真夏の夜。
この西東京地区大会の一つの難関である市大三高との準決勝を控えた青道高校は、試合前夜のミーティングを行っていた。
「明日は恐らく、天久が先発でしょう。仙泉との準々決勝でも投げていましたが、球数はそこまで多くなかった上に前の試合から4日空いています。」
多数の視線の先に映し出された、高身長の投手。
丁度ビデオは、仙泉の4番である真木が空振り三振で抑え込まれているシーンが流れていた。
天久光聖。
最速150km/h越えのストレートに加えて、縦に大きく割れるスライダー。
そして、スライダーに近い軌道で小さく曲がる新球種であるツーシームジャイロ。
調子は極端なのだが、上振れに向いた際は都内でも成宮、大野と並んで最高クラスの投手になりうる。
(まあ、あちらさんが天久を出さない理由がないからな。投手戦になることは間違いないが。)
右目を瞑り、落合は己の顎に蓄えられた豊かな白髭に右手を当てる。
市大三高の目線から見れば、この青道との試合はこの西東京地区の最大の山場である。
確かに稲実と青道の力量はどっこい。
しかし実績や今年のセンバツ優勝という実力も加味すると圧倒的に青道との試合が最も苦戦すると想定していた。
大野と天久。
2人の完成度と安定感、何より最大出力で投げあった時の躍動感。
球速など表面的な部分での評価では無い。
しかしどの観点から見ても、大野の方が優れている。
自チームのエースという贔屓目からかもしれないが、少なくとも投げあって勝つ確率が高いのは間違いなく大野であると、落合は考えていた。
だが、今回の懸念点で言えばやはり、大野が投げないということ。
絶対的なエースであり圧倒的な実力を誇る彼は、稲実戦という激闘に向けて温存。
特に昨年の大野と成宮の投げ合いを考えると、延長まで想定しておかなければならない。
そう考えると、正直決勝も4日後に控えているという場面で大野を投げさせる訳には、いかないものだ。
そうなると、やはり先発は完成度と安定感、創聖との試合で6回を投げた降谷の疲労を考えても沢村だろう。
大野ほどではないが、高校野球の中でも高い制球力を誇り、キレのあるストレートを軸に多彩な変化球を織り交ぜていくことができる。
特に市大三高のような対応力の高い打者が多いチームに対しては、色々なことがしやすい沢村の方が攻めやすかったりする。
理想は、沢村が6~7回。
完投までは難しいかもしれないが、試合終盤まで投げきっていければ御の字だろう。
最低でも5回、折り返し地点までは投げてもらいたいところだ。
残りのイニングは、降谷。
しかし彼は、前の試合でそこそこ長いイニングを投げている。
だからこそ、沢村には終盤戦まで投げてもらいたいのだ。
出来れば沢村7回、残りの2回を降谷。
若しくは沢村6回、2回か3回を降谷、状態によって川上。
投手運用的には、このどちらかで進めば苦労は無いなと、落合は目を瞑った。
しかし問題は、攻撃。
ある程度全国でも評価されている投手陣というよりは、プロ注目の天久を打たねばならない野手。
どんなに守り抜いても、点が入らなければ勝てない。
それを象徴したのが、去年の夏大の決勝だろう。
エースの力投。
互いに限界まで投げ抜き、その果てに互いに力尽きた。
話を戻そう。
相手エースは、プロ注目の天久。
高い上背と最速153km/hのストレートは、素材としても一級品。
コントロールもバラけてはいるものの、制御は効いている。
高いレベルの東京都内でも光るものがあると、評価されているのだ。
ストレートは力のある、最速153km/h。
平均球速も150km/h近く、そのスピードと威力も相まって奪三振率も高い。
それに加えて、高い奪三振率を誇る変化球。
まずは大きなスライダー。
縦に大きくスパッと斬るようにして曲がる縦のスライダーは、言わずもがな。
圧倒的な変化量とキレを誇りながら、球速も140km/h近い。
速く大きな変化球。
それが中々目付けのしにくい縦方向に変化するのだから、高い奪三振率を誇る。
