「緊張してる?」
「そりゃあな。」
5月末。
甲子園、最後の大会に向けて大事なこの時期。
俺たちは、稲実のグラウンドに訪れていた。
ウインドユースアカデミーとの、交流戦。
アメリカでもかなりの才能の持ち主が集まったこのチームと、俺たち日本の球児が戦う。
というわけで、その練習の場所として稲実が買って出てくれたというわけだ。
設備、人員。
環境面でも、これ以上ない場所なだけに、稲実の国友監督には頭が上がらない。
周囲を見渡せば、各校の中心選手。
薬師の真田に、市大三校からは星田。
お、あれは鵜久森の梅宮か。
成孔の長田に、すごいな。
それこそ各校の4番とエースが揃ってきている感じだな。
こうやって見ると壮観だな。
「あ。」
グラウンドの入り口。
そこで待ち構えていた4人に、思わず声を漏らした。
「ようこそ、マイホームグラウンドへ。」
「ご丁寧にお出迎えとはね。」
成宮の言葉に、御幸が笑って答える。
「まあ、よろしく頼むわ。カルロスも久しぶり。」
「ああ、一時休戦、だな。」
成宮と白河、カルロスと山岡。
稲実の中心選手であり、今回の交流戦のメンバー。
普段は互いに戦う、ライバル。
しかしこの4日間は、互いに協力するチームメイトになるのだ。
グラウンドで準備を済ませると、早速顔合わせ。
この4日間共に戦うチームメイトと、挨拶を交わす。
キャプテンは、帝東の乾。
まあ、妥当だろうな。
しかし、国友監督も粋なことをする。
この男まで代表に招集するとは。
実力で言えば、確かに都内でも上位の実力者だしな。
「明川学園、楊舜臣。ポジションはピッチャー。」
台湾から留学でやってきた彼は、高野連の規定でもう大会に出ることはできない。
そんな彼に、こういう舞台を用意するとは、国友監督も考えたな。
それぞれポジションが被っているため、他を守れる選手は他ポジションへ。
予め通達があったように、御幸はファーストで。
俺は他の投手と同じくレフトの守備にも入る。
にしても…
「似合ってるね、帽子とファーストミット。」
「笑うなよ。」
珍しい御幸の姿に、思わず笑ってしまう。
捕手以外守るの、いつぶりだろう。
少なくとも高校に入ってからは、見たことない。
あれでも器用だからな、案外ちゃんとこなせる所が凄い。
さてと、俺はレフト。
普段からセンターを守っているし、2年の時はレフトもやっていた。
だからそうだね、他よりは守れる。
「ん!どらぁぁ!!」
「送球が高い!ステップ多すぎ!それじゃ守りで出番ないよ!」
「んだと!」
おやおや、成宮と梅宮。
やはり秋大の試合結果があってか、少し空気が悪い。
「バウンドをしても良いから低く行くといい。キャッチャーが捕ったときにミットが高い位置にあるか低い位置にあるかどちらが飛び込みやすいか、梅宮ならよくわかるだろう。」
無茶なとこよく突っ込むし。
稲実との試合でも、タッチアウトこそしたものの積極的に走っている様子はよく見た。
さて、俺は普段から外野もやってるからな。
ここでそのアドバンテージを見せていこう。
「レフト!」
「お願いします。」
打球はレフト前。
これを最小限の動きで、刺す。
前進しながら身体を落とし、グラブへ。
素早く利き手に持ち替え、ワンステップでホームへ。
強く投げるよりも、速く伸びる球。
この手の返球は、得意な方だ。
低い弾道でホームへ。
キャッチャーがランナーをタッチしやすい位置に、投げ込んだ。
「流石、上手いもんだな!」
「数こなしてるからね。肩は梅宮も同じくらい強いだろうし、運動神経は君の方が良いんだから、あとは少し考え方を変えれば文句はないだろう、鳴?」
そう言って俺が成宮に目で訴えかけると、彼もまた腕を組みながら答えた。
そりゃあ、不服そうに。
「まあ、最低でも夏輝ぐらいやってくれるならね。」
「手厳しいことで。」
成宮の守備を見ながら、俺も後ろへ下がる。
「流石、扱い上手いな。」
「そりゃ、長い付き合いだからな。」
成宮鳴は、かなり根に持つタイプ。
負けた試合やその結果をかなり引っ張るし、よく突っかかる。
ようは、ガキンチョなのだ。
しかし野球には真摯。
だからこそ、野球の話になればこのひねくれたというか、ガキみたいな性格はまだ緩和される。
続いてサインプレー。
普段顔を合わせていない相手とのやり取りだからこそ、出来るだけシンプルに。
それでいて、確実に。
特に、投手は最も長い時間ボールを持つプレイヤー。
だからこそ、マウンドに上がれば、毅然と。
