長かったゴールデンウィークの連戦も、最終盤。
その残りの試合も何とか勝利を収めることに成功し、俺たちはこのゴールデンウィークの8連戦を全勝で切り抜けることができた。
さて、しかし手放しで喜ぶ訳にもいかない。
各々課題が出てきており、それを解消していかなくてはならない。
俺たち3年生であれば、残り3ヶ月。
もう既に、時間は残っていない。
出来ることをやっていき、出来ないことはある程度割り切るしかない。
俺で言えば、球速のアップは見込めない。
長期スパンで身体を作ってから芽の出ることに関しては、今からやってはもう遅い。
だからこそ、今できることをやるのだ。
沢村や降谷、東条。
彼らにはまだ、来年がある。
だから伸び代もあれば、壁にも当たる。
そしてその壁を超えて、強くなれる。
俺には時間がない。
いや、俺たちには時間がないのだ。
3年の俺にも、ノリにも。
トレーニングをしながら、シート打撃で投げるノリに目を向ける。
ストレートが、左打者の内角にズバッと決まる。
あれでは打者も、手が出ないだろう。
練習ではいいんだけどなぁ。
試合になると、外中心になってしまう。
まあ低めで打たせてとるのがノリのピッチングだから、わかるには分かるのだが。
後手後手になることが、多い。
「練習ではいいんだがなぁ。」
そんな声に、俺はビクッとする。
心を読まれたのかと思い後ろを見ると、それは落合コーチが漏らしただけの言葉であった。
「まあ、ある程度やってくれますけどね。」
「ある程度じゃダメだろ。あの夏の過酷な状況じゃあ、沢村と降谷の完投はまず見込めない。お前も基本連投はやらせる訳にはいかないし、アイツがリリーフエースになるくらいじゃないと、いつかガス欠で共倒れになるぞ。」
そんなことは、わかっている。
「技術とか悪くねえんだ。あとは、考え方次第だろ。」
「そう、ですね。」
俺とか沢村、それに降谷なんかはどちらかと言うと、強気に出るタイプ。
俺は、試合を掌握して、力を見せつける。
降谷は、自慢の剛腕で真っ向から捩じ伏せる。
沢村は、持ち前の強い心で攻め込んでいく。
細かい違いはあれど、大分類は同じ。
こちらから攻めて、相手を上回る。
ノリは、はっきり言ってわからない。
(待てよ。もしノリもまた、こちらと同じ考え方なら?)
そういや、ちゃんと話したことなかったかもな。
沢村や降谷は、俺が面倒を見なければいけないと思っていたから、積極的に声をかけてきた。
あれでノリは、案外しっかりしているからな。
だからこそ、あまり関与していなかった。
本人にも芯があると思うし、下手に俺が指摘する必要もないと思っていた。
低めに慎重に、丁寧に打たせて取る。
それで、強気に行くというよりは、相手に合わせていくというのがノリのピッチングだと思っていた。
案外それも、俺の決めつけなんじゃないか。
もしかしたら、本人も攻めていきたいと思っていたのかもしれない。
そうだな。
同じ三年生同士、一度目線合わせをするのも、悪くない。
最後なのだ。
せっかくなら、少し話すのもいいか。
まあ、後での話だ。
今はただ、力をつけるための練習する。
そんなことを考えながら、俺は心を練習に戻した。
「ほら、ラスト三本行ってこい。」
「はい。」
「負けませんよ夏輝さん!」
やかましい男を右に添えながら、俺は走る。
そうだな、練習後に話に行こう。
まともにゆっくり話すのも、中々ないチャンスだしな。
そうして俺は、練習に没頭した。
そして、夜。
練習、そして食事も終えてひとときの休息。
ある者はバットを振り、ある者は勉学に励む。
そんな中、俺は誰もいない食堂で座っていた。
右手で白球を転がし、なんとなくため息をつく。
中々俺は、こういう役回りが多いな。
まあ、チームを背負っている身だ。
ここ最近は自分勝手にやることも多いから、こういう普段の練習や生活で協力できるところは、協力していきたい。
「ごめん、お待たせ。」
「誘ったのは俺だ、気にするな。」
俺の近くで、ノリが座る。
軽く浮かせた白球を掴み取り、話す。
なんだろう、こうして面と向かって話すのは、案外気恥ずかしいものがある。
「まずはそうだな、今日も練習お疲れ。」
「ずいぶん畏まるね、お疲れ。」
そんなことを言って、2人で笑った。
「いや、なんかこうして話すのも初めてだろ。なんか緊張しちゃってさ。」
「そうだよね。なんでわざわざこうなったのかわからない。」
