6回の裏。
「ッシュ!」
コンラッドの投げた初球。
外高め、甘く入ってきたこのボールに対して逆らわず右へ。
逆方向に飛んだ打球はライト前。
しかし圧巻だったのは、その後のプレー。
ライトのゴロ処理が少しもたついたのを判断すると、すかさず二塁へ。
慌てたライトの送球が逸れたのも重なり、単打の当たりで二塁まで陥れた。
「あの当たりで二塁行くのかよ。」
ここまで来ると、最早呆れてくるスピードである。
味方だから、心強い。
しかし一ヶ月後にはこれが敵になるのだから、笑えない。
そんな事を考えながら、大野は苦笑を浮かべた。
続く2番の白河は、バントの構え。
試合も終盤に近づいてきたこの場面、久しぶりに出たノーアウトのランナー。
さらに言えば、コンラッドと相対して初のランナーである。
この大事なチャンスの場面。
順当に、堅実にいくのであればバントで三塁に進めるのがセオリーである。
『やはり、スモールベースボールか。なら、アウト1つ頂く。』
捕手のカーライルがバント処理に動こうとした矢先。
白河がバットを引き、振りかぶる。
そして、高めの直球に対して振り抜いた。
バントでチャージしてきたコンラッドの頭を超え、二遊間を抜けるヒット。
当たりを見たカルロスは三塁を蹴り、更に加速していく。
『おいおい、ジョークだろ!?』
慌ててセンターから返球が来るが、間に合わず。
二塁ランナーのカルロスがあっという間にホームに滑り込み、追加点となる2点目を奪う。
更に、打った白河もすかさず二塁へ。
(あの当たりで帰ってくるか。隙がないな。)
これに加えて、一発のある山岡もいる。
投げては、エース成宮鳴。
守備も鉄壁。
やはりこの総合力の高さが、稲実の強さだろう。
(これが、稲実の野球。俺たちが負けた、そして俺たちが勝たなきゃいけない、チーム。)
未だ勝てていない、唯一の相手。
夏の、最後の砦。
その高さに、大野は息を呑んだ。
しかしこの圧巻の速攻に驚嘆したのは、眼前の敵。
アメリカチームもまた、この稲実の一二番コンビの質の高さに、最早リスペクトすら感じていた。
『ジャパンの選手はエンジン積んでるやつまでいるのか?』
『全くだぜ。』
緻密ながらも、大胆。
理論に乗っ取った、技術と能力によるシンキングベースボール。
ただの細かいスモールベースボールではない。
『これが、ジャパンのベースボール…いや、日本の”野球”か。』
ベースボールと、野球。
異なる戦略だからこそ、面白い。
そして、アメリカチームのナインが、笑った。
続けて打席に入るのは、3番の御幸。
ここまで左バッターはまるで手が出ていないコンラッドに、何とか食らいつきたいところ。
(とはいえ、あの角度は左にゃちょっときついよなぁ。)
そんなことを思いながら、ネクストバッターズサークルから立ち上がる。
するとその後ろから、というよりベンチからの聞き慣れた声に、思わず振り返った。
「んだよ。」
「わかっているとは思うが、簡単に終わるなよ。」
大野がそう言うと、御幸は思わず眉を動かした。
「青道のチームはな、白州が率いて、俺がエースで。それで、御幸一也が4番のチームだからな。打線の顔であるお前が簡単にやられて舐められちゃ承知しない。」
「わかってるよ、馬鹿。」
「足元見られんなよ、青道の主砲。」
稲実の一二番は、らしい攻撃で見せつけてきた。
ならば、こちらも。
そのチームの顔である主砲が、ある種やり返さなければ。
しかし、相手はコンラッド。
サイドスロー気味のフォームから最速150km/h越えのストレートと切れ味鋭い真横に曲がるスライダーを操る、左腕。
一般的に左対左、特にスライダーのように逃げるボールがある場合は、打者が不利になりやすい。
特にサイドスローが相手となると、リリースされたボールは見えにくい上に、角度がついて打ちにくさに拍車をかけるのだ。
しかし。
(ったく、お前に言われちゃあな。)
御幸は、コンラッドを見据えて笑った。