「上手いもんだな、楊。」
「この手の立ち振る舞いも疎かにはできんからな。」
さすが精密機械。
ピッチングも去ることながら、こういう部分も上手い。
惜しいな、チームがチームであれば、欲しいと思う大学も球団もあったであろう。
それほどまでの、総合力の高さと安定感。
そして、成宮も。
改めて見るとやっぱり、上手い。
クイックは早いとは言えないか、牽制の間のとり方が上手い。
足を使う倉持筆頭に、ランナーは警戒だな。
前よりここら辺の立ち振る舞いも良くなってるから、戻ったら皆に伝えとこう。
ブルペンに入ってからは、俺は乾とバッテリー。
主に俺と成宮、あとは真田が彼とバッテリーを組む。
まあ主に、西東京と東東京で別れた感じだな。
流石に夏大直前に同地区でバッテリーは組ませないってことだろうね。
「よろしく、乾。」
「君とはいずれ組みたいと思っていた。よろしく。」
あら、結構評価してくれてるんだ。
確かにコントロールも良い自負はあるし、キャッチャーとしてもやりやすいのかな。
決め球もあるし、ストレートで空振りを奪える。
帝東といえば、エースの向井の制球力も超逸品。
しかし俺も、それに劣る訳では無い。
というか、期待されているのなら負けていられない。
ミットを構える乾に、横目で視線を送る。
コースは、右打者の外角低め。
これに加えて彼らは、奥行も使っているのだ。
阿吽のバッテリーだからこそ、できる意思疎通。
俺と御幸ができるように、彼らもまたできる。
「ッシ!」
まずは、フォーシーム。
低めから伸び上がるように加速する直球を、乾の構えたコースに決めた。
「ナイスボール!」
上手いな、キャッチングが。
俺が投げたコースに対して、ピタリと止まる。
御幸はどちらかと言うと、柔らかくミットを使うタイプ。
ゾーンギリギリや際どいコースを、出来るだけストライクに持ってく技術。
所謂、フレーミングを使いながら止める。
対して乾は、完全に止めるタイプ。
投げ込んだコースに対してしっかり止めることで、審判に誤った認識を与えない。
どちらも、良いキャッチング。
正しく柔と剛である。
しかし、どちらにとっても俺はやりやすい。
普段慣れているのは御幸だが、逆にコントロールが完璧に決まる日なんかは、乾の方がいいのかな。
まあ、相性も含めると確実に御幸なのだが。
2人の性格もガンガン攻めたい、捩じ伏せたいという意識。
乾は将棋のように自分たちのペースに追い込んでいくやり方。
「次、ツーシーム。」
「コースは?」
「どこまで指定できる。」
「構えたコースには投げられる。ストレートと同じように要求してくれ。」
俺がそういうと、乾が目を見開く。
何かおかしいこと言ったか、俺。
気にせず、投げ込む。
構えられたコースはストライクゾーンギリギリからボールゾーンに逃げるツーシーム。
そこに、投げ込んだ。
取ってから静止する、乾。
それを見て俺は、思わず突っ込んだ。
「え、何その間。」
「いや、どおりであそこまで抑えられるのだなと。よもやこの質の変化球をそこまで操れるとは。」
なんだそりゃ。
少し、いやかなり癖がある。
まあ、いいさ。
「カット。右打者の内角高め。」
「うむ、来い。」
すると、乾のミットの構えが若干変わる。
なんというか、さっきよりも少し小さいような気がする。
いや、別に悪い気はしないのだ。
むしろ「ここに狙って投げてこい」という意識が見れて、こちらとしてはやりやすい。
変えているのか、投手の力量に応じて。
というか、制球力で判断しているのか。
俺なら変化球でもここまで制球できると、判断してくれたということか。
だとしたら、少し達成感。
一つ下の世代とはいえ最高峰の制球力を誇る向井と、この短時間で同じように要求されるというのは、嬉しい。
これも構えたコースにズバリ。
しっかりと威力のある変化球を、投げ込んだ。
これが俺の特徴。
そして、俺の武器。
キレのあるボールを正確に投げ込み、打者を抑え込む。
このまま乾と変化球のサイン交換を行い、俺はこの日のピッチングを終えた。
ちなみにこの試合で使う変化球は、あまり絞らない予定。
強いて言えば戦力になるボールだけ、使うくらいかな。
ストレート
ツーシーム
カットボール
Dカーブ
チェンジアップ
他の小さいカットやスライダー、SFFなんかは使わない予定。
あまり長いイニングを投げることもないし、わざわざ手札を晒すこともないからな。
明日から早速実践。
今日は早いとこ休んで、登板に備えよう。