恒例の夏合宿を終えて、いよいよ調整。
ある程度溜まった疲労も解消した今日この頃。
俺たちが練習試合で汗を流している中、落合コーチは都内のホールへと足を運んでいた。
理由は、簡単。
夏の大会、所謂最後の甲子園をかけたトーナメントの抽選会である。
シードは決まっていたし、一応確認でコーチが行ってくれた。
「どうだろうな。」
食事を済ませ、他の3年生と談話しながらそんな話題になる。
「シードは決まってるし、どこで稲実や市大と当たるかやな。」
「何にせよ、そこ2つは倒さなきゃ行けないって訳だ。」
恐らく、準決勝で市大三高。
決勝で稲実、かな。
シードを取り逃していながらも怖い相手もいる。
長く強豪の仙泉や、強打がウリの成孔。
それに忘れてはいけないのが、あの薬師高校。
彼らと早い段階で当たる可能性も、ある。
「できることなら序盤は強豪を避けたいが。」
正直、やりたくない。
特に成孔や薬師なんかは。
乱打戦の末にやられる、所謂事故的な負け方をする可能性が出てくる。
分かりやすいところで言えば、市大三高と薬師。
去年のこの一戦が、その一例だろう。
地力、総合力。
全てにおいて上だった市大三高が、それこそ大番狂わせを起こされた。
当時の粗だらけだった薬師のその攻撃力と勢いに飲み込まれた、と言うべきか。
前評判では、それこそ名前すら知られていなかったチームが食われるほど、何が起こるか分からない。
出来れば当たりたくない。
それこそ調子が上がる前の序盤には、特に。
「残念ながら、過酷なトーナメントになりそうだぞ。」
そう言って、白州がトーナメント表を持ってくる。
「何を言っている。白州が引いてないから今回は当たりのはずだ。」
「秋大のことはもう許してくれ。」
白州といえば何を隠そう、前回の抽選会で魔境のトーナメントを引いた男。
成孔、帝東、稲実(番狂わせがあったから鵜久森)、市大三高、薬師という錚々たる面々とぶつかった秋大。
流石にこの男にくじを引かせる訳にはいかないということで、落合コーチが出陣した…という背景もある。
期待の落合コーチ。
白州ほどではないことを祈っているが。
「悪いが、そう上手くは行かなかったな。」
それが淡い幻想だったことを思い知ったのは、ほんの数秒後だった。
渋い顔をしながらこちらにトーナメント表を向ける。
稲実は別ブロック、てことは決勝か。
準決はやっぱり、市大三高がこっちくるよね。
何となくそんな予感してたし、仕方ない。
そんな順当が続く中。
思いもよらぬ組み合わせに、俺たちは目を丸める。
そして、白州が言っていた意味を改めて理解する。
「おいおい、冗談だろ。」
「紛れもなく、事実だ。」
そして再び、分かりやすく眉を寄せて白州を見る。
敢えてこちらと目を合わせない白州。
また俺は、トーナメント表に視線を落とした。
「いきなり、薬師かよ。」
全国高等学校野球選手権大会西東京地区の2回戦。
つまり、シードである俺たちの初戦となる、この試合。
その対戦相手となりうる可能性が高いチーム。
今年度の春の選抜ベスト4であり、接戦の末に清正社に敗れた強打のチーム。
春の都大会こそ疲労で序盤に敗退したものの、やはり打線は全国トップレベル。
全国の猛者に対して超攻撃的な野球を披露。
4番の轟雷市を中心とした強打のチームの筆頭、且つそのチーム全体の勢いからかなりの話題性があり、それこそテレビでもかなり取り上げられていた。
はっきり言って一番当たりたくなかった対戦相手。
欲を言わなくても、最初には当たりたくなかった。
「よりにもよって、一番危ねーとこと当たったな。」
「まあ、決まってしまったものは仕方ないな。誰が相手でも、勝たなきゃ話にならん。」
さっき言った「事故」が最も有り得る相手。
というよりは最近地力も付いてきたこともあり、都内でも4強の看板が板に付いてきた。
本来であれば準々決勝以降に当たるような相手。
しかしこれが俺たちの初戦で当たるというのがらトーナメントの怖いところだな。
「嘆いていても仕方ない。どちらにせよ、強い相手を倒さなきゃ甲子園には行けないんだ。」
もっと言えば、大会終盤には強い相手しかいない。
多くの対戦相手を蹴落とし、その思いを乗せてきた強い相手しかいないのだ。
勝ち抜いていけば、どちらにせよ強い相手と当たる。
それが少し、早いだけの話だ。
「わかっとるわい!どんな相手が来ようと、俺たちは勝つしかないんや!」
「それさっき言った。」
「ゾノ、ちょっとうるさい。」
「ゾノはもう少し打ってくれたら助かるな。」
「じゃかあーしぃ!」
相手は、強い。
だからと言って、負ける言い訳にはならない。
勝つんだ。
このチームで、長く試合をしたいから。
俺を生かしてくれた、この青道高校で。
某所。
青道高校がトーナメント表に目を通している裏で、この高校もまたそのトーナメントの内訳に表情を歪めた。
