「やはり、こうなったか。」
準々決勝それぞれの試合を見終え、俺は固く組んでいた腕を解いて立ち上がった。
一試合目の稲実と成孔の試合は、9-0で7回コールド。
高い攻撃力を誇る打線は、4番山岡の2ホーマーを含む9得点。
また初回から1番のカルロスや3番の早乙女の連打で3得点など、それぞれが個々の力を振るって得点を重ねた。
何より、エースの成宮。
投球成績で言えば、7回を投げて被安打2の無失点。
四死球はたったの1つで、許した出塁はたったの3つだけ。
その上、4番の長田に対しては3打数の3三振。
打たれてはいけない相手に対して、ギアを上げて完全制圧。
これは俺たち自身にも、関係してくる。
うちの打線は、基本的にはクリーンナップを中心にした打線。
この間の俺との模擬戦でもわかる通り、御幸、小湊、白州の3人が頭一つ抜けている。
つまりそこに対しては最大級の警戒をおいて、他に対しては少し抜き気味で投げる。
俺が昨年から取り組んできたテーマと、同じもの。
決戦時に、長いイニングを投げるための工夫。
しかしその抜き加減もまた、上手くなっている。
制球が安定して無駄なボール球も減っているし、今日も球数87球とさほど多くない。
それでいて奪三振は2桁奪っていると、かなりゾーンで勝負できていることになる。
(被安打が増えれば、返って球数は増える。ある程度力を抜きながらもしっかりと強い球を放っているとなると、下半身の安定感が増したか。)
余計な力みがないから、力の無駄がない。
それもまた、このギアチェンジの上手さの要因の一つなのだろう。
あとは、空振りの取れる大きな変化球。
ストレートとかなり軌道のかけ離れたボールであるカーブが強化された事で、よりゾーン内で勝負した時の被打率が下がっている。
ストレートと近い軌道とほぼ同じ腕の振りから放たれる、チェンジアップ。
そして、ふわりと一度浮かんでから加速するように落下する縦のカーブ。
緩急を生かす武器が2つに増えたことで、その威力のあるストレートはより輝く。
「あの縦のカーブは要注意だね。終盤にはカウント球でもかなり使ってたし、本人としても結構制御しやすいんだと思う。」
「それに対してチェンジアップは試合を通して3球のみ。かなり温存していたな。」
不安要素があるか、それともできるだけ軌道を見せたくなかったのか。
恐らく後者だろう。
アメリカチームとの試合でもかなり安定して低めに投げ込まれていたし、浮きやすいとかはないはず。
となるとやはり、あえて比率を落としていた。
そう考えるのが、普通かな。
「対右に対しては必殺、左に対しても最高クラスの決め球であるチェンジアップか。それに加えてあのカーブは、何とも攻略が大変なもんだ。」
それでいてストレートも速く、コントロールも悪くない。
投げっぷりもよく、スタミナも十分にある。
ピンチに強く、失点は少ない。
つくづく、完成度の高い投手だと思い知らされる。
投げ合うとなると、本当に厳しい闘いになるだろう。
昨年もそうだったが、大量失点は見込めない。
「ったく、なんでこんな奴と投げ合わなきゃいけねぇかな、ほんと。」
俺がそう言うと、渡辺が苦笑をうかべる。
同時に奥村もまた、溜め息をつきながら返してきた。
「その割には、随分楽しそうですね。」
楽しそう、か。
「そうだな。確かに楽しみだってのは、あながち間違ってはいない。」
確かに成宮は、いい投手だ。
それに俺は、いい投手と投げあっている時のあのピリついた感覚が好きだから、自然と楽しみに感じているのもあるかもしれない。
しかし、それだけじゃない。
成宮は俺が本格的に投手として上を目指そうと思わせてくれたきっかけだ。
あいつに認められたくて。
あいつを、倒したくて。
甲子園を制覇しても、まだ足りない。
なぜならまだ、俺はあいつに勝っていないから。
でなければ。
本当の意味で日本一になれたとは、言えない。
成宮という、俺の目標。
そして、最強で最高のライバルと投げ合うこと。
高揚しないはずが、ない。
(これもまた、俺のエゴかもしれないな。)
ただ、勝ちたいのだ。
1人の投手として。
いや、青道高校のエース大野夏輝として。
(超えなきゃいけない。じゃなきゃそれは、本当の│頂点《てっぺん》とはいえない。)
自然と笑みが零れるのを自覚する。
早まるな。
まだ2試合も先の話だ。
まずは目の前の試合。
そこに、集中する。
「いい刺激になった。」
「お気楽ですね。」
俺がそう言うと、奥村がそう返してくる。
なるほど、気楽と取るか。
いやまあ、別に楽観している訳では無いんだけど。
「信じているからな、みんなを。俺が0に抑えて、皆が点を取る。そうすれば、勝てる。」
またも苦笑を浮かべる渡辺。
そして奥村もまた、半ば諦めるようにして黙った。
時は経ち、準々決勝の2日目。
対戦カードは前評判通り、今年の春の甲子園優勝校の青道とベスト8常連の創聖。
強力打線と絶対的エース率いる充実した投手陣と最強の矛と盾を持ち合わせた、日本一に相応しい今大会の優勝候補筆頭である青道に対して、堅守で接戦をものにする創成。
戦力的にもキャリア的にも、青道が有利である。
反対に創聖の勝ち筋で言えば、やはり持ち前の堅守。
エースである柳楽がなんとか抑え、少ない点差で勝ちを拾う。
何とも残酷な話かもしれないが、勝負になる可能性があるだけでも、都内でも有数の強豪校と言えるだろう。
