キリのいい所まで書いたらとんでもない長さになってしまった。
読み疲れるかもしれませんので、ご注意を。
7回。
なんとかムードを持っていかれないようにと奮闘する柳楽だが、疲れが出てくる。
金丸が2打点を上げて、大野が三者連続三振で作った流れ。
ここでなんとか試合を決めたいと思った片岡は、ここで8番の結城に代打を出す。
一発の見込める結城から、高い出塁率を誇る由井を代打へ送り出す。
欲しいのは、一発ではない。
今欲しいのは、畳み掛ける連打と終わらない攻撃である。
ここで由井は初球攻撃。
卓越したセンスとバットコントロールで、柳楽のツーシームを捉える。
少し浮いていたとはいえ、しっかりと捉えて綺麗な流し打ち。
外の変化球を逆らわずに逆方向へ打ち返して起用に応えてみせた。
「上手い。」
思わず大野がそう洩らす。
スイング自体は強振。
強く振り抜いているのだが、それでいてしっかりとミート出来ている。
卓越した反応速度と高いバットコントロール。
それこそ、昨年の小湊同様の特徴。
これが青道の、代打の切り札である。
更に東条が繋いでノーアウト一二塁。
ここから倉持のファーストゴロの間にランナーがそれぞれ進塁して1アウト二三塁と大きなチャンスとなる。
ここで打席には、1打席目でホームランを放っている白州。
流石に前の打席同様、簡単に勝負はしてこない。
2球連続で低めのツーシームで誘うも、既に見極め始めている白州は見送り、ボール先行。
何とかツーシームをゾーンに入れてファールを取るも、4球目の僅かに外に外れているストレートを見送られて投手が追い込まれる形となる。
3ボール1ストライク。
柳楽が投じた外のツーシームを掬いあげて、お手本のようなセンター返し。
ダメ押しとなる2点タイムリーヒットを放ち、点差を6点まで引き離す。
さらに青道の猛攻は収まらない。
続く小湊が初球、アウトコース高めのストレートを三遊間に弾き返してチャンスを広げる。
1アウト一二塁。
ここでこの試合ヒット2本の御幸が打席へ入る。
左打席、バットを肩にかけて投手へと視線を向ける。
橙色に輝くバイザーサングラスの中にいる、切れ長の鋭い目つき。
周囲に纏う強打者特有の威圧感を真っ向に受け、柳楽も少なからず重圧を感じる。
ぞわっと、肌をピリピリと刺すプレッシャー。
(恐れているのか、この男を。)
チャンスに強い主砲。
ただ、それだけではない。
風格と圧力、そしてプライド。
全てが、桁違い。
逃げそうになりながらも、胸を張る。
逃げたら、投手として負ける。
勝負云々ではなく、1:1で始まる前から負けるなんて、あってはならない。
リスクを考えれば、勝負することは得策ではない。
しかし。
自分が投手ならば、ましてやエースなのであれば。
(勝負しますよ、監督。)
(お前が逃げたら、それこそ勝ち筋なんて無くなっちまう。お前がやるって言うんだ。それを間違いだとは思わない。)
ベンチから、肯定の頷き。
それを確認すると、柳楽は再び捕手へと視線を戻した。
特段大きくは無いが、スタンドへと運ぶパワーは充分ある。
高校通算は、40本越え。
3年になり確実性も上がってきており、4番としての風格が出てきた。
投手目線から見ると、若干懐も深い。
インコースにも詰まりにくいが、外もしっかりと届く。
比較的引っ張り方向に強い打球を放つ傾向にあるが、流し方向にもスタンドインさせる技術とパワーもある。
(狙うはツーシーム、だけど。)
ここまで軌道は焼き付くほど見てきた。
それこそ速度感と落差は大野とさほど変わりはないが、キレや軌道は異なる。
どちらかと言うと大野の方がストレート軌道に近い分、2球種の見分けは難しい。
しかしそれでも、判断してから打つというのは無理。
ある程度の速度を持ちながらほぼ近い軌道で変化するため、追い込まれては対応しきれないところはある。
初球、ここで柳楽が投じたのはカーブ。
変化自体は特段すごいものではなかったが、面食らった御幸はこれを見送って1ストライク目を奪われる。
隠していた訳では無い。
使えるレベルではないから、そもそも使っていなかった。
とはいえ、ハッタリ程度にはなる。
案の定、御幸も初球から初めて見たボールに手を出すほどの博打はしない。
特にこのチャンスの場面、狙い球を絞って対応できるなら、それに越したことはないのだ。
2球目は、外角に外れているフォーシーム。
