試合は、両投手の好投もあり0-0と両者得点が動かず。
強力打線を掲げる二校の打線は、それぞれ二校を象徴するエースによって抑え込まれていた。
試合は早くも中盤戦。
夏場の太陽が高く昇った、4回の表。
変わらずこの男が、マウンドへと上がった。
「轟からな。ヒットは最悪OK、ホームランだけは勘弁かな。」
彼の女房役であり、4番。
投手の代表がエースである大野だとしたら、間違いなく野手の代表。
その御幸の言葉に、エースは首を横に振った。
「それこそ余計な考えだ。抑えることだけを考える。」
「最悪って言ってんだろ…、って聞いてねえか。」
溜め息を吐き、御幸は右手で頬をかいた。
「分かった。じゃあ俺が構えたとこに、強いボール投げてこいよ。そうじゃねえと抑えられねえ相手だかんな。」
「当然だ。」
そうして、大野は口元に置かれていたグローブを御幸の前に突き出した。
「やるんだろ、相棒。付け上がっているあいつらを真っ向から叩き潰してやろう。」
「行こうぜ、エース。」
笑顔の大野のジェスチャーに、御幸も答えるように笑う。
そして突き出された左手のグローブに、己のミットをトンと当てた。
(速いボールへの対応力は最高。だけど、緩急に強いイメージはあんまりない。まずは、これ。)
(OK。)
初球、バックドアのカーブ。
縦気味に落ちる緩いボール、これを轟は当ててくるもファール。
(やはり振ってくるか。)
(だろうな。積極的に振る打者だし、基本速球に張ってる。ここはしつこく。)
2球目、チェンジアップ。
外低めに緩いボールを投げる。
甘く入れば、棒球。
しかし、そのコントロールを間違える投手ではない。
これも轟はスイングを崩され、ファールとなった。
しかし。
崩されているとはいえ、鋭い打球。
フェアゾーンに飛べば長打となっていただろう。
(気にするな。ヒットにならなきゃいいんだろ。)
(ああ。追い込んでいるのはこちらだからな。)
カウントは、0ボール2ストライク。
早い段階で追い込んでいる為、かなり投手が有利なカウントである。
使えるボール球はあと3つ。
あとは、如何様にも料理出来る。
(どうする?)
(餌は撒いただろ。ここで捩じ伏せるための、な。)
僅かに口角を上げ、大野が頷く。
対してサインを出した御幸は、溜め息を着きそうになりながらミットを開いた。
技術的なことは、繊細に。
しかし心は、大胆に。
あくまで強気に、攻める。
(まだ始まったばかりだろ。まだ強くなるんだろ。このチームは。)
狙ったコースは、内角低め。
インコース若干ボール気味だが、轟なら確実に振りに来るはず。
そしてバッテリーの見立ては寸分違わず当たる。
振り遅れたバットを通過した白球は、乾いた破裂音を鳴らしながら御幸のミットに収められた。
(ここで止まる訳にはいかねえんだよ。どんな奴が相手だろうとな。)
勢いのあまり、ポトリと落ちる青い帽子。
そこに収められていた銀髪がふわりと舞うと同時に。
マウンド上のエースの咆哮が、木霊した。
先程の打席とは打って代わり、完全に振り遅れた形で崩された轟。
そしてマウンド上では、右足を振り上げて吼える大野。
あまりに大きすぎる力の差。
流石の轟もまた、らしくなく表情を歪めた。
強打者轟に対して、まさかの2打席連続三球三振。
続く真田もストレートで見逃しの三振。
更に最後の打者である三島に対してもアウトハイで吹き上がるカットボールを振らせて空振り三振。
この要警戒の上位打線に対して、全てのアウトを三振で。
所謂三者連続三振で、力の差を見せつける。
その圧巻の投球と気迫。
更に言えばこのマウンド上での所作。
全てにおいて、薬師を圧倒していた。
しかし、この大野のピッチングに。
もう1人のエースが。
激アツなこの男が、燃えないはずがない。
(そうだよ、それでこそ倒し甲斐が有るってんだよ。)
帽子の鍔に触れながら、ベンチから駆け出す。
少し踏み荒らされた、マウンド。
そこから見下ろすようにして、打席に入る小湊を見る。
木製バット使いの、アベレージヒッター。
チーム内でもトップクラスのバットコントロールを有しており、それを生かしたしなやかな打撃で勝利に貢献してきた。
(懲りねぇな、こいつも。やっぱりその木製にもなんかポリシーみたいなのあるのかな。)
まずは、外。
力強いアウトハイの真っ直ぐは球速も出ており、このボールに小湊は空振りした。
(やっぱり、速い。去年よりもかなり球速が上がってる。)
続くボールは、インコース。
これも速球、小湊はなんとかバットを当てるも前に飛ばずファールとなる。
全体的に、球は高い。
甘いボールもちらほらあるのだが、それでも勢いのある強いボールに中々青道打線も打ちあぐねている。
何より。
(まあ、なんでもいいけどさ。)
この、真田の気迫が。
そして、覇気が。
(そのプライドごと、へし折ってやるよ!)
