「うーし、お前らみっちり振り込めよ!今更おせーなんてことはねえ、最後まで諦めねえやつが最後に笑えるんだ。」
試合まであと1日。
そんな中、薬師の監督である雷蔵は頭を抱えていた。
明後日になればもう試合が始まってしまう。
口ではこう言っているものの、そう簡単に奇跡が起きないということは重々わかっていることであった。
この甲子園の予選。
3回戦に当たるこのカードでぶつかるのは、まさかの甲子園優勝校。
どちらにせよ頂点に向かう際、当たるのはわかっていた。
しかしできれば。
決勝など彼らが少しでも消耗してる時にあたれれば、そう思った。
(まあ層が薄いのはこっちだしな。向こうは大会初試合だし、こちらも消耗してないって考えれば…)
そんなことを思いつつ、雷蔵はその甘い目測を振り払うように頭を掻きむしった。
甲子園の緊迫した舞台で、それも優勝候補筆頭の巨摩大藤巻から接戦の末に勝利しているのだ。
そんなチームが、初戦に固くなるなんてまず考えにくい。
やはり、ガチでやるしかない。
せめて奇襲でも。
打順を変えて先手を取るか。
恐らく予測はされているだろう。
敢えて雷市を初回に確実に回るように3番までに置くのも良いのだが。
残念なことに相手先発予定の男は、立ち上がりが悪くない。
それならば、彼らも今までと同じ立ち位置の方がやりやすいだろう。
ここは手堅くいくべきか。
いやしかし。
ただでさえ低い確率なのに、アクションを起こさなければ。
(勝つ喜びを知っちまってんだ。そんな奴らがいるのに、俺が最善を考えなくてどうすんだ。)
社会人野球で40を超える歳まで現役を続けた。
引退をきっかけに職を失った自分の第二の野球人生として始めたこの薬師の監督生活。
はっきり言って、その勝負の年はこの年だ。
圧倒的な打力を持ちながら、真田というエースを要するこの代が、はっきり言って最大のチャンスだったりする。
だがはっきり言って相手が悪すぎる。
青道高校。
西東京地区の三大強豪校の一つであり、今年に関しては甲子園を制覇するという。
文句なしの、最強。
世代最強の右腕のエースを筆頭に、充実しすぎている投手陣。
堅牢な守備陣、そして抜け目なくパンチ力のある攻撃力。
さらに手堅い。
バントからエンドラン、足を絡めた戦法も加えてくる。
接戦をモノにする力も、一気に突き放す力もある。
チーム全体が勝負強い。
だからこそ、強豪なのだ。
以前までは打の青道、攻撃力はとんでもないが投手陣が決壊していると言われていた。
そこに優秀な投手が加わるということは。
思わず雷蔵もため息を吐きそうになったが、それを飲み込んで腕を組み直した。
(俺は監督だ、どんな状況でもチームを勝たせなきゃならねえ。)
諦めるなんてもってのほか。
ただ勝つことだけを、そのために何をするかだけ考える。
守備の面では、まず打線。
上位打線に何もさせないというのが、大事。
先頭の倉持が出た際に得点に絡むことが極端に多い。
塁に出た際に揺さぶりから盗塁など前の塁に進む技術も高いため、できれば出したくない。
打者としては普通のため、これはまずランナーとして出したくない。
あとは、クリーンナップ。
3番の小湊はアベレージ型だが、外野の間を抜く長打が非常に多い。
得点圏での打率も高く、倉持が出塁した後に打点を根こそぎ奪っているのが大抵こいつである。
あとは、4番の御幸。
チームの本塁打稼ぎ頭であり、打点乞食。
長打が多く安定感も出てきたため、今年のキャッチャーの中ではダントツ一位の評価を得ている。
チャンスでの強さは健在。
直近の試合では、得点圏にランナーを置いている状態では歩かされている場面が多々見受けられた。
一番、勝負したくない。
この男とまともに勝負していてはまず、どこかでやられる。
5番の白州も、高いミート力も長打もある巧打者。
ケースバッティングができる上に対応力も高いため、何かと得点に絡むことが多い。
他の打者もしぶとい打者が多く、パンチ力があるため本当に油断ならない。
色々な種類の打者がいるためこれもまた、抜け目ない。
しかし、クリーンナップ以外は率が高いわけではない。
変に気を抜かなければ、失点はしにくいだろう。
最悪、御幸は歩かせていい。
それくらいの気概で、雷蔵は考えていた。
(問題はそこじゃねーんだよなあ。)
