「真田はストライクこそガンガン取ってくるが、決してコントロールの良い投手ではない。早打ちはせず、甘い球を待つ。粘り強く好球必打。お前たちなら出来るはずだ。」
初回を3人で止めた青道高校、その裏の攻撃。
まずは先頭打者である倉持が、打席の準備を始める。
瞬足のリードオフマン。
高い走塁技術に裏付けされた塁上での立ち回りは、その強打の青道の加速性へ一役かっている。
「だが、中途半端なスイングでは返って真田をリズムに乗せかねない。しっかりと強く振り切り、内野の頭を超える打球を狙っていけ。」
監督である片岡に耳打ちされ、倉持は小さく頷く。
打席では、平均値。
しかし塁に出れば、水を得た魚が如く活躍する。
マウンドには、薬師のエース、真田俊平。
力強いストレートと、近い球速で変化する高速変化球で打者に敢えて打たせるピッチャー。
その熱気と闘魂は、投球スタイルと相まって打者に立ち向かっていく姿が、薬師という挑戦者的なチーム形状を象徴していた。
(立ち上がりはあんまり良いイメージねえよな。中継ぎメインだったってのもあるけどよ。)
多少のムラッ気はあるものの、安定感のある投手。
しかし立ち上がり自体は制球が安定していないケースがある。
初球、真ん中付近に来たら狙う。
そう頭の中で整理し、左打席に立つ倉持はバットを掲げた。
まずは初球。
ワインドアップから放たれたストレート。
力強い彼の、文字通り真っ直ぐが倉持の胸元に決まった。
「ストライク!」
コース、キレ。
共に初球とは思えないほど、完璧なボール。
同時に、イメージよりもかなり速度があると倉持は感じた。
(ストレート強いな。でも、これに合わせねえと。)
2球目。
今度は同じようなコースから、少しインコースに落ちるカットボール。
完全に詰まったものの、一塁線切れてファール。
テンポ良く投げ込まれ、早くも追い込まれる。
これが真田の、強み。
ストレート狙いの打者に対して高速の変化球で打たせてカウントを取れる。
3球目。
外に少し外れているボールを我慢し、1-2。
最後はインコースのツーシームを打たされる。
高いバウンド、瞬足の倉持なら十分内野安打も有り得る。
だがそれを阻んだのは、この薬師のもう1人の柱であった。
「カーッハッハ!」
サード轟の軽快なチャージ。
グローブで取れば間に合わないと判断すると、ベアハンドでボールを掴み送球。
少し高くなった送球を三島がしっかりと掴み取る。
際どいタイミングはアウト。
まず先頭の倉持は、守備のファインプレーもありサードゴロに抑えて見せた。
悔しそうな表情を浮かべながら、倉持は次の打者である大野の元へと向かった。
「惜しかったな。」
「やられたわ。ヒット一本損した。」
しかし、重要なのはそこではない。
彼が大野に伝えたかったのは、その真田の気迫と。
打席から見えた、彼の様子であった。
「今日の真田、やべえぞ。」
「やばいって、何が。」
「打席であいつの面見りゃわかる。お前ならな。」
倉持からの言葉に、何となく心当たりがある。
そしてそれが本当に当たっているとしたら。
相当厳しい闘いになる。
(できるだけ粘りたいが、どうかな。)
倉持の反応を見るに、かなりストレートは走っている。
コントロールも大荒れではないし、むしろ多少荒れてる方が彼としては強みになる。
マウンド上、プレートの一塁側一杯に仁王立ち。
少し深く被られた帽子の鍔から見え隠れする黄金色の瞳。
少し伸びた襟足と彼の切れ長の鋭い目付きは、どこか野性味というか少し危なげな荒々しさを著している。
胸の前に置かれたグローブ。
そこから腕を天高く振り上げ、頭の後ろで抱えるように腕を組む。
腕を胸の前に戻しながら全身を半回転させ、足を上げて静止。
(…来る。)
突如として襲いかかる、寒気。
真田から放たれているプレッシャーか、それを直に受けた大野は思わず身構えた。