これは流石に手を出さず、見送って1-1。
3球目のフォーシームは、ゾーンに決まる。
回転数も多くキレのあるストレートが外の低めビタビタに決まり、2ストライクと早くも追い込んだ。
(決め球で使ってくるのか?それとも。)
しかし柳楽は、押し切った。
テンポよく投げ込まれた4球目。
得点圏にランナーを背負っているこの場面で、最後は内側。
ツーシームに頼りきらず、強気に攻めた内角低めのフォーシームは、今日最速の146km/hを叩き出してみせた。
金属音。
しかし、若干詰まり気味だがいい当たりで放たれる打球。
鋭い当たりは一二塁間。
あわや追加点という当たりを防いだのは、やはりこの男であった。
『奈良が飛びついたー!鋭い当たりでしたが、ここは名手奈良の守備範囲内!青道の追加点を防ぐファインプレーで2アウト目を奪います!』
一二塁間抜けるという当たり。
これに飛びつく奈良がなんとか追いつき、一塁転送。
普段ポジショニングでできるだけ丁寧に対処する奈良にしては珍しい姿。
それほどまでに必死に。
そして諦めない姿は、奮起してなんとか抑えようとする柳楽を鼓舞するには十分すぎた。
最後は金丸に対しては、ストレート勝負。
5球目に投じた外角低めのフォーシームで、空振り三振に斬ってとる。
直球に強い金丸に対してしっかりと投げ込み、力勝負で押し込んだ。
「っしゃあ!」
右拳を握り込み、柳楽が吼える。
失点こそしてしまったが、まだ負けが決まった訳では無い。
せめて、一矢報いる。
(まだ負けられない。こんなところで、終わってたまるか。)
ベンチに戻り、なおも声を張り上げる。
それに応えるように奈良が、そして他の選手たちもまた声を張り上げる。
まだ、負けていない。
こんな所で終われない。
諦めない。
ただひとつの、執念。
全国最強の高校に一矢報いると、創聖のベンチは今年の夏一番の盛り上がりを見せた。
打席に向かう準備をしながら、奈良がグラウンドを見つめる。
(勝ちたい。まだ、終われない。)
昨年。
稲実に負けた、夏。
薬師のような話題性もなければ、今対戦している青道のような地力の強さもない。
地味と言われれば、それまで。
しかしそんな自分たちだって、甲子園を目指して練習してきた。
見返したい。
誰も勝つと思っていないこの緩みきった会場の空気を、ぶち壊したい。
最初は、そう思っていた。
しかしどうしてか。
見返したいというその感情から、ただ純粋に勝ちたいという想いに変わっていた。
「いいチームだな。」
マウンドへとゆっくりと向かう大野に向けて、防具を身にまとった御幸が早足で近づいてそう言う。
確かに大野自身も投げていてプレッシャーを感じていたし、スイングも鋭いと感じていた。
しかしそれ以上に、癖のなさ。
派手のなさは隙のなさに直結する。
「監督が時間をかけて作ってきたんだろう。お前の言う通り、いいチームだと思う。」
同じ目線で、それを徹底できている。
堅守、丁寧でいながら思い切りよく。
単調ではない。
同じ目線ながらも、自分たちが出来ることをしっかりとやり切っている。
強い弱い関係なしに、いいチームだ。
そう、大野は内心で呟いた。
「まあ、関係ない。頂点を目指すというのなら、踏み台にしなければならない。」
「……だな。」
冷酷な視線と、湧き上がる熱気。
どこかアンバランスな空気感は、マウンドを見上げる打者からすれば少し不気味なものである。
「奈良と柳楽に引導を渡す。悔いは、残さん。」
「捩じ伏せよう。2人を完璧に抑えれば、試合は終わる。」
チームの柱である、2人。
野手の柱である奈良と投手の柱である柳楽を抑える。
意思疎通を済ませ、2人はそれぞれの持ち場へと戻って行った。
(なーんて格好つけたけど。あっさり3番に打たれんなよ。)
(んなことは分かっている。手加減無しだ、全力でねじ伏せる。)
3番の七月は、ここまで降谷のストレートに振り送れていない。
その上高めも全然釣られないと、中々厄介である。
御幸のサインに大野が小さく頷き、スっと左足を引いた。
(まずは。)
(これを、振らせる。)
低めのフォークは、打ち返している。
恐らく低めのボールを狙っていると思うのだが、コースさえ間違えなければ上手く振らせることができるはず。
まずは外角低めの速球。
スピードを持って進んでいく速球は、手元でシュートしながらストンと落ちた。
「ストライク!」
手始めに、外角低めのストレートを多投するコースから変化するツーシーム。