最強と名高い青道に、牙を剥いた。
「っ!!」
先程のストレートと同様のコース。
そこから高速でインコースを抉るように変化するシュートに小湊もバットを出してしまう。
インコースを抉った真田の決め球は、小湊のバットの根元を抉り。
その力と相まって、彼の木製バットをへし折った。
まずは、力ないショートゴロで1アウト。
なんとか口火を切りたい青道の攻撃、打席には主砲の御幸が入る。
(あー、やっぱりこうなっちまうよな。)
ヘルメット越しにマウンドの真田を見ながら、御幸は若干溜め息をつきそうになった。
凄まじい闘魂と、勢いのある投球。
そして、絶好調の大野の副産物というか、デメリットに近い特徴。
自分の投球に相手を呼応させてしまい、底力を引き出してしまう。
昨年夏の成宮といい、巨摩大藤巻の本郷といい。
彼が絶好調のときには、投げ合っている相手投手までも力を漲らせてしまうのだ。
(まあこればかりは何とも言えねーけど。迷信みたいなもんだし。)
しかし、それを裏付けるような内容。
この真田も、試合を通して被安打はたったの1つ。
あとは3回に出したフォアボールのランナー以外は、走者すら許さないピッチング。
特にクリーンナップに対しては圧巻の投球を見せていた。
(ま、打てない言い訳にはならねーな。)
そうして、御幸は肩にかけていたバットを掲げた。
真田の持ち球は、フォーシームを抜いて3種。
利き手側に抉り込むように曲がるシュート。
これが彼の生命線であり、1番自信を持っているであろうボール。
それと反対側に小さく曲がるカットボール。
あとは、若干シュート方向に小さく縦に落ちるツーシーム。
全てゴロを打たせるのに特化したボール。
インコースを詰まらせる、若しくは外角を引っ掛けさせる。
さらに選抜を経て、左打者への外の出し入れを磨いてきた。
(選択肢を減らすためにできればシュートを打ちたい。その為にはまず、ストレートに着いていく。)
ここまで彼のストレートは、平均で約145km/h前後。
さらに体重が乗っているフォーシームは、球速以上に体感速度が速く感じるのだ。
しかしここも、真っ直ぐ。
何とか食らいつくも、ファール2つで早くも追い込まれてしまう。
やはりクリーンナップに対してはギアを入れている。
その証拠に、御幸に対して投じた2球目は、147km/hを計測していた。
3球目、インコースに変化するカットボール。
これも当たり損ない、しかし一塁線上手く切れてファール。
4球目もインコースのストレート。
これは捉えたものの、ファール。
しかし、立て続けのインコースで目付けされてしまった。
最後は外から逃げる方にボールゾーンへと曲がるシュートに空振り三振で御幸の打席は終えた。
続く打者は、白州。
御幸とともにチームを支える主将、打撃でもパンチ力と緻密さともに持ち合わせた好打者であり、高いミート力と選球眼での出塁率はスカウトも高く評価している。
が、真田はその上をいく。
力の入れたストレートをゾーンに集めて、テンポ良く追い込む。
何とか粘る白州に対して、真っ向から攻めの姿勢。
8球目、最後は高め。
インコースの厳しいコースに続けた後の外角高めは力強く、秋葉のミットを鳴らした。
「っしゃあオラァ!」
普段よりも、力強い咆哮。
小気味良い破裂音が鳴り響くと同時に、真田が左手のグローブをパンと叩く。
正に、炎のエース。
灼熱のグラウンドで狼は、牙を剥いた。
チームを鼓舞し、ベンチへ舞い戻るエース。
真田の向かっていく姿勢はベンチだけでなく、番狂わせを期待する観客たちにも熱を伝染させる。
会場は大盛り上がり。
やはり球場の雰囲気は、薬師に若干傾いていた。
しかしその指揮を執る雷蔵は。
圧巻の投球による代償を懸念していた。
(明らかにオーバーペースすぎる。ここいらでペース戻さねえと持たねえぞ。)
普段は打たせてとる投球で球数を抑えながらチームの流れを作る投球。
しかし今日は青道にどうしても流れを渡したくないからこそ、強引に力強い投球でムードを掻っ攫った。
それはいい。
絶好調の真田だからこそ今の青道を捩じ伏せられているし、それ以上にこの会場の空気を味方にできているのは大きい。
だが。
慣れない三振を奪う投球。
そして、炎天下のグラウンド。
さらに言えば、元から抱えている下半身の怪我。
不安要素は、あまりに多すぎる。
今のままいけば、ふとした拍子に一気に喰われる。
だがここで真田を落ち着かせては。
リズム良くいけているこの場面、却って調子が変わりかねない。
今の状態なら、心配はいらない。
だが、隙を見せれば。
見逃してくれる甘いチームじゃない。
(真田が適度に楽できるにゃあ、点を取るしかねえ。真田が作った空気、何とかして物にしねえと。)
淡い期待を抱き、顎に手を当てる。
何とかして得点が欲しい。
欲は言わない。
1点でも、先制点が欲しい。
しかし。
この試合の主役は。
(流石だよ。すげえ投手だってのはわかってたけど、はっきり言って俺もここまでやるとは思わなかった。)
ただ淡々と、チャンスを待つ薬師の打者たちを、薙ぎ倒した。
(甲子園にもお前以上にアツいやつはいなかった。だからこそ、認識は改めさせて貰う。)
そして真田にやり返すと言わんばかりに。
大野は、同じようにグローブを叩いた。
(日本一アツいエース真田俊平、全身全霊をかけてお前を捩じ伏せる。)
キラリと煌めく紺碧の瞳。
吸い込まれるような深みを持つ宝石のような綺麗な瞳に、雷蔵は思わず舌打ちをした。
日は、最高地点。
真夏のこの地方球場は、既に32℃を計測していた。