燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

185 / 283
エピソード182

 

 

 

 

(暑っついな、流石に。)

 

 

額を通り過ぎ、頬を伝って流れ落ちる汗。

それを右肩の袖口で拭い、マウンド上の大野は溜め息をついた。

 

 

気温は既に32℃。

 

テンポよく試合は展開されているが、終盤まで来るとかなり疲れも出てくる。

 

例に漏れず、この大野も余力は残しているものの、若干の疲労感は感じていた。

 

 

 

「どうだ、体調は?」

 

 

女房役である御幸が、確認も兼ねてそう問う。

 

ここまでの投球内容は、6回を投げて無失点。

付け加えるなら、被安打2四死球0の10奪三振。

 

強打がウリの薬師に対して、これでもかと言うほどの圧倒。

 

 

だがそれは、裏を返せば常時全力投球で向かっているということ。

 

ある程度ギアを上げて投げている上に、相手は強打の薬師。

肉体もそうだが、真っ向から闘えば精神的にも圧力がかかって疲労感に拍車をかける。

 

 

加えてこの気温。

不安になる要素は、多い。

 

とはいえ、御幸は必要以上に心配することはなかった。

 

 

「漸く温まってきたところだ。真田も全力で来てくれているし、俺もそれに応えなきゃ失礼に当たる。」

 

 

そう言って笑う大野に、御幸もホッとする。

 

雰囲気的にも、強がっている訳では無い。

球の力も全く問題ないし、寧ろ力は増している。

 

 

これが、好投手と投げ合っている時の大野夏輝。

 

そしてその対象に真田が加わったことが、彼の大きな成長を意味していた。

 

 

(夏輝がここまで燃えてんのは相当久しぶりだぜ。それこそ、本郷のとき以来だよ。)

 

 

 

勿論、この真田という好投手との投げ合いが大野の真の力を引き出しているのは間違いない。

 

しかしそれに上乗せするような条件が、もう1つ。

 

 

それが、この舞台なのだ。

 

 

 

(やっぱり、夏はいい。これくらい暑いほうが、燃える。)

 

 

 

暑い。

だがそれがまた、大野の調子を上向かせる。

 

本人の名前にあるように。

 

 

 

彼は夏に輝く。

 

 

 

(さあ。蹴散らすぞ。)

 

(悪ぃけどここは球数使うからな。見下ろすなら、取れるところは三振で行くぜ。)

 

(甘く見るな。まだスタミナも余裕はある。)

 

 

 

真夏の青空の下。

彼の澄んだ紺碧の瞳が、水晶のように輝く。

 

深く被られた帽子の影から微かに見え隠れする端正な顔立ちから笑みが溢れる。

 

 

 

彼が絶好調の時の、証。

高まっている時の、象徴。

 

この状態まで昇った大野は、例外なく圧倒的な投球を見せつけるのだ。

 

 

 

 

7回表。

打席にはまたも轟が立つ。

 

ここまで全くいい所なし。

 

 

センバツではその打棒で大暴れ。

ホームランを量産し、何しろその打球のインパクトで会場を湧かせた。

 

さらに昨年の市大三高の試合では、エースの真中を完全に打ち砕いたこのバッターも、夏場に強いスラッガーである。

 

 

 

雷市なら何とかしてくれる。

この絶望的な状況に、風穴を開けてくれる。

 

そんな望が、薬師ナインの希望の光。

 

 

しかし。

目の前に立ち塞がるエースの投球は、ナインたちの希望を絶望へと叩き落とすのだ。

 

 

 

『ここも空振り三振!大野夏輝のストレートがまた唸りを上げて139km/h!東都の怪物スラッガーが全く手も足も出ません!』

 

 

 

要した球数は、たったの4球。

外のツーシーム2球で追い込むと、同じところにチェンジアップ。

 

緩い球で感覚を鈍らせた後、最後はインローにズバッと切れ込むストレートを投げ込み、轟雷市の自慢のバットを掻い潜った。

 

 

 

続くバッターは、真田。

ここまで彼も、2打数のノーヒットである。

 

 

というより、大野がこれまでに許したヒットはたったの2つ。

 