あとは、スラッター。
これもスライダーと同様縦に滑り落ちるのだが、その性質は若干異なる。
縦気味に高速で、小さく曲がる。
球速は140km/hを超えてくるが、スライダーと大差はない。
だからこそ、大きく曲がるスライダーとの差別化ができており、2つの球種を擬態させて投げ分けることができる。
投球割合のほとんどは、この3球種。
時折カーブやフォークを投げることもあるが、大半はこの自慢のストレートとスライダー系の変化球のみである。
キレのあるカーブは緩急を付けるために時折。
フォークは殆ど投げない。
恐らくフォークに関しては、スライダーで事足りるからだろう。
しかし、覚えておくことに越したことはない。
一通り球種の動画を見終えると、渡辺が頷いて話を再開した。
「投げる球は一級品ですが、やはり付け入る隙はあります。コントロールも悪くはないものの、決して良くありませんし、甘いコースもそこまで少なくありません。牽制やマウンドでの立ち振る舞いや技術に関しても成宮や大野に比べても一歩劣ります。」
ムラっ気もあれば、コントロールもばらつく。
変化球だけでなくストレートもコントロールが甘くなることもあるし、その性格故に多少強引に攻めてくることもある。
真っ向から勝負する必要は無い。
足を絡めて、あとはとにかく粘る。
そして何より、少ないチャンスをしっかりと物にする。
好投手との勝負の鉄則である。
その言葉に片岡も頷き、1歩前に出て話を始めた。
「相手はプロにも注目される好投手。簡単に、単純に点を取ることのできる相手では無い。まずはしっかりと我慢。そして甘いボールを確実に仕留める。」
天久のようなタイプは、空振りを奪って調子を上向かせる。
だからこそ、気持ちよく三振を取らせないこと。
最悪ゴロアウトやフライアウトになる分には構わない。
あとは。
少ないチャンスであるボールをしっかりと、仕留めること。
これが出来なければ、如何なる好投手にすらも勝つことは出来ないのだ。
「相手が天久なだけに、簡単に点は取れないだろう。失点も最小限に抑えたい。だからこそ沢村、降谷。この試合はお前たちに任せる。」
片岡の言葉に、沢村と降谷が小さく頷く。
大野が登板しないことは予め分かっていた上に、沢村と降谷自身もこの三高戦で投げることを覚悟していた。
全ては、甲子園を制覇するために。
その為にはまず、目の前の試合に勝つこと。
そして最後の大一番を勝利で収めることが必須であり、大野が決勝で投げ勝つことが必要不可欠である。
エースを温存しながら、市大三高に。
天久光聖に、沢村と降谷で投げ勝つ。
大きな一戦のメンバーが、発表された。
1番 遊 倉持
2番 中 大野
3番 二 小湊
4番 捕 御幸
5番 右 白州
6番 三 金丸
7番 一 前園
8番 左 麻生
9番 投 沢村
「先発投手は沢村。状況に応じて降谷、そして川上もしっかり準備しておくように。」
「はい!」
2人の投手の眼が光ると同時に。
エースはその瞳をそっと閉じた。
同時刻。
この都内で明日、青道と熱闘を繰り広げるチームもまた、英気を養っていた。
「青道はベリーストロング。実績も含めて、この西東京で最も強いチームと言えるだろう。」
監督である田原がそう言い切り、ナインたちへと目を向ける。
自他ともに認める、都内で最強クラスの高校。
昨年のセンバツでベスト4にも入っており、稲実と青道と肩を並べて強豪校としての地位を築いていた。
勿論、甲子園に行ける練習もしてきたし、実力があるのも確かだ。
だがそれ以上に、対戦相手である青道は隙がなかった。
弱気などではない。
正しい戦力分析の結果が、そうなのだ。
かと言ってこの勝負事。
戦力で劣っているとしても、勝てない道理はない。
「相手の先発ははっきり言って予想できません。ローテーション通りなら沢村ですが、エースである大野が登板する可能性もあります。」
最有力は、沢村。
前の試合では3回という短いイニングながら、パーフェクトピッチ。