これを狙い通り振らせて、1ストライク。
さらに2球目も同様のコース。
先程落としたコースにストレートを放って見逃しの2ストライクを取ると、早くも七月を追い込む。
そして、3球目。
内角高め、吹き上がるようにして真横に曲がるジャイロのカットボールで空振り三振。
右脚を振り抜き、反転。
ロージンバックに右手を当てて、フッと息を吐く。
まずは、1人目。
白く染まった人差し指をピンと立て、18m先の相方に向けた。
(さあ、ここだぞ。)
御幸の表情に、大野は頷いて深呼吸をする。
心を落ち着ける。
同時に、余計な考えを全て捨てて、勝負に徹する為に。
(奈良。)
ほんの短い期間であったが、共に戦った。
少しの思い入れは、ただの敵とはまた違うことを再認識させられる。
いい選手だ。
仲間として戦ったからこそ、よく感じる。
(大野。)
そしてそれは、打席に立った奈良も同様。
さらに言えば、実際に後ろを守っていて感じた。
本当のエースと、投手としての完成度。
何より、無敵という文字が本当に似合っていた。
甲子園優勝投手は、伊達じゃない。
間違いなく実力でも風格でも、それに姿勢もまた。
日本で一番すごい投手だというのは、甲子園に行っていない奈良ですら感じていたのだ。
(だが、負けん。)
理由にならない。
負けたくない、まだ終わらせたくない。
勝つのなら、この大野夏輝を打たなければいけない。
瞳孔を開き、鋭い眼光で大野を見据える。
それを感じ取り、大野もまた七月らと勝負している時とは違う、最大級の集中時の瞳が開いた。
(その瞳だ。怖いほど澄んでいて、吸い込まれるような、綺麗なのに不気味な瞳。これが、本気の合図なんだろ。)
ここまではあくまで、本気ではなかったということか。
仲間がコケにされた。
その事に若干腹が立ちつつも、自分自身の評価がそこそこに高いこともなんとなくわかった。
無論、大野もしっかりと力を入れていたつもりだ。
しかし本気のさらに上、奈良という好打者との対戦により集中力を高めきった今こそが、大野の感覚を研ぎ澄ました状態なのだ。
初球。
奈良に襲いかかったのは、完璧なコースに決められた純粋すぎる高スピンのフォーシームであった。
『138km/h』
バックスクリーンに表示されたスピードが、大野の本気を物語る。
勝負がほぼ決まっている今。
さらに言えば、準決勝と決勝が控えているこの試合で。
会場の誰もが青道の勝利を確信している。
しかしそんな中でも。
マウンドにいるエースは、目の前の打者に対して本気で向かって行っていた。
(くそっ、速い。それにどんだけいいコースに投げてんだよ。)
思わず、苦笑を浮かべてしまう。
ギアを上げてスピードが上がる投手というのは、確かによくある。
それこそ投げている力をさらに増して投げていればそれだけスピードも上がっていくというもの。
しかし大野のそれは、最大限まで感覚を研ぎ澄ました状態。
スピードだけでなく、コントロール。
そしてボールのキレや変化球の強度まで上昇するのが、この大野夏輝の「本気」なのだ。
2球目。
今度は内角高め。
前のボールとは全く逆、ストライクゾーンの上下左右の幅を目一杯使った縦横無尽の投球は、奈良のバットをいとも簡単にすり抜ける。
『ここも空振り!奈良、早くも2ストライク追い込まれます!』
にわかに盛り上がる会場。
奈良はバットを持ち直し、再び高く掲げた。
(終わるかよ、こんなところで。)
3球目。
内角低めのストレート。
これもかなり窮屈なスイングで何とかバットに当てて、ファールとなった。
(かなり引き付けてるな。全部に対応するつもりか。)
息を乱し、必死の形相でバットを掲げる奈良を見て、御幸は大野にサインを出した。
目が慣れて変に対応される前に、終わらせる。
要求したのは、外角高め。
ここまで大野が空振り三振を量産してきた、カットボールで仕留める。
この御幸の思惑を理解した大野も小さく頷き、伝家の宝刀を思い切って引き抜いた。
ジャイロ回転で、ストレートと同軌道同速度で突き進む。
奈良もストレートだと視認してスイングするが、幾度となく見せられてきたシーンが頭に過り。
(カットボール…!)
無理やり、スイングの軌道を変えた。
弱々しい打球だが、なんとかバットに当てることに意味がある。
ギリギリ当てて粘った打球は、一塁線切れてファールとなった。
(対応した?)
