けて、リリースする直前に2本の指でボールにスピンをかけることができるようになるのだ。
(通りで動くわけだよ。)
特に縫い目にかけるでもなく、無造作に握られた白球。
「OK、まずはそれで投げてみろ。」
「こうすか?」
「いや、いつも通りちゃんと投球モーションからだ。」
そうして投げ込まれたボールは、少しばかりカット気味に変化しながら落ちていった。
「よし、そしたら俺のボールを見てみろ。」
続いて、俺は沢村に見えるようにフォーシームを投げ込む。
綺麗な縦回転をしたボールはどちらに傾くでもなく、そのまま直線的に進んでいった。
「何故、俺のボールは真っ直ぐ飛んだと思う?」
「なっさんマジック!」
こいつは…。
俺はため息をつきそうになる気持ちをグッと飲み込み、質問を変えた。
「じゃ、俺とお前の握りの違いはわかるか?」
「それは、えっと。握る位置っすかね。」
「正解だ。じゃあ、違う質問。この小さいボールに強い力を込めたいと思った時、俺とお前の握りならどっちの方が力入ると思う。」
「それは…あ。」
気がついたか。
意外と鋭いな、こいつ。
フォーシームが伸びる要因というのは、縦の回転と周囲の空気がぶつかり合って発生する浮力によるもの。
後はかけられたバックスピンの回転数が多ければ、空気抵抗に負けず初速と終速の差が少なくなることで手元で加速するように感じる。
つまりは、綺麗な縦回転で強いバックスピンをかけること。
まずはそれが、真っ直ぐを投げる条件の一つ。
後は、沢村の身体と投げ方によるもう一つの要因。
以上に柔らかい関節と力強いリストによって強力なスピンが、毎回違うところにかかっていることでボールには変則的な回転がかかる。
回転軸がずれれば、ボールは変化するということだ。
「えーっと、つまりどういうことですか。」
「簡単にいえば、ボールの中心に力がこもっていないというのと、回転軸が毎回違うから不規則な変化になるってことだな。それでもお前のポテンシャルがすごいから、ある程度まともな球になるんだ。」
普通の人なら、まず速い球投げられないからな。
ということで、本題。
フォーシームの投げ方…と言っても、教えることはほとんどない。
握り方を少し変えて後は最後に押し込むだけで。
「おおー!真っ直ぐ飛んだ!」
「普通は1番最初に習うはずなんだけどな。」
「俺の村、野球教えてくれる人なんていなかったんで。」
ああ、そういうことね。
通りで無茶苦茶なわけだわ。
これで晴れてフォーシームを覚えた沢村少年。
超ウッキウキで投げまくっている。
その姿になんとなく浸っていながら、俺は咳払いをして話し始めた。
「とはいえ、お前のその動くボールが悪いわけじゃない。寧ろそれは、お前の唯一無二の武器だからな。」
しかし、どんなに優れているボールとはいえ、それを生かすためのボールがなくてはならない。
対になるボールというのが必要なのだ。
それこそ、俺のフォーシームとツーシームと同じように。
俺のこの2球種だって、単体で見たら大したボールじゃない。
ストレートだってキレがあるとはいえ、球速は遅いし球質も軽い。
ツーシームだって同じだ。
が、組み合わせると互いが互いを引き立て合うのだ。
ストレートと思えば同じスピードで沈み、ツーシームだと思えば手元で加速して振り遅れる。
それが、大野夏輝というピッチャーの色。
俺という投手の、戦い方。
沢村少年でいえば、このムービングボールとフォーシームの使い分けでゴロを奪うのが、彼の最も適した戦い方なんだと思う。
ゆくゆくは、自由自在にボールを動かせるようになればいいと思うが、それはもうちょっと先になるだろうな。
今は、動くボールと動かないボールを使い分けられるだけで、十分。
「二種類のボールを投げる上で気をつけないといけないのは、感覚だ。最初のうちは少しの感覚のずれとかが出て失投したりとかもあると思うけど、そこは交互に投げる練習をして慣れるしかない。最低限投げ分けできるようになれば…」
「俺はエースに!?」
「はええよ。」
と軽く突っ込みながらも。俺は笑った。
「まあ、そんときは…」
沢村少年が、エース争いに加わってくるんだろうな。
張り切って室内練習場を後にする沢村少年。
それを見送って、さて部屋に戻ろうとしたとき。
視線を感じて、そこを見る。
縦長のシルエット、俺よりでかい後輩が佇んでいた。
「どうした、降谷。」
つい、声をかけてしまう。
まあ、なんとなく待っている感じだったし。
「御幸先輩に、爪のケアを教わって来いって言われました。」
ああ、そういうことね。
そういえばこの間の練習試合で爪割って途中降板してたからな。
本当はこういうケアをするのも自己管理なのだけど、知らないなら仕方がない。
「後で俺の部屋にあるやつ貸してやるよ。透明の爪保護用マニキュア。」
「ありがとうございます。」
「後はそうだな、ボール挟んどけとか言われなかった?」
「あ。」
流石は天然さん。
思い出したように、降谷が声を漏らす。
ああ、完全に忘れてたな。
とりあえず、見本を見せる。
俺はどちらかというと、あまり指の間を開かないから小さく落ちるSFF。
「降谷の場合は握力もあるし指も長いからしっかり挟んでもいいかもな。これですっぽ抜けなくなれば、フォークも十分投げられると思うぞ。」
落差のあるフォークが一個加わるだけで、ファールで粘られにくくなる。
そうすれば球数も減って、省エネにもなる。
後は単純に、奪三振も増えるはずだ。
降谷のストレートはただでさえ凄まじい勢いがあるため、まるで浮き上がるような軌道。
フォークは逆に、伸びずに沈むボールである。
つまり、対局の値するこの2球種があるだけで、打者の目は欺けるだろう。
それこそ、見せ球に使うだけでも変わるはずだ。
「ってことで、とりあえずは挟む感覚に慣れること。その状態で投げてすっぽ抜けなくなったら、フォークの手伝いもするよ。」
この後二週間後には安定して投げられるようになった降谷。
ということで、少しばかりの助言で彼もフォークという武器を手に入れた。
沢村は、ムービングボールとフォーシームによる、ゴロを打たせてアウトを取る。
降谷は、自慢の豪速球と手元で大きく落ちるフォークで三振を奪う。
全く違う2人の投手が、誕生した瞬間だった。