燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード206

 

 

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

2回以降お互い投手が好投し、膠着状態へ。

 

回にして、5回の表。

現状まだ、1-1のままスコアは動いていない。

 

 

最後の打者であった宮川を空振り三振に切って落とし、沢村はゆっくりとマウンドを降りた。

 

 

「ナイスピッチ。」

 

「ありがとうございます。」

 

 

エースである大野に声をかけられ、漸く表情を解いた。

 

 

投げている時の淡々とした姿に不安感を覚えていたが、いつも通りの笑顔を見せた沢村に、大野は頷く。

 

ここまでに要した球数は、71球。

普通に見れば特段多い訳では無いが、普段からゾーン内で勝負する沢村からすれば、多い方である。

 

 

ふうっと息を吐き、いつもより多く流れ出ている汗を拭う沢村。

それを見て、大野は若干ながら不安要素を抱いた。

 

 

(無理もない。かなりハイペースで投げている上に、相手は市大三高。重圧が掛からないという方がおかしい。)

 

 

付け加えるなら、天久。

彼も同点を許した2回以降は、二塁すら踏ませないピッチングでその圧倒具合を発揮している。

 

少しでも気を抜けば一気につけ込まれる。

そして追加点を許せば、簡単に試合が決まることもわかっている。

 

 

更に、今の沢村の状態だ。

 

緊迫した試合で集中力を限界まで高めているからこそ、無意識に出力を上げている。

 

例に出すなら、ピンチを背負ってギアを上げた沢村。

この集中状態が試合を通して続いているということ。

 

 

だからこそ、沢村は普段よりも過負荷が掛かっている状態で投げ続けていたのだ。

 

 

 

「ナイスピッチ。疲れはどうだ?」

 

「今んとこは大丈夫っす。」

 

 

女房役である御幸の言葉に、沢村は簡潔に答える。

 

またも流れ出た汗を拭い、ベンチで用意されていたスポーツドリンクに手を伸ばした。

 

 

 

確かに、いつもより疲れてはいる。

 

だがそれ以上に、投げていて楽しい。

自分の感覚じゃないくらい研ぎ澄まされているし、繊細だ。

 

後半戦に差し掛かるに当たって疲れもあるが、それはいつものこと。

 

 

投げ切るためにいつも走ってきたし、やり切る能力も付いてきた自覚はある。

これなら8回、それこそ完投までいけるか。

 

 

 

そんなことを考えている沢村に対して、彼を客観的に見ていた3人。

 

エースである大野と、実際に球を受けている御幸。

そして、投手を管轄している指導者の落合は、沢村本人とは違う判断をしていた。

 

 

「どうだ、御幸。」

 

「実際、球の力はいつも以上ですし、何よりコントロールが良い。ただ…」

 

「疲労の観点で言えば未知数、か。」

 

 

小さく頷いた御幸に対して右目を瞑り、落合は顎髭に手を触れる。

 

 

「未知数…というより、危険と見ていいと思います。明らかにペース配分が出来ていません。」

 

「最大出力の代償か。或いは、天久の。」

 

「だと思います。」

 

 

やはり好投手の投げ合いで無意識に出力を引き出されている。

 

それだけに、力の調整が悪い意味で出来ていない。

いつもピンチで発揮している高出力を、ほぼずっと出しているのだ。

 

 

御幸と落合のやりとりに、大野もまた不安材料を口にした。

 

 

「やはり、本人に自覚がないのが一番危険です。上手く投げている時はいいですが、ふとしたキッカケで疲れが一気に吹き出す可能性がある。」

 

 

そう言う大野の姿に、御幸は昨年の夏を重ねる。

 

幾度となく思い出す、あの時の決勝。

成宮との投げ合いで最大出力を出していた大野もまた、同様の状態に陥っていた。

 

彼のふとしたきっかけは、成宮の降板。

試合が動いたタイミングで、彼の集中力はプツリと切れた。

 

 

「次の回は何とかしてくれると思いたいが、問題はそれ以降だな。」

 

「降谷の状態も悪くありません。3イニング降谷でも良いかもしれませんね。」

 

 

御幸の提案に落合も肯定の意を込めて頷く。

 

そうなると、欲しいのはやはり追加点。

勝ち越し、出来れば2点か3点の猶予が欲しい。

 

 

しかしその願望を早々に打ち砕いたのは、懸念である天久の奪三振であった。

 

5番の白州が、ストレートに空振り三振。

その球速は、152km/hを計測していた。

 

 

高い強度のストレート。

スピードだけでなく、威力がある。

 

これが、天久光聖の捩じ伏せる投球。

 

スライダーという絶対的な武器がありながらも、あくまでストレートによる力押しで攻める姿は、エースの貫禄を見せていた。

 

 

 

続く6番の金丸も、スライを打たされてセカンドゴロ。

 

最後の打者となった前園もまた、得意のストレートに着いて行けず空振り三振。

やはりどうしても変化球に視線が向いてしまい、ストレートに振り遅れてしまう。

 

 

ストレートが変化球を生かし、変化球がストレートを生かす。

 

実に単純明快であり、理想的なピッチングであった。

 

 

 

 

あまりの圧倒的なピッチング。

沢村同様、天久も今大会でのベストピッチを見せている。

 

その要因は言わずもがな。

3年生という責任もあるが、やはり投げ合っている沢村の存在。

 

 

高い集中力で投げている様は、投げている相手の力も引き上げる。

 

終わりの見えないほど圧巻の投手戦は、後半戦を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天久がマウンドを降りたのを確認すると、ベンチに預けていた身体を起こして足に力を入れる。

 

 

まだ、大丈夫。

 

多少の疲れはあれど、暑い夏はこんなもの。

じわりと絶え間なく流れ出る汗に嫌気が差しながらも、頭に載せていたタオルを握り直して顔を覆った。

 