(反応したな。轟ほどじゃないが、ここで当てられるとは思わなかった。)
しぶとく食らいつく奈良に、大野が思わず笑みを零した。
ただ純粋に、いい打者だという感心。
それと同時に、好打者との対戦に高揚していた。
4球目は、外のチェンジアップ。
ここまでの速いボールに対して遅いボール。
これもまた何とかバットに当てて、ファールで粘った。
(緩急にも。)
(まだ終われないんだよ。どんな球が来ても食らいついて見せる。)
息を吐き、再びバットを掲げる。
形なんてどうでもいい。
ただ今は、負けないように。
5球目は、内角低めのストレート。
膝元のボールも詰まりながらバットに当てて、ファール。
(いい選手だ、本当に。)
まだ負けていないという姿勢を、見せるために。
そしてベンチに希望を見せるために。
ここまで必死に粘る姿は、やはり最後の大会ということをヒシヒシと感じさせる。
(だが、終わらせる。)
最後は、伝家の宝刀。
先程の内角低めと逆、外角低めから沈むツーシームを落とす。
ツーシームと判断した奈良も、その時にはもう遅い。
真横に曲がるカットボールは何とかバットに当てたものの、落差の大きいツーシームには流石に対応しきれず。
粘った末に最後は、135km/hのツーシームで空振り三振に仕留められた。
空振り三振、項垂れたまま動けない奈良。
それを見下ろし、大野はすぐに次の打者である柳楽へ視線を移した。
奈良が空振り三振に喫してもなお、鋭い眼光で大野を睨む姿。
その闘志剥き出しの柳楽に、大野はマウンドで投球の準備をした。
(少なからず、劣等感はあった。)
高い制球力を活かして、ストレートと近い軌道で変化するツーシームを投げ分けて試合を作る。
言わば、大野とほぼ同じである。
さらに言ってしまえば、春のセンバツで世代最強の称号を手にした彼と比較しても、完全な劣化版という烙印を押されていた。
制球力も、変化球の精度も。
同じツーシームは大野の方が落差も大きくキレもあるし、何よりストレートとの見極めは至難である。
それに加えて、同じく決め球として使えるジャイロカットボール。
緩急のチェンジアップとカーブなど、投球幅も広く高い精度で制球できる。
基本ストレートとツーシームの投げ分け、そして時折投げるカーブのみの柳楽に対しては、どうしても対応力も大野とは比較にならない。
唯一ストレートのスピードで言えば、最速147km/hである柳楽に軍配が上がる。
が、ノビとキレのせいか、空振り率は大野の方が高い。
あとは、被本塁打は大野の方が多い。
試合数自体が全く違うのもあるが。
(レベルが違うのも、実力が劣っているのもわかる。だけど、ハナから諦めてたまるか。)
(何がなんでも食らいつく気だ。こういう奴は何を起こすか分かんねー、気をつけろよ。)
柳楽の視線に御幸が思わず大野を見る。
しかし、大野は小さく首を振って答えた。
(言っただろ、悔いはのこさないと。それに。)
(それに?)
(こいつは特に、本気で抑えなければいけない相手だ。)
実力云々ではない。
ただ、同じエースとして。
そして、酷似したピッチャーとして。
これまで見せていた若干の笑みも也を潜め、鋭い眼光を柳楽に送り返す。
帽子の鍔から見え隠れする、紺碧の瞳。
顔半分が鍔の影で暗くなっているその姿が不気味に見え、柳楽は若干気圧される。
しかしすぐに、大野の視線を受け止めた。
初球から、バックドアのツーシーム。
外のボールゾーンから抉り込むこの高速変化球をストライクゾーンに入れて1ストライク。
(これが、大野のバックドア。俺には出来ない芸当。)
テンポよく2球目。
続けざま、今度は外角高めでストライクゾーンからボールゾーンに逃げるカットボールで空振り。
(なんて球だ。振るまでストレートかと思っちまう。)
早くも追い込まれた柳楽。
しかしここから食らいついてやると、息を吐いてバットを構えた。
3球目は、真ん中付近からキレよく曲がる縦のカーブ。
これには柳楽も何とかバットを止めて、1ボールとなる。
1ボール2ストライク。
そこから選択したボールは、チェンジアップ。
外角低めでほぼ変化なく、遅いボールをキワキワのコースに投げ込んだ。
「っ!」
この遅いボール。
何とか柳楽も粘ってバットに当てて、カットした。
(こいつ、俺に見せつけようってのか。)
(全勢力をもって、お前を抑える。)
ノーワインドアップから、トルネード。
マウンド上で巻き起こった竜巻は、溜められた全エネルギーを白球へと込められ、放たれた。
文字通り、全勢力。
己の持ちうる全てのボールを使って、柳楽を抑え込む。
最後は外角低め。
大野の軸となるこのキレのあるフォーシームは、139km/h。
今日最速のこのボールを見事外角低めの完璧なコースに決めて、柳楽を空振り三振。
完膚なきまでにやられた柳楽は、表情を崩さないままベンチへともどっていく。
345番。
このチームのクリーンナップであり、奈良と柳楽というチームの柱を押さえ込んだ形で、7回の裏を終えた。