次の日。
俺たちはアメリカ代表との試合に備えて、大学チームとの練習試合を行う。
相手は強豪、明神大学。
フィジカル面ではやはり相手に分があるが、それはアメリカチームも同じ。
俺たちは俺たちで、それぞれできることをやり切る。
先発は、成宮と乾のバッテリー。
予定ではその後に俺、最後に真田と3回ずつ投げる。
午後の2試合目は、御幸と楊のバッテリー。
あとは他の東東京の投手が御幸と組んで、投げていく。
ちなみにポジションと打順は、以下の通り。
1番 中 カルロス(稲実)
2番 遊 白河(稲実)
3番 一 御幸(青道)
4番 三 長田(成孔)
5番 捕 乾 (帝東)
6番 左 星田(市大)
7番 投 成宮(稲実)
8番 右 真田(薬師)
9番 二 奈良(創成)
ライトには、打撃も買われて真田が。
俺は途中交代で、投手に入る。
まあ、このメンバーじゃ俺は打撃で戦力にはならないわな。
強力打線の中でもクリーンナップを任されている真田は、やはり打撃の面でもかなり評価されているのだろう。
さて、先攻は明神大学。
相対するは、実質エースである(というかそう言って聞かない)成宮。
威力のある直球とキレのある大きいスライダー、ストレート軌道から手元でストンと落ちるフォーク。
あとは打ち気を逸らすカーブ。
そして決め球、チェンジアップ。
最速150キロでさらに左腕という希少性。
さらにコントロールも悪くないという、高ステータス投手である。
まずは立ち上がり。
先頭打者に対しては4球目のスライダーを振らせて空振り三振。
続く打者に対しては、ストレートを詰まらせてショートゴロ。
さらに3番に対しては高めのストレートで力押し。
自分よりも強い打者に対して真っ向から勝負していき、捻じ伏せて見せた。
やはり、すごい。
力、そして完成度。
何より、気の強さ。
投手としてまた、大きくなりやがった。
「ナイスピッチ。球走ってんね。」
「おうよ!」
ウキウキでベンチに戻ってくる成宮。
よほど調子がいいのか、いい笑顔である。
さらに打線も好調。
先頭のカルロスがヒットで出塁すると、盗塁と白河のバントで早くもランナー3塁へ。
このチャンスで御幸が内に入ってくるスライダーを上手く弾き返して、早速打点を上げてみせる。
2回表、4番から始まる強打者たちに対して、成宮はチェンジアップを解禁。
今日最速の146km/hで力押しをしながら、最後は魔球チェンジアップで崩す。
さらに彼のチェンジアップ。
以前までのそれと比べると、圧倒的に落ちている。
イメージ的には、スクリューのような感じか。
ストレートと同じような腕の振りから、緩く、さらに利き手側に大きく沈む。
更に3回の表も下位打線に全く隙を与えない。
ストレートとスライダーを軸に大学チームを全く寄せ付けず、三者凡退で押さえ込んでみせた。
「大野、次の回から行けるか。」
「えぇ、勿論。」
次の回からは、予定通り俺。
乾と初めてバッテリーを、組む。
青道高校ではない。
他チームの監督から評価されて、呼ばれたこの試合。
出来ることなら、大会前の大事な時期。
手の内は見せたくないが。
「目の前であんなの見せられちゃあ、な。」
見せつけられたまま終われるほど、俺はできた人間じゃない。
追加点を奪った3回の裏を終え。
2-0で迎える、4回の表。
「高校チーム、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの成宮くんに替わって、大野くん。7番ピッチャー大野くん。」
いつも通り。
フッと息を吐き、ゆっくりとベンチを出る。
「さぁ、お手並み拝見と行こうかね。」
「お前の後ろを守るなんて。」
稲実コンビに追い抜かれ、頷く。
他の内外野が俺を抜いて定位置に向かっていく。
それを見ながら悠然と歩いてマウンドへ赴いて行った。
玉座のような、小さな山。
今日の相棒が、そこに登ってくる。
「変化球中心で攻めよう。君にはその器用さがあるからな。相手は身体の強い大学生だ、慎重に来いよ。」
成宮のときはガンガン押してたんだけどね。
俺のときは、躱すピッチングか。
俺じゃあ、力不足というわけか。
ふーん。
