早朝。
最後、夏の大会の開会式を控えた俺は、いつもとなんら変わることなく明け方の空を見上げた。
「っし、行くか。」
軽くストレッチをして、ゆっくりと走り始める。
夏場だからか、すでに日は登っている。
しかしまだ日が登って間もないためか、心地よい。
開会式とはいえ、俺たちはシードのためここから1週間試合はない。
しかしこのランニングは、いつもの日課。
所謂ルーティーンというもの。
調子を維持するためにも必要な工程として、毎日行う。
一年生の時。
体力がないと御幸に言われて始めたランニングも、気がつけば俺の日課になった。
今ではこれもまた、心地いい。
「おはようございます、夏輝さん!今日もタイヤ日和ですね!」
「おはよう。確かにいい天気だな、タイヤ日和かはわからんが。」
そして沢村がくる。
いつも通り。
彼はタイヤを引きずり、俺はそれと一緒に走る。
これもあと何回か。
もう終わりが見えてきた。
寂しさすら感じつつ、いずれ終わるこの高校野球に悔いを残したくないと、俺は改めて感じた。
続いて降谷が合流し、彼も共に走り始める。
そして野手もポツポツと外に出てきて、練習を始める。
いつも何処かで。
必ず誰かが練習をしている。
俺たちだけではない。
もっとずっと前。
この青道高校が強豪と言われた頃には出来上がっていた、この風景。
俺の一つ上も、東さんの代も。
さらに遡って、監督が現役の頃も。
紡がれて、継承されて。
そして今に至る。
このチームにとっての当たり前。
貫いて、ここまできた。
それはこの夏も変わらない。
そしてこれからも。
「よし、行こう。」
白州の合図に、皆が頷き準備をする。
それぞれが己のユニフォームを身に纏い。
これから最後の熱戦を繰り広げる舞台へ。
バスに乗り込み、神宮球場へ。
俺はいつも通り、御幸の隣で会場へ向かう。
「案外緊張してねーな。」
「まあ、今日はまだ試合ないしな。それに今更。」
やり残したことはない。
もうここまでやってきたことを、やり遂げるだけだ。
「行こうぜ。」
「ああ。」
全国高校野球選手権大会西東京地区大会。
良くも悪くも印象の残るこの球場。
俺からしたら、あまりいい思い出ではないが。
しかしここが、決戦の舞台になる。
ちなみに開会式は東西合同で行うため、ここには都内総勢250近くの高校が集まっていることになる。
そして神宮球場に集結して試合をするのは準決勝以降。
まずはここに戻ってくること。
そうでなければ話にならない。
バスを降り、辺りを見回す。
人口密度が夏場の湿度と相まって蒸し暑さを倍増させている。
しかし、嫌な暑さではない。
これもまた、「熱気」か。
ちらほらと見える知った顔に、軽く会釈をする。
あれは成孔、相変わらずでかいな。
それに帝東の乾はアメリカ代表との試合ぶりだな。
そしてすぐ。
俺の前に現れたのは、市大三校の背番号1。
「投手として相見えるのは初めてだな、天久光聖。」
「大野だっけ。投げあうの楽しみにしてるよ。」
天才、天久光聖。
最速150キロオーバーの直球と高速で変化する縦スライダーと切れ味のある変化球が武器の本格派右腕。
おっと、あれは。
馴染みのあるその顔を見て、俺は思わず足を止めた。
「よう。」
「真田。」
いつものような、軽い空気ではない。
明らかに、こちらを意識している。
それもそうか。
相手からしたら、最初の関門。
秋からの因縁の相手と言うべきところか。
真田の表情が物語っている。
笑顔ではあるものの、なんとなく目が据わっているような感じがする。
早くも臨戦体制というわけか。
互いに目線を合わせる。
どうやら俺はこの真田と何かと縁があるらしい。
そして、なんとなく波長が合うのだ。
俺をじっと見据える真田。
彼に対して俺は、真っ直ぐ目を見て答えた。
「そう焦るなよ。すぐに相対することになる。」
すると真田もまた、口角を上げて答えた。
「…お前と投げること、楽しみにしてるよ。」
そうして、彼は離れていった。
「なんか、雰囲気違いましたね、真田さん。」
「まあな。それだけ入れ込んでいるんだろ。」
完全に戦う顔をしていた。
最後の大会だからな。
青道のエースが俺であるように、今年の薬師は真田のチームだ。
轟もそうだが。
それ以上に、チームの最後の砦としていつも支えた。
薬師がここまでどんな苦難と戦ってきたかは俺にはわからない。
しかし、それでも。
この夏に入れ込む気持ちはきっと、俺たちと同じはずだ。
面白い。
ならその思いも共に、ねじ伏せる。
勝つのは俺だ。
俺たちだ。
そしてその間も無く。
やはりこの男は、俺の前に現れた。
「や、久しぶりじゃん。」
「一ヶ月ぶりだろ。お前のホームグラウンドであってんだから。」
先の春の都大会では圧倒的な投球で、帝東に対して1試合15個の奪三振を奪った怪物投手。
関東大会でもその圧巻の投球は全開。
猛者だらけの大会で防御率0.00と完全に試合を掌握しつづけた。
キングの名の下、敗北を糧にさらなる進化を遂げて復活を果たした、まごう事なき世代最強左腕。
「何もいうまい。決勝で会おう。」
「マウンドで語ろうってわけね。お前らしいよ。」
俺の因縁の相手であり、倒すべき相手。
勝たなければならない、相手。
「じゃあな。また決勝で。」
「うん。またね。」
そうして、稲実の面々とも別れる。
倒すべき相手。
それがいざ前に出てくると、実感する。
こいつらを倒してようやく、頂点が見えるのか。
そう考えると、道のり険しすぎる。
「ほんと、頼むよ。打ってくれなきゃ勝てない。」
横にいる4番で女房役の男に、そう投げかける。
ハナから心配はしてないけど。
最近の好調を見る限りは、打線が全く打てないということもまず無いだろうし。
「分かってる。去年みてーに見殺しにはしねえ。」
「鳴からは3.4点取ってくれりゃあ嬉しいな。」
「冗談きついぜ。」
半分は、冗談。
半分は、本気で思ってる。
まあ実際、今の成宮からそう点を取るのは容易くないだろう。
それこそレベルで言えば、本郷クラス。
世代最強、超高校級というに相応しい左腕である。
でも、去年のことがある。
俺も1点も取られる気はないが、取ってくれるに越したことはない。
何にせよ、強豪揃いの魔境トーナメント。
だがそれを勝ち抜いてこそ、意味がある。
まずは薬師の真田と轟。
そして市大の天久。
最後に、成宮鳴。
こいつら全員に投げ勝って、甲子園。
頂点まで行かせてもらう。
(約束みたいなものも、あるしな。)
次世代最強の怪童との約束を胸に仕舞い。
俺は、神宮球場の中へと赴いた。