 

(漸く折り返し地点。)

 

 

しかし、遠い。

普段ならば完投を目指す沢村だが、今日はまた事情が違う。

 

相手は都内でも有数の打撃力を持つ市大三高。

 

ギアを入れている分肉体的に疲労が溜まるのは当然だが、分厚い打線を相手にするのは精神の摩耗も計り知れない。

 

 

何より、天久。

彼の捩じ伏せる圧巻の投球は、青道打線を抑え込むという効果だけに留まらない。

 

 

圧倒的な投球は沢村自身に重圧をかけると共に、終わりの見えない投手戦を演出していた。

 

 

 

(今日は最後までってより、行けるとこまで全力で。)

 

 

 

ベンチからゆっくりと足を踏み出し、マウンドへと向かう。

 

視界はなんとなく、暗い。

色褪せた世界の中で、自分の玉座へ近づいて行く内に己の耳に刺さる歓声すら徐々に離れていくように感じた。

 

 

集中できている。

この回、まずは目の前のこの6回を抑える。

 

 

打席には、星田。

前の打席こそ抑えているが、1打席目にホームランを打たれている。

 

 

(シチュエーションで言えば、2回にちょっと近いかな。いやーな空気ではある。)

 

 

前の回にテンポよく抑えた。

そして先頭打者は、4番の星田。

 

 

先程は浮ついていたからこそ上手く打たれたが、今度は疲れが出始めた終盤。

 

何か、起きるか。

 

 

そう思い、御幸は沢村に向けてサインを出した。

 

 

 

まずは、外角低め。

細かく制球されたボールだが、星田も強振する。

 

しかし星田の合わせた軌道からボールは急激に失速。

 

ストンと手元で落下し、空振った。

 

 

(このコースでしっかりと落とせれば大丈夫だ。)

 

(はい。)

 

 

 

続けて、今度はインハイのストレート。

僅かに外れているボール球、星田もこれを見送って1ボール1ストライクとなる。

 

 

3球目、もう1球ストレート。

同様のコースだが、僅かに内に入れているもの。

 

先程反応しなかったが、ストライクゾーンに来た途端星田はスイングした。

 

 

 

鋭い打球。

しかし打球は一塁線、前園の横を抜けていった。

 

 

(やっぱり、怖いな。)

 

 

あわや長打コースになっていた打球。

しかし尚も表情を崩さない星田の姿を、御幸は横目で見た。

 

 

とは言え、追い込んだ。

 

 

普段なら強気に攻めたい所だが、相手は星田。

今日当たっているし、何より一発だけは貰いたくない場面。

 

ここは丁寧に、しっかりと沢村の長所を生かす。

 

 

御幸の構えたコースは、外角低め。

そこから僅かに外に外している、ボール球。

 

 

追い込まれている以上、振りに来る。

打ち損じてくれれば儲けもの、ファールになっても外に目付けをさせる事ができる。

 

どちらにせよ、遊び球が使えるバッテリーからすれば、決め球への布石とすることが出来る。

 

 

要求通り、外角低め。

 

僅かに外れているボールを、星田はバットに当ててファールとなった。

 

 

 

(一番近いコースから一番遠いコースへの投げ分け。でも、よく対応してくる。)

 

 

再び沢村が息を吐き、顎まで伝った汗を手の甲で拭った。

 

 

(追い込んでるのは俺たちだ。自信を持って投げてこい。)

 

 

御幸が胸を叩いてそうジェスチャーすると、少し間を空けてから沢村は頷いた。

 

 

(大丈夫っすよ、御幸先輩。抑える自信なら、あります。)

 

 

グローブの中で重ねられた両腕を、天高く振り上げる。

 

鍔の影からチラリと見えた瞳は煌めき、瞳孔が開く。

身体を一塁側へ向けてから左脚で綺麗に立ちつつ、右脚を高く上げてから投げ込んだ。

 

 

 

インコースのボールゾーン。

膝元の厳しいコースだが、そこからボールは急激に変化。

 

ストライクゾーンに掠めたボールは、インコース低め一杯へ入り込む。

 

 

ギリギリ一杯。

いや、低めに外れているか怪しいところ。

 

御幸もここで決める為に、僅かにミットを上げる。

 

 

 

 

 

少しの静寂。

御幸にとっては、かなり長い静寂。

 

その沈黙を破ったのは、沢村の咆哮と突き上げられた審判の右腕だった。

 

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

 

星田に対して、見逃し三振。

この試合初めて投げる低めのカットボール改でのフロントドア。

 

研ぎ澄まされた感覚で投げ込まれたボールは、今日一番のベストボールであった。

 

 

 

しかし、星田に入れ込んでいた為か、5番の佐々木に対しては制球が乱れてフォアボール。

 

更に6番の安達にも甘く入ったストレートを弾き返されてしまう。

 

 

1アウトランナー一二塁。

星田という山場を乗り越えて少し乱れたところを叩かれて、この試合最大のピンチを背負うことになる。

 

 

(やっぱ疲れが出てきたか。)

 

 

肩を少し上下させた沢村を見ながら、御幸は危惧していたことが起きてしまったと歯を食いしばる。

 

ふとしたきっかけで疲れが吹き出すという、先ほどの大野の言葉。

そのきっかけが、最初の打席で集中力を最大限まで高めてくれるきっかけを作った相手である星田を、乗り越えたことだった。

 

 

ここで失点したくはない。

何とか星田を抑えたこのいい流れを、攻撃に繋ぎたい。

 

 

一度タイムを取り、御幸はマウンドへと向かった。

 

 

 

 

 






著しく投稿頻度が落ちていますが、私は元気です。
とは言えまだ話を練りながらゆっくり書いておりますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
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