そうして、手元にある資料に目を向ける。
そこに書かれたのは、甲子園で投げていた相手エースの大野夏輝の情報。
しかしこの大野こそが、難題であった。
キレのあるストレートをコースギリギリに制球し、高速の変化球で空振りを奪う。
本格的にピッチングを目にした夏の大会では、最速135km/hほど。
雷蔵としても、軟投派のイメージがあった。
しかし、甲子園で投げた最速は140km/h。
エンジンがかかったときの彼は、既に本格派投手の片鱗を見せている。
まあ実際、昔から投球スタイルは本格派そのもの。
キレのあるストレートを軸にしながら、落差の大きい変化球で空振りを奪う。
それで自慢の息子は、3打席連続三振を食らっている。
完投能力も高く、長いイニングを高い質で投げることができる。
そのため重要な場面で先発し、打者を手玉に取りながら最後まで投げてくるのだ。
調子の善し悪しは少ないが、稀に極端に絶好調になることがある。
昨夏の稲実、成宮との投げ合い。
センバツでの、巨摩大藤巻の本郷と投げあった時。
何れにしても、強豪の超高校級投手との投げ合い。
そして、いずれも凄まじい投手戦による接戦。
恐らくは、エース級投手と投げ合う時に真の力が引き出される。
および、崖っぷちの投手戦のような緊張感のときの試合に発揮される。
つまりまとめると。
ノビのあるストレートをコーナーに決めながら、同じ軌道とスピードで変化する大きい変化球を投げ分けつつ、ランナーを背負うとギアを上げて三振を奪い、最後の回まで高い強度で投げ続ける。
なんともまあ、鬼畜仕様である。
(だが、全く打てないわけじゃねえ。雷市と秋葉に関しては恐らくギアをあげてくるだろうが、他は多少手を抜くはず。そうでもなきゃ、夏のこの球場で9回なんて投げきれねえ。)
俺の想定だが。
そう心の中で付け加えて、雷蔵はグラウンドでバットを振る選手たちに目を向けた。
大野の性質上、というよりは、できるだけ失点をしないようにクリーンナップや各チームの要注意の打者に対しては高い出力で投げている印象がある。
この薬師では、チーム内トップ。
いや、今の西東京地区で見てもトップクラスの打者である雷市。
そして、高いミート力を誇り雷市の次に出塁能力の期待ができる秋葉。
この2人が、要注意人物として警戒されるのは間違いない。
時点で強打者の三島と、クラッチヒッターの真田か。
裏を返せば、そこ以外の打者に対してはある程度抜いて投げるはず。
下位打線でなんとか塁を埋めて、上位で勝負せざるを得ない状況を作る。
全打席、雷市と勝負すれば必ず事故が起きる。
だからこそ、逃げさせない。
無論勝負を避けるとは思わないが、重圧をかけて勝負させ続けることで終盤の疲弊したタイミングで連打をすることができれば。
或いは、一発。
得点圏にランナーを置いている状態ではギアを上げてくるが、ランナーを置いていない状態。
力としては、抑えている状態。
そこでいきなり攻め立てること。
以上の二つが、得点を奪う可能性がある攻め。
あとはクイックが遅いため盗塁も狙いたい。
のだが、御幸の盗塁阻止率と大野の牽制の上手さと技術を見るに簡単には走ることができない。
トルネードという走られやすいフォームながら、思っている以上には走られていないのだ。
だからこそ、結局はバットで返すしかない。
ヒットかホームランでなんとか、得点を奪う。
そして試合を勝つ最大の条件こそが、大量失点しないこと。
理想は、無失点。
相手打線も強豪と考えれば、まず無理だろう。
2失点まで。
それが、雷蔵が真田に託した目標値であった。
(波乱を期待しなきゃいけねえ実力差だってのはわかってらあ。)
しかし、妙な期待感がある。
それこそ、真田俊平の存在だ。
もし彼が圧倒的な投球で試合を掌握し、会場の雰囲気をこちらに取り込むことができれば。
何か起きるのが、高校野球。
波乱も、大番狂わせも。
この真田の出来次第で、試合が決まると言っても過言ではなかった。
(綺麗な勝ちなんていらねえ。みっともなくても構わねえ。泥臭く、這いつくばって、最後の最後まで噛みついてやる。)
そうして雷蔵は、腹を括ったようにベンチから出た。
「雷市!秋葉!マス!ちょっと来い!」
ダークホースから、強豪へ。
センバツベスト4の挑戦者が、最強の相手へと挑む。