記念すべき200話です。
まさか自分もこんなに長引くとは思っていませんでした。
もう少しお付き合い下さい。
『試合終了ー!最後は川上が3人できちっと締めてゲームセット!粘る創聖を一気に突き放して9-0で8回コールド。青道高校、ベスト4進出です!』
マウンド上で右拳を握り込み、声を張り上げるノリ。
その後に駆け寄ってきた御幸とハイタッチをして笑みを浮かべる。
ベンチ内でそんな姿を見つめながら、俺も氷嚢で大きくなった肩肘を気にしつつ拍手をしながらベンチを出た。
グラウンドへ並び、礼。
この試合ができるように準備してくれたスタッフと、会場への感謝の為に。
そして、互いの健闘を称えるように。
向かい合って、頭を下げた。
「「ありがとうございました!」」
礼を終え顔を上げると、創聖の選手たちの目には熱いものが浮かんでいた。
当然か。
彼らもまた、甲子園を目指して2年半この高校野球に身を捧げてきたのだ。
その道を途中で絶たれたのであれば。
少なからず、悔しさはあるはずだ。
こういう姿を見ると、また負けられない理由が一つできたと感じる。
無論、何がなんでも勝つつもりだが。
一つの夏が終わるのを目の当たりにすると、背負うものが増えると実感する。
「大野、御幸。」
声をかけてきたのは、奈良。
その目元はほんのり赤らんでおり、試合に全力で向き合って泥だらけになったユニフォームのままこちらへ向かってきた。
「負けるなよ。まずは次、市大三校は手強いぞ。」
彼の言葉に、俺たちは力強く頷く。
まずは、か。
甲子園を目指しているからこそ、出る言葉だな。
おそらくその先の稲実との試合も見据えていたのだろう。
東京選抜として一緒に戦った、好敵手。
彼から差し出された右手は、とても硬かった。
奈良が離れていき、御幸が俺をベンチへと促す。
しかし近づいてくる選手がもう1人いることを察し、俺はそちらへと視線を向けた。
「一也、先戻ってて。」
俺がそう言うと、御幸は小さく頷いて先にベンチへと戻っていった。
「柳楽、か。」
7回1/2、9失点。
数字にしてみれば、決していいとは言えない。
しかし強力打線であるうちをしっかりと向き合って投げ切ったのは本当に素晴らしかった。
どこか雰囲気も近寄りがたいものがある。
しかし投げている姿も風格もまた、チームを背負ってなんとか勝たせようと奮起する姿はエースそのものであった。
そんな彼から放たれた言葉は、俺の予想もできないような言葉であった。
「ありがとう、大野。最後に全力で向き合ってくれて。ここまで完璧にやられては、俺も諦めがつく。」
最後に見せたのは、この日柳楽が見せた初めての笑顔であった。
その瞳には涙も浮かんでおらず、どこか清々しい。
きっと悔いも、残っていないのだろう。
そうだな、悔いも残さないと意気込んで投げたが。
でも、最後の打席の諦めない姿を見て考えが変わった。
「また、やろう。」
俺がそう言って右手を差し出すと、柳楽も小さく笑って頭を軽く掻く。
そしてすぐに、俺の右手をガッチリ握り返してくれた。
「よく言うよ。俺の心完全に折るつもりで投げていただろう。」
バレてた。
「あー、まあね。早く試合を終わらせないと、正直何があるかわからないし。」
「そりゃあ決め球全球種使った上に最後にあのコースにストレート決めるなんてな。どんだけ器用なんだよ。」
まあ、コントロールには自信あるし。
当然、どの変化球も制球できなきゃ意味がない。
と言うより、大事なところで決められない球を決め球とは言えない。
その点でいえば、柳楽のツーシームは間違いなく完成度の高い決め球ではあった。
「負けるなよ。いらん心配かもしれんがな。」
「いや、ありがとう。お前たちの思いも背負うさ。」
俺がそう答えると、柳楽が笑って付け加えた。
「余計なことは考えるなよ。変に気負われても悪いしな。」
「なんだ、打席から見た俺の背中は、そんなにちっぽけだったか?」
「…面白い男だな、大野。またお前と試合がしたい。」
どこか複雑そうに、彼は笑う。
そうして離れていく柳楽を見送りがら、俺は小さく笑った。
柳楽、案外喋るんだな。
西東京の4強が、決定した。
反対側のブロックは、稲実と紅海大菅田。
3年連続の甲子園出場を狙う王者稲実に挑むのは、ここ最近一気に力をつけた菅田。
こちら側のブロックは、市大三校と青道高校。
兼ねてよりのライバル校同士の、決戦となる。
市大三校。
稲実、そしてうちと合わせて三強と呼ばれている西東京の強豪校。
高い攻撃力で大量得点を狙い、さらにはしぶとさもある。
4番で東京代表にも選ばれた星田と、3番で主将の宮川。
彼らを中心としてしぶとく、且つ凄まじいパンチ力を誇る。
そして何より、チームを支えるエース。
昨年は、真中さん。
そして今年は言わずもがな、背番号1の天久光聖。
最速150キロオーバーのフォーシームに加え、カーブとそこそこに落ちるフォーク。