「俺も器用じゃなくてな。」
確かに。
というか無難にキャッチボールしながらとかでもよかったな。
失敗したなーとか思いながら、俺は話を続けた。
他愛ない話、最近の調子とか。
俺のメンタル管理とか、そんな話をしていた。
「すごいね、大野は。やっぱりしっかりしてるし、よく考えてる。」
「ありがとう。」
改めて言われると、照れる。
それを隠すようにボールを転がす。
するとノリは、少し俯き加減で言葉を並べる。
「正直俺の実力不足は自覚してる。降谷はもちろん、沢村みたいにすごい武器があるわけでもない。だからこそ、なんとか自分のできることをやるのに一杯一杯になっちゃうんだ。」
最速155キロのストレートの本格派右腕。
多彩な変化球で相手を惑わす変則左腕。
あまりに個性的すぎる二年生は、確かに大きな剣を持った2人といえる。
でも、そうだな。
「ノリはお前が思っているほど、普通の投手じゃないよ。」
「え?」
だって、サイドスローって時点で割と変則だし。
最近は増えてきてるとはいえ、やはり対右に対しては圧倒的な強さを誇る。
そして落ちる球としてシンカーもあるから、最近は左もあまり苦にしていない。
そしてこのノリ。
フォームも、少し特徴的である。
元々は結構シンプルなサイドスローだったのだけど、入学して少ししたタイミングで独特なためを作るフォームに改造していた。
力を溜めながら、相手の打者のタイミングを外す。
その独特なタイミングで投げる姿は、北海道の鉄腕サウスポーを彷彿とさせる。
サイドスロー独特の、真横に滑るスライダー。
そして聞き手側に曲がりながら手元で沈むシンカー。
ストレートだけで言っても、角度があるから中々癖がある。
そして実は、最速135キロと意外と速い。
そうこの男、スペックで言えばかなり高いのだ。
ただこの癖の強さと能力の高さを理解していないから、弱気になる。
しかしこれは、ある種仕方がないことでもある。
自分で自分の力を正確に測ることができるのは、本当に数少ない。
それこそ俺も、みんなに色々言ってもらえたからこそ、今の大野夏輝がいる。
だから、誰かが言わなければいけないのだ。
「ノリはさ。すごい投手だよ。」
「そうかな。」
「なんてったって、お前がやっていることは、俺たちにはできない。俺は勿論、降谷や沢村、器用な東条だってできない。それがお前の武器なんだよ。」
それに。
「お前がどんだけ頑張ってきたかっていうのも、近くで見てきたつもりだ。前よりも球は強くなったし、安定感だって増してきた。はっきり言って練習量で言えば、沢村とか降谷よりもやってきていると思う。」
球速だって、上がった。
下半身の安定感が増したから、球も強くなった。
「自信持てよ。お前だって、甲子園優勝チームのピッチャーなんだぜ。」
「そう言われると、プレッシャーおっきいね。」
「事実だ。お前はそれだけの力がある。」
このチームで求められるのは、個性。
レギュラーメンバーはそれに加えて総合力も高い。
そしてノリは確実に、その二つは備えているのだ。
「最近ノリのクロスファイヤー、いいよ。折角ストレートも強くなってきたんだからもっと使ったほうがいい。」
って、御幸と落合コーチ言っていた。
「強気に攻めろとは言わないが、もっと気持ちは出して言ったほうがいい。負けたくないんだろ、お前だって。」
「当たり前だよ。俺だってエース狙ってんだから。」
「じゃあもっと貪欲に来いよ。受け身のやつにこの番号は背負えねえぞ。」
そう言って、俺は笑った。
もうきっと、大丈夫。
そもそもノリは、いい投手だ。
「沢村にも降谷にも、東条にも。それに大野、君にも。負けたくないって思うし。」
「俺もだ。誰にも負けたくない。それは投手にとって、ごく自然な考えだと思う。」
マウンドに上がる投手は、1人だ。
だからこそ、ある意味エゴイストでなければいけない。
自分が1番で、自分に自信を持たなければ負ける。
1人だからこそ、最後に信じることができるのは他でもない、自分自身だけなのだ。
「そんなもんかな、俺が話したかったのは。ねみーし、そろそろ部屋戻ろーぜ。」
「そうだね。」
呼び出しておきながら先に欠伸をする。
まあ実際時間も遅くなっており、そろそろ消灯も近づいていた。
「じゃ、また明日。」
「うん、ありがとう、大野。」
「別に感謝される覚えはねーよ。俺が呼んだだけだし。」
「そうだったね。」
笑うノリを背に、俺は己の部屋に戻って行った。