高く上げられたグローブ。
そこから地面を弾くように踏み込み足で蹴り上げる。
「っらあ!」
外角ストレート。
胸元に走る直球を振りにいくも、振り遅れて空振り。
速い。
やはり大野も、倉持同様そのストレートの速さに驚嘆した。
(140中盤。いきなりこのスピードか。)
速度で言えば、剛腕で言われている天久にも近い球速である。
さらに、この強さ。
球速以上に、力強さを感じる。
手元で伸びるキレと、強度の高さ。
このボールこそ、彼が冬に最も進化させたボールである。
同じようなボール。
バットの先に当たり、これはファール。
しかしここから大野が粘る。
インコースに投げ込まれたストレートをファール。
そして4球目もまた同じようにカットしてファール。
5球目、今度はカットボール。
食い込んでくるこのボールもバットに当てる。
6球目、少し抜け気味のストレートが外れてボール。
(こいつ、しつこいな。)
(2番を任されているからには、仕事はさせてもらう。)
投げている真田も、なんとなく大野の意思を汲み取り、内心で舌打ちをする。
明らかに、長打を狙っているスイングではない。
むしろ、ヒットすら狙っていないように感じた。
できるだけ相手投手の情報を引き出し、投手が嫌がることをする。
(まあ、いいや。決めようぜ秋葉。お望み通り全力投球で。)
(…わかりました。ここは全力で。)
そうして構えられたコースは、真ん中高め。
コースは気にせず、力でねじ伏せる。
センバツでも追い込んでからの力強いボールで、抑えていた。
ワインドアップ。
帽子の陰から若干見えた表情に、大野は目を見開いた。
勝負の7球目。
最後は、146キロの直球で空振り三振に切って取られた。
(こいつも、目覚めたか。)
投げ終わり。
勢い余って右足が振り上がる。
その姿を見て、相当力を入れていたことが見てとれた。
何より、その表情。
どこか余裕があり、見下ろしている。
煌めく瞳は、成宮や天久。
そして、大野と同じ表情が酷似していたのだ。
更に3番、アベレージヒッターの小湊も内に食い込みながら沈むツーシームを打たせてセカンドゴロ。
大野同様、初回を3人でピシャリと抑えて3アウト。
高い得点力を有する青道を完全に見下ろす形で、三者凡退に仕留めてみせた。
「ナイスピッチナーダ先輩!」
「愛してるぜ真田ー!お前ならやってくれると思ってたぜ!」
「出来すぎなくらいですよ、監督。」
薬師ベンチは、エースの圧巻の投球に大盛り上がり。
先制の許せないこの試合。
その心配を振り払うような、圧倒的な投球は薬師ナインの大きな勇気になった。
あまりに長い、投手戦の予感。
未だ地区の3回戦ながら、全国でも高いレベルの試合が展開されようとしていた。
「なるほど、倉持の言っていた意味がわかった。」
守備の準備を忙しくするナイン。
各々が駆け足で守備位置に向かっていくのを横目で見ながら。
「こちらの」エースもまた、悠然とマウンドへ向かった。
急ぐでもなく。
ただゆっくりと。
まるでこの試合の中心は自分だと言わんばかりに、自分勝手に歩いた。
マウンドへと到達し、静かに空を見上げる。
会場の熱気、そして夏の気温。
この球場異様な空気を感じ取りながら、大野はゆっくりと目を閉じる。
声の圧。
細かいところまで聞こえる訳では無いが。
やはり、薬師の方に流れは傾いている気がする。
どうやら皆、この薬師というチームが相当好きらしい。
挑戦的で、攻撃的。
そしてロマン溢れる2年生スラッガーに、炎のエース。
力で劣る部分を勢いでカバーする姿、立ち向かう姿は観客にとって応援したくなる要素なのだろう。
(まあ、俺には関係ないか。いや。)
ひとつ息を吐き、ゆっくりと目を開ける。
青く輝く空。
これが、夏の空。
(俺達には、な。)
そしてその青空と同様。
大野夏輝の瞳もまた、青く輝き始めた。