そして何より、彼を象徴する変化球のスライダー。
縦に大きく割れる大きなスライダーは、この都内でも高い奪三振率を誇る。
コントロールは決して悪くはなかったが、良い方ではない。
と言うよりは、とにかく本人のやる気のパラメーターの上下にとにかく調子が左右されやすいため、コントロールが悪いと思われやすい。
しかしまあ、春の都大会では完投。
こちらと試合するときはいつも調子は悪くない。
恐らく俺たちというか、強豪と試合をするときは少なからずやる気は高い方になるのだろう。
その証拠に、関東大会では好投を連発していた。
「昨日も投げていたが、恐らく次も投げるだろう。」
「まあ、スタミナもあるしな。3日開くわけだし、全然投げられると思う。」
俺がそういうと、前に座っていた倉持も腰掛けていた椅子を少し傾けて返答した。
まあ、確かに。
俺のように怪我持ちという訳でもないし、連投もあまり苦にしているようには見えない。
何より、この大1番。
先発しない意味が、ない。
そんなことを話しながら、俺は先程から流れているビデオに視線を戻す。
試合は、先の準々決勝。
市大三高と仙泉の試合である。
互いにエースを投入したこの試合。
序盤は仙泉リードで進んだが、中盤にかけて市大三高が逆転。
その後はギアを上げた天久を攻略することができず、6-2で市大三高が勝利
収めた。
「お前、奥村とナベと一緒に見に行ったんだろ。どうだった?」
横にいた御幸にそう聞かれて、俺は思い出すように顎に手を当てる仕草を見せる。
序盤は制球に苦しんでいたように見えたが、3回にはいつも通りゾーン内で強気に勝負していた。
特にストレートの威力が凄まじく、仙泉もかなり振り遅れているように感じた。
何より。
スライダー系のもう1つのボールを、習得している。
これは春時点では投げていなかった、新球種。
「見た感じは恐らく、ジャイロの小さい縦スラ。スライダーと投げ分けられたらかなり苦戦しそうだな。」
俺がそう言うと、沢村が首を傾げて言った。
「ジャイロって、夏輝さんが投げてるカットボールもそうですよね。変化の仕方が全く違う。」
「同じジャイロでも、回転軸が違う。」
俺のジャイロは、回転軸としてはフォーシームと同じ。
言わばフォーシームをそのまま進行方向の垂直に角度を変えて弾丸回転にしている感じ。
俗に言う、フォーシームジャイロと呼ばれる変化球である。
特に俺のものは回転軸が進行方向に若干傾いているため、揚力が生まれて浮き上がりながら曲がる。
空気抵抗は極端に少ないため減速しないまま真横に曲がる。
対する天久のそれは、回転軸はツーシームと同じ。
ツーシームの回転軸で弾丸のような回転、いわゆるジャイロ回転をしながら突き進む。
進行方向と垂直にスピン、且つその回転軸はツーシームとほぼ同じ。
これは俗に言う、ツーシームジャイロと呼ばれるボールである。
一般的なスライダー系に比べて極端に空気抵抗が少ない為、ブレーキがかからず手元で加速するようにストンと縦に落ちる。
特に俺のジャイロカットボールは揚力で少し伸びるのに対して、天久のものは縦にストンと落ちるものである。
因みに、一般的にジャイロ回転のスライダーと呼ばれるものは、天久のような縦変化を指すことが多い。
「それってどっちが良いんすか。」
「人それぞれ、だな。ストレートに偽装して投げる俺のジャイロは出来るだけストレートに近いほど打ち損じさせやすい。天久のは恐らく、彼の縦スラに偽装させているのだろう。だとしたら、縦気味にストンと落ちた方が使いやすいと思う。」
へぇっと頷く沢村に、俺は再びビデオに目を向けた。
イメージしやすい球で言うと、天久が普段投げているものよりも小さいスライダー。
恐らく三振を取りに行く大きいスライダーが制御しきれないからこそ、ゾーン内に投げ込める小さい変化球を取り入れたのだろう。
今まで変化が大きすぎて見送られていたスライダーに近い、小さいゾーン内に集められる変化を加えたのは、あまりに合理的で効果的であった。
「スライダーに加えてこの変化球。ストレートも速く、コントロールも良い。ゾーン内で勝負してくる強気な投手なだけに、積極的に振っていこう。」
監督がそう言うと、みんなが声を上げる。
まずは、ここ。
最も大きな山場の一つが、この市大三高との試合である。
そして何より。
「この試合、大野に投げさせるつもりは無い。沢村、降谷。お前たち2人に任せる。」
俺は今日投げたことで、市大三高戦では投げないとコーチと監督から予め聞いていた。
と言うより、これは2人からのメッセージ。
俺は次の決勝戦。
成宮鳴との決戦に備えて、万全の状態にしておく。
とはいえ、何かあればすぐに出るつもりだ。
まずは、前回の春の大会では敗北してしまったこの対戦相手に、勝ち切る。
でなければ、俺たちの甲子園は春で終わりなのだから。