先頭の秋葉に打たれたものと、下位打線に打たれたポテンヒットのみ。

それ以外はランナーすら許していない。

 

 

 

(こりゃあ、そろそろやべえな。)

 

 

たらりと流れた汗をアンダーシャツで拭い、真田はマウンド上のエースを見据える。

 

チラリと覗かせるその青い瞳は、まるで吸い込まれるかのように澄んでいる。

 

 

何より、その表情。

深く被られた帽子の影から若干ながら見えるその笑顔は、どこか底の見えない不気味さすら感じた。

 

 

どこまで余力がある。

どこまで伸びてくる。

 

 

 

 

初球、外角低めのストレート。

完璧なコースに決まったそのボールに、思わず真田も唸った。

 

いや、真田だけではない。

 

 

薬師高校のベンチ。

そして青道のベンチの落合も、思わず唸った。

 

 

(勘弁してくれって。)

 

 

反射的に、バックスクリーンに目を向ける。

そして自分の悪い直感が完璧に当たってしまったことに、流石の真田も溜め息をつきそうになった。

 

 

 

『142km/h』

 

 

自己最速を2km/h更新する、フォーシーム。

 

混じりっけのない、純粋すぎるストレート。

高い回転数を誇る、手元で伸び上がるこの球は120km/h代でも魔球と称されるほどのキレを誇る。

 

 

それが、自己最速。

勿論、対戦する打者は初めてそのスピードと相対する。

 

 

しかも、打者から最も遠いコース。

 

ただでさえキレのあるボールが、打者の目線から最も遠いコースに伸び上がるように入り込む。

 

 

 

(でも、ストレートで来てくれた。いくら速いとはいえ、集中すりゃ捉えられる…と思う。)

 

 

 

真田は狙いを完全に絞って打ち返すタイプ。

 

反射で対応というよりはストレートに狙いを張って、長打を打つ。

その為変化球への対応が疎かになることもあるが、集中している際はとにかくミスショットが少ない。

 

 

だからこそ、自己最速を記録したこの打席。

そのストレートを軸に組み立ててくれれば、ゾーンのストレートを狙える。

 

 

 

 

2球目、同様のコース。

 

狙い澄ました真田のバットはストレートの軌道にバッチリと合い。

 

 

綺麗に空振った。

 

 

バットはボールの遥か上。

つまり、ストレートに合わせたバットに対して、ボールは手元で大きく下に落ちた。

 

 

(ツーシーム…!)

 

(そりゃ、あんだけストレート狙いがわかりやすけりゃな。夏輝はそんな球速に拘ってねーって。)

 

 

 

このピッチングこそが、大野の真骨頂。

 

手元で加速するように伸び上がるストレートと、同じくらいの速度で手元で伸びずに落ちるツーシーム。

 

似たような速度感と軌道から、急激に方向が変わる2つのボール。

 

 

いや、今は3つのボールか。

それを組み合わせて打者を惑わす。

 

 

 

3球目、ここは一度縦のカーブ。

速度差のあるボールでタイミングを外す。

 

ふわりと一度浮かび、途中からキレよく鋭く曲がるこの変化球をバットに当ててファールとなる。

 

 

 

球速差と、軌道と変化の違い。

 

高低と奥行ともに違う、変化球を見せられた。

こうなると、反射的にもう速いボールには着いて来られない。

 

 

胸元のストレート。

ふわりという軌道を描くカーブに対して、今度は純粋に伸び上がるストレートをボール気味に放る。

 

これを狙っていたものの、詰まってファールとなる。

 

 

(くそ、これ打ちたかったな。)

 

 

 

真田が小さく舌打ちをする。

 

その様子を見て、御幸はラストボールを選択した。

 

 

 

(安心しろよ。初球のストレートを仕留められなかった時点で。)

 

 

 

トルネード投法。

大きく捻転をして豪快に全身を縦回転させるこのフォームから。

 

遅く緩いボールが、ミットに向けて放たれた。

 

 

 

(もう、詰んでる。)

 

 

 

乾いた破裂音。

最後はチェンジアップで、真田を空振り三振に切ってとった。

 

 

 

ストレートと同じ振りで放たれる、緩いボール。

 