ここまで青道が強く、そして甲子園を制したのは間違いなく、この大野夏輝というエースの存在があってこそだ。
それこそ御幸自身も本塁打や打点で貢献していたが、それでも数多の0を築き上げてきたこのエースの存在には、頭が上がらない。
何より、今の強い青道を作り上げた最大の功労者は、間違いなく大野だ。
怪我をしている期間も他の投手から、悩める野手まで。
できることを最大限やってくれたからこそ、気にかけてくれたからこそここまで強いチームになったのだ。
そんな彼に、チームの象徴だと言われたら。
それはもう、やるしかないのだ。
(そうだな、初球はスライダーも有り得るけど。ここまで右にストレートを打たれてムキにならないような、そんな優しいピッチャーには見えないし。)
どちらかというと、ガンガン攻めてくる。
さらに言えば、左打者に対しては見下ろすように強気にストライク勝負で来る。
しかし、捉えられているのは外の真っ直ぐ。
お世辞にもコントロールがいいとは言えない彼の、高めに浮いた外の球を弾き返されている。
(開き直って高めで空振りを奪いに来るか。スライダーで先手を取りに来るか。これに関しては、キャッチャーの性格が出るかな。)
前者なら、強気。
後者なら、相手に合わせるタイプ。
とは言え、どちらもコンラッドの決め球。
二択とはいえ、優劣は特にない。
傾向を見るに、前者か。
そうヤマを張り、御幸がバットを掲げた。
狙い通り、初球はアウトハイのストレート。
しかしこの力押しに振り遅れ、前に飛ばずファールとなる。
(強。てか、ギア上がってね?)
明らかに、球の力が強い。
先程の2人の時よりも、確実に。
失点して、目覚めたか。
どちらにせよ、前の回。
それこそ、直前の2人の打者よりも確実にいい球が御幸に襲いかかっていた。
(けどまあ、大方予想通りね。てなると、今の反応を見るにストレート狙いってのは相手も分かったはず。それでいて打てていないのであれば、ほかの球は決め球に使いたいと思うはず。だからここは…)
2球目。
外に逃げていくスライダーを見送り、1-1。
(これでスライダーは見切れてると判断するかな。そう思ってくれると助かるんだけど。できれば、甘い変化球狙いとか勘違いしてくれれば超やりやすい。)
3球目。
同じようなスライダー。
これも見送り、御幸は息を吐いた。
カウントは2-1。
ボール先行で、打者有利のカウントとなる。
ここまでストライクにどんどん放ってきていただけに、バッテリーも少し嫌な感覚を覚えていた。
狙い球は?
何で抑えるか?
ここまでの集中力と余裕を見ている限り、中々簡単に打ち取れる相手では無いことは確か。
『迷うことは無い。ここはフォーシームだ。』
『スライダーの送り方を見る限り、狙いは変化球だろう。ここは強気に、カモンコンラッド!』
ここでバッテリーが選択したのは、やはりストレート。
この打席全く着いてこれていないこのボールで、思い切って攻め立てる。
ランナーはいながら、足を振り上げるコンラッド。
その長い手足を目一杯大きく使い、全身を横回転。
大野の重力と縦横の捻転とは違う。
身体のバネと長い手足を使った横回転は、純粋にコンラッドのみの恩恵。
彼だけにしかできない豪快なフォームで、唸りを上げるストレートが御幸に向かってくる。
しかし、これを。
(狙い通り、待ってたよそれ!)
スライダー狙いに対して、ストレート。
変化球に偽造して振り遅れを狙いに行った、左バッターの外低め。
威力のあるこの真っ直ぐを、御幸は強く振り抜いた。
外の難しいボール。
だが少しシュートしながら入ってきたこの球を逆方向へ。
高い打球はレフト後方。
入るか際どいところだが。
本人は確信して、ゆっくりと一塁方向へと歩き出した。
『Oh my God』
カーライルが思わず呟いた嘆きと同時に、白球はスタンドへと入り込んだ。
追加点となる2ランホームラン。
これが勝負を決める一打となり、4-0。
さらにアメリカチームを突き放して見せた。
甲子園での経験等もあり、御幸もかなり進化してます。