「リードは任せる。」
「相手の反応を見て様子は見る。君の凄さを見せてくれ。」
頷き、乾が離れて行くのを待つ。
それを確認して俺は数回、マウンド上で跳ねた。
身体の調子は、良い。
調整してきているから。
仕上がりとしては、悪くない。
右肩を大きく二回し。
すると馴染み深いいつもの女房役の声が、近くで聞こえた。
「おい。」
「なんだ。腹は立ててねぇぞ。」
「言ってる時点で腹立ててんだろうが。」
口元を、普段とは違う形状のグローブで覆う御幸の姿を見て、俺は溜息混じりに答えた。
「わかってる、ちゃんと…」
「やられっぱなしで終わんなよ。お前は甲子園優勝投手でウチのエースなんだからな。」
そう言って、御幸が俺の背中をぽんと叩く。
思ってもみなかったその返答に、俺は呆気に取られてしまった。
「日和んなよ、バカ。」
「黙れ、ファースト御幸一也。」
「へぇへぇ。」
全く。
しかし、さっきよりも何となく、背中の方からジワジワ熱を感じる。
言いたくはないが、やはり俺の乗せ方をわかっている。
言いたくはないが。
目を瞑り、胸に手を当てる。
深く深く息を吸い込み、雑念とともに全てを吐き出す。
迷いも、弱さも。
今は、ない。
「敵わないな、お前には。」
そう呟いて、俺は目を少しずつ開いた。
正面にいるのは、いつもとは違う捕手。
しかし都内でも有数の、名捕手。
相棒であり、敵だ。
まずはこいつから、認められる。
打席に立つのは、好打者の1番。
相手は大学生とはいえ、打たれるわけにはいかない。
意識している相手が、完璧に抑えているからな。
ここは、ねじ伏せる。
要求されたコースは、外低めのツーシーム。
替わりっ鼻を狙われている。
だからこそ、打ち気の打者に対しては、逃げるボールで振らせる。
これは狙い通り、完全に振らせて1ストライク。
2球目も、同じようなボール。
しかしこれは見られて、ボールとなった。
3球目。
二つの見せ球があったからこそ、光るストレート。
同じ視点で今度は伸び上がる真っ直ぐで、打者も反応できず見逃した。
追い込んだ。
要求されているのは、高めの釣り球。
おそらくは、見せ球。
最後に投げる低めの決め球を有効に活かすための、ボール。
高めのボールゾーンのストレート。
意図は、わかる。
しかしその予測を超えなくては。
(そうじゃなきゃ勝てないことは、わかっている。)
高めのストレート。
最後はギアを入れた132キロの直球を、振らせた。
鈍いミットの音。
同時にぱさりとかぶっていた帽子が落ち、勢いのまま右足を振り上げる。
そして、振り遅れた打者と。
捕手乾を、見下ろした。
2番に対しても、ストレートでカウントを取ったのち、最後は左打者のインコースを抉る高めのカットボールを振らせて空振り三振に切ってとる。
「ナイスボール!」
乾から投げ返された白球を受け止め、右手の小指と人差し指を立てる。
ツーアウト。
ここまできたら、初回はねじ伏せたい。
右の大砲。
打席に立つのは、まさにそういうにふさわしい。
厳しいコースをついていき、追い込んだ。
カウントは1ボール2ストライク。
ここで乾の構えたコースとサインに、俺は笑って頷いた。
大きく腰を捻り、捻転。
全身を縦回転して、白球に強い力を込めた。
打者のバットは、出ない。
小気味良いミットの破裂音と共に、審判の右手が上がる。
「っしゃあ。」
小さく拳を握り込み、最後のアウトを奪った俺はマウンドを降りた。
「ナイスピッチ。」
「流石、青道のエースなだけある。」
ゆっくりとグラウンドを横断する俺に、声。
それを帽子の鍔に手を当てて答えつつ、ベンチに戻った。
ドリンクに手をかけ、ベンチに座る。
ふっと一息ついた俺の横に、乾が腰掛けた。
「すまない、大野。俺は君を少々過小評価していたみたいだ。失礼なことをしたな。」
「俺もムキになっていないといえば嘘になるが、どうあれ今の捕手は君だ。それに応えるのが、投手だろう。」
俺がそう返すと、彼は笑って答えた。
「配球を少し変える。力押しで、真っ向からねじ伏せる。ついて来てくれるな?」
「リードは任せると言った。力は尽くす。」
そう言って2人で、右拳を突きあわせた。