燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード207

 

 

 

 

 

「疲れてきたか?」

 

 

マウンドで汗を拭う沢村に、御幸は単刀直入に聞いた。

 

まだ、6回途中。

とはいえ、相手は市大三高という都内でも有数の攻撃力を誇るチームを相手にしている為、疲労が溜まるのは当然。

 

その上、ここまでの高出力でのピッチング。

投球時にかかる負担はいつもの倍は掛かっている。

 

 

 

 

「球が浮いてきてる感じはします。でもまだ、大丈夫です。」

 

 

沢村の返答に、御幸は頷く。

 

ここまで、だな。

コントロールが乱れ始めている上に、球威も若干落ちてきている。

 

 

本人も多少自覚はできているが、恐らく本人が考えている以上に疲れは出てきている。

 

その証拠に、ここまで完璧に制球できていたストレートですら少し甘く入るようになってきているのだ。

 

 

「星田を抑えても、後続に打たれちゃ意味ないからな。ここ、切り抜けるぞ。」

 

 

この先は、捕手の高見と投手の天久。

 

はっきり言って上位ほど警戒する必要はないが、油断はできない。

 

高見も今大会既に本塁打を放っている上に、天久もまた今日の良い状態ではバッティングにもいい作用が働く可能性もある。

 

 

ここまで完璧に抑えているからこそ、怖い。

もしかしたら、何かが起きる可能性だって大いに有り得る。

 

何故なら、それが夏の大会だから。

3年間野球に尽くしてきた球児たちは、平気で奇跡を起こしてくる。

 

 

(こっちにも有り得るんだろーけど。)

 

 

御幸はそれをアテにするほど、楽観的な人間ではなかった。

 

 

 

 

 

 

まずは高見。

ここまでの打撃成績は、2打数の2凡。

 

それも、内容を見ても沢村が完全に上回っている。

 

 

しかし前の2打席は、沢村が全開の状態でぶつかれているだけに、この打席に関しては全く読めないと御幸は考えていた。

 

徒に球数を増やすことは無い。

とは言え、簡単に攻めるわけにもいかない。

 

 

ここは1球、高見が手を出したくないであろうボールを選択した。

 

 

まずは、外。

最悪外れても構わない。

 

タイム後で、ピンチの場面。

一度、沢村の生命線でもあるストレートで締め直す。

 

捕手の高見なら、きっとそこを狙ってくる。

 

 

(お前も、そうしたくなるだろ。)

 

 

初球、スプリーム。

外角の中段から少し落としたボールを、振らせた。

 

 

ひとつ、危険な初球は理想的な形で投げきれた。

コントロールも然り、特にスプリームもしっかり落とせている分勝負はできる。

 

御幸は、2球目を要求した。

 

 

 

続けて投げたのは、インサイドのカットボール改。

 

多少甘くなっても、スピードと変化があれば比較的長打は打たれにくいボール。

 

 

元々沢村は、入部する前から内角のコントロールに関しては申し分ないものがあった。

 

本人の性格上、外で様子を見るというよりは向かっていく方が得意。

そして付け加えるなら、何も目印がない外よりもバッターというある程度の目標がある内角の方が投げ込みやすいという側面もある。

 

無論、投げ込む度胸は必要だが。

そこに関しては、沢村に心配をする必要がないのは言うまでもない。

 

厳しいコースで抉りこんだカットボール改。

打者に近いところで大きく内角を抉るボールだが、外れて1ボールとなる。

 

 

(うわ、キレはまだ健在。)

 

 

見送った訳では無い。

外から内の投げ分けに反応しきれず、手が出なかった。

 

それが幸いして、カウントは1ボール。

 

 

 

しかしこの反応を、御幸は見逃していなかった。

 

 

(カットは、視認できてないな。)

 

 

となれば、カットボール改は布石を打って決め球に使いたい。

 

やはり、厳しいコースを攻めれば打ちに来ない。

特に両サイドの投げ分けには反応が少し鈍い。

 

 

(ってことは、わかるな?)

 

(甘く入ったとこを狙ってるってことっすね。)

 

(疲れが出たところの、甘いコース。追い込むまでは厳しいコースは打ちに来ないと思う。)

 

 

軽く意思疎通を済ませると、御幸は再びミットを構える。

 

 

再び内角。

今度は内角低めの厳しいストレートを膝元に投げ込むように要求する。

 

が、コントロールが少し乱れて引っ掛ける。

 

 

ボール先行。

コントロールが良くテンポのいい沢村にしては、珍しくボールが先走る形となる。

 

それも、意図してというよりは、乱れて。

 

 

 

 

(やっぱきついか。)

 

 

キレがあり、変化球も特殊。

とはいえ、甘くても打たれないような強いボールでは無い。

 

ましてやミートポイントが広い金属バット相手では、沢村のように小さく動かす変化球は、多少詰まっていたり心を外していてもヒットになりやすい。

 

