燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード171

 

 

 

 

騒がしい宿舎を避け、すぐ近くにある遊歩道を踏みしめる。

いつも飯を食い、体を休める我らが青心寮を見下ろす形でランニングコースとしても使われるこの道で空を見上げた。

 

 

都内とはいえ、都心から少し外れた住宅街。

 

案外空を見上げれば、星模様も拝める。

 

 

 

 

部屋着であるパーカーのポケットからスっと、右手を出す。

そして若干欠けた金月を見上げ、そっと手を伸ばした。

 

 

黄金色に淡く光る月輪に、右手をかざす。

 

 

 

「こんなとこで何耽ってんだよ。」

 

 

 

慣れ親しんだ声が耳に届き、俺は咄嗟に上がった右手を再びポケットの中へと収めた。

 

夏の夜風が吹き抜ける。

 

少し生温いが、程々に過ごしやすい夜の風と考えれば心地よいものか。

 

 

 

「結城と打っていたんじゃないのか。」

 

「沢村に押し付けてきたよ。あの弱さは血だな、ほんと。」

 

 

打っていたというのは、将棋のこと。

 

兄である哲さんもそうだったのだが、弱い。

それも仕草や立ち振る舞いは一流なのだが、如何せん弱い。

 

しかし、好きなのだろう。

 

捕手で勝負事に強い御幸に闘いを挑み。

そしてよく、負けている。

 

 

 

「どうしたんだよ、こんなとこでさ。」

 

 

 

月に向けていた視線をそっと声の主に戻し、俺は御幸の問いに答えた。

 

 

 

「夜風に当たっていた。少し、思うところがあって。」

 

 

 

その瞬間、ふっと弱い風が吹く。

夜風が俺の前髪を揺らし、目元を掠める。

 

夏とはいえ、夜の涼し気な風が心地よかった。

 

 

 

「思うところ?」

 

「…俺は、去年の夏を終わらせた男だ。未熟ながらもエースとして、チームを背負って戦ってきた。」

 

 

 

そしてその末に、負けた。

ただ1人の投手との投げ合い、最後は共倒れという形で2人とも力尽きた。

 

踏ん張りきれなかった。

 

最後まで、勝つチャンスを与えられたのにも関わらず、俺は敗れたのだ。

 

 

 

しかし、それはいい。

もう過ぎたことであり、今悔いたところで変わらないことは分かっている。

 

何より、夏を終えた先輩たちが、今はまた別の道を歩んでいるのだ。

 

今更こんなことを言っても、仕方ない。

 

 

 

その後は秋大を離脱。

投手として戦列を離れた俺は、野手としてチームを支えた。

 

チームも絶好調で、何より沢村と降谷が安定感抜群の投球を見せてくれたからこそ、秋の大会で頂点を取った。

 

 

 

投手として肘が完治し、春の甲子園。

遂に許された、投球。

 

久しく戻ったマウンドは、やはり良かった。

 

 

巨摩大藤巻の本郷と投げ合い、勝った。

 

 

 

 

その時の俺の心境は、ただ大野夏輝という1人の投手として本郷に向かっていき、ある種挑戦者として純粋な気持ちで戦った。

 

エースとしてではない。

大野夏輝として投げ、チームが打ってくれたから勝った。

 

 

 

 

 

しかし。

俺はエースとしてチームを背負ったのは、夏が最後だ。

 

昨年の夏、稲実との試合で負けてから。

 

 

俺はまだ、自他共に。

特に自分自身で、エースとしてチームを背負ったとは思えていない。

 

 

 

確かに俺が1人の投手として、相手エースと投げ合う。

互いに高めあったときにこそ真の実力が出ることは薄々気がついている。

 

しかし、そうではないのだ。

 

俺はエースとして。

チームを勝たせる、青道のエースとして勝ちたいのだ。

 

 

「以前、お前に言われたな。もっと自分勝手にやってくれと。」

 

「まあな。正直、秋とか冬のお前は見てられないくらい自己犠牲を厭わなかったし。」

 

 

 

ため息混じりに御幸がそう言う。

秋は特に、俺は投手としてチームを支えることが出来なかったから。

 

