燃え上がれ青炎!   作:聖戦士レフ

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エピソード210

 

 

 

 

「御幸先輩。」

 

 

鼓動が早まる御幸の耳に入ったのは、降谷の声。

 

何か言伝か。

そう思って御幸はネクストバッターズサークルへと向かう足を止める。

 

 

しかし、降谷から言われた言葉は想定とは異なり、あまり降谷からは言われないような内容であった。

 

 

「大野先輩が僕たちに任せてくれたのは多分、御幸先輩たちのことも信頼してるからだと思います。きっと点を取ってくれるから、僕たちに負けを付けさせないと思ってくれてるんだと思います。」

 

 

内気ながら、プライドが高く負けず嫌い。

しかし、エースである大野のことは尊敬しており、彼には大きな憧れを抱えていた。

 

そんな大野から任されたことは嬉しかっただろうに、降谷は思ったことを伝えた。

 

 

「だから、御幸先輩。」

 

「わかってる。ちゃんと応えてやるから。」

 

表情を変えることなく、御幸はそう答えた。

 

視線は真っ直ぐ天久を見つめ、じわりと身体から熱が帯びている。

そんな主砲の姿を、降谷は無言で見送った。

 

 

 

打席では、小湊。

このチームでも特にミート力に長けている彼が、粘った末にスライを引っ掛けてファーストゴロに倒れる。

 

しかしその間にランナーは前の塁へ進み、結果的にはチャンスを広げる形となった。

 

 

 

1アウトランナー二三塁。

 

打席に入るのは、2回にツーベースを放っている御幸。

 

 

本来であれば全く勝負をしたくない相手。

ピンチの場面で尚且つ、チャンスに強い4番、それも投手を支えてきたキャッチャー。

 

何かを起こす要素は、大いにある。

 

 

(こえー。でも、ここで逃げてちゃエースとは言えんでしょ。)

 

(歩かせたって、後ろには白州。腹括っていこう、光聖。)

 

 

チャンスに強い4番。

しかしそれを越えた先にも、仕事人であるキャプテンがいる。

 

それに今日は、市大三高の主将である佐々木もタイムリーを放っているように、両軍共に主将が得点を上げている。

 

 

簡単に逃げてしまえば、やられる。

しかし迂闊に攻めても、やられる。

 

 

求められているのは、最大出力。

全身全霊をかけた、フルスロットル。

 

全てを薙ぎ倒す、エースとしての圧倒である。

 

 

 

 

大きな大きなターニングポイント。

 

会場を包む緊張感に、一瞬訪れた静寂。

開戦の合図を知らせる、子気味良いトランペットの前奏。

 

 

前4番である結城を象徴する、ルパン三世のテーマが鳴り響く。

 

さらに湧き上がる会場を背に、18.44mはあまりに静かであった。

 

 

(変わったな、空気が。)

 

 

 

ヒリヒリと伝わってくる緊張感と、彼から伝わってくる重圧。

 

ツンと肌を突き刺す違和感に、天久も息を呑む。

額からスーッと流れてきた汗がマウンドに落ちると共に、黄金色の瞳がキラリと輝いた。

 

 

 

これまでの、ある種リラックスしている状態から一転、鼓動が早まるのを感じる。

 

御幸の集中状態に、天久も引っ張られているのだ。

 

 

 

初球は、スライ。

外の低め、ストライクゾーン内の変化球でカウントを取りに行く。

 

しかし、その刹那。

 

天久の背を寒気が襲う。

 

 

直感的な判断で、少し引っ掛け気味にボールゾーンへと外れる。

いや、意図して天久は外した。

 

 

(っぶねえ。多分、狙われてた。)

 

 

ジワジワと迫り来る圧力と、熱気。

 

これがチャンスの、御幸一也。

青道高校4番の、全集中。

 

 

2球目、ストレート。

敢えて強気に攻めた天久は、内角高めのストレートを投げ込む。

 

ここは御幸がバットを出すも、空振り。

 

それと同時に、会場内がわあっと沸き立った。

 

 

『153km/h』

 

 

彼の自己最速である、速球。

 

援護を受けた、最後の山場。

ピンチの場面で迎えた4番に対して、天久は最大出力で応えたのだ。

 

 

(…。)

 

 

天久の球筋を見て、御幸はふっと息を吐き出す。

 

焦りは、ない。

鼓動は早くなっているが、それは緊張の類いとはまた少し異なるものであった。

 

 

(えらく冷静だな。見えてるのか?)