 

そうなると、重要なのは制球。

長打を打つのが難しいコースで尚且つ、相手の狙いを外して初めて抑え込める。

 

そのコントロールが疲れで荒れるとなると、抑えるのは難しくなる。

 

 

 

ベンチにちらりと視線を送る。

監督である片岡も沢村の状態を危惧して、川上と降谷にも準備をさせている。

 

 

最悪、歩かせるか。

しかし満塁で天久というのも、何となく怖さを感じる。

 

だが高見に長打を浴びてしまえば、元も子もない。

 

 

 

一瞬で思考を巡らせる御幸だったが、マウンド上の沢村を見て直ぐに考えを固めた。

 

 

(ま、らしくねーよな。逃げんのはよ。)

 

 

御幸自身も、沢村も。

上手く躱していく技術はあるが、それは沢村の良さを引き出す投球ではない。

 

真っ向から、闘う。

自軍のエースが、そうであるように。

 

目指す場所があるのなら、目を逸らしてはいけない。

 

 

(目指すんだろ、夏輝を。なら、お前らしく真っ向から闘って切り抜けるぞ。)

 

 

求められているのは、個性。

強い気持ちで攻め込み、ピンチでも物怖じせず闘う。

 

個性的で唯一無二のボールをテンポよく投げ込み、チームに勝利の風を吹きかける。

 

 

 

 

 

 

 

(今まで投げて分かったけど、やっぱりいつもより冴えてる。)

 

 

マウンド上。

左手で白球を握り、グローブを胸元に置いた状態。

 

星田を抑えたことで浮ついた心を落ち着ける為に、深呼吸。

 

鼻から大きく息を吸って、雑念と共に大きく息を吐き出す。

再び気持ちを入れ直し、御幸の構えるミットへ視線を向けた。

 

 

コースは、先ほど同様内角の低め。

 

疲れは少し出てきたが、投げ切れる。

今日は狙ったように、ボールが操れる。

 

 

(これが、夏輝さんが見てる世界。)

 

 

高い集中力で、感覚が研ぎ澄まされている。

 

確かに自分自身が思ったようにボールが動かせるし、御幸のリードのお陰もあって打者を手玉に取ることも出来ている。

 

しかし普段よりも集中している上に、高い出力を出している為、疲労が溜まっている感覚はいつも以上にあった。

 

 

(それに、成宮さんと夏輝さんが闘ってる次元。)

 

 

初めて踏み入れた、この領域。

 

極度の集中により見えてきた、景色。

全国トップの2人が戦っている、次元。

 

 

 

いや、実際のところはまだ踏み入れてすらいないのか。

 

まだその領域を、覗き込んだだけかもしれない。

息が詰まるようなほどピッチングに没頭し、打者を捩じ伏せ。

 

そして、投げ合う相手に呼応し、身体の限界以上の出力を発揮する

 

 

(まだその次元じゃない。そんな事は、わかってる。)

 

 

クイックモーションで振るった左腕。

そのストレートは、御幸の要求通り内角低めにズバッと決まった。

 

 

135km/h。

 

キレは、悪くない。

しかしそれ以上に、ボールカウントから手を出したくないコースに、決め切ることが出来た。

 

 

追い込んだ。

遊び球は使えるものの、やはり決め切りたい場面。

 

 

 

御幸は、外に構えた。

 

 

(決めるぞ。今のお前なら、絶対に投げ切れる。)

 

 

布石は、打った。

 

内のカットボール改を見せたあとからは続けてストレート攻め。

特にインサイドのストレートを続け、目線を慣らした。

 

 

 

御幸のリードに小さく頷き、構える。

 

そして、ふぅっと息を吐き出した。

 

 

(でも、背中は見えてきたんだ。)

 

 

朧気だったエースは、鮮明に見えた。

 

だからこそ改めて感じた、壁の大きさ。

しかし道筋しか見えなかった目標は、形となって高すぎる壁となって立ちはだかった。

 

 

「絶対、負けねえ。」

 

 

今はまだ、届かない。

寧ろその壁の大きさを、再認識させられた。

 

だからこそ、超えたいのだ。

 

 

エースである大野夏輝にも。

そして、自分と同じ左腕であり、大野と肩を並べている成宮鳴にも。

 

 

今はまだ、遠い。

 

しかし近い将来。

いや、どんなに時間がかかってでも。

 

 

必ず、超えてみせる。

 

 

 

ぼそりと、沢村の口から零れる、負けないという言葉。

 

その誓いは誰にも聞かれることなく、虚空に消える。

 

 

誓いを掲げた左腕のウイニングショットは、外角低めに抉り込むようにして決まった。

 

 

最後はバックドアのカットボール改。

横変化の要素が大きいこのボールに高見は反応しきれず、バットを出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

2アウト。

 

ランナーは、二三塁。

ピンチは依然続いている中で、打席にはもう1人のエースが入った。

 