だからこそ、自分を犠牲にしてでもできることを探した。

 

 

 

それ故に、か。

もっと自分勝手に。

 

自分の為に、投げてくれと言われた。

 

 

「俺は大野夏輝だ。それ以上に、俺は青道高校のエースでありたいと思っている。」

 

 

チームを背負い、甲子園を制する。

全ての試合を勝ちで終え、日本の高校野球の頂点は青道高校だと。

 

優勝旗を掴み取って、誇示したいのだ。

 

 

 

「チームの為に投げるのが、俺の自分勝手だ。誰のためでもない。俺自身の為に。」

 

 

 

しかし自分自身がエースを名乗っても、それはただの自称でしかない。

 

自他ともに認められた者こそ。

エースとして、名乗っていいのだ。

 

 

 

「なあ、一也。俺はこのチームのエースに相応しいか。」

 

 

 

改めて、そう聞いた。

 

 

しかし、言ってから気がつく。

こんな風に聞いてしまえば、余程のことがない限り肯定される。

 

そうでなかったとしても、まだ20人のメンバーが決定しただけのこの状況。

背番号が決まっていないこのタイミングで聞くというのは、あまり得策ではなかった。

 

 

 

「変なことを聞いたな。そろそろ部屋に戻ろう。」

 

 

 

そうして俺が踵を返す。

少しばかりの静寂に、自分の質問に若干ながら後悔しながらも、俺は寮に戻ろうと歩もうとした。

 

 

しかしそれを静止するように、御幸が口を開いた。

 

 

 

「甲子園での成績は3戦3勝、26イニングを投げて失点は僅か1。それも大量リードでの一発のみ。1点ゲームになった本郷との投げ合いでは、それこそ相手を全く寄せつけることなく、8回無失点で勝利。」

 

 

 

さらに御幸は続ける。

 

 

 

「圧倒的な投球と高校生離れした完成度で試合を掌握し、チームに勝ちをもたらす青道史上最高峰のエース。これが世間の、大野夏輝に対する評判だ。」

 

 

 

少し、風が吹く。

今度は俺の前髪だけでなく、御幸の茶気味のそれも靡かせた。

 

 

 

「投手も、野手も、もちろんずっと一緒にやってきた俺も。夏から今まで…いや、東さんの代で負けてからか。お前がずっとチームを背負ってきたことも、お前が青道のエースってチームの皆が認めてる。それはお前だって、薄々感じてるはずだぜ。」

 

 

 

御幸に向けていた視線を外し、俺は空を見上げる。

 

こうして改めて褒められると、やはり来るものがあるな。

照れるとかそういう感情もあるが、それ以外にも。

 

 

だからこそ、少し視線を外してしまう。

 

しかし対して御幸は、俺から視線を外すことなく、話し続けた。

 

 

 

「お前、まだ去年の夏のアレが忘れらんねーんだろ。」

 

「それは。」

 

「俺もだ。あの時、お前の異変に気がつけなかったことに今でも後悔してるし、再三打てなかった自分にも腹が立った。忘れらんねーよ、俺だって。」

 

 

 

引き寄せられるように、御幸の瞳に視線を戻す。

メガネ越しながら、切れ長の目元。

 

その中心に位置する黄金色の瞳が、眩しかった。

 

 

 

「お前自身がまだ認められないんだろ。だったら俺だって付き合ってやる。最後の最後、お前が自分自身を「青道のエース」として認められるまでな。」

 

 

 

御幸にそう言い切ってもらい。

俺は肯定するように、首を縦に振った。

 

 

 

「なら、頼む。俺は最後までこのチームで勝ち続けたい。あの甲子園の頂点で。願わくば、スタンドから熱い青炎をもらって。最後は一緒に、マウンドで笑いたい。」

 

 

「クサイこと言うな、ホントに。まあでも、協力するよ。」

 

 

 

そうして出された拳。

そこに向けて、俺も自身の利き手の拳を、向けた。

 

 

 

「行こう、行けるところまで。」

 

 

俺が、真のエースとして。

 

真夏の夜空の下。

またひとつ、小さな誓が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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