 

 

この場面ですら毅然とする態度に、高見は横目で御幸をちらりと見る。

 

天久の強みはやはり、威力のあるストレートと大きなスライダー、そして2つのボールと偽装ができるスライ。

 

その3つを投げ分けることで三振を取りに行くのが、彼の最大の強みである。

 

 

見えているとなると、やはり怖い。

天久の状態を加味しても、勝負を避けるという選択肢をとってもいいと高見は思っていた。

 

 

 

しかし、天久は勝負を選択。

それが間違っていなかったと証明するために投げ込まれた3球目は、御幸のバットを躱して高見のミットへと収まった。

 

 

(見えてんなら、上回ればいいんだろ。てめえの想定をよ!)

 

 

3球目は、スライ。

否、先程までよりも大きな変化をしたスライである。

 

天久の独特の感性による微調整が生んだ、魔球。

 

このボールで、御幸は追い込まれた。

 

 

 

カウント1-2

肩甲骨を回すように肩をぐるりと回す。

 

バットを握り、チラリとベンチへ目を向ける。

 

 

(そんなに不安そうな顔すんなよ。ちゃんと打ってやるから。)

 

 

そうして、大きく息を吐いた。

 

白黒の世界に、僅かに色づく沢村と降谷。

さらに二塁でヘルメットに手を当てる大野にも視線を向け、目を閉じた。

 

 

あの夏。

マウンド上で涙を流しながら力尽きた大野を見て、自分の不甲斐なさを再認識した。

 

だからこそ推薦されていた主将の座も降り、投手とまた向き合いたいと。

そして任された自身の選手としての立場に集中したいと、覚悟を決めていたのだ。

 

 

(お前は、背負ってきたんだよな。)

 

 

再び息を吐き、閉じられていた瞳をゆっくりと開けた。

 

 

4球目。

真ん中付近から低めのボールゾーンへと外れる、縦のスライダー。

 

スパッと、文字通り打者を斬り捨てるように曲がる大きなスライダーは、多くの三振の山を築いてきた。

 

 

追い込まれていた、この場面。

御幸は、見送った。

 

 

(こいつ、見えてるのか?)

 

 

バッテリーも、決めに行った4球目。

流石の選球眼に、高見は内心唸った。

 

 

 

ここに来て、最高潮の集中力。

 

勿論、チャンス。

御幸にとって集中力を高められる状況ではあるのだが、それ以上に。

 

 

打線の柱である、4番として。

ここまで重圧の中投げた、二人の2年生投手を支える、捕手として。

 

そして、青道高校最高のバッターとして。

 

 

(沢村、降谷、それに夏輝。)

 

 

色も音と抜け落ちた世界の中。

 

ゆっくりと動き始めた天久を見て、御幸は始動する。

振るわれた右腕から解き放たれた白球が、異音と共に突き進む。

 

 

(次は俺も背負うから。)

 

 

コースは、真ん中低め。

進行方向とは垂直、所謂ジャイロ回転と呼ばれる弾丸のようなスピンが効いたボールは、御幸の近くまできた所で落ち始める。

 

甘めのコースから、低め一杯に落ちるスライ。

 

 

先程のスライダーの幻影が過ぎれば、見逃してしまうコース。

だが、研ぎ澄まされた一閃は。

 

 

 

 

 

 

 

甲高い金属音と共に、白球は空へと舞い上がった。

 

 

 

完璧な音。

完璧な弾道。

 

それを確認すると同時に、御幸は左足を踏み出す。

 

そして、振り抜いたバットを、右手で天を貫くように掲げてゆっくりと歩み始めた。

 