先攻めは、青道高校。
本日の青道打線は、一風変えた。
というよりは、最も多く採用されているオーダーから少し変更されているものである。
1番 遊 倉持
2番 右 白州
3番 二 小湊
4番 捕 御幸
5番 三 金丸
6番 投 降谷
7番 一 前園
8番 左 結城
9番 中 東条
上位打線は2番に白州、先頭の倉持が出塁してバットコントロールのいい白州を次に置くことで、2人で一点をもぎ取る。
初回の立ち上がりに安定していない投手から得点を、間髪いれずにクリーンナップに繋げて追加点を。
打撃が良く、走れるセンターの東条は9番におき、先頭への繋ぎとしての役割を担う。
相手が好投手だからこそ、取れるうちに点をとる。
それが、今回青道がコンセプトにした打線だ。
創聖の先発は、予想通りエースの柳楽。
最速146km/hのキレのあるフォーシームに、手元でストンと縦気味に落ちるツーシーム。
主にこの2球種を、高い制球力を活かして低めに投げ分ける本格派右腕である。
前の試合では7回を投げきり、1失点。
試合は9-1でコールド勝ちと大差がついていたが、最後まで気持ちを切らさずに投げきっていた。
対する青道の先発は、2年生の降谷。
最速156km/hのストレートと速い速度で手元で落ちるスプリット。
そして、ふわりと浮かんでからドロンと緩く落ちるスローカーブ。
コントロールはあまり良くないが、余りあるボールの勢いと出力を持つ、本格派右腕だ。
まずは、先頭打者の倉持が、打席へ入った。
(表情といい目つきといい、なーんか不気味。)
上背は、あまり大きくない。
しかしながらその少し伸びた髪と、帽子の影からちらりと見える視線が、どこか不気味なプレッシャーを与えてくる。
そんなことを思いながら、倉持はスっとバットを掲げた。
初球、アウトコース低めのストレート。
下から伸び上がるようにしてゾーンに決まるボールを、まずは見逃した。
(OK、感覚はわかった。速度もそうだけど、やっぱキレがいい。)
大野ほどではないが。
そう付け加えて、2球目を待った。
続くボールも、ストレート。
これもアウトコースのストライクゾーンに来たキレのあるフォーシーム、狙いに行くも前に飛ばず、ファールとなる。
球速表示は、139km/h。
高校生としては、悪くないスピード。
しかしそれ以上に回転数が多く、キレがあるように感じた。
3球目、同じくストレートは外に。
積極的に振りに行ったものの、これもファール。
やはり外に集めてきている。
恐らく、外から若干逃げるように落ちるツーシームへの布石なのだろう。
ストレートと近い軌道からストンと落ちる変化球だからこそ、ストレートの軌道を染み込ませるほど振りやすい。
4球目、ここも外角。
スピードボールだが、先程とは若干ながら感覚が違う。
(来たか、ツーシーム…!)
初見だが、何となく軌道はイメージ出来ている。
それに速度感も、大野との実践練習で何となく感じ取れる。
強振というよりは、ミート重視で。
自分は少ない長打よりも、多くの単打を狙った方がチームの為になる。
それが自身の、役割だから。
己がチームのエースがそうだったように。
青道のリードオフマンもまた、チームの為にバットを振るった。
「…ッシ!」
低め、ストライクゾーン内で変化したこのボール。
すり足で完全に合わせた打球は、三遊間抜けるヒット。
逆らわずに上手く弾き返したことにより、ヒットを生み出した。
これで、初回からノーアウトのランナー。
しかもそれは、創聖のバッテリーとしては最も出したくなかった、瞬足のランナーである。
打席に向かう白州を傍目に、キャッチャーの後藤は一塁へと目を向け、唇を噛んだ。
(随分でけえリード取りやがって。舐めているのか?)
キャッチャーとしては、可もなく不可もなくの肩。
しかしそう簡単に走られるような、技術でもない。
一度、一塁へ牽制。
ギリギリのところで、倉持は帰塁しセーフの判定が下る。
先程と同様、倉持は大きなリードを取り始めた。
(見せかけだ、そこまで気にする必要は無い。走りたければ、走らせてやればいい。)
しかし当の柳楽は、首を振って後藤の迷いを振り切る。
変に走者を気にするよりは、打者に集中するべき。
特に青道の今日の打順のコンセプトは、一二番で得点を奪える攻撃的な布陣。
だからこそ、ここはバッターをしっかり抑えることに集中しなければいけないと、柳楽は考えていた。
(派手さはないが、技術もパワーも一級品。この尖ったチームの主将というのも頷ける。)
(怖いバッターだ。ランナーは気にせず、ここはバッター集中で行こう。)
だが、一塁上では瞬足のランナー。
少し撹乱気味に取られた、大きなリード。
バッターに集中しているとはいえ、視線に入るだけで鬱陶しい。
気になる。
否、気にしてしまうのだ。
ほんの少しの、気の乱れ。
それが、柳楽ではなく後藤を迷わせた。
外角低めのストレート。
多少安直に攻めてしまったこの初球。
このファーストストライクを、白州は狙っていた。
「…フッ!」
甲高い音と共に放たれた打球は、右中間。
思い切って強振した当たりには強いスピンがかかっており、低く鋭く進んでいく。
そして、神宮球場のベンチへ弾丸ライナーで突き刺さった。
全国大会での経験、そして大野との実戦もあり大幅に強化が入ってます。
ごめんな奈良に柳楽。