「真田先輩!なんでよりにもよって青道引いちゃうんすか!」
「ははっ、わりい。」
青道といえば、春の選抜。
つまり春の甲子園で優勝を収めた、今の日本で最も強い高校。
ドラフト候補である4番の御幸を筆頭とした抜け目ない強力打線に加え、高い守備力。
磐石な投手陣に、それを束ねる絶対的なエース。
そんな相手を2回戦で迎えることとなったのは、同じく春の選抜でベスト4に輝いた薬師高校である。
「まさか序盤にぶつかるとはな。それも、一番当たりたくねー相手に。」
監督である雷蔵が、手元のトーナメント表からナインたちに視線を戻す。
チームの状態は、決して悪くない。
選抜から戻って以降もチームの状態も上向いており、打線は特に好調。
特に4番の雷市は、甲子園で全国屈指の投手を見てきたからか更なる飛躍をした。
他の2人、つまり秋葉の出塁率と三島のパンチ力にも磨きがかかり、大会でも大暴れ。
チーム全体の底力も向上し、全体的なレベルアップもした。
更に1年生には即戦力左腕で、新たなる武器も手に入れた。
力は付いている。
以前に比べて、穴もなくなった。
しかしそれでも。
現実的に見て、勝機はかなり薄いと雷蔵は感じていた。
「そんなにすごいんですか、この大野さんは。」
すらりと高い身長。
そして特徴的な癖毛の青年が、雷蔵にそう聞いた。
「おう友部。すげえなんてもんじゃねえ。1年の時とは言え、雷市がコテンパンにされちまったくらいだからな。」
「そんなことがあるんですね。俺たちから見れば、雷市さんが抑えられるなんて想像できないのに。」
青年…もとい、その即戦力左腕である友部の問いに、雷蔵も思わず顔を顰めた。
自分とて、自慢の息子があんなにも簡単に抑えられるとは思わなかった。
それこそ、当時ドラフト候補でもあった真中を打ち砕いたときには。
都内には、成宮以外の敵はいないと思っていたくらいだ。
しかしまあ、怪物というのは案外近くにいる。
「つくづく、因縁がありますよね。」
声、今度は友部とは違う。
ここ2年間、雷市と同様チームの柱として本当にずっと聞いてきた声。
このチームのもう1人の柱である、エースの真田である。
「ったく、気楽に言ってくれるぜ。これで勝たせなきゃいけねー俺の身にもなってくれよ。」
「後援会もいますしね。」
そんな雷蔵でも、少しの期待。
それこそが、この2人の柱が暴れてくれること。
エースである真田は、甲子園でも投球の質の高さを見せた。
決め球であるシュートにも磨きがかかりつつ、ストレートの球威も増している。
球速も冬のトレーニングを経て、ベースも140中盤まで出るようになった。
下半身が安定し、制球も改善。
今までインコース主体だったものも、左打者の外に逃げるシュートが有効的に使えるようになってきた。
上手くハマれば、強豪相手でも大量失点はしない。
それくらい、最近の真田は技術メンタルともに完成しきっている。
あとは、雷市。
全国でも有数のホームランアーチストという評価を受け、さらに進化をした彼が、何とかしてくれれば。
「それ以外、方法ねえよなぁ。」
そう言って、雷蔵が頭を掻き毟る。
ただ少しの可能性を信じるしか、ない。
こと野球に関しては現実主義な彼ですら、それを願う他ないほど、強敵であった。
対してエースの真田は、こう言う。
「まあ、分かりやすくていいじゃないすか。どうせ強い相手倒さなきゃ、上には行けないんす。それが少し、早いだけの話ですよ。」
そんな楽観的なセリフに、思わず雷蔵はため息を吐きたくなる。
しかしそれを止めたのは、真田の表情を見てすぐのことだった。
(ったく、どうしたらこのトーナメントを見てそんな表情が出来るんだか。)
キラリと鈍く光る黄金色の瞳。
その口角は、若干ながら上がっている。
既に燃えているのか。
その瞳と表情は、やはりあのときの彼らの表情に酷似している。
「負けの言い訳なんざ、あとで幾らでもできっからな。今はただ、勝つことだけを考えるしかねえ。」
そうして、雷蔵はトーナメント表を置いてベンチから離れた。
「オラてめえら!真田が負けられねーってっからよ!20点取れるくらい振り込めよ!」
雷蔵の檄に、選手達が声を上げる。
そんな最中、エースは静かに闘志を燃やしていた。
(あの時。一緒に投げた時からずっと思ってたんだ。同じマウンドで、お前みたいなアツい奴と投げ合いたかったんだ。)
ぐっと、拳を握り込む。
そして、星々が煌めく空へと目を向けた。
(見てるんだろ、頂点を。なら、話は早い。)
握りしめた手を、そっと空へと向けて、開いた。
(紛れもねえ最強のエース、ぶっ倒して頂点を取らせて貰うぜ。)
真田の胸に、闘気が宿る。
正に、激アツ。
燃え上がる心の炎に、真田は再び笑みを浮かべた。
アメリカチームとの試合の時点で察している方もいると思いますが、今回真田は怪我をしてません。
全開の状態です。