変化は特にない上に、抜ければただの棒球。

しかしストレート狙いのバッターに対しては。

 

 

これ以上ないボールである。

 

 

 

右脚を振り上げ、反動のまま全身を半回転。

 

そして小さく一息を吐く。

一連の流れでマウンド横のロージンバックに手を当てる。

 

 

 

 

最後のバッターは、4番に入っている三島。

 

前の2人に倣い、2三振。

ここまで完全に大野に捩じ伏せられている。

 

 

 

(真田先輩と雷市が打ててねぇ今、流れを変えられるのは俺しかいねえ。)

 

(論外。敵じゃないよ、お前は。)

 

 

 

マウンドから文字通り見下ろす形で、三島に視線を送る。

 

大柄で、典型的なパワーヒッター。

それでいて、しぶとい。

 

 

しかし大野との対戦成績は、散々なものである。

 

 

 

 

初球、ストレートを外角低めに決めてストライク。

 

2球目、ほぼ同じコース。

だがこれがボール一個分僅かに外れて、ボールとなる。

 

 

(はいはい、そこを見逃すってことは。)

 

 

3球目、初球と同じコース。

ギリギリ一杯のところに入れたこのボールを打ちに行くも、完全に振り遅れてファールとなる。

 

 

(振り遅れるよね。)

 

 

全て予期している。

というよりは、全て想定通りに事が進んでいる。

 

そう言わんばかりの大野の表情に、三島は思わず歯を食いしばった。

 

 

(余裕な面しやがって。どうせ真田先輩のときみたいに仕留めてえんだろ。)

 

 

ストレート勝負か、若しくは緩いボール。

決めに来るツーシームも有り得る。

 

何が来てもしぶとく食らいついてやる。

 

 

そう言い聞かせた4球目。

 

 

バッテリーが選択したのは、外角高め。

恐らくは空振りを狙いに来た、高めのストレート。

 

 

三島はそれを、狙っていた。

 

 

 

(舐めてんじゃねえ!)

 

 

 

シャープに振り抜いたバット。

 

しかしそこから、快音が響き渡ることはなかった。

 

 

手元で高速で伸びながら外に曲がる、ジャイロカットボール。

完璧にと言うべきか、バットの先に直撃する。

 

 

高々と上がる打球。

ピッチャーの遥か上に舞い上がった打球に、大野は内野を静止するように左手を地面に平行に上げる。

 

 

 

力のないイージーフライ。

 

それを敢えて、顔の前で掻っ攫うようにして掴み取った。

 

 

 

 

悠然と、ゆっくりとマウンドを降りるエース。

 

そこに駆け寄ったのは、女房役である御幸であった。

 

 

 

「まーたやったな。」

 

「道化が過ぎたな。だが、手っ取り早く絶望させることは出来るだろう。」

 

 

安全策を取れば、というより普通に取った方がいいに決まっている。

 

しかしここは敢えて。

派手に、カッコよく。

 

余裕を見せることによって、格差を見せつける。

 

 

 

「あまり褒められたものではないがな。」

 

「ええかっこしいだな、お前は。」

 

「すみません。」

 

 

 

首脳陣に小言を言われ、さすがの大野も頭をかいた。

 

しかし、やろうとしている意図はわかる。

そう付け加えて、片岡は野手に発破をかけた。

 

 

「相手も大野の投球で相当焦りが出ているはずだ。守備でリズム良く出来たこのチャンス、何としてでも物にする。」

 

 

攻撃は、クリーンナップから。

3番の小湊から、始まる。

 

 

「お前たちが粘り強く球数を稼いできた分、真田にも相当疲れが見えてきている。ここまでの全力投球、確実に代償があるはずだ。」

 

 

エースが捩じ伏せ。

クリーンナップが勝負を決める。

 

それが、青道の勝ちパターン。

 

 

 

「大きな一発はいらん。鋭く振り抜いて、内野の頭を抜ける打球でいい。繋いで繋いで、細かい一点を取りに行こう。」

 

 

 

ここから、青道の。

日本一の猛攻が、挑戦者真田に一気に襲いかかる。

 

 

 

 

 






テンポが悪い!!!

最後の大会なのでご了承ください!!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。