ギリギリまで球の出どころが見えにくい変則フォームから放たれる最速140km/hに迫るストレートと、決め球は緩急をつけるチェンジアップ。
ストレートは130km/h台ながらキレがあり、手元でのノビもある為球速以上に速く感じやすい。
かと思えば手元で無造作に、そして小さく沈むボールもある。
あとは、3種の決め球。
まずは落ちる変化球のチェンジアップ。
ストレートと同じ腕の振りから放たれる緩いボールで、僅かに手元側に落ちるサークルチェンジのタイプ。
そして、カットボール系。
ストレートと同様の軌道から途中で急激にスライダー方向に曲がるボールで、沢村の決め球の中でも特に被打率の低いボールである。
そして今大会から投げ始めている落ちる変化球。
軌道としてはツーシーム系なのだが、変化量は大きい。
速いシンカーというべきか。
このボールもまた、ストレートに軌道が近く引っ掛けやすい。
個性溢れるこの球種を、出処の見えにくい変則フォームから放ち、且つ両サイドに高い精度でコントロールする。
軟投派のような特徴でありながら、前述した通りフォーシームもキレがあり、その上球速は140km/h近いとそこそこ速い。
変化球に対応しようとすればストレートに差し込まれ、ストレートに合わせると速い変化球に対応しきれない。
この沢村の投球スタイルが、捕手として高い能力と知能を持つ御幸のリードと相まって、なんとも打ちにくい投手と化すのだ。
確かにこの大事な準決勝でエースが投げるというのが、一般的な意見だろう。
しかし大野はリリーフながら、この前の2試合で連投。
さらに決勝も世代最強左腕である成宮との投げ合いを控えている。
何より、マウンドを任せることの出来る好投手が、いる。
それこそ沢村と登板機会こそ少ないが、センバツでも通用している上に高い完成度を誇っている。
全国でも底抜けた明るさでチームを鼓舞し、高い制球力で個性溢れる球種を上手く操る姿はかなり評価されていた。
恐らくは切羽詰まるまではエースも出てこないと、田原は予想を立てていた。
「ユニークなボールを高いコントロールでバンバン勝負してくる。打たされてしまえば却って調子を上げかねないな。」
ストレートはともかく、変化球は芯を外しているだけで特段飛びにくい訳では無い。
しっかりと振り切れば、案外外野まで飛ぶ。
その上小さい変化球は空振りというよりもバットに当てて打たせるというのが目的の為、多少の事故は起こり得る。
打たされてしまえば、テンポよく勢いに乗られやすい。
だからこそ強振ではなく、コンパクトに。
小さいヒットを積み重ねて、得点を取る。
圧倒的な攻撃力を誇りながらも丁寧に細かく攻撃をできるからこそが、この市大三高の強さであった。
「沢村だろうが降谷だろうが、はたまた大野だろうが。こちらはこちらの野球で勝ちに行く。ボーイたちのバットを存分に振るってきなよ!」
田原がそう音頭を取ると、大きな声でナインたちが返事をする。
この大一番。
三高の選手たちの張り詰めた空気が漂う中、緊張感の欠けらも無い声がふわりと届いた。
「んで、何点取ってくれんの?」
声の主に自然と全員の視線が移る。
そこには壁によりかかり、パックのドリンクを飲んでいるエースが、リラックスした状態で立っていた。
あまりに楽観的。
しかしそれが、市大三高の張り詰めた空気を一蹴してくれた。
「何点とって欲しいんだ!言ってみろ!」
「指定以上の点とってやんよ!」
「声でか。」
「うるさいってなんだよ!」
そんな和やかなプロレスの末に、天久は小さく笑った。
「まあ、正直期待してる。まじでさ。」
そう言うと、納得したようにビデオに視線を戻す。
何ともまあ素直な姿だと内心でため息を付きながら、天久は肩を竦めた。
「Good。今回はボーイたちがチャレンジャーだ。思う存分ぶつかる。必死になった者が最後に笑うんだ。OK?」
ここから先は、死闘。
甲子園常連校しかいないベスト4の闘いが、幕を開ける。
皆様、良いお年を。