 

(まだ通過点。目指すのは、頂点だけだからな。)

 

 

ふっと宙を舞うバット。

そして、空いた右手で盛り上げろと言わんばかりに御幸はベンチを指さす。

 

刹那、青く染ったスタンドは大きな熱気と青炎で沸き立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御幸の3ランホームランにより、遂に逆転を果たした青道高校。

 

打った御幸はガッツポーズ。

8回の裏にして試合をひっくり返された天久はガックリと項垂れ、膝に手を置いた。

 

 

失投…というほどではなかったが、それでも厳しいコース。

それを完全に、上手く打たれた。

 

 

 

4-3。

青道高校4番が、決めるべくして決めた一打。

 

流れに乗って追加点が欲しかった青道だったが、唇を噛み締めた天久が何とか抑えて1点差で堪えた。

 

 

 

 

 

 

9回表。

最後の回になるか、追い込まれた市大三高の最後の攻撃が始まる。

 

 

大盛り上がりの青道ベンチは、最終回。

 

 

マウンドへと送り出されたのは。

 

大野同様、最後の大会となっている川上が、チームの命運を背負って白球を受け取った。

 

 

 

 

目を瞑り、深呼吸をする川上。

 

軽く身体を揺するように跳ねると、もう一度深呼吸をして目を開けた。

 

 

「行けるか、ノリ。」

 

 

マウンドで御幸がそう問うと、川上は小さく頷く。

 

 

「大野に”任せる”って言って貰えたからね。あの責任感の塊みたいな奴にそう言って貰えたら、やるしかないよ。」

 

 

沢村が試合を作り、降谷が繋いだ。

 

年下である2人が奮起して作った試合。

最後は3年生である自分が、責任を持って締める。

 

 

全ては、大野に繋ぐため。

 

ここまで自己犠牲をしながらもチームを強くしてきた、エースを。

もう一度、甲子園の舞台で頂点に立ってもらいたい。

 

 

「行こう、御幸。みんなの為に、俺も投げるから。」

 

「あんま気負い過ぎんなよ。お前はお前の持ち味があんだから、らしく行けよ。」

 

 

そう言われると再び川上は頷き、肩をぐるりと回してセットポジションに入った。

 

 

 

まずは先頭の宮本。

どちらかと言うと、守備の人。

 

 

しかし、足が速く器用。

 

簡単に組み立てれば、ヒットもしくは内野安打でピンチを招きかねない。

 

 

いつも通りスライダーを軸にカウントを取りに行き、最後はシンカーを振らせて空振り三振。

まずは安定感のある投球で打者を躱し切り、1つ目のアウトを奪ってみせる。

 

 

 

更に、1番の千丸。

 

右のサイドスローである川上にとって、右バッターは特にやりやすい。

 

内から入ってくる、もしくは外に逃げていく。

右打者からすると背中の方から出てくるような軌道で視覚という面からも、有利に働きやすいのだ。

 

 

「っ!」

 

 

最後は外から逃げるスライダー。

バットの先に当たった打球は、センター方向へ打ち上がる。

 

ここは定位置の大野がしっかりと掴み取り、2アウト。

 

 

 

テンポがいい。

この緊迫した場面でも安定して投げ切れる姿は、やはり3年生としての貫禄。

 

昨年では考えられないほどの落ち着きに、大野もまた笑みを浮かべて声を上げた。

 

 

「ノリ!最後まで!」

 

 

無論、心配はいらない。

 

沢村、降谷のような才能はないが、彼も強豪校でここまで努力してきた好投手。

 

高い制球力で低めに集めながらコツコツとアウトを取る姿は、努力の結晶。

 

 

最後は2番の森に低めのシンカーを引っ掛けさせて3アウト。

 

転々とセカンド前方へと転がった打球を小湊が軽快に捌くと、マウンド上の川上は右拳を握り締める。

 

 

死闘の果てに、終盤の大逆転で勝利を収めた青道高校。

 

エースである大野を温存しながら、一足先に西東京地区大会の決勝へと駒を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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