 

(たかみんがバット出せなかったって、相当キレてんね。)

 

 

そんなことを内心思いながら、打席へと入る天久。

 

 

ここまで沢村と共に投手戦を演じている彼もまた、投球内容としてはほぼ完璧。

 

失点こそしているが、2回の御幸と白州による連打によるもの。

それこそ全国トップクラスの本郷から得点を奪った時と同じパターンでの失点は、ある種致し方ないところがある。

 

 

以降は、無失点。

寧ろ圧倒していると言っても過言では無いほど、都内最強と名高い強力打線を掌握していた。

 

 

 

調子はいい。

身体もキレているし、ボールも制御できている。

 

ストレートに力も乗っているから、力押しで打者を捩じ伏せていた。

 

 

(油断するなよ沢村。こいつも、何しでかすかわかんねーからな。)

 

 

大きな上背に、スラッとしたシルエット。

しかし近くで見ると、やはり大きい。

 

 

サインを覗き込み、頷く。

 

まずは、外のストレート。

パワーがある打者である以上、迂闊にインサイドで入るのは危険だ。

 

 

特に、相手は投手。

上位打線と比べても、外を捌く技術も劣っている。

 

厳しく攻めることができれば、まず手は出してこない。

 

 

御幸の大方の予想通り、初球の外角低めストレートを天久は見送った。

 

コースは、完璧。

球速も若干落ちてきてはいるものの、全く問題はない。

 

審判の右手が上がり、沢村は頷く。

 

 

2球目。

またも、同じコース。

 

これも見送り、早くも2ストライクで追い込んだ。

 

 

しかしながら、全く焦りの見えない。

何処か毅然とした態度を取る天久に、御幸は嫌な予感がしていた。

 

 

(こんな感じ。ストレートの軌道は見えた気がする。)

 

 

ひとつ息を吐き、バットを掲げる。

 

バットは振らずに見るのに専念した2球。

あとはストレートを待つだけ。

 

そう思い、天久は沢村に視線を向けた。

 

 

(前も思ったけど、やっぱいい投手だよなぁ。)

 

 

前の試合では、沢村と投げ合っていない。

それこそ秋の時点では降谷が好投しており、残りのイニングも川上と東条で押さえ込んでいた為、登板機会自体がなかった。

 

春は、降谷の乱調。

 

ビデオや観客席から見ることはあれど、何だかんだで沢村を生で見るのは初めてであった。

 

 

研ぎ澄まされている投球に、吸い込まれるような黄金色の瞳。

 

表情からわかる、勝利への渇望。

見据えている相手が相手だからこそ、エースの風格すらも感じていた。

 

 

それこそ、天久自身よりも。

 

 

(ま、関係ねー。負けたくねーのは、俺も一緒なの。)

 

 

3球目。

先程よりも少々高めに行ったが、外のスピードボール。

 

速球に対して、天久は反応して振りに行く。

 

 

(エースらしくねーってのは、わかってる。だからさ…。)

 

 

ボールは、失速。

手元でシュート方向に小さく沈んだ。

 

 

(ちょっとくらい必死こいてやんなきゃ、このチームのエースに相応しくねーだろーよ!)

 

 

食らいついたが、沢村のスプリームに芯を外される。

 

甲高い音と共に、弾む白球。

打球は高くバウンドし、サード方向へ。

 

 

打球は、死んでいる。

しかし、いい所に転がってくれている。

 

 

(間に合うか。)

 

 

引っ張り方向の強い打球に備えていた金丸が、猛チャージ。

 

弱い打球だったが故に、タイミングは際どい。

寧ろ、アウトに近いタイミングだ。

 

 

(ちょっとくらいの馬鹿は許してくれよ、監督…!)

 

 

内心で覚悟を決めると、天久は飛び込むように一塁ベースへ身を投げ出した。

 

 

 

 

決死のヘッドスライディング。

捕球が先か、到達が先か。

 

塁審の両手が、左右に広げられた。

 

 

土煙と共に、泥だらけのエースは右拳を握り締める。

それとほぼ同時に響き渡ったのは、捕手である御幸の指示であった。

 

 

「バックホーム!」

 

 

2アウトで、走り始めていた二塁走者の佐々木。

 

走力も兼ね備えている彼が三塁を回っており、本塁へ。

思い切り伸ばしていた身体を慌てて立て直し、走者に目を向ける。

 

 

慌ててホームへと投げ込まれた送球は、ややホームよりも一塁側へと逸れてしまう。

 

捕球した御幸は、手早く身体を屈めてホームベースへとミットを当てに行く。

 

 

しかしその刹那。

宮川の右足がホームベースへと到達した。

 

 

ホーム周辺、どちらと言われてもおかしくない判定。

球審が下した判定は、先程の一塁同様。

 

振り払うように広げられた両腕を見て、御幸は思わず天を仰いだ。

 

 

 

 

 

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